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西暦2100年のホームレスたち(前編)

私の名前は、安田 陽翔(やすだ はると)。 2021年の生まれの79歳だ。 今回は、長い人生を歩んできた私が、最近の日本について感じるところがあり筆を取った次第だ。 古い文献を読むと、私が生まれた21世紀初頭は、コンピューターや人工知能の発明により凄まじい科学技術の発展が予想されていたようだ。 私が趣味で収集している当時の雑誌には、人類とAIが戦争をするとか、人類が月に移住するとか、そんなことが盛んに語られている。 だが、現実にはそんなことは無かった。 それどころか、我々日本人はいまだに1日8時間の労働に従事しているし、ユニクロの服を着て、トヨタのガソリン車に乗って移動しているのだ。 21世紀初頭を生きる人々がこんな未来を見たらどう思うだろうか? 強い失望感に打ちひしがれるに違いない。 だが、当時の人々と今を生きる人々で大きく異なることが1つある。 それは、ここ数十年で人類の体形が大きく変貌したということだ。 まず、身長が圧倒的に伸びている。 日本人の平均身長は、男性で324cm、女性で361cmというのが最新の値だ。 私の生まれた80年前と比較すると2倍程度になったのだ。 そういえば、80年前時点で最も身長の高い人物は250cmの男性だと聞いたことがある。 ということは、その人物が現代にやってきたなら、平均身長よりも70cmも低いということになるのだ。 これは驚異的なことではないだろうか? また、50年前までは男性の方が平均身長が高かったことを考えると、女性の方が平均身長が高いというのは特質すべき点かもしれない。 加えて、体形も当時の人とは大きく変わった。 スポーツをやったことがない引きこもりの人たちでさえ、私が若い頃ならアメフト選手やプロレスラーになれただろうなというような体形をしている。 今の人たちは、とにかく筋肉量がけた違いだ。 ましてや、身長もあることから、80年前にタイムスリップしたなら、ほとんどのスポーツで無双できたに違いない。 私も身長194cm/体重103kgと、21世紀前半生まれとしては恵まれた体形だと思うが、今の若い人たちにとっては、ヒョロヒョロのホビットにしか見えないことだろう。 この体形の変化の原因は、皆さんも承知の通り、成長ホルモン食品というものが開発されたことに他ならない。 この成長ホルモン食品というのは、人体に影響なく成長ホルモン量を増加させる食品で、某国が軍事目的で開発した。 これを大人が摂取すると筋肉量が大幅に増加するし、子どもが摂取すると身長が爆発的に伸びるのだ。 だがその後、この食品が筋肉量の増加や身長の伸びだけでなく、免疫力の向上、寿命の延び、さらには学力の向上にまで効果があるということが分かり、世界中に普及したのである。 この人類にとって夢のような食品。 だが、唯一の欠点があった。 それは、その価格の高さである。 最新の値では、成長ホルモン食品は従来の食品の50倍以上の価格だということだ。 しかも、これでも以前より値段が下がってきたくらいだ。 そして、この成長ホルモン食品の価格の高さが、何をもたらしたか? それは言うまでもなく、貧富の格差に基づく体格の格差である。 ある調査によると、上位3%の富裕層の平均身長は、男性で721cm、女性で942cmらしい。 女性に至っては、身長10mにも迫る勢いだ。 実際、郊外の富裕層の住宅エリアに行くと、巨人の街かと思わせるほどの状態になっている。 高さ30mを超える2階建ての広大な一軒家が軒を連ねているのだ。 これは、東大寺の大仏殿並みのサイズだ。 大仏殿を建てた古代の人たちは、このサイズの建物に自分たちの子孫が住むことになるとは夢にも思わなかったことだろう。 一方で下位10%の貧困層の平均身長は、男性で163cm、女性で151cmとのことだ。 これは成長ホルモン食品が発明される前とほぼ変わらない数字だ。 というか、むしろ低いくらいだ。 これは、貧困層の人たちは成長ホルモン食品を全く摂取できていないということを意味している。 実は、先日その格差をまじまじと実感した出来事があった。 今回はそのことについて書いてみる。 --- 雪がちらつきそうな寒い朝。 私は厚いダウンに身を包み、富裕層の住宅エリアを散歩していた。 高台に開発されたこの地区は、私の散歩コースである。 富裕層の巨人たちのために整備されたこの地域は、道幅も広くて車通りも少なく、老人の散歩には持ってこいなのだ。 加えて、富裕層たちの荘厳な家や広大な庭は、眺めているだけでとても穏やかな気持ちになる。 それは、仏閣や寺院に対して感じる感情に似ている。 まあ、そもそも、そんな風に感じるのは私の体が193cmと小さいからに他ならない。 おそらく住んでいる富裕層の巨人たちは、この家や庭をなんとも思っていないだろう。 むしろ、狭いと思っているかもしれない。 そうこうしていると、道の先にひと際大きな屋敷が見えた。 サッカーコート数面分はありそうな広大な敷地に、高さ30m越えのモダン風の家が建っている。 私が驚いたのは、その家が平屋だということだ。 たしかにこの周辺には、高さ30m越えの一軒家がいくつも存在している。 だが、それらの家は大抵2階建てだ。 高さ30m越えの一軒家というのは、富裕層の住宅の中でも特に巨大な部類に入るだろう。 その平屋に目を向けると、高さ20mは優に超えているであろう玄関扉が見える。 これまでたくさん富裕層の住宅を見てきた私でも、こんなに大きな扉は見たことがない。 この家の持ち主は、さぞ巨大な体をしているのだろう。 そして、さぞお金持ちなのだろう。 私は、そんな風に一人で感心していた。 その家にさらに近づくと、その巨大な玄関の脇に何やら動く影を見つけた。 不審に思い、よく見てみると小さな人間のようだ。 もちろん小さいと言っても身長170cm前後はあるだろう。 みすぼらしい格好をした小さな男たち数人が、寒さを耐え忍ぶために、富裕層の玄関脇で肩を寄せ合っている。 恐らく彼らは、ホームレスなのだろう。 最近、彼らのようなホームレスが社会問題になっている。 近年の格差拡大によって、ホームレスの数が激増しているのだ。 しかもホームレスの人たちは、十分な食事を摂れないから、体がとても小さい。 だから、このように富裕層の家の床下などで、隠れて暮らしていることが多いそうだ。 私が子供の頃も、確かにホームレスの人たちがいたが、彼らはこれほどまでに惨めな生活をしていなかったように思う。 我々一般人と同じように社会の中で暮らしていた。 だが、今はどうだろう。 彼らは、社会から完全に除外され、社会から逃れるようにひっそりと暮らしている。 それはまるで、ネズミやゴキブリのようだ。 そんなことを考えていると、一人のホームレスがそそくさと動き出した。 その彼を追って、他の男たちも一斉に移動し始めた。 何かいいものでも見つけたのだろうか? 私は不思議に思い彼を目で追った。 すると、その先の壁に何やら小さな船のようなものが立てかけられていた。 3mを優に超える、ピンク色の船。 ハートやリボンのマークで、派手に装飾されている。 船にしては高さがあるし、車のようにも見える。 はて、これはいったい何だろう? 私はそんなことを考えていたが、ハッと気づいた。 「いや、違う。これは船や車なんかではない。巨人の運動靴だ!」 その運動靴が大きすぎて、私はそれが運動靴だと認識することができなかったのだ。 だが、言われてみれば、靴ひもやベロ、ソールなど運動靴を構成するものはすべてそろっている。 これが、運動靴ということは間違いないだろう。 改めて、その巨大な運動靴を眺めてみる。 サイズは3m、いや3.5mくらいあるだろうか。 幅と高さも1mを優に超えているはずだ。 私が子供の頃の軽自動車サイズである。 皆さんも実際に見たら、私が船と勘違いしてしまうのも頷けるはずだ。 しかも、その外観を見るに幼い女の子が履く運動靴に見える。 ピンク色の可愛い柄が全体を覆っており、足の固定は靴ひもではなくマジックテープで行うタイプのようだ。 私は子供がいないからよく分からないが、マジックテープタイプの靴を履くのは小学生低学年くらいではないだろうか。 まさか、そのくらいの幼い女の子が、この巨大な運動靴を履いているのだろうか? 話をホームレスに戻す。 ホームレスたちは、一目散にその運動靴へと向かっていく。 そして、その運動靴を取り囲んだ。 身長170cmに満たない彼らは、その巨大な運動靴と並ぶと可哀そうなくらい貧相だ。 身長のその靴のサイズの半分くらいしかないし、重厚感のあるその靴の佇まいとの対比でヒョロヒョロに見える。 「あの靴の周りに集まって、何をするつもりだろう?」 私は、不思議に思っていた。 すると、ホームレスの一人が、その運動靴の中へと入り始めたではないか! その靴は、履き口(足を入れるところ)のサイズが幅1m、高さ1.5mほどあり、身長170cm前後のであれば余裕で中に入ることができる。 だが、まさか入るとは思わず、私はあっけにとられてしまった。 一人入ると、二人、三人と入っていき、結局ホームレス全員がその靴の中へと収まった。 立て掛けられた巨大な靴の中に、小さな人間がギュウギュウに入っている。 実に不思議な光景だ。 私が考察するに、おそらくあの靴の中はとても暖かいのだろう。 この寒空の下、ホームレスたちが暖を取るための知恵なのかもしれない。 もしかすると、先ほどまで持ち主が履いており、その足のぬくもりが残っているのかもしれない。 だが、改めて考えると、人間の靴の中に入るのはどんな気持ちなのだろう。 これまでの歴史上、そんな巨大な人間はいなかったはずだから、考えもしなかった。 だが、今の時代、人間の靴の中に入ることができるのだ。 私も彼らよりかは身長が高いが、余裕であの靴の中に入ることができるはずだ。 しかし、よく見ると、その運動靴は非常に汚れている。 もともとピンク色だった生地に、茶色い土がこびりつき、なんとも言えない色あせた風合いになっているのだ。 もちろん、小学生女子が運動場を駆け回るための靴だから、当然と言えば当然だ。 そうなると匂いも相当キツいのではないだろうか。 私の興味は掻き立てられた。 そんな風に思考を巡らせていると、私は無意識にその靴へと足が向かっていた。 そして、その靴から10mくらいのところから、暖を取るホームレスたちに気づかれないようジッとその様子を眺める。 その時だった。 「ガッチャ!!」という大きな音が響いた。 何事か!と身構えたその瞬間、私の目の前に巨大な2本の肌色の柱が現れたのだった。 (後編をお楽しみに。)


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