第一幕「転校生」 暗雲広がり天低く、朝ながらその暗さに照明灯る私立鳩ノ羽学園。 建築から半世紀近く経つ校舎は外壁はカビて黒ずみヒビ割れには補修材のみの状態、中に入っては内壁も幾度もペンキの重ね塗りを繰り返し積層したそれが剥がれ落ち、コンクリートの地が見えていても最早放置され、木材を使った箇所にツヤもなければ腐って崩れ始めており、訪れた者を不穏な気分にさせ通う者は精神を蝕まれていく様相をしており、廊下を歩いてキュッと言う音がなる程度には辛うじてコーティング剤がまだ健在なことと、窓ガラスや蛍光灯に割れたものがないことは救いである…ただし、蛍光灯は外されたままにされているところもままある。この学校が廃校寸前と言われても疑うものは少ないだろう、その予定はないが。 すでに朝礼の始まっている時間ながら、生徒達の騒ぐ声が教室の内外を問わずいたるところで聴こえ、ほとんどの教室では担任が淡々と事務的に伝達事項を語るのみで、生徒を嗜める声はまずない。ただし、この日の三年B組は例外であった。 「座れ座れ!」 クラス担任の甲斐田四朗がいつになく怒鳴りながら教室の戸を開け、生徒たちは教師の言うことをきくつもりなわけでもないが普段と違う様子に反応して静まる。 大柄で浅黒い甲斐田が教室内に踏み入ると、戸の向こう側に見慣れぬ女子生徒の姿が現れる。 「転校生だ!」 男子生徒の一人が叫ぶと、男子生徒の殆どが奇声を上げて小躍りし始める。 「座れってんだ猿どもが!」 生徒を猿呼ばわりする甲斐田はゴリラのようである。ボスに従う猿というほどではないが生徒たちは徐々に席に付き、その間、転校生の少女は軽やかな足取りでプリーツスカートとセーラーカラーを弾ませて教室内に入り、黒板前につくとチョークを手に取って滑らかに腕を振り大きく名を書き始める。 転校生の身長は一五〇センチ中頃で中肉中背、四つ編みにした髪は腰まである。名を書き終えると綺麗なターンで長い四つ編みの螺旋をまとい振り返り、幼い顔立ちながら良く整った顔を見せ、クラスメイトに向けて浮かべるその笑みは小動物的愛嬌を感じさせる。 「江草マキです! 皆さん、今日からよろしくお願いします!」 見た目の印象に違わぬ声質と明るく弾む口調での名乗りに、再び歓声を上げる男子生徒たち。そして男子とほぼ同数いる女子生徒は皆、ただ黙って見ていた。 私立鳩ノ羽学園はかつては進学校であったが少子化の波とともに受け入れる生徒の学力基準を次第に低下せざるを得なくなり、現在では生徒ばかりか教職員まで含め”社会の受け皿”とみなされている。校舎を始めとした建築物や教育設備の老朽化に資金繰りも追いついていないが、それも人生を諦める場所としての機能を果たすため都合がいいとさえ言われる始末である。だが実際に鳩ノ羽に通う生徒達よりも、むしろ流れ着くようにしてやってきた教職員、大人の方がここで己の人生を諦める傾向が強い。社会という底なし沼にあって、今ここが表社会その最後の底だと実感しているのは教職員の方なのである。この底を抜けてしまえばもはや野生と変わらぬ世界が待っているのみだと…だが、そう信じている者はまだ流れ着いて間もなく、真実に気づいていないだけなのだ…この鳩ノ羽こそが既に、表社会の底とそれを抜けた裏社会の天井の、表裏一体の場所であるという事実に。 第二幕「クラスメイト」 第三幕「闇」 第四幕「身分秘匿捜査官」 第五幕「江草マキ」
ねもねこ
2022-07-29 14:26:11 +0000 UTCmk0048hn
2022-07-29 14:19:44 +0000 UTC