
夏休みの学園は普段よりも静かだった。だが、完全に無人というわけではない。
進学を控えた生徒たちは補習を受け、運動部の面々は炎天下の中で練習に励んでいる。
教師たちは最低限の業務のために校内を巡回し、部活動のために登校する生徒たちがちらほらと見受けられた。
そんな中、ひっそりと活動している部活——いや、正確には非公認のサークルがあった。
「オカルト研究部」、通称オカ研。

部室が正式に与えられているわけではない彼らは、空き教室を仮の拠点として使っていた。
いつもはひんやりとした教室も、真夏の熱気がこもり、じっとりと汗ばむような空間となっている。
数日前、夏休みが始まってすぐにギャルグループとオカケンメンバーは海へ行くことになった。
ギャル達のノリで押し切られる形で始まったその小旅行は、思いのほか楽しい一日となった。
オカ研の活動では決して得られない開放感と、ギャルたちとの奇妙な交流。
白銀先輩も島田も終始気後れしつつも、どこか満足げな表情を浮かべていた。
浜辺ではしゃぐ樹里、クロエ、メアや冷たいジュースを飲みながら日傘の下で笑う(ように見えた)白銀先輩の姿は、今も鮮明に記憶に残っている。

そんな夏の思い出を胸に、再びいつもの仮部室に集まった彼らに、新たな噂が持ち込まれる。

「先輩! ワルハラ峠の『走り屋幽霊』の噂、知ってます?」
興奮気味に話すのは、樹里だった。
樹里は学園でもひときわ目立つ存在だった。「なんかね、夜中に古いスポーツカーっぽいのが、超速く走ってるって!」と彼女は言う。ピンク色の髪をゆるく巻き、カラフルなネイルを施した指先でスマホを弄りながら、気まぐれに話題を振る。クラスの中心というよりは、どこか飄々としていて、自由奔放なギャルという印象が強い。
彼女は正式なオカ研の部員ではないが、以前起こった「遡りの指輪事件」以来、白銀先輩たちと親しくなり、時々部室に顔を出していた。
樹里の中で島田君は、「たった一回のHで全てを解決したヒーロー」という事になっていた。
(実際にはお玉様が解決したのだが)
それ以来、面白そうな噂話を耳にするとなんとなく彼らに話したくなるらしい。
「夜な夜な”何とかセブン”って古いスポーツカーのエンジン音が響くんです! 目撃者の話では、異様なスピードで峠を駆け抜けていくとか。しかも、それに挑んだ走り屋たちは、次々と入院しているらしいんですよ!」
「 へぇ…興味深いわね…。」

白銀先輩は相変わらずの無表情で、興味深そうに頷いた。その横ではスマホを弄りつつ話を聞いていた島田が、呆れたようにため息をつく。
島田「ちょっと待てよ。なんで“学園の七不思議”なのに、俺たちが峠の走り屋退治をしなきゃいけないんだよ?」

樹里「走り屋じゃなくて『走り屋幽霊』!! 聞き間違えんなっての!」
白銀「知らないの? ワルハラ峠は、学園の敷地内にあるのよ」
島田「……マジかよ」
地元の住民も走り屋たちも、ワルハラ峠を『公道』として認識していたが、実は学園の広大な所有地の一部だったのだ。
そのとき——
コンコンコン……
静かなノックの音と共に、部室の扉がゆっくりと開かれた。現れたのは、生徒会長の大上フェンリル――通称“フェン様”。

整った顔立ちに柔らかな微笑みを浮かべ、知的な眼鏡が品の良さを引き立てる。
夏休み前に髪を切って短髪になったことで、さらにシャープで清潔感のある印象を与え、ふわりと揺れるたびに、癒し系王子様のような雰囲気を纏っていた。
フェンリル「こんにちは。お邪魔してもいいかな?」
その穏やかな声が響くたびに、校内の女子たちは胸を高鳴らせる。フェン様の登場に廊下からは「キャー! フェン様だ!」という黄色い歓声が漏れ聞こえてくるのは、もはや学園での日常風景となっている。
フェンリル「失礼します」
そう言って、部室の中に足を踏み入れる。
白銀「大上くん……?」
白銀先輩がほんのわずかに目を見開く。
フェンリル「今日は補習の資料を届けに来ただけなんだけど……ちょっと、白銀さんたちの活動が気になってね」
フェンリルは手に持っていた紙袋から、冷えたドリンクを机の上に並べた。
樹里「えっ、めっちゃ気が利くんだけどぉ!? サスガ癒し系王子様〜〜〜っ」
フェンリルは控えめに笑いながら言った。
フェンリル「怪談やオカルトって、実は民俗学の分野でも注目されているんだ。今の時期なら、夏休みの自由研究にもぴったりかもしれない。……だから、こういう活動は案外、意義があると思うよ」
白銀先輩はじっと彼を見つめていた。無表情の奥に、何かを測るような視線が宿る。
白銀「……意外ね。あなたがそんなこと言うなんて」
フェンリル「意外かな? 僕自身、こういう話は結構好きなんだ」
そう言いながら、フェンリルはふと、部屋の隅で雑誌を読んでいた島田の方へと視線を移した。
島田「……何スか?」
フェンリル「いや……最近、君が少し気になってて。いろんな意味で、ね」
にこやかに言われて、島田は思わず咳払いをした。
島田「ちょっと待って……その言い方、誤解されるヤツじゃない?」
樹里「誤解じゃないかもよ〜〜?」
ちゃっかりと割り込む樹里に、島田は顔をしかめる。
フェンリル「そういうわけで、君たちの活動を少し見学させてもらおうかな。話題の続きを聞かせてくれる?」
白銀は頷き、淡々と語り出す。
白銀「しかも、ただの走り屋の事故じゃないのよ。最近この峠で起きてる事故を調べてみたら、全部ある共通点があったの。*『夜中に突然、後ろから白い車が現れて煽られる』*っていう証言が共通してるのよね」
白銀「しかも事故を起こした人たちは、みんな口を揃えてこう言ってる。『車体が消えた』って。そしてもう一つ気になるのが……その中に、外傷もないのに意識不明になった人が何人もいるの。まるで——魂を抜かれたみたいにね」
樹里がスマホを見せながら加勢する。
「ねぇ、見てこれ。匿名掲示板に『ヘッドライトが4つ並んでた』とか『回転数の音が異常だった』とか、けっこうリアルっぽい書き込みがいっぱいあるんだよね。それと……これ、去年の新聞記事。」
画面には「深夜の峠で多重事故発生」の見出しが映っていた。記事によると、事故に巻き込まれた全員が「謎の白い車に煽られた」と証言しているという。
さらに、意識不明となったドライバーたちの顔写真もずらりと並んでいた。
「てかさ……なんかイケメンばっかじゃない? もしかして、走り屋って狙い目なのかなぁ…」
樹里は何か企んでいるように、ニヤリと口元を吊り上げた。
白銀「つまりこれは、学園の敷地内で起こっている心霊事件。当然、オカ研の管轄よ」
白銀の冷静な一言に、樹里もニヤリと笑って続ける。
樹里「目撃情報もバッチリ入手済み。最近じゃ、あの峠を走る連中の間で“白い亡霊”って呼ばれてんだってさ。ね? 島田くんも来るしかなくない?」
島田は頭をかきながら、渋い顔でつぶやいた。
島田「……そんな都合よく幽霊なんか出るかよ……だいたい、生徒が夜中に外出なんて言語道断ですよね? 生徒会長!?」
必死にフェンリルへと視線を送る島田。しかしフェンリルは、にこやかに微笑んだまま答えた。
フェンリル「うーん、まあ……確かに、生徒会としては夜の外出は推奨できないけど……」
一拍置いて、柔らかな声で続ける。
フェンリル「でも、こういう自主的な研究活動を頭ごなしに止めるのも、ちょっと違うと思うんだ。……だから、僕は見なかったことにしておくよ」
その言葉に、島田は呆然とした。
島田「マジかよ……生徒会長ォ……」
樹里は満面の笑みで親指を立てた。
樹里「サスガうちの癒し系王子! 空気読めてる〜〜〜!」
島田「ちょっと、オレの味方してくれたんじゃなかったのかよ……」
そんなやり取りを聞きながら、フェンリルはふと視線を戻す。
フェンリル「ところで……その“調査”って、いつ行くつもりなの?」
白銀「明日の夜。深夜のワルハラ峠。……それが“白い亡霊”の目撃される時間帯だから」
フェンリルは軽くうなずき、柔らかな笑みを浮かべた。
フェンリル「了解。僕は行かないけど……気をつけてね。何か起きたら、すぐに知らせて」
白銀「……意外ね。場所を聞いておいて、来ないって」
フェンリル「うん。僕は“見学”までにしておくよ。でも、興味がないわけじゃない」
そう言ってフェンリルはゆっくり立ち上がり、机の飲み物を一つ手に取った。そして、部屋のドアに手をかけながら振り返る。
フェンリル「じゃあ、また。無理はしないようにね」
柔らかい声。でもその笑顔の奥に、どこか計算されたような影が一瞬だけ垣間見えた。
白銀はその背を無言で見送る。
こうして、オカ研一行はワルハラ峠へと向かうことになった。
一同が部室を出ようとしたとき、教室の隅で静かに座っていたお玉様がふと呟いた。
「魂…イケメン…まさかの…」

ScowlingMask
2025-05-09 03:39:18 +0000 UTC