1.エリナ 「本当によろしいのでしょうか?」 丸メガネをかけた上品な品格の漂う白髪の老人は、いかにも高級そうなソファーに向かい合って座るエリナに物静かに尋ねた。 「もちろんです。私は前から、こういうことに興味があったものですから。」 エリナは差し出されたマイセンのカップに注がれたアールグレーをそっと口に運んだ。 「しかし、これは興味本位ですることではございません。一度、ご契約が成立しますと、二度と契約の解除はできかねます。それがどういうことかご理解していただいていますでしょうか?」 白髪の老人は、エリナが結ぼうとしている契約についてよく理解しているのかを質してきた。 古めかしい洋館の応接室のようなクラシカルな部屋には、海外のアンティークなソファーやテーブルが配置され、壁際のラックには数千万円はするであろう、花瓶や絵画が並べられていた。まさにお屋敷の雰囲気といったところだ。 二人はこれから結ぼうとしている契約について話し合っている。白髪の老人は、誠実そうな人柄が雰囲気ににじみ出ていた。 「契約書はよく読みました。内容はよく理解しているつもりです。」 エリナははっきりとした口調で答えた。 「エリナさんは、まだお若いですから、文章や言葉と現実というものの区別が実感できないこともおありでしょう。若いときは、一時の憧れというものもございます。少しお時間をかけてご検討していただいても、遅くはないと思いますが、いかがでございましょうか?」 老人は、まっすぐエリナを見つめると淡々とした口調で話した。 「少しとは、どのくらい?」 「1~2ヵ月ほどよくお考えになってはいかがかと。。。お仕事やご両親、ご家族、お友達とのこともございましょうし。」 「・・・・・」 エリナは老人の話を黙って聞いている。 「これは、私が心から望んでいることなの」 老人は、その言葉を聴くと深く頷いた。 自宅のマンションに戻ると同時にスマホにメールが入ってきた。 マネージャーの田上からだ。 「次の仕事が取れそうだ。ラジオのバラエティーだけど、これをきっかけに復活を軌道に乗せられたらと思うんだ。」 メールを途中まで読むと、それ以上は読む気がしなくなった。 人気モデルとしてブレイク中だったエリナは、番組出演で一緒になった飛ぶ鳥を落とす勢いの若手俳優と親しい仲になり、濃密な時間を重ねていった。 週刊誌をはじめ、マスコミは二人の熱愛をスクープしようと躍起になり、毎週のように2人は誌面やテレビを賑わせていた。エリナは、マスコミや世間に注目されることは、決して嫌ではなく、もてはやされる自分にむしろ優越感さえ感じていた。 ロングのソバージュに長身でスタイルの整ったプロポーションは、モデル出身だけに、どんなファッションをしても様になり、エリナは女性の憧れといわれていた。 そんな絶頂のときに、相手の若手俳優に薬物疑惑が持ち上がった。マスコミはこぞって激しい取材を繰り広げ、次々と若手俳優の暗部を暴露した。薬物疑惑はもちろんのこと、買春疑惑、暴力疑惑など次々にスキャンダルが報じられた。 当然、若手俳優は芸能界を活動停止し、エリナの芸能活動にも大きな影響を及ぼした。 CMは次々とキャンセルとなり、テレビ番組も降板が続いた。そして、現在、エリナにはほとんど仕事らしい仕事が残っていない。マネージャーの田上は、必死になってテレビ局、ラジオ局を駈けずり回っていたが、成果は全くない。暇をもてあまし、毎日退屈な日々が続いた。気分晴らしに外出したい気持ちだったが、マスコミに見つかった時のことを考えると気が向かなかった。 エリナは、パソコンのスイッチを入れ、お気に入りのサイトを訪問した。 外国のサイトで、ブラックとホワイトを基調にしたお洒落なサイトだ。 そのサイトのギャラリーに行くと、さまざまな画像が表示されてくる。 モデルのような美しいボディーラインの女性。 8頭身のボディーラインはほどよく筋肉がつき、肌が張り付いたような美しいラインをかもし出す。バスト、ウエスト、ヒップの曲線ラインはもはや芸術の域に達してる。 その細い首には黒革のベルト状のものが巻きついて違和感があった。 それは首輪だった。 そのモデルの女性には、首輪、手枷、足枷、ボールギャグ、全身ハーネスといったボンデージアイテムが装着され、妖しいエロティシズムを漂わせている。 エリナは、全身写真を食い入るように見つめていた。 「きれいだ」 エリナはそう感じた。 エリナは自分のボディーの魅力をよく知っている。 メリハリのあるバスト、ウエスト、ヒップ、その曲線の美しさ、太ももからつま先にかけてのラインの脚線美はどれをとっても至高の域に達している。 自分で自分のカラダを見つめ、エリナ自身が一番そのボディーに魅惑されていた。 「こんなキレイなカラダは他にない」 自分のボディーを見るたびにそう強く感じた。 エリナが最も惜しく思っているのは、この自分の肉体を異性として思う存分堪能できないことだった。もし自分が男であったなら、この芸術的肉体をさまざまな嗜好で楽しんだに違いない。 張りのあるボリュームのある円形の乳房、引き締まったウエスト、フォルムの美しいヒップ、自分を自分で犯せないのが悔しかった。 そんなことをふと考えてパソコンの画面に目を戻した。 そのサイトには、モデル級の女性がさまざまな拘束具を装着され、奴隷として扱われていた。 ボディーに巻きつく黒革の拘束具。 その拘束具による締め付けによって、女性らしい丸みのあるフォルムのカラダは、美しさを増しているように思えた。 「わたしなら、もっときれいだろうな・・・・」 このサイトとの出会いはずいぶん昔にまでさかのぼる。 あるファッションショーでの衣装コンセプトを決めるなかで、デザイナーからの提案によりボンデージ・スタイルの着用案が検討された。当時、ボンデージに疎かったエリナは自分なりにボンデージ・ファッショについて調べているうちにこのサイトを偶然発見したのだ。 ボンデージファッションの着用は「ファッションモデルとしてのイメージが違う」と事務所が猛反発し、実現はしなかった。 しかし、それ以来エリナはこっそりとサイトを訪れてはボンデージ・ファッションを見て楽しんでいた。 このサイトの不思議なところは、サイトの運営者が不明であるとともに、連絡先もなく、また、画像のボンデージアイテムを販売するのでもなかった。単に、美しいモデルが拘束具を着けられ、奴隷として扱われる姿がアップされ続けるだけで、何の目的でこのサイトが運営されているのか皆目見当がつかなかった。 でも、そんなことはエリナにはどうでもよく、美しいボンデージ姿の女性を見られれば、満足した。 今日の新着は、ブラックのラテックス・キャットスーツを着用したワンレン・ブロンドの女性が生贄に晒されていた。ブラックのラテックス・キャットスーツは、首元まで丈があり、長袖で手の指や足のつま先の指までしっかり包み込むつくりになっている。ラテックスは、第2の皮膚と呼ばれるようにカラダのラインに沿ってピッタリと張りついた。引き締まり、そして女性らしい凹凸のある美しい曲線ラインはヘソや乳首、ヴァギナの形状をくっきりと露にし、全裸よりも卑猥に見えた。同姓のエリナから見てもエロチックな姿は、性的興奮を高めてムラムラした感覚を呼び覚まし、ブロンド女性を押し倒して犯したくなる。 男性ならばとても我慢ができないだろう。 ブロンド女性の格好は、スキンフィットしたラテックスのキャットスーツに、 黒革の首輪 黒革の手枷 黒革の足枷 黒革のベスト 黒革のウエスト枷 黒革のパンティー 黒革の二の腕枷 といったいでたちだ。 画像で見る限り、この枷のつくりは重厚堅固でそこらへんのアダルトショップで見るようなチャチなつくりではなく、職人が本格的に作り込んだものと一目見てわかった。 黒革のベストとパンティーははじめて見るタイプの拘束具であり、エリナは画像をアップしながら、しげしげとそのつくりを確認していった。 「このベストみたいなのすごいな」 ベスト型の革具は、タンクトップのようなデザインで乳房の部分は丸く穴が開き、アンダーバストの下方に15cmほど伸びていて、スポーツブラのようなスタイルをしている。もちろん、カラダにフィットして締め付ける仕様であることから、装着すると乳房が勢いよく出てくる仕掛けになっている。 ただ、乳房が出る穴は、さまざまなアタッチメントの脱着が可能で、今回は穴をふさぐX字のベルトが穴の外縁部分の4つのバックルに装着されていた。このX字のベルトは幅は2cmほどで、乳房側には、つまりベルトの裏側には、スパイク状のスタッドが埋め込まれ、X字ベルトを乳房用の穴の外縁部分に装着すると、全く伸縮性のないX字ベルトは乳房を強く押さえつけ、ベルトの圧力とスタッドによって乳房に強く激しい苦痛を与える仕組みになっている。 ベストを装着されたブロンド女性の美形で豊満な乳房は、X字ベルトによって無残に4つに分割されたように変形し、黒革のX字ベルトが胸の付け根の位置までめり込んで、痛々しさが伝わってくる。 ブロンド女性は乳房に猛烈に与えられている苦痛には微動だにせず、無表情にカメラを見つめて、クールな表情を向けていた。 「さずがプロのモデル。どんなときもモデルの表情は崩さないか。。。」 エリナはX字ベルトの英文説明を読みながら、この器具の画像を拡大して、その仕組みを細部まで確認していった。 「ベルトの裏には金属性スパイクが埋め込まれているのね」 「先端は、鋭利なタイプと球形タイプの2種類がある・・・・」 「今日は、球形対応で乳房には突き刺さらないみたいだけど、これは痛いよね。このモデル、よくこんな平気な顔してるよ」 「X字の中心部は乳輪と同じくらいの円状の革パッドがあって、裏側には乳房を締め付けるリング付きかぁ~」 「美人なのにそんなもの着けられてるんだ」 エリナはベストの仕組みを英文で読むと、心臓の鼓動がドキドキしてカラダ全体が熱くなってくるのを感じた。 「へ~、後ろは紐とバックルで止めて、バックルのピンには穴が開いていて、南京錠で固定ロックして脱げないようにするんだ」 「X字のベルトもバックルで装着して、南京錠でロック。いったいこのベストに何個南京錠が必要なのよ」 ベストの仕組みを夢中に見ていくエリナ。 「もうあなたは自分で脱げないのね。痛くて仕方ないわよね、苦しみなさい。ふふふ。」 「もしかして、わたしはサド?」 エリナは不敵な微笑みを見せた。 「つぎは、この革のパンティーの仕掛けを見ようかな~」 エリナの気持ちが乗ってきたとき、スマホが鳴った。 マネージャーの田上からだ。すぐにスマホに出た。 例のラジオ番組出演についてエリナの意見はどうかという話だった。 あまり気は進まないが、事務所が進めたい話なら断る気はしないので、 「いいよ」 と返答して電話を切った。 こんな騒動のなかで出演の話は決まるはずはない。エリナは田上のセンスのなさにあきれた。窓の外を見るとすっかり陽が落ちていた。