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何度転生しても (雑記)


ぼくにとっての(個人的な)ゆかれいむのイメージですが、

紫と霊夢の関係は、初代から、代々の人の寿命を超えた月日の中で、

それは、言葉、いわゆる顕在意識などでは図ることのできない、

深い、深い、”奥”での繋がりを感じる反面、

転生を果たした”かも”しれずとも、

結局記憶を消される霊夢。

そこに、心と躰の乖離を感じたりもするわけです。

表面上ではひょうひょうとしつつも、

躰がなぜか反応する。

求めるまさぐる、自然に惹かれる。

こういうことは、霊夢に限らず、誰しも経験があるかもしれません。

それが何なのか、

まったく知らずも、わからずも、勝手に惹かれる。引き寄せられる。

思考する間なく、なにか「感じる」もの。

Think

ではなく

feel

人に限らず、映画やアニメ、漫画。

扉絵の表紙ひとつで、ちらりと見たワンカットで

なぜか(考える前に)惹かれるもの。

幾重にも重ねた鎖と蓋のその先に、

いつか忘れようとしていた、

燃え盛る炎を感じることがあります。

いまにも消えそうに弱弱しく揺らいでいるように見えるけれども、

なぜか、決して消えはしない炎。

っと、話がそれましたが、

ゆかれいむに話を戻すと、

代々にわたって、霊夢の生と死を見届けてきた紫にとっては、

その関係を一歩先を踏みいれるには、大変に気概の居ることではないかと

そんな風に感じることがあります。

必ず先立たれる

置いていくのか、いかれるのか、

別れありきの、確約された出逢い。

それも「悟り」をもってすれば、

なにも悲嘆することもないことなのでしょうけれど、

受け止め方によっては、こと残酷な一面を

まざまざと見せつけられたりもするわけです。

期限があるがゆえに、

それがはっきりとわかっているがゆえに、

人はその一生を全力で生き抜くことができるのかもしれませんね。

そんな、真正面から向かってくる霊夢の想いとはうらはらに、

どこか、不安にも似た揺らぎを感じつつ、

ひょうひょうとかわしながらも、霊夢を愛でる紫との

妖怪と人間の不思議な信頼関係が

僕のなかにひとつ存在する物語のようです。

また、春が来ます。

アイツが戻ってきます。

境内を掃除する霊夢のその手も

心なしか、軽やかに、

庭を掃く音も響き渡っているように思います。

何度あきらめようとも、また、そのときはくるようです。

それは

ときに優しく、

ときに残酷に。

あなたの中にくすぶる

あきらめきれないことはありますか?

あ、エロくなくてすいません。

ではでは、また☆

何度転生しても (雑記)

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