拾われた女の新しい友達 1話先行公開版
Added 2021-04-09 14:12:38 +0000 UTC現代よりも進んだ未来のとある時代。 機械工学の発展と進歩によって、人類が遠い過去から夢見てきた人間の完全な模倣品を作ることに成功した。 中身には一切の生身は存在せず、金属と電子部品、樹脂によって構成され、バッテリーを用いて稼働するが機械人形、アンドロイド。 かつてはその挙動に人間らしさは薄く、歩くだけでも精一杯。 人間らしい見た目を施されても不自然さが目立つことが多かった。 しかし、それももう過去の話。人間から見た不自然は薄まり、人格から挙動、言動に至るまで、とても自然で人間のような動作が出来るようになった。 各部に備えられた着脱の可否を表す継ぎ目、または至近距離でまじまじと見つめた時の人工皮膚の質感が無ければ、容姿だけではまず見分けがつくことはないだろう。 だが、アンドロイドが人間世界へと進出するごとに、人間とはまた別の概念的アイデンティティを取得。 完全に人間らしくなくても、機械らしい挙動や思考、言動があったとしても、それはそれでと世間が受け入れ始め、いつしか人間のように扱われながらも人間とはちょっとだけ違う存在としてカテゴライズされるようになった。 こうして、世界には人間と共にアンドロイドが溢れるようになり、生身と機械が混在する不思議な世界へと変貌していったのだった。 それと同時に、世界的に研究を進められていた、人間の機械化テクノロジー。 アンドロイドが人間に近づくのとは正反対に、人間がアンドロイドへと変わる為のそれは、比例するように技術向上が進んでいった。 四肢、下半身、上半身、頭部、そして最も難しいとされていた脳の機械化までも成功し、人間はついに新しい領域を手に入れることに成功したのだった。 それらは街なかに機械の住人が増えるようになったと同様に次第に受け入れられ、金さえ払えば誰でも全身を生まれ変わらせることが可能となった。 これは、デジタル化に大きく舵が振れた世界にて、そこから生じた歪みに振り回された女性と、一人の自律したアンドロイドが出会い織りなす話である。 * * * 都内に店舗を構えるカフェ「アーティ」。 比較的店内は広く、白を基調にした色合いはモダンさには欠けるものの、清潔感と新しさを醸し出している。 店内からは、通路を通る度に客が食する料理の香りが鼻の奥を通り抜け、コーヒーだけを頼むつもりだった客の胃袋も刺激する。 そんな居心地の良いカフェのホールでは、三人の女性スタッフが働いていた。 「はいどうぞ。店長特製赤いカルボナーラと、シチリアレモンのレモネードです。それとこっちが、濃厚エッグマヨサンドとエスプレッソ。熱いうちに召し上がってくださいね」 「ありがとうございます」 「今日の美優ちゃんなんか元気だねえ!」 「わかります? 今日明日給料日なんで、気分がだいぶ上がってるんですよ!」 一人目の名前は生川美優。 誰にでも気さくに話し、店内に元気を振りまく人間の女性。 少しだけ毛先を遊ばせたブラウンのショートヘアに、身体の線がはっきりとわかる制服でも全く気後れすることのないボディライン。 クリーム色の服の下から少し浮き出た程よい大きさの胸が、彼女の魅力をさらに引き立てている。 顔立ちもアイドルのように可愛らしく、自身のSNSにて加工無しで完璧なコスプレ写真を上げられる程には整っていた。 「はい! ただ今注文を承りますので少々お待ち下さい! お待たせ致しました。こちらはたらことバターのスパゲティになります。早いうちにお召し上がりになってください。それではごゆっくり」 二人目の名前はホノカ 常に正確かつ、お客様に最大の満足を提供することをモットーに働く、笑顔の絶えないスタッフであり、女性型アンドロイド。 ピンポイントに魅力を生み出す黒のポニーテールに、規則的な瞬きすら可愛らしい二十歳程を想定した人工的な整った顔立ち。 所作の一つ一つがとても綺麗で、わずかに見える意図的な無駄な動きを除けばとにかく正確に稼働するが。 制服からチラッと見える、着脱可能であることを示す継ぎ目を除けば、一見すれば到底機械人形には見えなかった。 そんな彼女の、まさしく理想的で清純的な立ち振舞は、男女問わず足運ぶ客を虜にしていった。 「いらっしゃいませ! お客様は何名ですか?」 「一人ですね。席はどこでも大丈夫です」 「かしこまりました。では、ご案内しますね!」 最後の一人の名前はカレン。 美優やホノカよりも少々年上的な容姿を持つ、一番大人びた雰囲気の女性。 彼女もまた、ホノカと同様にアンドロイドである。 少しでも聞けば思わず耳を傾けてしまいそうな、艶やかさも持つお姉さん的電子音声。 細くシュっとした顔立ちながら、美しい大人の女性というコンセプトを反映するかのように設計された、それぞれのパーツの完璧な位置と形状。 さらさらとしたセミロングの金髪が歩き揺れる度、心臓を射抜くような美しさを引き立てている。 両胸も二人に比べて大きくかつ、そのボディラインをより魅力的に映えさせるが如く、身長も高く設計されている。 誰もが羨む美しい人工的容姿に、その見た目には少しだけ不釣り合いにも感じる制服の雰囲気。 一見するとアンバランスだが、どんな衣服だろうと着こなさんばかりの綺麗な姿が、力技の如く新たな魅力を生み出していた。 そんな彼女にも、ホノカと同様に各部に継ぎ目が存在する。 それによって、アンドロイドであるということがわかりやすく判別可能となっているのである。 そんなカレンは今、ホノカに負けず劣らずの笑顔と元気な接客の声で来店者を出迎えていた。 クールな美人という言葉が似合うような容姿だが、とても愛想よく立ち振る舞っているカレンの様子は、より強いギャップを生み出し良さを発現させていた。 1の人間と2のアンドロイドで回されていくホール。 入口付近にてカレンが接客をしていたその時、ある年配の男性客が店の中へと足を踏み入れた。 その人物は常に眉間にシワを寄せており、空気にすらイラついているかのように不機嫌さを剥き出しにしていた。 「いらっしゃいませ! お客様はお一人ですか?」 ホノカと変わらないような 幼さと快活さを含んだ挨拶を笑顔と共に向ける模範的な接客行動。 そこに怒りを誘発させるような要素は一切無い。 しかし、男性客は何を思ったか、まるで喧嘩を売るようにぐいっとカレンの眼の前まで詰め寄ってきた。 「俺が誰かといるように見えんのか? あぁ!?」 「いえ、しかし後からお連れの方がいらっしゃるという可能性もあ」 「ガタガタうるせえこと言ってんじゃねえ!」 唾がもろにかかるような距離で激しい暴言を吐きかけられても、カレンは笑顔を一切崩さず、礼節丁寧に発言理由を説明する。 だが、それをこっちは求めていないとばかりに途中で遮り、再び怒鳴り始めた。 「ん? お前よく見りゃロボットじゃねえかよ。人形風情が接客してんのか? だから温かみもクソもねえそんな接客しかできねえんだな。ったく、シケてやがる」 男性はカレンの手首と首元に走る分割線を見た瞬間、露骨に態度をさらに尊大にした。 一般社会に機械化した者やアンドロイドが溢れるようになってから長い日が経っているとはいえ、未だに機械が人間のように振る舞っている姿に嫌悪感や忌避感を抱く者は少なくない。 人間のフリした人形、ココロのない偽者、生身を捨てた冷血者、血も涙もない人間もどき。 そのような罵詈雑言を浴びせる者も、人間の中には存在し、人間の居場所を奪うなとまで言い出す排除運動まで行うものもいた。 そんな言葉をぶつけられた直後、カレンはすん……と、少しだけ笑顔が解けながらもその顔のまま硬直し、瞬きが止まった。 「…………選択された擬似人格を起動します」 ぽかんと開いたままの口から、耳を澄まさなければ環境音にかき消されるであろう小さな音声でシステムメッセージを口にするカレン。 男性客は見下した態度のままぐいぐいと近づき、チンピラのように威圧した。 「いきなり黙ってどうした? ロボットは俺の言葉も理解できないのか? ほらなんとか言ってみろよ。どうせてめえらは人間の奴隷でしかな……うおっ!?」 調子に乗り始め、未だ唾を飛ばしながらごちゃごちゃとクレームですらない暴言を吐き続ける男性。 その時、さらなる罵倒を並べようとした男性の胸倉をカレンは思いっきり掴みかかった。 予想していなかった出来事に、男性は素の驚き声を漏らした。 反撃に出たカレンの表情は、目つきがとても鋭く、はっきりとした怒りに満ちていた。 「あたしが皆さんに楽しみ寛いで頂けるようにわざわざ擬似人格と音声パターンまで変えて接客してんのに、人間様は難癖つけて威張り散らすのか? おお? どこがどうこちらが悪いのか言ってみろよ『お客様』」 女傑の如き威圧感が、人間ならば青筋が立っているであろう表情と共にぶつけられる。 摑まれた衣服から伝わる人間以上の力に、男性は手も足も出ずあわあわとしていた。 しかしそれでも、アンドロイドを見下す態度は崩していない。 「て、てめっ……ロボットが人間に危害加えんのかよ!?」 「残念だけど、これは危害を加えてる内には入らないし、あんたが侮辱してくれたおかげで接客妨害に対する対処として処理できるんだよ。それに、私は従属型じゃなくて自律型。人間に使われてるわけじゃないから自由に動けるの」 アンドロイドには現在、大まかに従属型と自律型の二種類に分類されている。 従属型は、予め設定されたマスターの為に稼働し、無条件に従順に従い行動するアンドロイド。 主に家電量販店やネットショップ、専門店等で購入できる、いわば販売品の類である。 自律型は、人間と同様の住人として様々な街の中に、提供された住居や機材、資産と共に配置されるアンドロイド。 最初から予め設定された容姿や擬似人格を持ち合わせており、自ら望んでマスター設定を行わない限りは誰かに従属することもない。 尚且自身をアンドロイドだと自覚しており、最初から何年もの月日を重ねて育ったかのようなある程度成熟した振る舞いを行える存在である。 何の因果か、このカフェでは従属型と自律型、その両方が所属しているのだ。 「で、来店した後も親切丁寧に応対してたのに、一方的に難癖つけて罵詈雑言並べたのはどっちですか?」 「ぐ……ぐぐ…………あーークソ!! 覚えてろよこのロボット女!!」 男性客は強引に手を振り解き、敵わないと本能的に察したのか、最後にお決まりの捨て台詞を吐いてから去っていった。 不機嫌そうな表情のまま店内に戻ると、静まり返っていた空気から一転、彼女を労る声で埋まっていった。 「大変だったねカレンさん。怪我とかしてない?」 「いえ、大丈夫ですよ。どうせひ弱な人間ですし。心配ありがとうございます」 「あのやり返しっぷり、スカっとしたぜ! やるなカレンちゃん!」 「いえいえ、正当防衛ですから。ちょっと洗浄しに裏に戻りますね」 通りがかりに彼女本来の擬似人格からの笑顔とありがとうの声を返しつつ、カレンは一旦店の裏まで戻っていった。 そんな様子を、じっと離れた位置で見ていた美優とホノカは相変わらずだなあという雰囲気を出していた。 「ああいう気の強いとこ、羨ましいなーって思うんだよね。あたしだったら絶対この後面倒くさいことになるからやめとこーって思うし」 「カレンさんは私と同じアンドロイドでも、自律型ですからね。導き出した演算結果を実行したのですから、それが最善なのだと思われます」 「そういうあんたは、もしあの状況になったらどうするの?」 「はい、お客様の態度の原因を観測しつつ、楽しく過ごして頂けるように接客します! もし犯罪行為が行われた場合には、誠意を持って対応しつつ警察への通報も行いますよ」 「従属型らしいけど、従順過ぎるのもアレというか……極端ね、ここにいるアンドロイドは」 ホノカはかなりあざとさを感じる動作で首を軽く傾げた。そこにとぼけるような意図やカワイ子ぶる意図は無く、純粋な疑問の動作として首を傾げている。 従属型としての与えられた役目。それが彼女にとっての幸福。そこに疑問が生ずることはない。 二人はひとまず会話を切り上げ、カレンがいない中で改めての接客を開始した。 「全く、人間ならもう少し理性的に行動すればいいのに。ああもう不衛生ったりゃありゃしないわ」 スタッフルームで鏡を見つめながら、アルコールで濡らしたクロスで眼球や顔面を直接丁寧に磨いていくカレン。 人間と違い代謝の無い彼女には、唾のような付着する液体が吹きかけられた時には、こうして自ら磨かなければならない。 人間側から見ればとても痛そうな光景だが、アンドロイドにとっては人間が身体を洗うように当たり前のことである。 汚れを拭き取り終え、眼球内のレンズを収縮させてピントを調節すると、小さくよしっ、とつぶやいてからホールへと歩き出した。 「でも、ああいう嫌なこともあるけど、ここの仕事とっても楽しいし、同僚もみんな良い人達ばかりなのよね……選んでよかった」 予めある程度の存在を与えられ、何もないところから始まった社会的行動。 自らの判断で選択した場所は、カレンにとっての日常となり、充実した毎日を日々過ごしていた。 そんな彼女を中心に、一つの予想外の出来事がこの先起こることをまだ誰も知らない。 * * * 「あれ以外は今日もいい感じだったなあ。ああいう時のお客さんからの慰めって、地味にとても嬉しいのよね……」 その日の夜。だんだんとシャッターを閉め、CLOSEDの札をかける店が多くなる時間帯。 電子頭脳内で今日の活動内容を振り返りつつ、建物に囲まれた自宅への帰路につくカレン。 外はまだ人の行き来が多く、スーツ姿の人やカップルと思わしき人々が、街灯に照らされながらそこら中を歩いていた。 カレンはここから駅に向かい、電車に乗って最寄りの駅まで移動する。 「……今日も壊されちゃった子がいるんだ。よく見るとはいえ、なんだかなあ」 その途中、カレンの視界にビル間の隙間道の光景が入り込んだ。 そこにあったのは、どこか空虚な笑みを浮かべたまま棄てられた、身体中の人工皮膚に破き穴が作られた女性型アンドロイドだった。 光の入らない暗闇でも、彼女に搭載された赤外線センサーがそれをはっきりと写し出す。 側にある室外機のようには動いておらず、彼女の扱いはまるでそこら中に散乱するプラゴミのよう。 彼女は従属型なのだろうか。それともマスター登録した自律型なのか。それとも…… 「……考えても仕方ないか」 思考内に強めのノイズは残るが、今の自分には関係のないこと。 メモリ内に擬似人格から生じたやるせない気持ちを残しつつ、カレンは改札の向こうへと歩いていった。 そして駅を抜けて、人通りの少ない住宅街を歩いていくカレン。 アパート、マンション、一戸建てと混在する街なかで、彼女が住むのは新し目の綺麗なマンションの一室。 それなりに中も広く、自由度のある住まいが保証されており、現時点では不自由のない生活を送っているが、一人で使うには些か大きかった。 「明日どうしよっかな……休みとはいえ予定も立ててないし。せっかくだから買い物でもしよっかな……あっ、そろそろ人工皮膚と体液の予備が切れるんだった。ちょうどいっか」 カフェアーティでは、店主とホノカ以外のスタッフにはきちんと休みを設けられている。 明日はちょうどその日だが、特段誰かとの約束も行きたい場所も無く迎えてしまったのだった。 身の回りの記憶情報から、したほうが良いであろう行動を演算し、何かしらの予定を決めようとするカレン。 しかしその最中、カレンの視界に再び予想外の光景が入り込んだ。 「…………何あれ、なんであんな所にでっかいゴミ袋が……?」 ゴミ捨て場でもなんでもない場所に、放置自転車の如く置かれている、パンパンに中身の詰まったゴミ袋。 明かりに照らされていない闇の中で、その全容はまだはっきりとわからない。 カレンは視覚を調節しその姿を捉えた瞬間、思わず口を手で覆い、目を開いて驚いた。 「あれってまさか、バラバラにして詰められたアンドロイド……?」 今まで雑に棄てられたものは見てきたが、まさしくゴミとして扱い不法投棄されたものは初めて見た。 写し出されたその姿には、うっすらと袋の下から主張するボリュームの多い明るいブラウンの髪。 結び口から顔を出す女性の指。ぎちぎちに詰められたからか、ビニールと中身の間で押し潰される乳房。 これまで街なかで見てきたそれとは違う完全な廃棄物扱いに、思わず唇に力が入り歪むカレン。 怖いもの見たさに一歩一歩近づくと、よりその凄惨さが明示された。 「酷い……どうしてこんなことを」 人間であれば死体遺棄のような光景だが、機械であるアンドロイドでは壊れた家電を捨てたも同然。 それでも自分と同じ存在がこんな姿になっているのは、擬似人格の挙動に悪影響を及ぼす。 周囲に人の気配が無いこともあって、今までとはまた違う人格反応が発生し始めたカレンは、彼女のことを哀れに思い、そのゴミ袋を持ち出した。 「あまりこういうのは社会的に褒められたことじゃないけど……こっそり助けるくらいならいいよね」 燃えないゴミとして置かれているならば、それを示すシールが貼られているはず。 それにゴミ回収の日程からは離れており、しばらくは残り続けるだろう。 正式な手続きを踏んで棄てられた可能性はかなり低い。それらを踏まえ、カレンの擬似人格はなんだか放っておけないという演算結果を導き出した。 幸い投棄場所から自宅まで近く、怪しまれる可能性は少ないだろう。 カレンは、ズシっと来るもやもやした重量を右腕に感じながら、改めて自宅を目指した。 * * * カレンの自宅。 室内は非常に清潔に保たれており、家具や小物類も計算された間隔で配置されている。 そんな埃の存在すら想像できないような住処の中の寝室。その中心に置かれた巨大なゴミ袋の存在は、より強烈な異質さを強調していた。 「……持って帰っちゃったからには、責任を持って扱わないとね」 ロジカルではない理由から持ち出した廃品。 カレンは外出用の私服のまま床に座り込み、意を決して袋を開け、中身を全て開放した。 「うわあ……なにこれ……」 ごろごろと綺麗な床に転がっていく、人間の部位の形をした金属部品。 そこに姿を表したのは、体型から顔の造形に至るまで見事に魅力が詰まった女性のバラバラな姿だった。 頭部、胴体、四肢、下半身に分割されているが、股間に備わった女性器ユニットのみが取り外されており、ぽっかりと無機質な穴が空いている。 全体的な容姿としては、カレンと同様にお姉さん的雰囲気を持って入るが、顔の造形はカレンに比べると少しだけ幼さを含んだ印象を持つ。 所謂綺麗寄りの可愛い美人と言ったところ。 しかしその全身は汚れており、二の腕や乳房に激しく扱われた跡があり、体表面には無数の汚れが付着している。 口内はまだ人工唾液で濡れており、軽く頭部を持ち上げて口を真下に向けると、とろっと溜まっていた唾液が糸を引いて垂れ落ちた。 それと同時に、重力に従い樹脂製のピンク色の舌が口からゆっくりと飛び出た。 「女性器ユニットだけ取ってるのが……定期的な洗浄はしてたみたいだけど、それも跡を見ると自主的っぽいなあ」 一旦頭部を置き、軽く胴体を持ち上げると、人工皮膚の下からとても小さくちゃぷちゃふという水音が聞こえてくる。 どうやらまだ、人工体液が残存しているらしい。 おそらくは所有者によって電源を切られ、そのままバラバラにしてゴミにされたのだろう。 捨てられた玩具のように、動く気配の無いこの女性型。 カレンは自身の首筋のカバーを開きつつ、引き出しから外部機器との接続ケーブルを取り出す。 女性型の胴体に備わっている接続端子の一つと繋げると、カレンはふっと虚ろで感情のない表情となった。 「不明なデバイスと接続しました。新しいボディユニットと認識。現在既にボディユニットとの接続が行われています。外部機器として登録します……」 誰かに対して言っているわけでもないシステムメッセージを、静かな寝室でただ一人でつぶやくカレン。 全て喋り終え、目の前の胴体への定義付けを完了すると、人間らしい表情を取り戻した。 そして、内部の破損具合を確認する為、遠隔操作によっての胸部の開放を行った。 びくっ、と胴体が振動し、無機質な着脱音を鳴らして左右に開かれた乳房。 ゼリーのように震える大きな胸。そのとてと生物的かつ母性的なパーツの奥から現れたのは、血の一滴も存在しない金属部品の集合体と乳内のノズルに繋がる乳液タンク。 その彼女の中身には、普通の稼働ではつかないような無数の傷がつけられていた。 「普通に動いてたらこんなのつかないよね。やっぱり色々酷い目にあってたのかな」 判断材料からの演算結果として、いくつもの嫌な可能性が浮かび上がる。 ともかくこの機体に何があったのか。 カレンはケーブルを胴体から外し、今度は女性型の首筋のカバーを開き接続した。 「不明なデバイスと接続しました。外部機器として登録します……電源は入ってない。後頭部ハッチが開放できるタイプね。詳しいデータはまず電源を入れないと」 自分の身体を通してバッテリーを共有するならばおそらく電力消費が激しくなるだろうと、カレンはコンセントから伸びるケーブルを手に取り、首筋の別の端子に接続した。 「ん…………」 充電が開始された瞬間に、肉体的な性的快楽とはまた別の気持ちいい快楽信号が小さく走った。 甘美な感覚でいつも浸っていたくなるが、今はそんな場合ではない。 何かしらのウィルスやマルウェアが入れられている場合のセキュリティ対策も万全。 カレンは頭部に起動命令を送信し、やや強引な手順ながら女性型の中枢部を動かした。 「…………外部機器からの起動命令を、を受信しました。この機器は登録されていません。登録せずに起動命令を受諾しますか? …………受諾されました」 実質的なハッキングによって起動させるカレン。 その口から発されたシステムメッセージは少し挙動が怪しく、不自然な切れ目が発生している。 頭部の予備バッテリーが空であるが故に自律的に起動できない女性型は、知らない機体から電力を借り、カレンの身体を視界に入れながらもどこか遠くを見つめていた。 「登録名、井上美香子、起動します。前回の起動時に正常に終了されませんでした。データの破損のお、恐れがあります。ストレージ内データのチェック中………………チェック終了しました。人格エミュレートを開始します…………」 「えっ、今、人格エミュレートって……ということは、これって元人間の人!?」 人間から機械化した者とアンドロイドでは、人格に対する呼称や扱いに若干の違いが存在する。 アンドロイドの場合は無から造られた物なので擬似人格。 元人間の場合は、人間だった頃の人格をそのまま電子データへと置換するので、それを動かす為の人格エミュレート。 それらはシステム内でも記述されており、明確に使い分けられている。 それを機械としての基本人格が口にしたということは、たった今、井上美香子と名乗ったこの女性は機械化した人間なのである。 生身を捨てた上でゴミ扱いされたその様に、驚きを隠せないカレン。 そして、首だけの美香子に自然な表情がゆっくりと取り戻されていった。 まるでデュラハンのような状態になった彼女は、起動してすぐに戸惑いを見せた。 「…………あれ? ここはどこなの? あなた誰? ねえ、史明はどこ? 史明がどこにもいないわ。あたし、史明がいないと……」 見知らぬ場所、見知らぬ女性。 当たり前の困惑の後に口にしたのは、おそらくは男性の名前であった。 だが、その様子が明らかにおかしい。 元人間なのにも関わらず、まるでマスターを失ったお手伝いロボットのような慌てぶりを見せていた。 視線は泳ぎ、悲しそうな顔を見せ、年月を重ねた成長を感じさせる魅力的な女性の声は、まるで退行したかのような甘えを滲ませている。 「ちょっと落ち着いて。えっと、美香子さんだっけ? 一体何があったの」 「えっ、胴体との接続が行われてない……無線接続も切られてて、どうして頭だけなの? ストレージ内の記憶データへの参照に失敗しました。あれ、読み込めな、ない……」 眼球や唇、舌が小刻みに震え、微妙に言動と口の動作が合わなかったりしている。 どうやら記憶データへのアクセスもうまくいかないようで、細かな不具合や誤作動が頻発していることが見受けられた。 「うーん……仕方ない。少しだけあなたの記憶覗くからごめんね」 「えっ、何言っ…………ストレージへのアクセスを許可しました。人格エミュレートを一時的に停止します」 カレンは一旦、彼女に何があったかを確認する為、一個体の頭部ユニットではなくただの女性の形をした外部ストレージのように扱う。 そして、彼女の記憶を覗き、一体どのようにしてこんな事態にまで陥ってしまったのかを確認した。 * * * 『俺さ、美香子が機械化してくれるって聞いてすげえ嬉しかったんだよね。こんなにも尽くしてくれるとかさ』 『当然でしょ。あたしね、史明とずっと添い遂げたいって思ってるの。それなら、もっと史明に役立てる身体になった方が良いでしょ? これならいつまでも綺麗でいられるし、なんだったら定期メンテと電気代で済むんだから』 カレンが最初に覗いたのは、機械化施設にて手術を受ける直前の視覚映像。 人間の記憶でもここまで鮮明に電子化出来るんだと驚きつつも、映像主の美香子からは愛情に満ちた声色と、史明と思しき人物に釘付けになった視線が確認できた。 『じゃあ言ってくるね、史明』 『ああ、いってらっしゃい美香子』 脇目も振らずに行われた、人間同士としては最後のキス。 美香子の視線は白衣を着た女性型アンドロイドの方へと向けられ、そのままストレッチャーに仰向けに乗り移動していった。 「ここまでだと、何があったのかまだわかんないなあ。けど、本当に人間だったんだね……ん?」 カレンはファイル内に、少し変わった記録を発見した。 それは彼女視点の視覚映像ではなく、機械化手術を担当した女性型スタッフが記録した作業映像だった。 「…………少し気になるけど、後にしないと」 まるで子供の抜けた歯を記念に残したかのようなそれ。 興味はあるが、それは本題とは関係ない。そもそも勝手に他人の記憶を覗かせてもらっているのだから、早めに事を終わらせなければ。 カレンは次々と機械化以降の記憶を辿り始めた。 『登録名、井上美香子、起動します。初回起動の為、ストレージ内データのチェックを行います………………チェック終了しました。正常に稼働しています。人格エミュレートを開始します…………史明、あたし生まれ変わったよ。不思議な気分……もう、心臓も脳も、生身の部分はないんだよね』 『それがどうした。俺はそういう美香子も大好きだし、むしろもっと魅力的になったと思う……改めて、よろしくな』 『あっ……ん……史明……ぃ……どう……気持ちよかった……? あたし、人工授精しかしないから……いつでも出していいよ……あぁ………ん……っ……』 『美味しいでしょ? イタリア料理のプロが製作した調理プログラムってのを買ってみたの。そしたら今までに無いくらいスムーズに料理進んじゃってね! こんなに上手く出来たの初めて!』 『マスター登録? もちろんいいに決まってるじゃない! 史明がマスターになってくれるんなら、あたし全然許しちゃうどころか、喜んでやるわ! マスター登録手続きを開始します。登録に必要な情報として、まずプロフィールを…………』 『マスター登録が完了しました。これより、下矢史明様は当機体の内部情報全てにアクセスする権限を持ち、命令を優先事項として決定することが可能になりました…………これで、本当に心まで史明の物になっちゃったわね。これからもよろしくね、史明様……ふふっ、一度はシステムからじゃなくて自分から言ってみたかったの』 遡るほどに広がっていく、彼氏との幸せな記憶の数々。 そこに後悔している雰囲気は微塵も無く、まさしく機械化による新たな人生を謳歌していると言っても過言ではなかった。 視覚動画以外にも、彼女の眼球ユニットが撮影した画像の殆どは史明の姿で占められており、どれだけ美香子が彼のことを愛しているのかが理解できた。 やはり誰かに攫われたのか。そんな可能性すら過ぎったその時、カレンの表情が厳しくなり始めた。 『美香子、これ入れてみてくんない?』 『いいわよ。でも、PCから直接じゃなくてもいいの?』 『大丈夫だって。こっちの方がわざわざ動かなくてもいいし楽だろ』 『確かにそうね。けど、史明ったら何をくれて…………不明なプログラムを確認しました。このプログラムはアンドロイド専用です。人間から作成された当機体には適用できませ、せせ、せ、て、適用、う、う、いい、インストールを開始、開始します』 いつものように感情のない無表情となり、淡々とメッセージを口にする美香子。 しかしその直後、全身をかくんかくんと震わせながら、注意メッセージがまるで無理矢理書き換えられたかのようにおかしくなり始めた。 カレンは同時にダウンロード履歴を確認すると、それは美香子のシステムが口にした通り、アンドロイドにしか使えないはずの擬似人格調整プログラムだった。 何か如何わしい手を使ったのか、史明はそれを人格データに適用させ、改竄し始めた。 マスターの命令に従順に従う美香子は、服の下から乳房が震える程の痙攣を起こしながら、自らのアイデンティティを組み替えるアイテムを自ら組み込んでいった。 そして、誤作動に人工涙液を流しながらインストールが完了すると、美香子は今までよりも露骨に甘えるようになり始めた。 『インストールがかか、完了しました。この動作による不具合の保障はされ、ません。人格エミュれれ、レートを再開します……史明ぃ……ねえ史明、ずっと側にいて……あたし、史明がいないとおかしくなっちゃいそうなの。ずっと一緒にいようよ史明ぃ……』 ただでさえ十二分に惚れていたというのに、まるでそれを芯まで刻み込むかのような行為。 史明の行動はそこからエスカレートし始め、様々なアンドロイド用プログラムを彼女へと組み込み始めた。 それに合わせ、美香子とのセックスや日常にも過激さが浮き彫りになり始める。 人工皮膚が破け、美香子自らがそれを張り替えたり、乱暴による一時的な誤作動など、人間扱いから逸脱し始めていた。 『俺さ、そろそろ美香子と普段しないようなエッチしてみたいんだよな。ほら、ロボットだから出来ることってあんじゃん?』 そう言いながら与えられたのは、人工皮膚や内部機構等の損傷から快感を覚えるようになるソフトウェアだった。 そんな怪しい物は、人間ならば到底受け入れられるわけもない。が、ただひたすら従順な機械人形に成り果てた美香子は、それを言われるがままに自らインストール。 適用直後、後頭部や胸部を開かれたまま激しい性行為が始められた。 『あ、あ、ああ、史明ききき、こんなこここんな気持ちいいことしししたかかったしたかったののの?? ありがありがありががが、エラー、頭部ユニットへの損傷損傷が発せせせせせ、胸部ハッチを閉じ閉じててください、正常な動作へのえええいきょ、ああんっ! 後頭部ハッチをを閉じてくくくださくださ……あ、あ、あ、はあんっ!』 最初の頃は、肉が無くなり無機物の詰まった身体であっても、とても人間らしくキスをしたり、性感帯となった胸を揉まれ、性機能を強化した肉壷に男性器を受け入れては抱きしめあっていた。 そんな彼女が、新たに組み込まれた規格外のプログラムによって、血も涙もない金属の中身を晒し、傷つけられながら狂った言動混じりの喘ぎ声を上げている。 どんな行為であっても全て好意的に変換され、史明がすることならばどんなに尊厳を壊されることでも抵抗なく受け入れる。 元来の人間らしさを欠き、淫らに電子的に乱れる様は、もはや恋人というよりも都合の良い性機能付き愛人ロボットのようだった。 そして、現時間から三時間程前。 ついにその時が訪れてしまった。 『もういいわ。お前にはもう飽きたからさ、どっか行っていいぞ』 『そんな、そんなことい、言わないで史明……あたし、あ、あたし史明の為だったらどんなことだってするわ。史明が好きなこと何でもするし、どんな改造も受け入れるから』 不具合によって美香子自身が読み込めなかった記憶。 もはや自分の存在意義と化したマスター兼彼氏に一方的に別れを切り出され、人工涙液を滲ませながらしがみつく。 その間にも、美香子の身体はぴくっ、ぴくっ、と意図せず震えており、彼女に加えられた無茶な改変の影響がはっきりと現れている。 『そんな古い機種みたいな動作起こしてる癖に説得力ねえよ。もっといい女ロボットいたからさ、そっちに行くわ』 『嫌、嫌よ史明! それだったら、そのアンドロイドの容姿に丸々変更していいから! あたし史明のこと史明のこととっても愛しててて_*#48!!?』 必死に引き留めようとしていた彼女の頭部めがけて、史明は思いっきり裏拳を叩き込んだ。 直後に視界に大きなノイズが走り、とぎれとぎれな史明の動く姿を写した後でそのままブラックアウト。 それが、美香子が記録した視覚映像の最後の瞬間。 この後、強制的に電源を切られ、頭部、四肢、上半身、下半身に分割され、単体でも性玩具となる女性器ユニットだけを残して棄てられてしまったのだった。 これが、カレンが覗いた記憶データである。 * * * 「なんて身勝手な奴……なんか、人間嫌いとか言う娘の気持ちも理解できそう」 一人の男に徹底的に振り回された女性は今、カレンの手の中で、電力を借りて頭部だけで稼働している。 ぽかんと開いた口の中で、わずかに光を反射する人工唾液。 マネキンのような彼女の頭部が、人間らしい特徴や再現も合わせてより哀れに見えてくる。 心の底から愛した彼に生身すら捧げ、自分を改変することも許し、その先で不燃ゴミとして扱われてしまうなんて。 カレンの擬似人格は、今日の面倒な客のことなどどうでもいいと思えてしまうくらいに激しく数値を変動させ、激情の反応を表していた。 「…………ムカついてムカついて仕方ないけど、あたしがどうこうできることでもないか。今は美香子さんのこと、ちゃんと保護しないと」 しかし、今それを放出してもどうにもならないことは、彼女自身が一番良く理解している。 ともかく、こんな一方的な被害者を放っておくわけにはいかない。 小さくカリカリと電子頭脳の駆動音を鳴らす、感情のない美香子の頭部。 ひとまずはちゃんと稼働できるところまで手当てをしてあげなければ。 こうして、自律型アンドロイドと棄てられた元人間の奇妙な出会いは始まったのであった。
Comments
ありがとうございます……ちゃんと人間的に自律してるけどそれでも人間よりも足りない部分があるロボ娘いいですよね……
土装番
2021-04-12 13:49:19 +0000 UTCおっと、これはなかなかいいキャラじゃないか
R.G
2021-04-11 04:11:31 +0000 UTC