自らの容姿、性格、声。そのすべてを“擬態”されてしまった、アメフト選手の飯塚倫也(34)と吉原充(24)。彼らは一体どのようにして人格を奪われ、寄生体に人生を置き換えられてしまったのだろうか──。これは、彼らが擬態され、人生を乗っ取られるまでの物語である。
*****
「充、お前今日ナイスプレーだったじゃねえか!」
「いえ、倫也さんが良いパス回してくれたからっすよ」
その日、アメフトXリーグの試合を控えたチーム『関東スクリューズ』は、次の対戦相手を想定した練習試合を行っていた。クオーターバックの吉原充はチームの司令塔として大活躍し、試合は28-25で勝利。Xリーグに向けて最高のスタートを切ったのだ。
「それじゃあお疲れ様ッした! 俺、もうちょっと練習して帰るんで、ここで」
「まだ練習すんのかー? 熱心なのは感心だが、しっかり休養するのもプロの仕事だぞ。くれぐれもケガには気をつけてな」
「うっす!!」
自主練習を終え、更衣室に一人戻ってきた充。シャワー室で泥まみれの汗臭い身体を洗い流していると、背後からガサガサと物音が聞こえてきた。
(ん? 今日他に誰か残ってたっけ?)
充はそう考えたが、特に気に留めることなく身体を洗い終え、シャワーカーテンを開けた瞬間──充は、もう一人の“充”と遭遇した。充が所属する『関東スクリューズ』の真っ赤なユニフォームに、充と同じ「12」のナンバー。黒髪短髪でツーブロックの髪型に、キリッと凛々しい一重瞼の男臭い顔。口元、髭の生え方まですべて同じ容姿をしていたのだ。
「......ん!?」
充は何が起きているのか分からなかった。まるで鏡を見ているように、同じ容姿をした男が充の前に仁王立ちで立っているのだ。
「ど、どういうことだ? どうして俺が、目の前に?……あ゛……」
動揺する充の腰に、同じ容姿をした男が無表情のまま手を回す。充は反射的に逃げ出そうと考えたが、なぜか身体は言うことがきかない。思うように全身に力が入らないのだ。そして男の太い指が充の肌に触れた途端、充はまるでコンセントを突然抜かれた機械のように、バタンとシャワー室の前で倒れ込んでしまった。
「......俺に...何を......?」
意識が朦朧とする中、充はその言葉を最後に意識を手放した。地面にうつ伏せになる彼の姿を見下ろしながら、仁王立ちの“充”は不敵な笑みを浮かべる。
「あー……それじゃあ、仲間を増やしていきましょうか……あひッ」
*
最近、チームの様子が少しおかしい。それは主将である飯塚倫也が練習の度に考えていたことだった。メンバーそれぞれのパフォーマンスに問題があるわけではない。その日もタックル強化を目的としたトレーニングを実施したが、誰かが致命的なミスするということもなかった。
ただ、倫也は違和感を払拭することができなかった。あまりにも皆のプレーが“完璧”すぎるのだ。これまでチームの課題だったディフェンスラインでのフォーメーションも一切狂いなく上手くいったし、パスの繋ぎも全く問題なかった。いや、むしろ気持ち悪いくらい息がぴったり合っていた。
メンバー一人ひとり見ても体格が良くなっているように見えた。ワイドレシーバーの雄大は肩周りや胸板が以前よりもムチッと盛り上がってきたし、オフェンスラインの大介は少し身長がデカくなったか。若手でエースの充も、立ち振舞や仕草は普段と何一つ変わらないが、肉体がまた一回り大きくなったのか、タックルされてもすぐにダウンすることはなくなった。
その日の練習を終え、更衣室で着替えていても倫也はその違和感を抱いていた。雄大も、大介も、充も、皆お互いの汗臭い身体をベタベタ触り合っていて恍惚とした表情さえ浮かべている。いくらなんでもおかしいだろ? あいつらホモにでもなったのか? 倫也は険しい顔を浮かべながらも、それでも気のせいかと思いその場をやり過ごすことにした。
「皆、分かってると思うが、リーグ初戦はもうすぐだ。気を抜かずいこうな」
「うっす!!」
倫也が練習場を後にして、妻子のいる自宅に向かいしばらく歩いていた時のことだった。背後から何者かの気配を感じたのだ。俺は誰かに付けられている? その影は一歩、また一歩と倫也の背後へと近づいていて、今では真後ろに誰かがいるようだった。追っかけのファンだろうか? 最近、ファンからの迷惑行為がエスカレートしているという話をよく聞く。あの曲がり角を曲がった時、振り返って様子を伺ってみるか。そう思って倫也が振り返ってみると、
「……って、なんだ大介じゃねえか」
彼は拍子抜けして、思わずため息を吐いた。金髪の短髪に、細い眉にはっきりとした目鼻立ち。太い首にガッチリとした体格。黒いジャージ越しからもよくわかる体格の良さ。その影の正体は、後輩でありチームのムードメーカー、大介の姿だったのだ。
「ったく、さっきからストーカーみたいに付いてくんなよ。ていうかお前、帰り道俺と一緒だったか? ……んッ!?」
倫也が安堵したのも束の間、大介は瞬間的に倫也の背後へと回り込み、厳つい大きな手で倫也の口を塞ぎ込んだ。咄嗟に倫也は抵抗しようとしたが、大介の腕力は想像以上に凄まじく、完全に身動きを封じられてしまった。大介はゆっくりと口を開く。
『うひッ……驚いたか? 私の“ギタイ”のテクニック、完璧だろ? いや、それ以上とでも言うべきか?』
大介と同じ容姿をしたその男は、ニカッと“大介らしい”やんちゃな笑顔を見せた。しかし、その声には二重でエコーが掛かり、無機質なロボットのような人間離れした声になっている。目の輝きはなくどこか虚ろだ。こいつは大介なんかじゃない。倫也はそう確信したが、気づくのはあまりに遅すぎた。大介を振り払うことはできそうもない。その男は倫也を壁側に押し付けると、口を覆っていた手を離して倫也の口を解放した。倫也は声を荒げて言う。
「んはッ! お前、何もんだッ!?」
大介は、大介とは違う声で言った。
『我々は、お前たちをギタイの対象にする事に決めたのだ。実現まであと少し。次の対象者はイイヅカトモヤ、お前だ……うひゃッ』
大介の姿をした男は目をギラリと光らせてそう言うと、倫也は目を疑う光景を目の当たりにする。大介の顔は──歪み、変形し、眉毛や目、鼻、口はモヤが掛かるようにボヤけて、顔の凹凸がなくなってしまった。その平坦な顔は、次第に上下左右に伸び縮みを繰り返しながら輪郭を定めると、眉毛が生え、目鼻、口のパーツが徐々に浮き上がっていく。やがてそこには見覚えのある顔があった。
「み……充……!?」
倫也は唖然とした。金髪だった頭はツーブロックの黒髪に。凛々しい一重瞼、髭の生え方まで、正真正銘、充の顔が現れたのだ。しかし身体は変形せず、背丈は本物の充ほど高くはない。首から下は、恐らく大介のまま、顔だけが充に変形──いや、この男の言葉を借りれば、“擬態”していた。
「あ、先輩、こんなとこにいたんすねッ。早くギタイさせてくださいよ!」
目の前にいる“充”は、充の喋り方でそう言うと、これまで見たこともない陰険な笑みを浮かべた。その笑い方は、若くて爽やかな好青年である充とは違う、歪で異常なものだ。次第に、充の顔にぼんやりとしたモヤが掛かり、顔のパーツ一つひとつが消えていく。輪郭が変わっていく。一体何が起こっているんだ。倫也は身体を震わせた。
やがてその顔の輪郭が固まり、顔のパーツがはっきりと現れてきた時、倫也は絶句して口を開いた。
「な……俺が……いるッ!?」
短髪でラウンド髭を生やした顎ライン、太い眉に日焼けした小麦色の肌。額に刻まれた皺。疑いようもなくその顔は「飯塚倫也」、自分自身だった。その変化は顔だけに留まらず、身体は膨張したり縮んだりを繰り返しながら、ムッチリと筋肉質な体躯になる。やがて黒いジャージに身を包んだその男は、完全に自分自身、もしくは一卵性の双子の兄弟のように同じ姿をしてそこに立っていた。
倫也と同じ顔をしたその男は、咳払いをして言った。
「あー、あー……。失礼、声帯を擬態するのをすっかり忘れてましたよ。これで私も、飯塚倫也に一層近づきましたかね? あひッ」
倫也に擬態した男は、倫也の顔で、倫也の身体で、倫也の声をして、倫也に見せつけるかのように目尻にくしゃっと皺を寄せてそう言った。
「……お前、何者だッ!? さっきからどういう……んッ!?」
倫也が大声を上げようとした瞬間、その男は即座に倫也の口を右手で塞ぎ、左手で倫也の腰に手を回す。そして耳元に倫也の顔を近づけ、小さくこう囁いた。
『飯塚倫也は二人もいらない……そうだろう?』
「あ」
その瞬間、倫也は腰に突き刺すような痛みを感じ、そのまま意識を失いその場に倒れ込んだ。倫也の脊髄に、別の生体情報が注入されたのだ。
地面に倒れ込んだ倫也を見下ろして、新しい“倫也”は自身の筋骨隆々の肉体に触り、酔いしれた。
「あー……我ながら、なんて卑猥でエッチな肉体をしてるんだッ。この濃い体毛もフェロモンむんむんで堪らんな。これからしっかり点検して、愛おしんでやらんとな……あひッ」
倫也は、地面に倒れ込んだ“少年”を持ち上げて担ぐと、歩いていた方向とは反対の道に向かってゆっくりと歩き始めた。
<完>
フジトモ
2022-02-13 07:08:39 +0000 UTCAdam
2022-02-13 02:36:05 +0000 UTCフジトモ
2022-02-11 03:31:33 +0000 UTCAdam
2022-02-10 15:06:01 +0000 UTCkoh
2022-02-08 23:24:42 +0000 UTC