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シオンと少年……2

「ここに隠れて……直に大きな厄災がくるの」 少年が居るのは納屋の倉庫。そしてその地下の蔵。よく悪さした子供がお仕置きとして、閉じ込められる場所だ。少年の姉は護符を張り付けて内側から決して開けられないにする。姉が外すか、姉が死ぬまで決して開かない。 「でもっ!ねえさんはっ!村のみんなはっ!?」 「私は巫女でありハンターよ。村を護るのが私の務めだから」 背中に矢筒を背負った姉の表情は何故か穏やかだ。自分の運命を受け入れてしまったかのような…… 「ならボクも戦う!みんなと一緒に……!」 少年の言葉は途中で途切れる。急に眠気が襲ってくる。見るとお香が焚かれていて、ネムリ草の煙が少年の意識を昏睡させていく。 「ごめんなさい。これは私のわがまま……ただの姉としてのわがままなの」 「ねえ……さん……」 必死に意識を保とうとする少年。しかし、意識は暖かい沼に沈むように、失われていく。その直前、生きて……そんな姉の言葉が響き、少年の意識は閉ざされた。 そして、場面は悪夢へと切り替わる。死屍累々。世話好きの近所のおばさん。服屋を営んでいたお姉さん。肉屋の威勢のいいお姉さん。ふらふらと少年はそこを歩く。そして目に入る血塗れの最愛の姉。 「………おねえちゃん………?」 思わず子供の時のように呼び掛ける。そして血塗れの姉の前に立つのは金色の獣。抵抗を受けたのか、傷だらけの金色の獣は、手で姉の血を弄ぶと、それは疾風のように去っていく。残された金色の鱗。アイツがみんなをアイツがアイツが……アイツがアイツがアイツがアイツがみんなを……………!!! 「おねえちゃん………おねえちゃん……起きてよぉ…………」 何度揺すっても反応はない。もう微笑むこともない。キノコのシチューを作ってくれることもない。叱ってくれることも、抱き締めてくれることも、子守唄を歌ったくれることもない。何もかも……! 「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!」 少年は叫ぶ。遠くで………同じような咆哮が響いたのを少年は聞く事もなく再び意思を失った……… 「………ぅ?」 全身を襲う痛みと、ごつごつとした岩の感触に少年は目を覚ます。目を開くと空は見えず、岩盤が目にはいる。辺りには雷光虫がまるで少年を気遣うようにふわふわ舞っている。 未だ朦朧とするが、雷光虫が手に触れた直後、即座に思い出す。 「……………!」 ジンオウガと戦ったこと。無惨に破れたこと。丸呑みにされたこと。何故か吐き出されたこと。 慌てて立ち上がろうとし、身を起こすと 「……ぐぅっ!?」 全身に激痛が走り、悲鳴をあげる。痛みに呻いていると、ふと気づく。 「……な、なんで……?」 少年の身体には包帯が巻かれている。包帯と傷の間には、少々臭うが薬草が敷かれている。誰が手当てをしてくれたのか、疑問を覚える前に、 「目が覚めたか。なかなか丈夫な奴だ」 美しい声が辺りに響く。その声の主はどうやらこの洞窟の入口に立っているようで、痛む身体をその方向に向け、 「うわあ!?」 悲鳴をあげることになる。そこには先程まで戦っていたジンオウガが立っていたのだから。止めを刺しに来たのかと、余り動かない身体で刀を探し、 「探しているのはこれか?」 指で摘まんだ太刀を見せる。少年の身の丈ほどある太刀でもジンオウガからすると、自らの爪程にしかない。 「か、返せっ!」 「返してどうする。そんなボロボロの身体で振れるのか?」 「うるさいっ!返せよっ!」 喚く少年に鬱陶しそうに首を振ると、太刀を少年の前に落とす。慌てて拾おうとする少年。 「ぐぅっ………!」 「たから言ったろう。あまり動くな。あくまでそれは応急手当てに過ぎん。傷が開くぞ馬鹿者」 「っ!」 少年の気力とは裏腹に身体は正直に答える。ぐらりと再び倒れ込む少年。疲労と怪我の痛みでしばらくは立てそうもない。 「………お前、なんで僕を殺さない?」 弱々しい口調で訪ねる少年。疑問点はかなり多い。さっきの戦闘でもいつでも殺せた。食らうのが目的なら、吐き出す必要もなかった。黙るジンオウガに少年は質問を重ねる。 「……この包帯……お前がやったのか?」 「お前……ではない。シオンだ」 「……え?」 「シオンだ。そう、呼べ。ガキにお前などと呼ばれるのは不快だ」 明らかに不機嫌そうに眉を顰めると、そう名乗るジンオウガ。少年は素直にいい名前と思ったが、 「シオン……化け物に名前なんてあるのか……」 皮肉めいた言葉を返す少年。自分でも子供っぽいのが分かるが、それくらいしか抵抗が出来なかったからだ。 「口の減らんガキだ」 鼻を鳴らし、忌々しそうに首を振る。 「がきじゃないっ!僕は、ユィタだ!」 「ふん。それなら多少なりとも軽はずみな言動と行動は弁えろ。言っておくがお前のやったことは重罪だ」 「……なんのことだよ?」 ユィタと名乗った少年は疑問符を浮かべる。まさかモンスターに重罪などと人間のようなことを言われるとは思わなかった。 「私を討伐しようとしたことだ。見た所お前はギルドに所属していないな?」 「……!?」 「この渓流はギルドの管轄下だ。そんな貧相な装備と腕で私に挑むようなクエストを受注できるか。馬鹿者が。クエストを受けずに狩りを行うのは密猟だ。密猟は死刑に等しい罪状だ」 何故モンスターなのにそんな事を知っているか疑問を浮かぶ前に少年は叫ぶ。 「死刑になろうが関係ないっ!お前さえ……殺せるなら!」 「殺す……か。覚悟もない人間が、軽々しく口にするんじゃあない」 そう言うと鋭い爪を少年の首に押し当てる。僅かに動かせば、容易く切り裂くことが出来るだろう。 「う、ぐ………」 「私の腹の中で無様に命乞いをしたのは誰だ?行動で示せないなら無意味だ」 先程の映像が脳裏にフラッシュバックする。大きく開かれた咥内。垂れ落ちる唾液。呑まれた時の絶望。それが蘇り、少年は部隊ガタガタ震え出す。 「…はぁ……はぁ……」 「………ふん。死にたくないなら、大人しくしているんだな。ここなら外よりはましだ」 「………くっ」 何も言い返せない自分に歯噛みしながら、再び意識がぼんやりするのが分かる。疲労と怪我。少年の身体が睡眠を求める。 「………シオン」 「なんだ?」 「……礼は言わない」 「不要だ。私の勝手にやったことだからな」 そう言うとシオンは奥へ去っていった。残された少年は身体の痛みを感じながら、再び横になる。色々考えて、疲れからか少年は再び目を閉じ意識を失った。 少年が意識を失ったことを確認するとシオンは溜め息を吐いて、再び奥に戻る。洞窟に群生する青い色をした茸を、指先で適当に千切る。奥には人間の部屋のような場所がある。彼女の大きさに合わせたハンターの部屋と遜色はなく、戸棚には瓶が並ぶ。外で採取しておいた薬草と手の中で絞り、エキスを合わせる。大きな瓶の中に見るからに不味そうな緑の液体が満たしていく。一舐めすると瞼の皺を寄せ、苦い顔をする。 「ハチミツがあればいいんだがな……」 ハチミツは薬草の効果を高めるだけでなく、味をマイルドにしてくれる。戸棚を探っても見当たらず、とりあえず諦めることにする。 少年の所に戻ると、指先の爪で包帯を器用に剥がす。深い傷は無いが、華奢な身体には無数の生々しい傷が見える。 「…………」 シオンは無言で軟膏のように、半固体に潰した薬草を塗り込んでいく。 「………!」 痛みに反応しているのか、意識はないようだが、びくんと跳ねるようにユィタの身体が動く。 「………れろ……」 指を舐め、唾液を纏わせるとそれもユィタの裸体に塗っていく。にちゅ………べちょ……。ユィタの身体を粘性の強い液体が包み、僅かに身体をよじらせる。唾液を塗ったのは殺菌もあるが、付近を彷徨く小型獣が寄ってくるのを防ぐ為だ。 新しい包帯を巻き直すとそのまま寝かせる。 「……まったく……実に面倒だ……」 呆れたように呟くとシオンは奥の寝床に横たわる。月明かりの差し込む洞窟の最奥。 「見れば見るほど似ている。その割りには生意気な小僧だ」 そう呟くと目蓋を閉じる。彼が目覚めるまで眠っていなかったシオンは直ぐに微睡む。 「…………ユミ………」 その呟きはその幻想的な光景に空しく消えた。 「…………」 「……………」 翌朝目を覚ました少年の目の前に飛び込んできたのはまたもあのジンオウガの顔だった。 「……うわあ!」 再び驚愕し、仰け反ろうとするが痛みで呻くことに。そんな昨日と同じリアクションをするユィタにシオンはやれやれと言った感じで首を振る。 「………ふん。つまらん奴だ。敵の寝首もかけんとはな」 「うるさいっ、傷さえ治ればお前なんかッ」 「そうか、期待している」 「このっ………」 皮肉混じりの態度に立ち上がろうとした直後、 ぐうぅ~と少年の腹が唸り空腹を伝える。2日くらい前から何も食べていなかった為、今度は空腹でふらつく。 そんな彼に呆れた表情を作ると、少年の目の前に肉の塊を落とす。 「わっ、な、なにこれ……」 「ガーグァの肉を塩漬けにしたものだ。私はそのままでも喰えるが、少し炙って喰え」 「…………」 しばらく躊躇っていたが、空腹に逆らえず、腰からハンターナイフを取り出すと、表面を削いでいく。幾つかを木の枝に刺して言われた通りに、起こしてあった焚き火で炙る。 油がじゅわじゅわ音を立て、鶏肉を炙った時のような香ばしい匂いが漂う。 表面が少し焦げ目が付く頃には、食べ頃に。 「……はぐ」 空腹から思いきりかぶり付く。さくりとした焦げ目は香ばしく、じゅわっと熱々の油が口内に溢れてくる。 「もぐ、もぐ……」 塩の効いた丸鳥の肉に、旨みの凝縮された油が噛む度に溢れる。思ったよりくどくなく、後を引かないさっぱりとしていて、あっという間に食べ尽くす。 「おい。よく咀嚼してから喰え。急に食いすぎるな」 「…………」 聞いているのか、いないのか。次の肉を焼くユィタに再び溜め息を吐く。 「………」 ある程度空腹が満たされると、気分が少し落ち着いた。 「……もういいのか?」 「………う、うん……ありがとう」 小さくお礼を言うユィタ。ふんと鼻を鳴らすとシオンは、残っていた肉塊を掴むと、豪快に頬張る。鋭い牙で、肉塊を切り裂き咀嚼する。そんな彼女の食事に寒気を感じるユィタ。その肉塊はユィタと同じくらい。昨日体験したことと今の光景が重なり、目を離せない。 「んぐ………」 咀嚼した肉塊がシオンの喉元を隆起させる。そして嘗めかしく舌で唇を舐める。唇に着いた油を拭う些細な行為。恐怖……それと同時に感じるモノをユィタはまだ、何もわからなかった。 「………おい」 「………!?な、なに?」 シオンの声に我に返り、大袈裟にのけ反るユィタ。その反動で後ろに倒れてしまう。シオンは不思議そうに首を傾げると 「何をやっている?」 「な、なんでもないっ」 「?………まぁいい。それよりさっきからなんだ。人の食事をじろじろと。落ち着いて喰えん」 「いや、その………モンスターでも気にするのか?」 「当然だ。分類学的には雌……女だぞ?」 「あっ、ご、ごめんなさい……」 睨まれて思わず謝るユィタ。そう言われて改めて見ると、やはり美しい女性だ。流れるような金髪に、美しい顔立ち。凛々しく鋭い瞳に、瑞々しく艶やかな唇。鱗に覆われているが、豊満な胸。年頃の少年には目の毒で顔を赤くしてしまう。それを見てシオンも少しばつが悪そうにすると立ち上がる。 「……生意気だが、素直か分からん奴だ。取りあえず食ったら、しばらく休んだ後身体を動かせ。無理はせず軽いストレッチ程度でいい」 肉を食べ終わるとシオンは洞窟の入口にのしのしと歩いていく。雷光虫達もふよふよとそれに続いていく。 「あ、あのっ」 反射的に呼び止めるユィタ。シオンは億劫そうに振り替える。 「…………なんだ?」 「何で、僕にここまでするの……僕の村を滅ぼしたのに……なんで僕だけっ……」 「……疑問に答えればお前の村は帰ってくるのか?お前の姉が生き返るのか?」 「………っ!?」 「私は仇だろう?理由を問うだけ無駄と知れ。今お前が考えるべきことは傷を癒し、私の首を獲る事だ」 そう厳しい声でユィタを射ぬくシオン。洞窟を出ていく。焚き火が燻る音だけ洞窟内に響く。 「…………」 何故か分からない。シオンの顔と姉の顔がダブった。間違えた時には姉は厳しく叱ってくれた。その顔とよく似ていた。残されたユィタは拳を握り締め、涙を流すのを堪えた。 数日もすると少年の傷は癒え、問題なく動けるようになった。包帯が外れて身体を動かしても違和感はない。 「………」 数日かけてもシオンと名乗るジンオウガの目的は分からなかった。考えても仕方ない。そう結論つけた少年は再び仇を討つことを決意する。 「ふん、どうやら問題ないみたいだな。なら早く出ていけ」 「言われなくても……そうだ……治ったんだ刀を還せよっ!」 奪われた刀を思い出して、抗議すりユィタ。もう充分に振るうことができる。シオンは呆れ顔で少し笑うと、 「随分厚かましい奴だ。一つ、面倒事がある。それを解決したら、還してやる。」 「面倒事……?」 「ファンゴ共が騒がしいと思ったら、どうもドスファンゴが仕切り、群れを煽動している。これを討伐してこい。群れのリーダーになったばかりで能力もさぼと通常のファンゴとそう変わらない」 「なんで、自分でやらないんだよ……お前なら簡単だろ?」 「自然界では色々面倒なのだ。縄張り関連は特にな。だからお前に依頼する」 「……分かった。引き受けるよ……じゃあ刀を……」 「何を言っている?刀は報酬だ、渡しては意味がないだろう?」 予想外の返答に思わず沈黙するユィタ。それの意味するところは、 「……いや、お前こそ、何言ってんだよ!僕に丸腰でドスファンゴに挑めって言っているのかっ!?」 「お前の腰のそれは飾りか?」 そう言って指したのはユィタの腰。そこに鞘に収まる一振りの短刀。剥ぎ取りナイフ。ハンター以外でもモンスターや 動物を解体する為に、広く普及されている大振りのナイフだ。 「は、剥ぎ取りナイフで……!?」 「お前はハンターだろう?ならできる筈だ。ドスファンゴならば、村人が討伐した例は何度聞く。勿論死亡した例も同じだけな。だが、思い出せ。お前はハンターだ。基本を抑えて、狩猟を行え」 「で、でも………!」 「それが無理なら私を討伐など無理だ。モンスターを討伐出来るのはハンターだ。それを忘れるな」 そう言うとシオンは洞窟に去っていく。残されたユィタは、しばらく呆然とした後、ハンターナイフを握り締める。 (あの刀は村長の形見……取り戻さないと……やってやるさ……僕だって……ハンターだ) こうして少年にとって最初のクエストが始まったのだった。


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