僕にはVtuber活動をする上で明確な夢や目標はない。じゃあなんで活動を続けているのか?と、思う人も多いと思うので、今日は僕がVtuber活動を初めることになった経緯について話そうと思う。
2017年12月。前々から創作活動を行っていた「バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさん」こと、ねこますさんがとあるブログ記事をきっかけにバズる。はてなブックマークを見ていた僕は、該当記事から動画を視聴して、その独特の動画構成に「コレは面白いな」と感じた。
本来このような動画を作るとなった時。「キャラデザイン、3Dモデル、シナリオ、動画編集」などはそれぞれ、別のプロフェッショナルが担当することが多い。しかし、バーチャルのじゃロリ狐娘Youtuberおじさんを含む個人勢と呼ばれるVtuberたちは違う。彼、彼女たちはその時その時で使用できる技術と個人のセンスを駆使し、自分の世界観を作り出すフルスタックエンターテイナーなのだ。ココで初めてVtuberを知った僕には、Vtuberという存在は偶像であり、同時にクリエイターの才能と意地を擬人化したような存在に見えた。
「やるか。」
思いたったら即行動は昔も今も変わらない僕の美点だ。ただ、この考え方には大きな問題もあった。
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「3D無理だわコレwww」
諦めるのも早いのだ。3Dモデルを作成するのに挫折した僕は、一旦Vtuber活動を諦めて、Vtuber界隈に対しても少し遠い位置で眺めるだけになってしまった。
その後、年内の内に富士葵、輝夜月などの企業勢。さはな、のらきゃっとなどの個人勢が参戦。数ヶ月後にはにじさんじなどが台頭しはじめ、それまで以上にVtuber界隈は盛り上がりを見せた。当時の僕は「Vtuberが数千人を突破!!」みたいな記事を見て「まぁ、僕には関係ないな……」と、ぼやきながら趣味の絵を描くだけの生活を送っていた。
2018年10月。その日もはてなブックマークを見ていた僕は、マシーナリーとも子なるVtuberの存在を知る。自分で自分のグッズを作成するという記事を見て、暫く離れていた間にVtuberの活動範囲の広がりを感じた僕は、そのまま同氏の動画を視聴することにした。
その動画はとにかく奇妙だ。ゆらゆらと顔が動くアバター、ハウリングしたような機械音声、時折聞こえる生活音、アイドルマスターシンデレラガールズの登場アイドルである池袋秋葉を宣伝するだけという動画内容。そしてなによりも驚愕したことが、そんな動画内容ながら面白いと感じている自分がいたことだった。自分の中で常識が崩れるような音がした。
僕がVtuberに求めていたもの。それは端正な外見でも、流暢な喋りでも、突出した技術力でもなく「その人にしか作れない個性そのもの」だったのだ。
気づいたあとは早かった。すぐにキャラデザを描き起こし、Live2Dでアバターを用意して、Twitterアカウントを作成。YouTubeに自己紹介動画を投稿した。「バーチャルインターネットラクガキマン、吾味人美」として。僕だけが作れる個性そのものをいっぱい詰め込んで。
僕のVtuber活動に明確な夢や目標はない。だけど、動機はある。それは「僕にしか作れない個性そのもの」をみんなに届けることだ。僕の個性が全人類に届くまでこの活動は続くだろう。どこかでそれが不可能だと気づいて、諦めてしまったとしてもそれはそれでいいのだ。どんな終わり方をしようと、「バーチャルインターネットラクガキマン、吾味人美」として伝えられた物は、必ず存在すると僕は確信しているから。