ところで、この文章もどのへんのコースに置こうか迷ってたのです。
本来「お題文章」は500だなぁと思いつつ、でも、別にそんな大した話でもないなぁと
(そんなん言い出したら全部大した話じゃないんだけど)
でも結構長いよなぁとか。
まぁ間をとってこのくらいに。
─────────────────────────────────────────────────
で、最近考えてることリストから、これのお題です。
これについて語ってみます。
(これもいつどこで最初に思ったことだったか)
(何がキッカケだったか。多分そうとう遡るとは思うけど)
まぁともかく ゴジラ映画たくさんあります。
全部で今いくつだ?
数えようによっては今、36作くらいあるようです。
自分的には実はこの数字、「え、36かー もっとあったような気もするけど」くらいなもんなんだけど、まぁ勿論、凄い数と言えば凄いです。
しかし、36作もあって、
じゃあもう
「大体のことはやりつくしたか」
「ゴジラ映画はもうやれること全部やってしまったか」 というと、
そんな気は全っっっ然、しないのです。
まだまだ山程、未着手の領域があるような気がするんです。
やれることいくらでもある。
その割に、まぁ最新作にしても、
「典型」に収まってるとは思うのですよね。
「あの映画はこの映画に似てる」
「あのゴジラ映画はこのゴジラ映画を、ちょっとパターン変えたくらいだよね」、と、そういうふうには言える。
KOTMは現代版「怪獣総進撃」だと考えることができるし、
GVKは現代版「対メカゴジラ」だと考えることができる。
(自分的にはKOTMのラストバトルとファイナルウォーズのバトルの展開は、ものすごく似てると思っています)
そんなに、既存のゴジラ映画の累計として、外れてないわけです。
─────────────────────────────────────────────────
いや、ちょっと書き順間違ったかも。
やっぱこのことを思うキッカケは、
ドハティ監督の発言だったと思います。
「7人の侍にゴジラが出てきたら凄い映画になる!」とか
「スターウォーズにゴジラが出てきたらすごい映画になる!」とか言ってましたよね。
あの発言、 みんなは笑うかもしれないけど、 自分はわかる気がするんです。
これ、マジです。
みんな、 「そんなことしたらネタ映画にしかならん」 「お互いの良さが潰れる」 と思うかもしれんけど、
そうじゃないと思うのですよね。
真剣に考えていい問題だと思うわけです。
─────────────────────────────────────────────────
◆7人の侍にゴジラが出てくる
これは、そのまんま捉えるわけじゃないのです。
別に、あの三船敏郎とか志村喬とかが出てくる時代劇の中で、侍の代わりにゴジラが出てくる、というそのまんまの絵面を連想するから、
どうしようもないギャグに思えるかもしれないけど、 多分そういうことではない。
舞台は別に現代でもいいわけです。
つまり、農民にとってのどうしようもない災難、侍の象徴として、ゴジラが現れる。
そこで、「7人のプロ」をなんとかして集めていって、
その7人の力によって解決する。
そういう映画、ということですね。
結局、「7人の侍のエッセンス」というと、そういうことだからです。
・もの凄い難敵が現れる。 普通に考えると諦めるしかない
・7人のプロフェッショナルを集めるパート! 集める喜び、苦労
・仲間がやられる 小さい成功、 小さい失敗
・ラストの大決着
だから、「7人の侍要素」を持った映画、というのは 探せば結構あるわけです。
バグズ・ライフなんかそんな感じだった気がします。
そうやって考えると、これは、「問題解決映画」です。
結局、ある種シン・ゴジラに一番近い映画ということになるわけですが、
まぁ、これは より、「集める7人のプロのキャラクター」に寄ってる映画とは考えられますね。
シン・ゴジラは全体の群像劇というか政治劇って感じでしたが、
この「7人の侍版ゴジラ」 では、 各キャラの 個性、 凸凹感、 得意分野、 そういうのを集めていって、それが最後に結集いくのが見どころ、ということです。
つまり究極の話、「マジに人間パートが面白いゴジラ映画」 を目指せるとしたら、これかと思ったりします。
「いやそれやっぱりシン・ゴジラみたいな映画にしかならんやん」 と思う人いるかもしれませんが、
意外とシン・ゴジラの、問題解決部分というのは、結論ありきで結構単純 という風にも語ることもできるのですよね。
何度も見てると意外と見えてきますよ。 実は、そんなにプロジェクトX感ないのでした。 案外トントン拍子にうまくいってる。 シン・ゴジラは、事前に語られた通りの倒し方ができてるだけではあるのです。
・・・てな感じです。
「7人の侍にゴジラが出てきたら面白い」
↑
この発言一行だけ聞いて、 「なーんかゴジラキチガイがテキトー抜かしてら」 と笑う人は多いかもしれませんが、
自分は、 いやそれはマジだな、 と考えるのです。
その一行はこれくらいの意味を含んでいると思うわけですよ。
─────────────────────────────────────────────────
・・・てな調子なわけです。
まぁ、こういう語り口。
ちょっとこれも語り方を間違えたかもしれません。
でも、こういう調子で
「名作映画+ゴジラ」 というのを考えるだけで、 実は、ゴジラ映画が未だにやってない領域
意外とやってないパターンというのを 見つけていけると思うのですよね。
で、それでどんどん見つけていけるわけですが、 普通に思ってることもあります。
ゴジラ映画がまだやってないこと。
本当に、普通に山程あるんです。
─────────────────────────────────────────────────
例えば、
◆ゴジラのカップリング問題。
「ゴジラの息子」とかはありましたが、 一方 こういうことは未だにやってない。
大人のゴジラは常に一体しかいませんし、 どうやって増えてるのかも謎です。
突然子供や卵がいるだけですからね。ゴジラの息子にせよ、VSメカゴジラにせよ。
そこんところで、ゴジラの恋愛、カップリング、生殖、子育て、
そこ全部迫っちゃうというのは、まだ、本当にやってない。
やったってしょうがないだろ。 やったって変な感じになるだろ。
そんな方向からゴジラに感情移入しちゃってもダメだろ、と思うかもしれませんが、
そこんとこはやりようだと思うわけです。
つまり、これを考えることで、また別の部分も見えてきます
─────────────────────────────────────────────────
◆徹底的に弱いゴジラ像
◆絶滅危惧種としてのゴジラ
「弱いゴジラ像」というと、エメゴジを連想する人も多いと思います。
そして、そんなゴジラ像はもうやっちゃダメだ!と思ってる人も。
でも、自分はそんなのも撤廃できると思うのですね。 そこさえ、自由にやることができる。
むしろ、もっともっと、更に弱く、現実的なゴジラ というのもできると思うわけです。
なんというか、テイストとしては、 九井諒子先生が短編でやってたドラゴンの話です。
本当にそういう絶滅危惧種のファンタジーな生き物がいたら、
人間はそれをどう扱うか? どう研究しようとするか?
どう保護しようとするか? その研究の維持はどう大変か?
そういう面をいっぺん 徹底的にやってみるわけです。
「良いと思うけど、それ、本当に「ゴジラ」モチーフでやる必要ある?」
いや、割とそれさえありだと思ってるんです。
なぜなら、 本当は 被爆の被害者の象徴としては 弱い存在のほうが正しいとさえ言えるからです。
どっかの島で 被爆したトカゲが、 こんな感じになって全く新種の生物みたいになってしまいました。
この生き物をどうしたらいいのでしょうか?
なんか、複数いるから、カップリングすることはできそうです。 していいのでしょうか? するべきなんでしょうか?
でもものすごい貴重な生物だし。
それに、彼らは彼らで生きたいとしか思ってない。 だったら、保護すべきなんじゃないか?
死なせてやればいいなんてのは、それこそエゴなんじゃないか?
彼らが生きたいと思っているのなら、その手伝いをしてやるべきだ。
・・・
そうやって苦労の果てに ゴジラのつがいがカップリングしたり、卵うんだり、 その卵が孵化したりする。
その過程というのをみっちりやれば、それは普通に 特別な感情を産む映画になってしまうと自分は思っているわけですね。
ゴジラを 「核の被害者の象徴」 と見るのなら、 実はこういうやり方もあるということ。
テイストとしては完全にクソ真面目な生物ドキュメンタリーなんですが。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラVSゴジラ
これもドハテイ発言かと思いますが、
まだ実はやってないのですねー。
ゴジラが2体同時に現れる映画。 (えっファイナルウォーズ? アレは短すぎだし あれがメインでもないし)
いつか、起きるような気はするのですけどね。
でも、 日本とアメリカで、どうも、常にタイミングがあってないようには思うのです。
「アメリカのゴジラ」 これは今、完全にフランチャイズが固まった感じがします。
もしここで、日本でも「VSシリーズのゴジラ」をやってたなら、
「日本ゴジラ VS アメリカゴジラ」 というマッチは可能だったと思います。
シリーズの代表格とシリーズの代表格。
でも当然、そんなのはタイムパラドックスです。
今、日本のゴジラの代名詞というと、 シン・ゴジラ、で、 いいのかなぁ???
この辺がハッキリしないのですよね。
実際問題、 シン・ゴジラ VS アメリカゴジラ。
どうも、あんま上手く ハッケヨイノコッタ! ができる気がしませんよね。
どっちが強い弱いというより、あんまり綺麗に戦ってくれそうに思えない。
やっぱりシン・ゴジラは、「単品ゴジラ」としての完成度だと思います。
つまりタイミング的にもキャラクター的にも、意外と取り組みができない。
じゃあどうしたらいいのかというと、
自分が考えてしまうのは
普通に新ゴジラが 二体、 なんらかの形で 同時に現れてしまう、そういう 新規の映画です。
まぁこういう風に言ってしまうと、 それは、
「サンダ対ガイラ」のゴジラ版、 ということにはなってしまいますね。
でもまぁこれも、「ゴジラ映画がまだやっていないこと」です。
何らかの理由で、ゴジラが生まれてしまう、 そういう状況がある。
だが、そこで一体だけ生まれるわけじゃない。 同時に、複数、生まれてしまった。
それらが、成長する過程、環境の違いで、違う個性をもった個体へと 成長していった。
その二体が、 最終的に激突してしまうわけです。
まぁこれですよね。 「サンダ対ガイラ」をゴジラに置き換えても、エッセンスはこのままです。
普通に、こういう新規ゴジラ映画を作っても、
それは燃えるし面白い! と思うわけですね。
そんでもって言ってしまえば、 この二種類のゴジラの特徴付だけでも、
更にこの「GVG映画」というのは、何本もバリエーション作れると思っちゃうわけです。
・「善のゴジラ、悪のゴジラ」、 まぁこれが定番として、
・「両方悪」でもいいし、
・「両方善より」というのも面白いし、泣けるし燃えると思います。
片方のゴジラは複数、というのさえ考えられます。
GVGだけでも、無限のパターンですよ。
一度もやってないけど。
(まぁビオランテとかそうじゃねーかとか、スペゴジとかもある種そうじゃねーか、ということにはなってくるのですが)
(でも、2体が「同時に新規」に誕生し、その両者が別々に成長していく、そういうところが新しいかなぁと思うわけです)
(そして、両方とも 確実にゴジラである、という点)
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラ とエイリアン
繁殖するゴジラ、という感じかと思います。
それはエメゴジでやったやんけ、ということですが、
まぁあれはそもそも劇中で阻止されました。
(アニゴジ小説版でこれは言及されましたね)
繁殖力のヤバさ 適応力のヤバさ、というのを全面に押し出し、 そんで、劇中である程度それが成功、進行してしまう。
人間側がもうめちゃくちゃ押されてしまう。 むしろ負けてしまうくらい
そういうゴジラ映画だってできるはずです。
そういう意味じゃ、シン・ゴジラの第5形態の「あの先」のヤバさを見せてしまうゴジラ映画、とも言えますね。
シン・ゴジラの続編やるならこれではないか? なんて思ったりもします。
(ダイナシなんですが)
まぁ、精神的続編ってやつですよ。
直接の続編ではないけど、なんとなく通じるものを感じる。
ものすごい勢いで分裂増殖してしまうゴジラがいたら、どうすんの、と。
だからこれは、 まぁテイストとしては ゴジラに「エイリアンのような厄介な強さ」 を付与した感じかと思います。
マジヤバですよね。
ゼノモーフゴジラというのは、ファンアートでも結構みるモチーフかと思いますが、
まぁ普通にふくらませるほどのポテンシャルあると思います。
ゴジラVSエイリアンをやれってわけではないです。 (それも可能だとは思うけど でも流石にゴジラが圧勝だよなと)
「宇宙生物としてのゴジラ」というのもやってないわけですね。
ゴジラの由来のパターンとしても、これは一つ考えられるかと思います。
(スペゴジとは全然違うテイストで)
─────────────────────────────────────────────────
◆ ゴジラと ホラー
怖いゴジラというと、 GMK とか まぁシン・ゴジラ そして初代くらいが トップかと思います。
そんでGMKのゴジラの正体は怨霊ゴジラですから、あれはまぁ本当にホラーとも言えるのですがー・・・
でもやっぱり、 「ホラージャンル」 とまでは、行ってない気がするのですよね。
つまりこの点も、ゴジラが未着手の領域です。
でも本当は、ゴジラはこの領域にも手を付けられると思っています。
幽霊みたいに神出鬼没なゴジラというのはどうなのか?
実際、ゴジラは移動がネックだったりはします。
その辺、 闇の中ならいつでも出たり消えたりが自由な感じのゴジラというのがいたらどうか。
フッと消え フッと現れ、 人間が死んでいく そういう ゴジラ像。
(熱戦とかは吐きづらいと思う 幽霊ゴジラなのにビル破壊すんのかよと)
解釈としては 集団幻覚としかいいようが無いんだけど、でも実際人が死んじゃう。 そういう感じです。
その姿を見たら、被爆したような体のだるさを覚え、そんで次第に弱って死んでしまう、 そういう怖さのゴジラです。
そら、そんなのの姿が段々認知されていったら、集団ノイローゼ 集団ヒステリーみたいになりますよね、と。
あれが見えてしまったら、その人たちは終わりです。
そういう怖さのゴジラ。
そっからどう持っていくか、ということなんですけど。
正体を探るということにはなりますし、 そしたら最終的には、
GMKのゴジラの正体が戦没者であったように、 この怨霊ゴジラの正体は 亡くなった被爆者さんの怨念、 みたいなことにせざるを得ないとは思いますが
・・・
だから、そういう映画をやるには 相当の覚悟が必要ということになる。
そんな覚悟と信念を持った人自体がいませんよね、ということは見えてくる。
なんか一個あるアイディアとしては、
「ビルの窓ガラスだけに映るゴジラ」みたいなのを考えてたりします。
─────────────────────────────────────────────────
◆ 不条理ゴジラ
むしろホラーゴジラというのは中途半端なのかもしれない。
「本当に不条理なゴジラ」、というのもやれるとか思ってたりします。
ある意味ではホラーな存在の延長です。
「これをやったから倒せる」とか
「こうやったら死ぬ」とか そういう理屈が通用しないゴジラ像です。
ホラーでいうと、「これをやったら除霊できる」とか「これをやったから解決した」とか
そういうのが通用しそうで通用しねーよ、みたいな存在。
倒したと思った次の瞬間、別の場所に立っているとか、そういうゴジラ。
これは一種の幽霊のゴジラにテイストが近いのかもしれないけど。
なんだろう。
発生にも脈絡がなくていいわけです。
ホラー以上の理不尽は、もう理不尽そのものになる感じです。
映画全体が悪夢みたいなテイストになると。
─────────────────────────────────────────────────
◆ ゴジラが出てこないゴジラ映画
ふざけんな! と思うかもしれないけど 最大の変化球としてこういうのもあるかと思います。
なんだろう パトレイバーみたいな?
怪獣事件を、「あくまで人間側の視点だけで切り取ってみた」、みたいな表現でしょうか?
まぁ、それ、クローバーフィールドが一番近いわけですが。
でも、 世の中にはサメが一切出てこないサメ映画もあるらしいですね。
それはそれで一つのやり方として可能なのではないかと思います。
そんで、じゃあつまんないか、じゃあ盛り上がらないかというと、ちゃんと面白く作ることもできると思います。
─────────────────────────────────────────────────
◆人がゴジラになる展開
これも実はやってない展開、かと思います。
「ゴジラの由来」のパターンですね。
ゴジラの由来というのは
元恐竜だったり、
恐竜の生き残りが放射能で変化したとかだったり、
・・・
まぁ、色々あるわけですが、
この中にも、まだやったことがないパターンがあります。
その一つが、人がゴジラになったという 元、人のゴジラ。
シン・ゴジラははある意味それじゃねーか!!、ということですが、
その部分を全面には押し出してないし、ハッキリしないし、別に劇中でそこが重要な部分でもありませんでした。
だから、その部分がメインなゴジラ映画というのも、あってもいいかと思う。
これもやってないパターン。
感覚としては、 ゲゲゲの鬼太郎の映画版でこういうのがあったかとは思うのですよね。
「鬼太郎の大海獣」とか そんなんだったと思います。
元人間なのにわかってくれないなぁ、退治されるしかないのかなぁ、という悲哀のストーリーになりますかね。
そんなバカにしたもんじゃないかと思います。
そもそも、メカゴジラやメカニコングよりも先駆けて、水木しげるは「メカ怪獣」というのを思いついたようですからね。
でもまぁ、これは、考えてみると単品でジャミラをやってるようなもんなのかもしれません。
ウルトラマン不在のジャミラ。
ひたすら悲劇ですよね。
こっからどう展開するか というのが腕の見せ所かと思います。
─────────────────────────────────────────────────
◆
まあゴジラ映画がまだやったことがないことといえば、
「ギドラが勝つ」みたいなことも言えますよね。
というか、このタイトルで言えば
自分がこういうことを延々と並べるだけの記事 というのを連想するほうが普通なのかもしれません。
だから本来この記事のテーマだって、いくらでも分裂できるのですよね。
◆
こないだどっかで見た記事ですが 「会話劇や人間劇が一切ないゴジラ映画は可能なのか?」みたいなのがありました。
まぁそういうアプローチでゴジラ映画のパターンを考える、というのもありっちゃありでしたね、と。
今回のこれはそういう話にはならなかったけど。
─────────────────────────────────────────────────
後はもう、延々と
「既存の名作映画とゴジラをどう融合できるか」 のパターンで考えていけるのですよね。
これ、組み合わせを考えるだけで、やってないことがなんか見えてくるんですよ。
本来、これ無限で、止まらんわけですよね。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラと BTTF
これだって普通に面白い映画になっちゃうと思います。
ゴジラとタイムトラベルを絡めた作品としては
一番近いので言えば「ゴジラVSキングギドラ」になるかとは思うのですが、まぁあの映画のタイムトラベル部分は、微妙といえば微妙です。
そんな大したギミックでもありません。 ゴジラ誕生の過去に介入したけど、結局余計にデカくなりました、くらいのことです。
(そっからもっともっと食らいついてもよかった気がする)
(でもあの映画は、未来人が悪の未来人だったから)
そこんところをもっとちゃんと主軸にして、 問題解決展開として きっちり面白くした映画。
ゴジラをどうやってタイムトラベルで退治するか、というのでも、映画は一本作れるはずだと思ってしまうわけです。
まぁやはり、相当人間寄りの視点になりますが。
TVアニメでやるならこういうのが一番いいんじゃないかと思ったりします。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラと バタフライエフェクト
時間系というか、世界線ジャンプ系というか。
まぁこういうのもあると。
他にも死に戻り系でもいいし。
しかしまぁ、ゴジラは脅威としてでかすぎて、個人の死に戻りとかでどうにかできる問題なのか?という気分にはなってきますかね。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラと ターミネーター
でもまぁこうやって見ると意外とうまく噛み合わないのもある気がします。
ターミネーターをゴジラに置き換えて、どうなるだろうか。
未来から送り込まれてくる生物兵器としてのゴジラ、 確かにそれはやってないパターンですが、ゴジラは一国を狙って襲えるような存在だろうか?と思ったりはする。
・・・
いや、ずっと考えてたらありな気がしてきた。
相手の国を滅ぼし尽くせる 最悪の生物兵器としてのゴジラ、
普通にありかと思う。
それは核兵器の象徴のゴジラとして、まんま一つの道かと思う。
最悪の生物兵器だけど寿命は短い、という設定にしとけばいいし。
このエグさは、なんだか正しいように思ってしまう。
そしてまだやってないパターンです。
生物兵器としてのゴジラをめぐって、各国陣営がなんやかんやするストーリーですね。
(そうやって考えると「冷戦時代にやっとくべきテーマ」だったように思います)
(今とは、時代が合わないかも、と)
もはやターミネーターとかあんま関係なくていいですね。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラと ミスト
これは、ゴジラがやばすぎる存在であるパターンと融合できますね。
エイリアンゴジラとか、繁殖しまくるゴジラ、からの結末です。
ゴジラで最悪のバッドエンドをやると。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラと アルマゲドン
これもテイストとしては「ゴジラと7人の侍」に近いでしょうね。
むしろ「ゴジラと7人の侍」は、 「ゴジラでアルマゲドンをやる」と説明したほうが分かりやすいくらいかも。
凸凹な7人のプロフェッショナルを集めて、大問題解決に向かう、と。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラと マトリックス
考えてみると、こういうパターンもあるわけです。
これも一種の「ゴジラの由来」のパターンですね。
サイバースペースの中での脅威としてのゴジラ。
まぁ、マトリックスでいえばエージェントスミスがヤバいことになってどうしよう、みたいな展開、
その退治する対象をゴジラに置き換えられると。
「ヤバすぎるバグ」として誕生してしまったゴジラ、みたいな感じでしょうか。
そいつをなんとか退治しよう、みたいな展開のゴジラ映画です。
なんだろう、 アニメでゴジラやるならこういうのもありか、みたいな感覚になってきます。
てかデジモンの映画ですかね。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラと ???
・・・で、これをやろうとすると本当に 無限に書けすぎてしまって、これの記事、終わりようがないわけです。
つくづく思うのは、ゴジラの無敵性 拡張性 柔軟性 ということです。
ゴジラって、「サプライズ忍者」に近いのですよね。
サプライズ忍者理論というのは、
「脚本の途中で 忍者がいきなり出てきて暴れだしたほうが面白いようなら、
その脚本は考え直したほうがいい」 みたいな理屈なのですが、
実際それって普通に面白いよな、 とも思うわけです。
だからずっと思ってるのですが、
ゴジラは、存在そのものがサプライズ忍者に近い。
人間同士でいろいろゴタゴタやってたりするところにゴジラがやってきて、全部ズガーっっっと壊してしまう。
それ、普通に面白いのです。スカッとするのです。
そういう爽快さがゴジラには許されている。
あの映画でなんかグダグダしてるところにゴジラがやってきて全部パーにしてしまう。
そうやって考えるなら、今までのパターンの亜種さえ、また考えられます。
「ミスト」の途中でゴジラが出てきて、未知のクリーチャーや宗教ババァとか全部ゴジラが熱線で吹き飛ばしてしまう、あ、でもこれどうしよう、みたいな。
まぁそういう調子でした。
無限に書き足していけるタイプの記事ですね。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラ映画と 鳥
ヒッチコックの鳥。
あれとゴジラの融合はどうだろうか?
ゴジラを小型化して飛ぶクリーチャーに置き換える、というのではダメだと思う。
それでは流石にゴジラとしてやる意味が無い。
すると見えてくるのは、なんか鳥(または鳥型の小さい飛翔モンスター)が出てきてパニックなところに、ゴジラが出てきて全部ぶっ壊してしまう、という映画になるということが見えてくる。
そうやって考えるとメガギラスなんかがそれに一番近いなぁと思えてきます。
─────────────────────────────────────────────────
◆ゴジラ映画と キャビン
「キャビン」という映画があります。
これに関しては、どういう映画なのかを説明した時点でものすごいネタバレになってしまうので、キャビンを知らない人は回れ右なわけです。
で、説明すると
色んなホラー映画の集合体みたいな映画なのですね。
怪異を集めて、結果を研究?してるみたいな組織があるわけです。
どこの支部のあれが勝ったとか負けたとか、
どこのゾンビが全滅させたとか半魚人がどうしたとか、
日本の支部で幽霊が小学生に除霊させられたとか、
・・・
このキャビンのような発想を使えば、
色んなゴジラを同時出演させる、ということも可能な気がします。
まあ、世界どうなるんだって感じではあるんですけどね。
そもそもこのシステム自体が、ちとメタすぎるところはあります。
ホラー映画だけど自分的にはコメディのように思えたりもしました。
これをやっちまったらおしめえよ、みたいなネタでもあります。
そういうことですかね。
最後のゴジラ映画で、ある意味こういうネタ。
Yoshi坊
2021-08-16 10:52:40 +0000 UTCByNEET
2021-08-16 07:55:35 +0000 UTCByNEET
2021-08-16 07:54:13 +0000 UTCByNEET
2021-08-16 07:52:33 +0000 UTCYoshi坊
2021-08-14 02:37:45 +0000 UTC