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蛇と少女……1

 ある夏の日。国立図書館。この地域内では一番大きく、資料も文献も豊富に取り揃える。クーラーが過剰に効いたこの図書館は多くの人が訪れる。時期は夏休みだけ小学生くらいの子供達も見かける。大半は涼しいクーラが目的で、少し騒いでは司書に注意される。利用者は大半迷惑そうに子供たちを見る。しかし、ある女性はそれを違った視線を送っていた。 (あの子はちょっと痩せすぎね。んー、あの子はボリュームがありそうだわぁ)  まるで蛇のように細く開けられた目が睨めつけように子供たちを見つめる。 絹のようにサラサラとした髪は、鴉羽のような美しい黒をしていた。細い瞳の下に鳴きボクロがあり、極めて整った顔立ちをしていた。微笑ましい……という視線ではない。 (んー、たまには女のコも悪くないわねぇ?)  例えるならケーキバイキングに並ぶ女子が、甘い綺羅びやかなスイーツ達を見るようなそんな目線であった。 (……あらぁ)  彼女の視線がとある少年を捉える。少し内気そうな、大人しそうな印象で、あまり見かけない少年だ。帰省か遊びに来たのか。そして、グループからは外れている。後々の面倒も要らない。 「うふふ」  今日のケーキが決まり彼女は僅かに微笑む。唾液が込み上げてのを抑える。 品定めは終わった。後は逃げられないよう巻き付き、牙を喰い噛ませる。そしたら、あとは呑み込むだけ。  やや不安げに辺りを見渡すのは、小村正一。最近この街に越して来たばかりの小学4年生である。あまり活発ではない内気の性格の彼は、クラスに馴染めずにいた。転校してきて初めての夏休み。自由研究や宿題をしようと図書館にやって来ていた。 正一は目当ての資料が見付からず、ちらちらと司書を見る。しかし司書はほかの利用者と雑談しており、彼に気づく様子はなかった。 「はぁ」  少年は会話を中断させてまで、聞く勇気はなく再び膨大な本棚に向き合う。 「あら、キミどうしたの?」 「え?」  そんな中優しく声をかけられ、上ずった声をあげる。慌てて振り向くと少年は再び声を上げそうになる。そして思考が止まる。目の前に居た女性を見上げる。緑シャツの生地を押し上げる豊かな双丘、扇情的なお腹を惜しげもなく晒すヘソ出しルック。少年はこんな美人を見たことがなかった。 「あの、えとえと!」  声が裏返り、正一は顔を真っ赤にする。そんな少年を見て女性は朗らかに微笑んだ。 「捜し物?お姉さんも一緒に探してあげようか?」 「へぁ!?えとあと……」 しばしの狼狽のあと見上げると、谷間が目に入り慌てて俯く。そして 「む、虫の図鑑……ぁ、自由研究で……」 「あら、図鑑ならこっちの棚よ」 「あ、ありがとうございます……」  親切な女性にペコペコと頭を下げる。 「どう致しまして♪」  女性はにこやかに微笑み、少年の心臓が早鐘に鳴り響く。アワアワとしながら、教えられた本棚を見る。様々な図鑑が並んでいる。目的の本を見つけるが背が届かない。踏み台を探そうとすると、 「はい、これでしょう?」  女性がサラリと図鑑を手に取る。 「はい、どうぞ」 少ししゃがみ込み、少年に目線を合わせて図鑑を渡す。 「あ、ありがとうございます……」 バストアップになり、その胸の大きさに耳まで赤くする。目を逸しても、お腹の方も美しく、扇情的に見える 「ボク一人かしらぁ?」 「へ、は、はぃ!」  自分でも驚く程の声を出してしまう。 「ふふ♡」  長身の女性は唇に指を当てしぃーと囁く。艶やかでピンクの唇も少年を魅了していく。 「図書館だもの。あんまり大きい声出しちゃメ……よ?」 「ご、ごめんなさい……」 「そうだ。ちょうど私暇してるのよ。良かったら、一緒に座りましょう?お勉強も教えてあげるわぁ?」 「へ?」「な、なんでこんな事に」 「どうかしたぁ?」  少年は夢でも見てるのかと思った。友達も居ないのに、隣に美人のお姉さんが居て勉強を教えて貰えるなんて。 「ふふ、私は上喰華千よ、短い間だけどヨロシクね♪正一クン」  正一は頭の中がピンクになったように感じた。 「ふぅん、だから一人だったのねぇ」 「はい、親の都合で何度も転校してるから、なかなか友達も出来なくて……」 「ふふ、大変だったわねぇ?」  正一は勉強を教えて貰いながら、次々に溢れる想いを吐き出していく。人間の人生は甘美なる蜜の詰まった実だ。蛇はその実を味わうのが、得意だった。 「本当は寂しくて」 「お姉さんみたいなお母さんが欲しかった」 「年の離れた弟ばっかり可愛がる」  蛇は自ら実を落とす樹木にじっくりと、巻き付いていく。今までの苦い実を呑み尽くし、これから沢山の実を付けるであろう少年をこれから、その樹木ごと呑み込んでしまうのだ。「あ、ごめんなさい。色々話しちゃって、初めて会った人なのに。勉強まで教えてもらって」 「あら、いいのよぅ。これから食事に付き合って貰えれば♪」 「え、それって……」 まるでデートのようで。少年は再び顔を真っ赤にする。 「あ、ち、ちょっとトイレに」 「ふふ、いってらっしゃ~い♪」  この図書館は校舎を改装したモノである。渡り廊下経て現在は物置になっている旧校舎。正一はその寂れたトイレへと向かう。 「あれ?清掃中?」 男子トイレには清掃中の看板が立ててある。正一は戻るのは少し気まずく感じて、更に強い尿意もあり 「ごめんなさい」  心中で謝り女子トイレに入り 「……」  個室に入り用を足す正一。目を閉じれば直ぐに華千の笑顔が浮かぶ。顔を赤くして、何故か分からず膨らんだモノを見て頭をブンブン振る。何故かわかる歳ではないが、それが恥ずかしい事とは理解できた。 落ち着くと個室のドアを開ける。 「え?」  そこにはその意中の女性が立っていた。何故ここに?いや、当たり前だ。ここは女子トイレ。本来自分が居てはいけない。禁則を犯した。怒られる。失望される。あの目で見られる。 「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!」 顔を伏せて必死に謝る正一。彼は責められる反射的に謝る癖をつけていた。「ごめんなさい……!」  あらゆる失望の視線、それらが少年を孤独にしていた。一瞬で見惚れた華千にそんな目を向けて欲しくなかった。正一は恐る恐る顔をあげる。 「え?あ、あの」  華千はにこやかに笑い、そのまま正一を抱きしめた。柔らかい感触に少年は全てが許されたと感じた。良かった。華千はゆっくりと大口を開く。許して貰えた。鎌首をもたげる蛇のように。抱きしめられて嬉しい。大量の唾液が頭に降り注ぐ。温かい。ゆっくりと頭を唇が覆っていく。眼の前がマゼンタに染まる 「ぇ?」  呼吸が圧迫感で止まり、ようやく少年はもう取り返しのつかない自体に気づいた。 「───!?」  声をあげようとした瞬間、唾液が流れ込み、更に頭が狭い空間に押し込められる。出そうとした声は空気を搾りだすような音しか出ない。 ぐちゅ……ずるるる。ぐぱああ……  目の前で何かが開き、頭からが徐々に引きずり込まれる。ぬるぬるとした生暖かい感触が頭から、肩、そして腰まで迫る。 「──!?お、おねえさんた、たす!」 何が起きているのか頭が理 解出来ず、まともに呼吸すら出来ない中助けを求める。少年は目の前に居た筈の華千に。返答は当然のように無い。何故なら、華千の喉は少年の頭で大きく膨らんでいたから。 そして、ようやく足をバタバタと動かす。あまりに遅く無意味だが。ごきゅん!ごきゅ!無慈悲な嚥下の音が狭い個室に鳴り響く。頭が何かの入口を押し広げ、少し広い場所に到達する。強い酸の臭い、この臭いは嗅いだことがある。鼻を塞ぎたいが両腕は柔らかい壁に挟まれたまま。爪先まで柔らかい感触に包まれようやく、少年は気づいた。 「ボク、おねえさんに……食べられてる!?ぁ!」 ごきゅん……ごきゅん!  爪先を頬張り更に嚥下する。お腹が少年の上半身で膨らみ、残った爪先も舌を使い奥に押し込む。そしてごきゅん!!ごっくん!と仕上げのように喉を鳴らすと、たぷん!とそのお腹が大きく膨らむ。 「ふぅ、ごちそう様でしたぁ。げええううぷ!あら、はしたない」「ようやく暴れ出したわねぇ?鈍い子ね。おかげで食べやすかったわよ?」  異様に膨らんだ華千のお腹に、少年の顔や腕が時折浮かび上がる。胃袋の中で必死に暴れているのが、ずっしりとしたお腹に感じる。 「───!!!」 「あらぁ?聴こえないわよぅ?質問するときは大きな声でって教えたわよねぇ?」 「───だ、して──」 「うふふ、もう無理ねぇ。 ボクはおねえさんのご飯になったのよぉ?」 膨らんだお腹に優しく囁く華千。ぐるる!ぐぎゅるるる!少年の声より遥かに蠕動音の方が大きい。 「な、──なん──」 「言ったでしょう?ご飯に付き合って貰うって。約束は守らないといけないわよ?」 「───や、だ、だし」 「げええううふ!!」 大きくゲップすると少年の履いていた靴が吐き出される。あら、失礼と唇に手を当てる。 「───!?」 空気が抜けて更に狭くなり、喋れなくなったのか、更に大きくなる蠕動音で聴こえなくなったのか。膨らみ蠢く腹からもう悲鳴しか聴こえなくなる。 「ふぅ。なかなかおいしかったわよぉ。えーと、まぁいいわぁ」  もう腹に収めた獲物の名前は忘れてしまった。その言葉にびくんとお腹が蠢いたが華千は興味を失う。後は溶かし尽くし、その断末魔を味わうだけだ。 ぎゅるるるぅうう!ぐううう!!  更に激しくなり胃袋が大量の胃液を分泌する。 「あん、これはやっぱりクセになるわねぇ」  消化が始まったことで、少年の最後の抵抗も始まる。理性、性格、関係なく訪れる命の最後の蜜。果実が甘く甘くとろける瞬間は、なによりも甘美である。腹部から最後の悲鳴が聴こえて、やがてゆっくりと抵抗もなくなる。 ぐるるるる〜きゅるるるう。  胃袋は相変わらず騒騒しく蠕動するが、少年の動きは最早感じられない。 「うふっもう溶けちゃったみたいねぇ?」  膨らんだお腹を少し押して見ると、少し骨張った感触が帰ってくる。まだ人型は崩れてはいないようだ。 「よいしょっと」  ストレッチ程度に身体をうごかす。 「ふぅ」  やはり男児を一人収めたお腹はまぁまぁ重くストレッチも一苦労。しかしワンセット終わる頃には、既にお腹が丸みを帯び始める。 「んぷ、げええう!!はぁ。丸呑みだとゲップが出やすい気がして嫌よねぇ」  ゲップと一瞬に吐き出した靴を適当にバックに詰めてトイレを後にする。 「ふぅ……」  トイレから出て男子トイレの看板を片付ける。監視カメラもない為、色々やり安い所だ。ある程度の膨らみを抱えて、元の場所に戻る。司書とすれ違うときはお腹に力を込めて引っ込める。 「それにしても足りないわねぇ……」  男児一人程度では華千の腹は満たせない。もう一人くらいと物色すると、 「あら」  ふと華千の目に奇妙な格好した少女が目に入る。黒地の制服にローブを纏い、フード付きの純白のスカプラリオを着用している。胸には金のロザリオが掛けられている。 「あれはヴォレ女の制服ね。でも冬服よねぇ」  聖ヴォレ女学院。宗教色の強い女子校であり、制服も修道服のようになっている。しかし、ローブは冬服であり真夏に着ないし、スカプラリオはミサの際以外には着ないと知り合いのOGが言っていた。 フードも目深く被り、人目に着かないように端っこで黙々と本を読んでいる。逆に目立っているが。 「変な娘ねぇ」  華千は少し興味を引かれ正面に座って見る。読んでいる本は聖書か教本と思ったが、様々な国の絵本が山積みにされていた。 (あら、ジルドリッチシリーズじゃない)  お気に入りなのか、ジルドリッチ作の『金毛の狼と蒼い魔女』シリーズが全巻積み上げられていた。正面に座る華千には気づいた様子はない。 (変わった娘ね)  華千もカフカ全集の『流刑地にて』を読みながら、様子を伺う。しばらく静かな時間が流れ、将校が自ら作った拷問器具に身体を貫かれた所まで読む。すると誰も居ないと思ったのか、少女がフードを脱ぐ。黒に染色された髪に、厚めの眼鏡に左目には、ガーゼが掛けられていた。不自然な程少女は青白かった。  観察していると少女は意外な程、笑顔を浮かべたり、泣いたり、難しい顔をしたり、物語の展開に合わせて喜怒哀楽を変化させた。第三章まで読み終えると少女は、ふぅと一息ついて顔をあげる。華千と目が合う。少女はしばらく硬直して、ブンブンと首を振る。そして、第四章の世界に入ろうとしたので、 「ねぇ。貴女」 「…………」 「あの……」 「………」 「第四章でロストロッジって燃えちゃうのよねぇ」 「えぇ!?」  突然のネタバレに少女が悲鳴をあげる。そして再び顔をあげると再び目が合う。別の 「え、ふええ!?な、何…なんで…確かに人避けを…… 「ふふ、ごめんなさいね。つい」 「ご、ごめんなさいごめんなさい!!お邪魔でしたよね!!す、直ぐに消えますから!」  少女は何故か大慌てで本を片付けようとするが、積まれた本が崩れ落ちる。 「あわ!あわわわ……」 「あら、大丈夫」 「い、いいです!じ、自分でやりますです!」  そう言って慌てて地面に落ちた本を拾い始める。 「手伝うわよ?急に声をかけた私も悪いし」  散らばった本を集めながら、少女の顔を見る。青白い顔色、くっきり隈が刻まれた瞼。厚い眼鏡の下からの灰色の瞳が覗く。 (顔は好みだけど痩せすぎねぇ?食べ応えがほしいわ)  腕も細く触れれば折れてしまいそうで、華奢な足のラインも好みより細い。 「あ、ありがとうございます。えと、あの」 「いいのよぉ。落ち着いたかしらぁ?」 「は、はい、ごめんなさい……」 「ヴォレ女の娘なんて珍しいから、ついね。それにしても変わってるわねぇ。制服で抜け出してしかも、図書館に来るなんて」  そう言うと少女の顔が更に青くなる。ヴォレ女は監獄のような寮で有名である。夏休み期間中はよほどの事情が無い限り外出禁止で、厳しい罰則があるという。夜遊びで抜け出す娘は珍しくないが、抜け出してわざわざ図書館に来るというのは珍しい。 「お、おねがい、します!どうか、学校に連絡するのだけは……な、なんでもします…!」 「ふぅん。なんでもねぇ」 「お、お金でも、か、身体とかでもいいんです……お、お願いですから!」 「ちょっ!?」  視線が集まる、これでは華千が恐喝しているかのようだ。 「だから、落ち着いて頂戴な」 「あ、ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」 (面倒ね、もう食べようかしら。でも顔はホント好みだわ。もう少しじっくりと味見してからでも、いいわねぇ?) 「落ち着いたかしらぁ?」 「は、はい……」 「それじゃあご飯に付き合って貰おうかしらね」 「へ!?え、えと……」 「奢ってあげるから。いい店知ってるのよぅ」 「ええ!?で、でもでも」 「私は華千。上喰華千よぉ。近くの〇〇大学に通ってるわ。貴女のお名前は?」 「ぁ………ぇと」  少女は少し躊躇ったように、顔をあげる。 「佐渡……慰舞……イヴって呼ばれてます。上……喰さん」 「華千でいいわよぅ」 「ぁ、でも、いきなり、そんな」 「私もイヴちゃんって呼ぶからねぇ」 「は、はい。か、かせんサン…!」 「よろしくねぇ。じゃあ早速行くわよ。お腹ペコペコなのよ私」  既に膨らみは元の形に戻り、空腹を告げるように鳴る。 「わ、わ、ま、待ってくださいっ」  少女は慌てて本棚に絵本達を戻していく。 「借りて行けば良いでしょうに」 「寮でに私物は持ち込めなくて……」  少女はこの日蛇に出遭った。我儘で傲慢な蛇に。そして少女は果実を差し出された。楽園からの追放と堕落と知りながら。少女はその果実を。  蛇は少女に出会った。純粋で愚かな少女に。楽園を俯瞰から見た蛇は、果実を与えた。憐れな少女が実を付けそれを耽溺する。果実を貪る姿は酷く醜悪で滑稽だった。その果実を喰らい尽くすまでは。


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