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トイレ掃除の小人の話②_前編

鉄扉が叩きつけられるように閉まり、薄暗い独房には緊張と汗の匂いが満ちていた。テロ組織とされる愉快犯の男たち――その中心にいた俺は、両腕を拘束され、床に跪かされていた。 まるで処刑を待つ囚人のように。いや、実際に処刑されるのだろうと覚悟していた。 ヒールの音が静かに独房へ近づき、そして止まる。 カツン、カツン――。 「静かに」 その女の声が響いた瞬間、空気が張り詰めた。 現れたのは、監獄の看守長カティア。黒革のミニスカートのボンテージ姿、氷のような瞳の無表情。その姿だけで、俺たちの誰一人として逆らう気を起こせないような圧があった。 カティアはゆっくりと俺たちを見渡し、鼻で笑う。 「ふうん……これが都市を混乱させたテロ組織のリーダーね。思っていたよりずいぶん小物そう」 「……殺すなら早くしろ」 俺は唾を吐き捨てるように言った。 だがカティアは薄く笑っただけだった。 「殺す?いいえ。あなたたち程度に死なんて贅沢は与えないわ」 男たちの顔が強張る。意味が分からない。 「あなたたちは――死ぬまで女性の役に立ちなさい」 カティアの声は妙に柔らかかった。 「最も汚い場所で。誰にも気づかれず。誰にも覚えられず。ただ消えていくまで……ね。ふふふ」 その瞬間、壁の端末がカチリと音を立てた。 シュウウウウウウウ……。 白い霧が天井から一気に噴き出し、視界が真っ白に染まる。 「な、なんだ……!?」 「毒ガスか!?」 「やめろ!!」 男たちが叫び、咳き込み、逃げ惑う。 カティアは微動だにせず、ただ霧の向こうで俺たちを見下ろしていた。表情は読み取れない。 身体の感覚が急速に薄れていき、床がやけに遠く感じた。 意識が沈む直前、カティアの囁くような声だけが耳に届いた。 「安心して。あなたたちは何も知らなくていいのよ。女のために働いて、汚れて、消えていけばいいの」 ――意識が途切れた。 意識がゆっくりと浮上し、重たい瞼をこじ開けると、まず目に飛び込んできたのは、巨大な白いタイルのような開けた場所であった。そして、自分たちのいる場所は巨大な構造物と構造物の隙間のような、薄暗く湿った空間であった。まるで二つのビルの壁面に挟まれた路地のようにも感じられる。 (……床?) ひんやりと冷たい。だが異様に広い。まるで体育館ほどの空間の床に寝かされている感覚。 鼻を刺すのは、強いアンモニア臭。そしてわずかな湿気。 「……ここは……どこだ?」 周囲には、同じように倒れ込んだ仲間――愉快犯の男たちが十名ほど転がっていた。皆、身体を抱え込むように震えている。誰も状況が理解できていない。 「おい、生きてるか……?」 「わからねえ……なにが起きた……?」 口々に戸惑いの声が上がる中、俺だけは周囲の景色に言いようのない違和感を覚えていた。 壁は巨大で、天井は遥か高く、よく見ると自分たちのいる床はタイルのように、一枚一枚に分かれている。ただし、一枚でさえ自分の身体よりもはるかに大きい。さらに、タイルとタイルの継ぎ目は俺たちからすればかなりの段差となり、ちょっとしたガケのように見える。歩けば脚が取られ、移動には常によじ登りや飛び越える動作が必要になるだろう。 「どこなんだよ、こりゃあ。」 その時だった。 カサ……カサ……。 巨大構造物と巨大構造物の狭間に続く暗い隙間の奥から、誰かが歩み寄ってくる小さな足音がした。 「お前たち、新入りかい?」 姿を現したのは、痩せこけた老人の小人。背中は曲がり、髭はボサボサ。だがその表情には諦めとも幸福ともつかない、奇妙な曖昧さがあった。 「な、なんだ……あんた……?」 老人はつぶやくように答えた。 「何でもないさ。ここじゃ皆働き手だ。死ぬまで女神の役に立つ、それだけだよ」 カティアが言った言葉を思い出し、背筋が冷たくなる。 「女神だって??ここはどこなんだ?何をさせられる?」 老人は首をかしげた。 「説明?ふむ……説明ってなんだったかね……。昔は気にしていた気もするが……もう忘れてしまったよ」 要領を得ない返答。まるで思考が抜け落ちたような話し方。 (こいつ……いったい誰なんだ……!?) 老人は続けた。 「まあ、そのうち分かるさ。ここは優しい場所だよ。女神さまにお仕えできるんだからねぇ……」 その言葉に、仲間たちの不安がさらに強まる。 「はぁ!?女神だと?ここはどこなんだよ!」 老人は笑ってとぼける。 「ははは。ここはどこかだって?なんでも好きに呼んだらええ。」 その時、別の方向から声がした。 「じじいの話なんて聞いても無駄だ。そいつは、いや、ここにいるほとんどがもう壊れてる」 そう言って、巨大構造物の陰のさらに奥、細い裂け目のような暗がりから、別の男が姿を現した。 顔つきはやつれ、目の奥は虚ろ。人間らしい感情がほとんど残っていない。 俺は息をのんだ。 「よかった。話せる奴がまだいたのか。お前はここが長ぇのか……?」 男は小さくうなずいた。 「懐かしいな……。俺もここにきてどれくらいになるかなんて忘れちまった。」 笑いながら続ける。 「俺も最初はお前らと同じようにいろいろと説明を求めたんだ。でもな……ここでは説明なんかより、実際に見るほうが早い」 仲間の一人が怒鳴る。 「見るって……何を!?」 男は巨大な壁のような構造物の並びの間にできた細道の先――かすかな光が差し込む方向を指差した。 「行ってみろよ。あっちに行けば……俺たちがどんな場所に送られたか、一発で理解できるさ」 老人は一歩引き、楽しそうに笑った。 「そうだとも。さあ、見ておいで。女神さまの降臨なさる場所をねぇ……ふふふ」 俺たちは恐怖と不安を抱えながら、光の差す方向へ歩き出した。 巨大構造物の狭い隙間を抜け、建物の表側へとつながる開けた部分に近づくにつれ、むわっとした湿気と強烈な臭気が漂ってくる。 そして、巨大な建物のようにそびえる壁面の狭間を抜け、タイルの角に到達した瞬間―― 俺たちは言葉を失った。 そこに広がっていたのは―― 地平線まで続くタイルの平原だった。 一枚一枚が俺たちの身長をはるかに超える巨大なタイル。その継ぎ目は深い溝となり、小さな谷のように四方へ伸びている。歩こうとすれば段差に阻まれ、よじ登っては飛び降りる、それを延々と繰り返さなければ前へ進めない。 (なんだここは……?建物の中じゃないのか?) 仲間が震える声で言った。 「……地面……なのか、これ……?」 だが俺たちの視線は、さらに中央へと吸い寄せられた。 タイル平原のほぼ中央―― 白い巨大な構造物がそびえ立っていた。 全長は20〜30メートルほど離れていても、圧倒的な存在感を放っている。近くに来るにつれ、高さは10階建てのビルのように思えた。滑らかな白い曲線で構成され、自然物ではありえず、人工建造物にしても異常な形をしている。 その中央部には、縁のような段差があり、奥へ向かって大きく口を開けていた――だが、その底が見えなかった。 暗く、深く、どこまでも落ちていくような影が沈んでいる。まるで奈落に続く巨大な穴のように見え、誰もが思わず喉をつまらせた。 「……なんだ……あれ……?」 「底が……見えねぇ……」 近づけば何か分かるかもしれない。だが同時に、近づきたくないという本能的な恐怖も湧き上がる。得体が知れなすぎた。 それでも、確認しなければ状況が把握できない。 「……行って、確かめるしかねぇな」 そう呟いた仲間の声に、全員が無言でうなずいた。 ただ、近づくほどに形状は歪んで見え、既存の建築物とも自然物とも違う、不気味な存在感だけが確かだった。 近づくにつれ、タイル平原の一部が不自然に変色していることに気づく。 「……おい、見ろよ。ここ……黄色いぞ」 仲間の声に顔を向けると、白いタイルの表面に、巨大な黄色いシミが広がっていた。円形に滲むように染み込み、ところどころ色が濃い。乾いてはいるものの、明らかに何か液体がかつて大量に流れた痕跡だ。 「な、なんだよこれ……塗装か?ペンキか?」 「ペンキがこんな広がり方するかよ……」 さらに進むと、茶色い斑点や、泥のようなものがこびりついた箇所もあった。乾いた破片がタイルの継ぎ目に溜まり、小人の足では飛び越えるのに苦労するほどの厚みを持っている。 「……汚れ、だよな。誰かが……なんかをこぼした跡に見えるけど……規模がでかすぎる」 「ていうか、黄色とか茶色とか……嫌な色だな」 汚れは白い巨大構造物へ向かって濃くなっているようにも見えた。 「まるで……この白い建物から流れてきたのか……?」 誰も続きを言わなかった。言おうとすると、喉が固まったように声が出なかった。 「……これ、建物か……?」 「なんでこんな形をしてるんだ……?」 そのときだった。 巨大な白い構造物の周囲に、複数の影が動いていることに気づいた。 「おい……誰かいるぞ……!」 近づくと、それは人影だった――いや、人影のような小人たちだった。 白い建造物の縁を手で触れながら歩く者、タイル面をうつむいたまま彷徨う者、影に腰を下ろして震えている者。どれも焦点の合わない瞳で、口を半開きにし、ぼんやりと歩き続けている。 「すみません!聞きたいことが――」 俺たちが声をかけても、彼らは一切反応を示さなかった。ただ、壊れた時計のように同じリズムで歩き、同じ方向を見つめ、意味のない徘徊を続けている。 (……なんだよこれ……なんで誰も答えないんだ……?) 仲間の一人が呟いた。 「……まるで……抜け殻だ……」 背筋に冷たいものが走る。 タイルの平原、巨大な白い構造物、壊れた群れ。 そして――あまりにも巨大なスケール。 (……ここはいったい……どこなんだ……?) 誰も答えられなかった。 それでも、ここがどんな場所なのかを知るにはあの巨大な白い構造物の正体を確かめるしかない。そう判断した俺たちは、協力してその縁へと向かうことにした。 だが近づくにつれ、その白い壁は想像以上に途方もない高さであることが分かってきた。近づけば近づくほど、まるで山の斜面のようにそびえ立って見える。 「……これ、登れんのかよ……?」 「溝のところを使えば、なんとか足場になる。三人で押し上げればいけるはずだ」 仲間と肩を組み、背中を押し合い、壁の凹凸を手がかりによじ登る。腕が震え、足が滑りそうになりながらも、なんとか白い縁――建物の外枠のような部分に手が届いた。 最後の一人を引っ張り上げ、全員が白い淵の上に立った。 そこは外から見た以上に幅広く、足元は滑らかな曲線を描いていた。 「……すげぇ……なんだこれ……」 淵の内側には、先ほど地上から見えた奈落の穴が広がっていた。だが、上から覗き込むとさらにその異常さがはっきりした。 「おい、中はどうなってる……?」 後ろから仲間が声をかけてくる。 俺は慎重に身を乗り出して覗き込んだ。 「……いや……これは……」 喉がひきつった。 下の方……遥か真下に、水が溜まっている。 「水だ……溜まってる。かなり深い……」 「水?こんなとこに?」 別の仲間が身を乗り出す。 「おい、あっちの方向はどうなってる?」 指さされた方向に目を凝らすと―― 白い陶器の内部にはさらにもう一段深い穴があり、そこにも暗い水面が広がっているのが見えた。 「……二つ目の穴だ……こっちはもっと深い。底が見えない……」 「はぁ?なんだよそれ……なんの構造だよ……!」 仲間たちがざわめく。 「いや……これは、まるで――」 そう言いかけた瞬間だった。 ド……ン。 大地が揺れる。 「……っ!?おい、今の……地震か!?」 続いて、遠くから巨大な足音のような衝撃が近づいてくる。 ドン……ドン……ドン……。 タイル平原全体が震え、白い陶器がかすかに振動する。 風が押し寄せてくる。空気そのものが揺れている。 俺たちは無意識に顔を見合わせた。 (……なにかが来る……!) その何かが、この白い巨大構造物に向かって歩いてくるのは間違いなかった。 ド……ン。 遠くから、地面の奥底を揺さぶるような重低音が響いた。 「……まただ。さっきより、近い……!」 タイルが震え、細かい破片がカラカラと転がる。 ドン……ドン……ドン……。 間隔が短い。巨大な何かが確実にこちらへ歩いて来ている。空気が震え、胸の奥まで振動が刺さるように伝わってくる。 仲間のひとりが縁のほうを振り返り、青ざめた声を上げた。 「お、おい……ここにいたら……下に絶対落ちるぞ……!あの穴に落ちたら終わりだ!今すぐ降りろ!!」 全員、必死に今上ってきた白い壁からタイルへ飛び降りた。着地の衝撃で膝を打ちつける者もいたが、そんな痛みに構っていられる状況ではなかった。 ドン……ドン……ドオオオン……! 足音は刻一刻と大きくなる。大地そのものが脈打つような衝撃。 そのとき―― 白い巨大な構造物の周囲を彷徨っていた抜け殻のような小人たちが、突如としてピタリと動きを止めた。 そして、一斉に―― 目を見開いた。 濁った瞳に、急に光が宿る。 「……っ!?なんだよ急に……!」 老人が震える声で呟く。 「来る……女神さまが……おいでになる……準備を……準備をしなくては……!」 その声を皮切りに、周囲に散らばっていた小人たちが一斉に同じ言葉を繰り返し始めた。 「女神さまが来る……!」「準備を……準備を……!」「ひれ伏せ……道をあけろ……!」 狂気じみた合唱のようだった。 仲間の一人が叫ぶ。 「はぁ!?女神?なに言ってんだこいつら!?」 混乱する俺たちをよそに、白い建物の影の奥――俺たちがさっき出てきた方向から、さらに多くの小人たちがぞろぞろと現れはじめた。 老人も、先ほどの徘徊者たちも。どこに隠れていたのか分からないほど大量の小さな影が、俺たちの周囲に押し寄せてくる。 その中に―― さっき唯一まともに会話ができた男もいた。 リーダーがその男の胸ぐらを掴む。 「おい!本当にここはどこなんだよ!女神ってなんだよ!!何が来る!!?」 男は抵抗せず、ただ諦めたように笑った。 「……まぁ、見てれば分かるさ。逃げる場所なんて、どこにもないんだから」 リーダーが怒鳴ろうとした、その瞬間。 ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!! タイル平原の右手側――巨大な壁だと思っていた白い空間の一部が、ゆっくりと内側へ押し開かれるように、ギギ……と軋みながら開いた。 まるで巨大建築物の押し扉が、ゆっくりと重たく押し開かれるかのように。 いや、それよりも……もっと原始的で、もっと日常的な、人間が手で押して開けるあの動作そのものに見えた。 ド……ンッ。 開いた隙間から、何かが踏み出してくる。 タイルが沈むと感じるほどの質量。影が地平線まで伸び、俺たちの視界を飲み込む。 そして―― 圧倒的なスケールの女が姿を現した。 壁のような太腿。 塔のような上半身。 見上げても顔すら見えない高さ。 とてつもない、人間の女が、巨大空間へと入って来るところだった。 ド……ン。 先ほどまでより明らかに重い衝撃が、タイル平原の奥から響いた。 ドン……ドン……ドン……ッ! 揺れ方が違う。規則的で、振動がすさまじく重い。 「お、おい……やばいぞ……本当にこっちに向かってきてる……!」 「ど、どれだけデカいんだよアイツは!」 タイルが波打ち、地面が軽く跳ねるたびに小人たちの身体が浮き上がる。足元の溝に落ちそうになりながら、俺たちはパニック寸前で互いにしがみついた。 そのときだった。 「女神さまが来るぞォォッ!!!」 先ほどまで彷徨っていたうつろな小人たちが、突然絶叫しながら跪いた。 そして―― 数人が、光の差す方向へ走り出した。 「お、おい!?危ないだろ何してんだよ!」 止める暇もなかった。 白い建造物――和式便器の巨大な影が伸びる方向。 そこへ、小人たちが狂ったように走り出し―― ドッ……!メリッ……!! 巨大な影がタイルの端へ差し込んだ瞬間、弾けるような音とともに小人たちの身体が消えた。 それは、巨大なパンプスの底に跡形もなく押し潰された音だった。 「う、うわあああああああッ!!!」 「ひ、ひぃぃ!!なんでだよ!!」 黒い革のパンプスの底には、跡など残っていない。ただの灰色の汚れにしか見えない。彼らがいたはずの場所には、影も形もなかった。 やがて――その持ち主が姿を現した。 全員が同時に見上げた。 そして、凍りついた。 「……なんだよ……あの怪物みてぇな女……!」 「こ、こんなの人間じゃねぇ……!!」 身長は俺たちの150倍程度であろうか? 長い脚、スーツのタイトスカート、黒いパンプス。どう見ても普通の会社員――ただし、絶望的なスケールの差を除けば。 その女は顔をしかめながら、ぼそっとつぶやいた。 「ったく、あの糞ハゲ……話が長ぇんだよ……。おかげで膀胱パンパンじゃねーか……」 その瞬間、テロ組織の男たちの顔が青ざめた。 「な、なぁ……今……膀胱って……言ったか……?」 「おいおいおいおい……やっぱりここって……」 リーダーが唯一まともだったあの男へ視線を送る。 男は、もう悟りきったように肩をすくめた。 「……ああ、そうだよ。ここは普通の女子トイレだ。」 「俺たちは――だいたい1センチくらいに縮められてる。」 ドンッ。 女が便器の前で立ち止まり、太腿の壁が真横に迫る。 そして―― 巨大なOLが、淡々と白い陶器をまたいだ。 圧倒的な質量が落ちてくるような気配に、小人たちは悲鳴を上げるしかなかった。 次の瞬間――右側のパンプスが振り下ろされた。 ドッ……ゴオオオオオンッ!! 耳が弾け飛ぶかと思うほどの爆音。わずか2〜3メートル先に、まるで隕石が落ちたかのような衝撃が叩きつけられ、タイル平原が波のように揺れた。俺たちの身体はその場で跳ね上がり、膝から崩れ落ちる者もいた。 「う、うあああああッ!!な、なにが起きてんだよ!!?」 パンプスの底は壁のようで、その高さは小人基準で50メートル級の黒い巨壁だった。その巨壁が横薙ぎに落ちてきた衝撃で、近くにいた徘徊小人が数名、跡形もなく弾け飛んだ。 「た、立てねぇ……!重機かよ……あの女……!」 さらなる振動が左側から襲いかかる。 ドゴォォォンッ!! 左のパンプスも陶器のすぐ横へ落ち、タイルが悲鳴を上げるように軋んだ。 耳鳴りと砂煙に包まれながら、俺たちはただ震えることしかできなかった。 ド……ンドン……ッ。 女の足音が便器の正面で止まった。 タイル平原に静寂が落ちる。 だがそれは、嵐の前の静けさとしか形容できなかった。 巨大なOLは白い陶器をまたいだまま、一度腰に手を当て、深く息をついた。 「……っふぅ~~……我慢しすぎた……」 その一言だけで、地面の空気が震えた。 リーダー格の男が、我慢できず叫んだ。 「おーーーーい!!ここだ!!ここに人がいる!!助けてくれぇぇぇぇぇぇッ!!」 声は虚しく巨大空間へ吸い込まれた。 まともだった男が首を振る。 「無駄だよ。俺たちだって……普通のサイズのとき、便器の周りなんていちいち見なかっただろ?」 「でも……!」 「このサイズならなおさらさ。あの女がこっちを見るわけない。俺たちなんか、タイルのホコリと変わらないんだよ」 男は淡々と続けた。 「たまに、暇つぶしで小人をいたぶる女もいるけど……本当にたまにだ。ほとんどは、存在すら気にしない」 「な、なんだよそれ……」 言い返す暇もなかった。 巨大なOLが――腰に手を当てたまま、パンプスのつま先を軽くトントンと鳴らし、次の動作へ移った。 パンツを下ろし始めた。 スーツのタイトスカートの隙間から、白い布が指でつままれ、ズルッ……と滑り落ちていく。わずかな布の擦れる音が、空全体に響くように重く聞こえる。 そのとき、ふわりと―― 濃密な女の下半身の匂いが降りてきた。 汗、蒸れ、体温、そして微かな刺激臭。 小人たちには、息が詰まるほどの濃度だった。 「く、くっさ……な、なにこれ……!」 「うわ……頭が……クラクラする……!」 パンツが足首まで落ちる頃には、あたりはすでに女の体臭の霧に包まれていた。 次の瞬間―― タイトスカートが、一気にこちらへ迫ってきた。 ゴウゥゥッ!! 巨大な布がうねり、空を覆い隠すように広がる。黒い天井が落ちてくるかのような圧迫感。 「落ちてくるぞ……!!みんな離れろ!!」 誰かが叫んだが、もう遅かった。 ドオオオオォォォンッ!! 女の腰が沈む。太腿が空を塞ぎ、タイルが押し潰されるほどの衝撃が走る。 風圧が竜巻のように巻き起こり、小人たちは吹き飛ばされそうになりながら必死にタイルの溝へしがみついた。 視界は一瞬で暗闇に変わる。 そしてその暗闇は―― 巨大な女の股の影だった。 生暖かい湿気が降りてくる。強烈な刺激臭が混じる。呼吸するたびに喉が焼けるような錯覚すら覚える。 「こ、これが……しゃがむ音かよ……」 「化け物かよ……なんなんだよあの女……!」 頭上には、今まさに解放されようとする巨大な肉の壁が鎮座していた。 吹き飛ばされそうになっていた衝撃がようやく落ち着き、男たちは震える指で溝の縁を掴みながら、恐る恐る上を見上げた。 そこは――まるで別世界だった。 タイトスカートの布が天井のように広がり、薄暗い空間を形作っている。わずかな隙間から漏れる光は、巨大な肉塊の輪郭をぼんやり照らしていた。 白い陶器の奈落の真上。 そこには、OLの身体の中でも最も巨大で、最も生々しい器官――女性器が君臨していた。 「……っ!!」 誰かが息を呑む。 距離にしてわずか十数メートル上。しかし、それは小人にとってビル数十階分の高さに匹敵する。股間の肉がわずかに脈打つたび、生暖かい湿気が波のように押し寄せ、下のタイルが曇るほどだった。 濡れた皮膚の皺ひとつひとつが、山脈のように隆起している。中央部の裂け目は深い谷となり、その奥からはかすかに熱気と強い刺激臭が流れ落ちてくる。 「……な、なんだよ……これ……」 「でけぇ……人間の体って……こんなになるのかよ……」 その巨塊のさらに上部―― 黒々とした陰毛が、森のように広がっていた。 一本一本が小人にとっては樹木の太さで、根元は湿気を帯びてうねり、先端はわずかに揺れているだけで影が何重にも重なって見える。太腿と太腿の谷間に沿って密集したその毛は、闇の中でざらついた光沢を放ち、近づくことすら本能が拒否する威圧感を放っていた。 湿った熱気が毛の隙間から下へと降りてくるたび、強烈な体臭が濃密に混ざり、小人たちは顔をしかめて後ずさるしかなかった。 「……森みてえだな……」 陰毛の森の下、巨大な女性器は、まさにこの暗黒空間全体の支配者のようだった。今にも何かが開放される直前の、緊張と圧力に満ちた沈黙が続いていた。 暗闇に満ちる湿気が、ついに限界へ達した。 頭上十数メートルの位置で、巨大な裂け目がわずかに震え――その奥の光なき奈落が、ゆっくりと、しかし確実に開きつつあった。 「ひぃ……くる……!くるぞおおお……!!」 誰かが泣き叫ぶ。だが逃げ場はない。 彼らがいるのは白い陶器の淵の外側、OLの足元付近――つまり、便器のフチのすぐそば。 数十センチ(小人の感覚では数十メートル)先に広がる便器の奈落に落ちれば死がまっている。そして上空には巨大な太ももと暗いスカートの天井が覆い被さっていた。 ぶわっ……! 裂け目から降りてくる熱風はさらに濃くなり、陰毛の森を揺らした。熱を帯びた湿気が皮膚にまとわりつき、喉を刺す刺激臭がどんどん強くなる。 「くさっ、……息……できねぇ……!空気が……重い……!」 汗が噴き出し、身体中がねっとり湿っていく。 そのとき―― 巨大な肉壁が、内側からぐっと押し広がった。 短く、それでいて大地を揺らす声が落ちてくる。 「……んんっ……!」 太ももが微かに震え、陶器の淵全体がきしむほどの圧が伝わる。 そして―― じょばああああああああああっ!!!!!! ダムが決壊した。 黄金の奔流が、目の前の巨大な奈落(便器の内側)へ豪快に叩きつけられた。 だが、それでも――地獄だった。 「うわあああああああああッ!!!」 「近づくな!!落ちたら終わりだ!!」 水柱は便器内部へ落下し、激突するたびに巨大な飛沫が外側へ爆発する。 バッシャアアアアアンッ!! 雷鳴のような轟音。地響きを伴う衝撃。タイルが震え、小人たちは倒れ込みながら淵から必死に距離を取る。 落下した尿が跳ね返り、外側へ霧状のしぶきや大粒の飛沫となって飛び散る。 空気には濃厚すぎるアンモニア臭が満ち、吸い込んだ瞬間、肺が焼け付くような痛みが走る。 「げほっ……げほっ……目が……しみる……っ!」 「なんだよこの臭い……殺す気かよ……!!」 そして―― 一際大きな飛沫が、こちらへ飛んできた。 直径数ミリ。だが小人にとっては落石だ。 パァンッ!! 「が……ッ!!?」 一人の男の頭部に直撃し、彼はそのまま吹き飛ばされて地面に転がり、ピクリとも動かなくなった。 「おい!しっかりしろ!!」 だが反応はない。脳震盪――いや、それ以上かもしれない。 誰も助けに行けない。行けば自分もまきこまれる可能性があるからだ。 「ふ、ふざけんなよ……っ!なんで……なんでこんな目に……!」 怒鳴りたくても、上を見ても、そこに人間の姿などない。 タイトスカートの天井が暗闇を作り、左右では太ももの壁が迫り、中央からはひたすら黄金の滝が落ち続ける。 遥か上空から、かすかに声が落ちてきた。 「んはぁぁ~~……気持ちい~~……♡」 顔は見えない。 表情もわからない。 だがまったく小人たちの存在に気づかず、ただただ排泄の快楽に浸っている声だということだけは明確だった。 その無邪気な吐息だけで、世界はまた震えた。 小人たちは――誰一人、反論すらできなかった。 じょぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!! 黄金の滝は、まだ終わらなかった。 落下し続ける水柱は、もはや一本の巨大な柱というより、 果ての見えない川が天から落ちていると言った方が正確だった。 「……はは……ははは……」 唐突に、ひとりの男が笑い出した。 その笑いは狂気ではなく――ただの諦めに近かった。 「なんだよ……これ……ナイアガラじゃねぇか……俺ら……滝つぼの真横にいるんじゃねぇか……」 乾いた声。乾いた笑い。乾いた絶望。 彼の視線の先には、 巨大な便器の内側へ叩きつけられる金色の瀑布があった。 滝が落ちるたび、陶器全体が揺れ、淵の外側にいてさえタイルが震える。 ここは、人間の排泄を処理するただの場所ではない。 小人にとっては、地球規模の自然災害そのものだ。 黄金の勢いは弱まるどころか、むしろ一定のリズムで荒れ狂っているように見えた。 「まだ続くのかよ……ッ!」 「もうやめてくれ……頼むから……!」 誰が叫んでも、上空の巨人には届かない。 その時――落下の勢いが、ほんのわずかに緩んだ。 じょぼじょぼ……。 ちょろっ‥‥。 最後に数滴、太い水滴が奈落へ落ちていき、 終わりが訪れた。 「……っはぁ~~~、すっきりしたぁ……♡」 天井から柔らかい声が落ちる。 それはあまりにも日常的で、平和で、 この地獄とは無関係のただのOLの声だった。 次の瞬間 カラカラカラッ! 巨大な指が紙を引き出す音が響く。 スカートの中で、白いティッシュが現れ、 巨人の手がその股間をごしごしと拭き始めた。 布が擦れるだけで風圧が降り、 ティッシュが動くたび、熱気と臭気が渦を巻いて落ちてくる。 「やめろ……やめてくれ……こっちに来るな……」 小人たちは思わず後ずさる。 しかし、それも一瞬。 拭き終えたティッシュは、巨人の指で軽々と摘まれ―― ひょい、と便器の内側へ投げ込まれた。 ふわり、と落ちていく白い紙は、彼らにとって街ほどのサイズ。 それが黄金の海へ沈んでいく様は、まるで儀式の供物だった。 そして―― ガコンッ! ゴウウウウウウウウウッ!!! 衝撃。 水流。 轟音。 地震のような揺れ。 女が足でレバーを押したのだ。 便器の内部で、凄まじい水の渦が巻き起こり、さきほどまでの黄金の海をすべて飲み込み始めた。 「うわあああああああっ!!!」 「ま、まずい!!ここまで揺れるのかよ!!」 淵の外側にいる小人でさえ、立っていられずに倒れ込み、 一歩間違えればそのまま奈落へ滑り落ちそうになる。 「や、やべぇ……死ぬ……!」 渦が巻くたびに吹き上がる風圧と振動は、 小人の身体にはあまりにも強大だった。 そして―― 水がすべて流れきると同時に、世界が静かになった。 巨人の女がスカートを整え、ゆっくりと立ち上がる。 その影だけで、地面が真っ暗になる。 ドン……ドン……ドン…… 巨大なヒールの足音がタイル平原を震わせ、 女は何も気にせず扉の方へ歩いていく。 「じゃ、午後もがんばろ……」 あまりに普通すぎる独り言。 扉が開き、閉じる。 地獄は、女の退場とともに唐突に終わりを迎えた。 しかし――小人たちの震えは、まだ止まらなかった。 「なんだよこれはぁぁぁあああああッ!!!」 便器の淵の外側で、テロ組織のボスが絶叫した。 黄金の奔流が終わり、世界は静けさを取り戻しつつあったが――男の中の混乱と怒りは収まりようがなかった。 その肩が、後ろから軽く叩かれる。 「ほら、俺たちの仕事だ」 あのまともだった男が、淡々とした声で言った。 その手には――小人サイズの掃除道具が握られていた。 「……はあ?何言ってんだお前……こんな……こんな地獄、誰が……!」 ボスは顔を歪ませ、思わず一歩後ずさる。 しかし、周囲を見て息を呑んだ。 さっきまで呆けていた老人、ぼんやり歩いていた男たち――彼ら全員が、 飛び散った尿の雫や、便器の外側についた汚れを必死に拭き取っていたのだ。 その表情は虚ろで、しかし手だけは止まらない。 「ふざけんな……こんな……人間がやることじゃねえッ!!」 ボスが叫ぶと、まともだった男が静かに笑った。 「……ふふ。俺も昔、同じことを言ったな」 その一言に、ボスが食いつく。 「お前っ……こんな最悪な――」 言い終える前に、男の胸倉をつかもうと腕を伸ばす。 しかし逆に、その手首を強く掴まれた。 「最悪?」 まともだった男の声が、低く沈む。 「こんなの……まだマシなんだよ」 その迫力に、ボスは思わず手を離した。 「……は?」 まともな男はゆっくりと便器の方へ視線を向けて言う。 「まずな。今の女は、自分で拭いてたろ?ティッシュ使ってよ」 「……ああ」 「でもこのトイレには、ウォシュレット機能もついてるんだよ」 「ウォ……シュレット……?」 男たちの表情に理解が追いつかない。 そして――その男ははっきりと言った。 「そのウォシュレットってのは、俺たちだ」 テロ男たちの顔が、一斉に青ざめた 「……え?」 「ウォシュレットって……あの……水が飛び出すやつか……?」 「はは、まさか……そんないいもんじゃねぇ」 まともだった男は、ゆっくりと首を振った。 「女がしょんべんをするだろ?んで、その後、女がボタンを押したらまんこのところまでノズルが伸びていく。その後は、俺たちがノズルのところまで行くんだよ。で――」 彼は淡々と続けた。 「そして、巨大な女のまんこを綺麗にするのが、俺たちの仕事だ。」 一同、固まった。 先ほど見上げた、スカートの闇の中で揺れていた、圧倒的な女性器。 湿った陰毛。 光を吸い込むような暗い裂け目。 呼吸さえできなくなる熱気と臭気。 小人たちの脳裏に、その光景がまざまざと蘇る。 「……うそだろ……」 「そんな……そんなこと……」 誰も続きの言葉を出せない。 まともな男は淡々と語った。 「俺はな。ここに来た初日にそれをやらされた」 その声には、今も消えない恐怖が滲んでいた。 ボスを含め、全員が言葉を失う。 「あとなぁ……当然だが」 まともな男は、ゆっくりと、しかし残酷に告げた。 「女がするのは、しょんべんだけじゃねぇ」 「!!?」 誰かが震えながら言う。 「ま……まさか……」 「そうだよ」 男は便器の奈落へ視線を落とした。 「トイレなんだから当たり前だろ」 そして―― 「うんこだって、当たり前にしていくんだよ。」 その瞬間―― テロ組織の男たちの顔が、完全に絶望の色へ染まった。 「おい、新人たち。こっちに来い」 低く、感情の抜け落ちた声が響いた。 テロ組織の男たちは顔を引きつらせながら、その呼び声の方へと歩かされた。足元のタイルは広大で、継ぎ目の溝は小人にとっては浅い谷のように続いている。その先、白い陶器の淵から少し離れた場所―― 飛び散ったおしっこの一部が、まだそこに残っていた。 黄色く濁ったそれは、タイルの上で不自然な丸みを保ち、まるで生き物のように盛り上がっている。 「……なんだ、これ……」 近づいた瞬間、鼻を刺す刺激臭が襲ってきた。 「これを……きれいにしなさい」 そう言われて差し出されたのは、雑巾、ブラシ、そしてバケツ。 「ふざけんなよ……こんなの、どうやって使えってんだ……」 誰かが呟く。 目の前の黄色い塊は、表面張力でぷるぷると震え、 スライムのように形を保ったまま、タイルに張り付いている。 流れ落ちない。 垂れもしない。 ただ、そこに在る。 それが、この場所の現実を突きつけていた。 さらに―― 時間が経って乾きかけた尿特有の、むっとする臭いが立ち上る。 「うっ……くせぇ……」 「息するだけで、喉が焼ける……」 仕方なく、男の一人が雑巾に手を伸ばした。 布を押し当てると、 じゅわっ…… という音とともに、黄色い液体が一気に染み込んでいく。 「……あっ」 次の瞬間、雑巾はあっという間にびちゃびちゃになり、 持ち上げるだけで滴り落ちそうなほど重くなった。 「無理だろ、こんなの……」 「いくら拭いても、終わる気がしねぇ……」 そのとき―― 近くで作業していた別の小人たちの様子が目に入った。 彼らは、尿の塊の縁に集まり、 樹液に群がる虫のように、何人もが貼り付いている。 そして―― じゅる……じゅる…… という、生々しい音。 「……飲んでる……?」 信じられない光景だった。 「う、うわ……気持ちわりぃ……」 テロ組織の男の一人が耐えきれずに吐きそうになり、 別の男はその場に膝をついた。 その背後から、落ち着いた声がかかる。 「……あれ、気持ち悪いって思うだろ?」 振り向くと、あのまともだった男が立っていた。 「最初、俺もそうだった」 彼はそう言って、肩をすくめる。 「だがな。ここじゃ、あれが貴重な水分で、栄養源なんだ」 「……は?」 「食事の配給なんて、ねぇんだよ。あるのは……これだけだ」 そう言うと、彼は躊躇なく尿の縁に近づき、 手ですくって、そのまま口に含んだ。 ごくり、と喉が鳴る。 「…………」 テロ組織の男たちは、言葉を失った。 この場所では―― 掃除とは、命をつなぐ行為であり、 飲むことと、拭くことの境界は、すでに失われていた。 誰も、次に自分がどちら側に立つのか、想像できずにいた。 小人たちの地獄のトイレ掃除が始まって、どれほど時間が経ったのか。 巨大OLが去った後、小屋ほどもあった尿の塊は、いまや小岩ほどの大きさにまで削り取られていた。 バケツで運び、絞り、また戻り――その作業の繰り返しが続く。 「……はぁ……はぁ……くせぇ……もう腕が動かねぇ……」 タイルの谷間に膝をつき、男たちは息を荒げながら雑巾を握りしめる。 小人にとって尿の塊は液体ではなく巨大な半固体の山であり、扱うだけで地獄だった。 まともな男が、その横で汚れた雑巾を肩にかけながら笑う。 「よくやったよ。最初は吐きながら逃げてたお前らが、今じゃ立派な掃除屋じゃないか」 「……立派って……これ、地獄だろ……」 「まぁまぁ。今回は飲めなかったけどな」 冗談めかしてそう言うまともな男だが、その目の奥はどこか壊れているようにも見えた。 「じきになれるさ。誰でも最初は抵抗ある。俺だってそうだった」 テロ組織の男たちが青ざめる。 「……お前、本当にいつも飲んでるのかよ……」 「うん?当然だろ。飲まないと体力持たんし、ここには水なんて降りてこない。なにより……飲めるようになったら一人前だからな」 そう言って笑った直後だった。 タイルの地面が、不意に震えた。 ……ドッ……ドッ……ドドドッ!! 先ほどのゆっくりした歩行とは違う。 明らかに、走っている。全力で。 「な、なんだ……!?さっきの女はもう行ったよな……!」 「……おかしいな」 まともな男が顔を上げる。 「このリズム……走ってるな。それも相当焦ってる」 「ふざけんなよ……なんで急ぐんだよ……!」 小人たちがざわつく中、まともな男は薄く笑った。 「普通、トイレに全力で走る時ってのは一つだろ?」 男たちの喉が鳴る。 「……まさか……」 「我慢の限界ってことだ。つまり――」 まともな男は後方を指さし、淡々と言った。 「高確率で、でかい方だろうな」 「い、いやだ……いやだいやだいやだ……!!」 男たちはパニックになり、タイルの溝へ逃げようとした。 だが―― ……ドドドドドドッ!!!! 地面が跳ねる。 空気が波打つ。 小人の身体が揺れるほどの巨大な衝撃が迫ってくる。 ガンッ!!!! 女子トイレのドアがはじけ飛ぶように開き、トイレ全体に爆発のような衝撃が走った。 明るい光が差し込み、その向こうから女性が飛び込んでくる。 年齢は20代前半。 カジュアルな服装で、足元はスニーカー。 顔は真っ青で汗だく、片手で腹を抱えている。 「っ……ま、まじで無理……!! やばいやばいやばい……!!」 呼吸は荒く、身体は折れ曲がり、目はうるんでいる。 完全に限界の表情だった。 「うっ……っ!!早く……!!」 視界に小人が映るはずもなく、彼女は一直線に便器へ向かって走る。 まともな男は低く呟いた。 「来るぞ。このタイプは……本当に危険だ」 「な、なにが危険なんだよっ……!」 その説明が始まる前に――事態は起きた。 女性が荷物を乱暴に床へ落とし、その反動で身体を折り曲げながら便器へ駆け寄る。 次の瞬間 ドンッ!! 彼女の右足が、便器横のタイルへ雑に振り下ろされた。 その衝撃は、小人視点では岩盤が落ちてきたのと同じだ。 「う、うわあああああッ!!!」 踏み下ろされた場所で作業していた数名の小人が ぐちゃり、ぐちゃ!! 昆虫のようにつぶれて即死した。 残ったのは、肉片なのか、タイルの汚れなのか判別もつかないほどの影。 テロ組織の男たちは便器の奥側を掃除していたため難を逃れたが、 入ってすぐの手前側を担当していた小人たちは、ほぼ全滅だった。 「ひっ……ひぃぃ……!!」 振動で吹き飛ばされたまともな男と数名のテロ男たちは、慌てて立ち上がる。 上空では―― 女性が焦りで手元もおぼつかず、 がちゃがちゃとズボンとパンツを乱暴に脱ごうとしている。 布が擦れる巨大音と、スニーカーがタイルを滑らせる摩擦音が、地響きのように落ちてくる。 まともな男は埃まみれの身体を起こし、息を吐いた。 「……な?言ったろ」 彼は死体を見ても眉ひとつ動かさずに言った。 「もともと俺たちなんか気にしてないが……焦ってるやつは特に動きが雑だ。巻き込まれりゃ一瞬で終わる。」 テロ男の一人が震えながら尋ねた。 「じ、じゃあ……どうすりゃいいんだよ……!」 まともな男は肩をすくめた。 「走ってる足音が聞こえたらな。まず奥の方へ逃げるんだ。手前は危険すぎる」 「……な、なるほど……」 「まぁ、覚える前に死ぬ奴も多いけどな」 その言葉を遮るように―― 上空から、女性の荒い息が落ちてきた。 「っ……やば……ほんと無理……!!」 そして、彼女の腰が便器へ沈み込むように落ちていき、地獄の本番が始まる。 駅前のトイレは全部使用中。飲食店に入っても「ただいま清掃中」の札。 歩くたびに腹の奥がぐるぐると波打ち、冷や汗が首筋をつたう。 「まじで無理……ほんとにやば……!!」 もう洒落にならなかった。 さっきから、下腹部の痛みは刺すような鋭さから、今はもう押し寄せる津波のように周期的な強い波になっている。 脚を閉じ、無意識に太ももを擦り合わせながら歩くたびに、尻の奥で生暖かいものがぐにゅと押し寄せてくる。 (やばい……次の波きたら……絶対漏れる……!!) もう選んでいる余裕なんてない。 目に飛び込んできたコンビニのトイレが、空いている。 「よかった……!!助かった……!!」 ほとんど悲鳴に近い声を漏らしながら、女性はトイレのドアへ走る。 ドタッ、ドタタッ、ドタドタ……ッ!! 焦りのあまり、完全に走り方も乱雑だ。 腹を抱えながら、体を折り曲げるようにしてトイレの前に立つと―― ガンッ!!!! 勢い任せで、ドアを乱暴に押し開けた。 中は無人。 それを確認した瞬間、彼女はほっとしたように膝から崩れ落ちそうになった。 「はぁ……っ、はぁ……っ……よかった……!ここ空いててほんとよかった……!!」 約束の時間は迫っているし、電車にも乗らなければならない。 しかし、それ以上に もう出口が持ちこたえてくれそうにない。 荷物を乱雑に放り投げる 女性は、もはや優雅にカバンを置く余裕などなかった。 むしろ手から物を落とすようにして、バッグを床へボスッと投げ捨てる。 焦りすぎて、床に何か小さく動くものが視界の端に映ったが、 今の彼女にはそれを確認する気力もなかった。 (ちょっと動いた……?いや、そんなのどうでもいい……!!) 腹が再びきゅうっと収縮し、痛みが背筋を抜ける。 「っ……やば……もうほんと無理……!!!」 震える手で、ベルトに引っかかった指がもどかしい。 ズボンをつかみ、パンツごと―― ガッ!!と一気に引き下ろした。 その勢いで、足元で何かが転がるような音がしたが、 女性はもうそれどころではない。 しゃがみ込みと同時に、下痢が弾け飛ぶ 和式便器に尻が近づく前、すでに尻の奥から熱い液体が漏れ始めているのが分かった。 次の瞬間―― ビチャアアアアアッ!!!!!! 炸裂音とともに、下痢便が勢いよく噴き出した。 粘度のない茶色い奔流が、まるでホースの水を全開にしたような勢いで便器へ叩きつけられる。 「んんはぁぁぁ~~~~~~~~……っ!!!」 女性は、恍惚とした表情で頭をのけぞらせた。 顔には安堵とも快楽ともつかない表情が浮かび、 緩んだ口元からは震える吐息が漏れる。 「よかった……っ……まじで間に合った……!!」 その言葉と同時に、腹の奥に再び重い圧が加わる。 「いたたたた……っ……!」 無意識に腹を押さえながら、 ビチャビチャビチャビチャビチャッ……!ブチュッ……!! 追加の下痢便が、断続的に噴き出していく。 液状と固形の中間のような、不均一な塊が弾けるように降り落ちる。 時折、空気の混ざったブチュッという湿った破裂音が響き、 そのたび女性は眉をしかめながらも排泄を止められない。 「はぁ……っ……やば……まだ出る……っ……!」 涙目でしゃがみ込んだまま、彼女は必死に息を整える。 追加の波がまた腹の奥でぐぐっと膨らむ。 「っ……まだ……くる……!」 和式便器の上で肩を震わせながら、彼女は無意識に前へかがむ。 ブボボボボボッ!!ビチャッ!!ドロォッ!!! 先ほどよりも粘度の低い、完全な液状の下痢が勢いよく噴き出し、 便器の斜面を叩きつけるように広がった。 飛沫が跳ね、脚にまで温かい粒が当たる。 「んっ……はぁぁぁ……!やば……止まんない……!」 腹を押さえる指が震え、吐息が途切れ途切れになる。 「んっ!くぅ・・・・」 ブベベベベベッ!!ブリュッ!!ブリュブリュ!! 断続的に噴き出る音が狭い個室に反響し、 それに混じって、濃厚で鼻をつく悪臭がむっと立ち込めた。 「はぁ……はぁ……出る……出るぅ……」 膝が笑うほどの力でいきみ、 最後の波が抜けていくような感覚とともに―― やがて―― ぽた……ぽた……と最後の滴が落ちる。 女性はようやく背筋を伸ばし、震える吐息をこぼした。 「ふぅ~~~~~……もう……ほんと危なかった……」 立ち上がり、惨状に気づく 尻を拭こうとティッシュを手に取り、しゃがんだ姿勢のまま前かがみになる。 ペーパーを数枚まとめて取り、後ろへ手を伸ばし―― 軽く拭うと、べったりとした茶色い液体が付着した。 立ち上がって便器を見下ろす。 そして、絶句した。 「……え?」 大量の下痢便が便器の内側だけでは収まらず、 便器の後方へ大きくはみ出して床を汚していた。 それはタイルに不規則に広がり、粘度のある帯状になってこびりついている。 「きゃっ……最悪……!!ちょ、どうしよう……!!」 慌ててティッシュを追加で取り、床を拭こうとする。 しかし―― べちょ……っ……ぐちゅ……っ……。 茶色い液体は広がるばかりで、まったく拭き取れない。 むしろタイルの溝に沿って伸び、よりひどい状態になっていく。 「うわっ……くさっ……おえっ……!!」 下痢便特有の強烈で酸味のある臭気が立ち上り、 女性は思わず鼻を押さえる。 「だめだ……これ私じゃどうにもならない……。 てか次の予定もう間に合わないし……!」 焦りと後悔が入り混じる中、彼女は汚れたティッシュを便器へ放り投げた。 ペダルを踏むと―― ジャアアアアアッ!! 水流が便器全体をかき回し、下痢便をかき消していく。 「……店員さんごめんなさい……」 小声で呟き、まだ鼻を押さえながらトイレから足早に立ち去る。 ドアが閉まると同時に、店内の雑踏の音が遠くに戻っていった。 女性は急いでコンビニを後にしたが―― 足元で踏み潰したもの、 トイレのふちで吹き飛んだもの、 下痢便が跳ね散らして巻き込んだもの……。 それら小さな命の存在には、最後まで気づくことはなかった。


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