【登場人物】
○登坂慎介(32)……警視庁の刑事。元柔道部。正義感に溢れ、野心家。犯罪組織のリーダーである中山の行方を追う。
○稲本洸(23)……登坂の後輩。元サッカー部。登坂とバディを組む。
○中山篤人(42)……指名手配犯。密輸ディーラー。登坂とのある取引を企てる。
○河田稜(34)……中山を慕い、中山と共に行動する。
***
<湾岸・コンテナ埠頭>
「ふっふふ〜ん! 結構遠くのコンビニまで行っちゃったな。でもちゃんと買えたし、登坂先輩もきっと許して……って、あれ?」
稲本がビニール袋を片手に戻ると、登坂はすでに張り込みを終え、撤収しようとしていた。緊張感がなくなり、ぼうっと遠くの一点を見つめている。
「登坂先輩、お待たせしました! 先輩、聞いてます?」
「……なあ。あそこに何が見えるかわかるか?」
登坂が見つめているのは港の向こう側だった。えんとつから煙が立ちこめる工場地帯。その上には暗雲とした冷たい空が広がっていた。無表情に遠くを見つめる登坂。その手には大きなボストンバッグがぶら下げられている。「先輩、こんな荷物持ってたっけ?」稲本はそう思ったが、
「あ、買ってきましたよ! マリトッツォ。なかなか売ってなくて、3軒くらいはしごしたんすからねッ?」
稲本はガサガサと袋の中を漁ったが、登坂は鞄の中から一本のタバコを取り出すと口に咥えてその場から立ち去ってしまった。
「あれ、先輩、タバコ止めたんじゃ……? ちょ、ちょっと待ってくださいッて!!」
<警視庁本部>
張り込みから5日目。稲本は変わらずバディとして登坂と行動を共にしていたが、登坂の様子がすっかり変わってしまったことに違和感を覚えていた。張り込みのときに何があったのか聞き出そうとしても答えてくれない。甘いもの好きの登坂がコンビニスイーツに興味を一切示さないのもおかしい。タバコだって、愛する娘のために止めたと言っていたはずだ。
何より、中山篤人への執着がなくなってしまったことが一番奇妙だと稲本は思った。張り込みの日以来、有力な目撃情報はない。登坂は、これ以上捜査を続ける気がないようだった。いつもの正義感に満ちた登坂とは似ても似つかない振る舞い。稲本は登坂の横顔をじっと見つめた。黒髪短髪で、顎のラインまで生えたラウンド髭。一重瞼だが目つきははっきりとしていて雄臭いワイルドな顔つきは普段と変わらない。
「ん、なんだ? 何か付いてるか?」
「いえ、別に……」
あまりにじろじろと見つめると、どこか気まずい空気が流れてしまう。稲本は内心でこう思っていた。あの張り込みの日、絶対に何かあったに違いない。きっと登坂は中山と何らかの接触を持ち、登坂の人格をも変えてしまう何か重大な事件が起こったはずだ。
そうした稲本の不審な動きを、登坂もまた、見逃すことはなかった。
<中山篤人の自宅>
路地裏にたたずむ木造のアパートの一室、7畳ほどのワンルーム。部屋の中は散らかり、机の上には書類とともに薬品がバラ撒かれている。タバコのヤニのせいで薄汚れた白い壁には、散らかった部屋とは似つかわしくない、皺一つないジャケット、清潔な白いシャツ、青いネクタイが掛けられている。
「中山さん、あの稲本って男、絶対気づいてますよ」
腰を下ろして細身の男、河本が口を開いた。
「そうだな。俺もなかなかうまく演じきれてたと思うんだが……」
中山がそう答えると、河本は灰皿でタバコの火を消した。
「俺がアイツを、消しときましょうか?」
「いや、ちょっと待て」
中山は立ち上がると、突然着ていた服や下着を脱ぎ捨てた。細身で白い身体で、背中には大きな切り傷が刻まれている。
「よっこらしょッと」
彼が押入れの前に立ち戸を勢いよく開けると、そこにはいくつもの薄いゴム製のような“皮”が乱暴に放り込まれていた。中山は一番上にある、生温かい一枚の皮をつまみ上げ、その背中にある切り込み口を見つめた。そしてそれを勢いよく伸ばし、空洞に右脚をねじ込んでいく。
「おお、きたきた!」
その皮は、細身の中山にとっては余ってしまうほど大きいはずだ。しかし皮の余りは収縮し、中山の脚の皮膚とぴたりと同化していく。それと連動するように、ぬるりとした感触が中山の全身を、心地よい快感で包み込んでいった。次に中山は左脚を皮に入れ込むと、同じように圧が自動的に調整され、素肌にぴたりと吸着される。そして皮の上半身を持ち上げて着込むと、中山の薄い胸板は分厚く、ラインが深く刻まれた筋肉質な胸板に。さらに両腕に皮を通すと、細かった上腕二頭筋は太く逞しくなり、さらなる快感が中山の全身を包み込んだ。
「ああ、すっげぇイイ……!」
「相変わらずのクオリティっすね!」
河本は中山の目の前に鏡を置いた。中山はその肉体の変化に興奮し、鼻息が荒くなる。40歳を過ぎたスキンヘッドの厳つい顔に、若々しい強靭な体躯を身にまとった、不釣り合いなルックス。その視覚的な情報によって、中山の脳内には大量のドーパミンが放出される。そしてうっとりとしながらガチッとした分厚い雄っぱいを優しく愛撫すると、肉厚でムッチリとした手触りが、中山のものではない中山の全身を、官能的な快楽で貫いた。中山の股間にぶら下がった若々しくて黒い巨根は、すでにギンギンに勃起している。
「これで完成だな……っと」
中山は、ぶら下がった顔の皮を被って、自分の顔のパーツと皮のパーツを組み合わせるように微調整していった。中山の潰れた鼻や輪郭は、皮の高い鼻やすっきりとした輪郭と同化していく。ぼんやりと視界が戻ると、中山はまじまじと目の前の鏡を覗いた。
「あぁ、すんげぇ……」
そこには黒髪短髪、くっきりとした目鼻立ち、雄臭いラウンド髭を生やした男の姿──登坂慎介の姿があった。中山は首を左右に振ったり、口をパクパクと開いたりして自身の顔を確かめ、そして髭の生えたフェイスラインを指で優しく撫でると、表情筋をデレッと緩ませた。
「あーあー、俺は登坂慎介……はぁ……んふぅ」
中山のしゃがれた声は一変し、登坂慎介の声帯で恍惚とした声を漏らす。自分自身の喉から登坂の太い声が発せられると、他人になれた喜びが倍増してくるのだ。それでもやはり、鏡を見ていると「鏡を見ている」という感覚よりも、どちらかといえば「全裸の登坂慎介に見つめられている」という感覚が近いように思える。キリッとした登坂の目に見つめられると、中山は胸がギュッと締め付けられる気持ちになってくる。
「俺は……絶対に中山を許さない……! それなのに……、凶悪犯の中山に、まんまと着込まれちまったぁッ♡」
登坂慎介の人格を装いながら、鼻の下を伸ばして再び甘い吐息を漏らした。そして清潔なYシャツやジャケットに袖を通すと、その姿はこれまで凶悪犯の行方を追い続けていた、若くて勇ましい刑事そのものに。もう一度鏡を確認すると緩んだ表情筋を引き締めて、キリッとした精悍な顔つきへと切り替えた。
「さて、最後の作戦、始めようか……ひひッ」
股間にぶら下がったチンポは余計に勃起し、スラックスは大きく張り出していた。
<次回・最終話>
Adam
2022-02-28 08:51:42 +0000 UTCkeeely
2022-02-27 13:10:23 +0000 UTCAdam
2022-02-27 02:58:13 +0000 UTCkeeely
2022-02-26 07:40:24 +0000 UTC