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気になる記事を読んだので、今回は雑談&考察の投稿です。
まず、今のところ史上最大の類人猿・ギガントピテクスの絶滅の原因に関する話です。
↑液タブの練習がてら描いてみた予想図。
ギガントピテクスは、下アゴと歯の化石だけが見つかってて、推定では身長約3M、体重は約300〜540kgとされている一方で、実際は現代のゴリラくらいの体格で、頭と歯だけが異常にデカかったという説もあるようです。まあそれでもいいんでしょうけど、そこはロマン重視で、ほんとに馬鹿デカい類人猿がいたほうが面白いし、個人的にはいてほしいと思います。勝手なイメージですが、昔は地球の重力がもっと軽くて、体が大きい動物がもっといっぱいいたんじゃなかろうかと、恐竜とかもね。
おもに竹や果物を食べていたと考えられてますが、最近では雑食性だったのではという研究もあるとのこと。さもありなんと思ってて、現存する類人猿の研究も進んで知られざる一面も明らかになってるので。今のオランウータンみたいな生態だったのでは?という説もあって、その意味でも同じように雑食だったのではと僕も思います。
で、最近の記事で、ギガントピテクスが絶滅した原因に関する研究が取り上げられてて、面白く読みました。結論的には「環境に適応できなかった」ということで、具体的には「70万~60万年ほど前に森の様子が変わり始め、栄養価の高い食べ物が手に入らなくなり、だんだんと地上から姿を消していった」ということらしい。
また、ギガントピテクスの生存期間と生息域は、ホモ・エレクトゥス類とかなり重複しているとのことで、もしかしたら競合したり、場合によっては戦闘にもなったでしょうし、また狩りの対象として、お互いを捕食したようなこともあったのでは?と思いついて、今回の記事を書いてます。
で、タイトルにも書きましたが『ギガントピテクスは共食いをしたか』って話ですが、なぜにこんな物騒なことを言い出すかというと、年始のカラパイアの竜伝説の記事にも関連してきますが、世界各地の巨人伝説のモデルになったのでは?という実にシンプルな話です。
カラパイアの竜伝説の記事では、世界各地に「ドラゴン」のような伝説が共通してるひとつの理由として、「竜とは、本能レベルで人類の遺伝子に刻まれた、恐怖と脅威のシンボルとしてのイメージである」というような考察がされてて、めちゃ腑に落ちたものです。
また、西洋では「恐怖」は「敵」として打ち倒すべき存在であり、(聖書の竜退治のドラゴンとかね。)東洋では往々にして「恐怖」を畏れ敬い、祭り上げることでその怒りを鎮め、その加護を得ようとするみたいな、民族性の違いというか、恐怖に対する振る舞い方の違いをうまく表してるような気がして、竜=恐怖を象徴するイメージ説を肉付けして補強してる気もします、話が反れましたが。
いわゆる恐竜と現生人類がエンカウントしたという話は今のところはほぼ無くて、同じ場所に恐竜と人類の足跡が同時に存在する化石がオーパーツとして、これはトンデモ扱いされてるとは思いますが、ただ正直わからなくね?と。だって掘ってないところのほうが圧倒的に多いんだから(笑)。昔の話になればなるほど下の地層になっていくでしょうし。化石として残った確率と、それをドンピシャで掘り当てる確率は、宝くじよりもずっと天文学的な奇跡なのではと思います。つまり、わかってないことのほうがずっと多いと思ってて、たとえば考古学に詳しい人なら「年代が違いすぎる」とおっしゃるかもですが、個人的にはワンチャン遭遇したこともあったんじゃね?と。現代のドラゴンのイメージは、遺伝子に刻まれたその恐怖の思い出の残滓なのでは?と。世界中に竜伝説が共通してあるからこそ、実際に見たのでは?と思うわけです。
記事では、大型のヘビやワニ、あるいは猛禽類など、人間にとって危険な生物に対する恐怖のイメージが混合・統合され、恐怖の象徴としての竜のイメージが出来上がったのでは、というような調子で書かれてましたが。正論!と思いましたけども。
まあ僕の場合、脳がマンガ脳なので、『刃牙』でピクルが恐竜と戦うのを読めば、その絵がもう脳に直接入ってきて、シンプルにそれが事実だと考えてしまうわけですね(笑)。残念な脳なので。ジュラシック・パークとかも見てますし。映像で見せられると、それは現実であると誤認してしまうってパターンです(笑)。
んで! まったく同じような論法で、世界各地に巨人伝説が共通して分布している以上、現人類は実際に「巨人の脅威」に遭遇していると、帰納的に仮説できるのではと思ったわけです。ギリシャ神話のティターン神族やギガス神族との争いとか、聖書の巨人ネフィリムとかを引き合いに出して、それらは人類が実際に経験したことが遺伝子レベルで刻印された恐怖の思い出なのではと、言ってみたいと。
特に聖書の話で、洪水伝説について、史実として実際に洪水があったらしくて、そのことについて聖書は書いたのだという説は割と一般的だとも思ってて、同じレレベルで話せるかはわからんけども、聖書の巨人伝説も実際に目撃された恐怖の記憶なのではと、今回考えたわけです。
つまり、天から地上に舞い降りた天使たち「グリゴリ」が地上の人間の女性との間に子をもうけて、それが巨人「ネフィリム」となったというくだりです。ネフィリムは人間の食物を喰い尽くすと、今度は互いに争い、共食いを始めたという記述ですが、あれは現実に目撃されたイメージなのでは?と。
先日のギガントピテクス絶滅の原因の記事を読むにつけ、食べるものが無くなって滅んだらしいという話を聞いて、このマンガ脳が聖書の巨人伝説に直結してしまったという話でした(笑)。
今わかってる範囲では、ギガントピテクスと現人類の祖先が直接エンカウントしたという証拠は出てないっぽいですが、時期・地域ともにホモ・エレクトゥス類とはかなり重複していたらしく、おそらく競合したかもしれませんし、そのエレクトゥスはネアンデルタール人との競争に敗れて絶滅したらしいということで、間接的なつながりしか無いようにも見えますが、現人類も実はネアンデルタール人の遺伝子を受け継いでるらしいぜという話も最近出てきて、そうなってくると、遺伝子に刻まれた巨人の恐怖のイメージが、祖先の実体験に由来しているものだと、言えなくもないですか? 僕はワンチャンあると思ってて、というのも、巨人と人類が遭遇した証拠が未来永劫出てこないとは、やはり簡単には言い切れないですから。どう思われますか?
別な話、ネアンデルタール人については、食人・共食いがどうやら普通にあったらしいとうかがわせる痕跡が出てるということです。類人猿同士で、お互いに狩り合い、食い合いしていたということがあったと言われても、僕はそんなには驚きません。
ところで、オランウータンっていますよね。すごく大人しくて、人を襲うようなことはしないイメージですが、彼らの腕力・握力をもってすれば、人体を引きちぎるようなことは容易に可能であると、少なくとも数字上はそうであると、いうことらしいんです。おとなしくてかわいいと思う一方で、特徴的なあの風貌・顔の出っ張りが、僕は恐ろしいというか、ある種の嫌悪感?みたいなものを感じます。これってもしかして、遺伝子レベルで刻まれた先祖の恐怖体験に由来する、本能に刻まれた感覚なのでは?と、思ってみたわけです。今回の僕のイラストを怖いと感じた人は、もしかすると祖先の本能に刻まれた恐怖の記憶を受け継いでるのかもしれませんよ(笑)。
最後にこの言葉で締めます。タイトルにも書きましたが、『ギガントピテクスは共食いをしたか』。どう思われますか?
↓以下はイラストのメイキング的なものです。
↑下書き。いろんな復元予想図を参考にして、オランウータンのイメージも入れて、ほぼ手癖で描きました。足はトレースです。画題がインパクト強なので、粗さしかないこの下絵も、ある意味では水墨画っぽい趣もあって(僕の中で)、正直ここで完結してもよかった。タッチの違いの対比からか、透明感みたいのも出てる気もするし。
↑ペン入れ。下書きがイメージ通りにできたので、筆を置いても良かったんですが、液タブでのペン入れの練習がてら。メリハリのつけ方とか、毛の表現は細い線で描くとか、練習になりました。液タブの操作感は良好で、画面に張り付いて粘着的に毛の調子を描き込む作業などでは、板タブに対して優位性があると思われます。
↑ペン入れした線画に、下書きの線を50%くらいで透かしたもの。下絵の勢いを活かしたいという、小技です。
↑とりあえず色を置いて、簡単に調子をつけたもの。ベタっとしている。これなら下絵か線画のほうがいい。
↑一度は普通に塗ったものの、ベタっとした感じになっていまいちだなあと思い、グリザイユ画法をやるためにモノクロ化。本当の色がわからないからか、しっくりくるような気もする。ハイライトもつけて、質感も出す。
↑グリザイユ画法を適用。色分けして単色を置いた色だけのフォルダをオーバーレイにして、グレイスケールで陰影をつけた絵に重ねる。毛足の黒ずみは飛んだが、陰影のバランスは整理されてまとまっているようにたしかに見える気がする。
↑完成。グリザイユ画法の絵を好みの濃度で透かして、自分が素で塗った絵に重ねた。リアルっぽく描けたような気もしています。実物は見たことないけど(笑)。
ヘッダー画像にお題として入れてしまっていたので、最後にちょこっと触れます。世界中で似たようなパターンの話が分布して伝わってるのは何故だろう不思議だねっちゅう話なんですが、もちろん伝播した場合もありましょうが、共通の原因があったのでは?と思いを巡らす、ロマンですな。
ただ、僕はロマン重視派で、無いとは言い切れない派です。いろんな類型があるけど、たとえば文化英雄神から知識や技術を授かる話。シュメール神話のアヌンナキとか、日本でもオモイカネ神とか、世界中に類型があって面白い。しかも人類に技術を伝えて最後は空へ消えていくとか、それって宇宙人的なことじゃね?っていう(笑)。
シュメール神話のアヌンナキといえば、アヌンナキ=惑星ニビルから来た宇宙人説で有名な、ゼカリア・シッチン御大ですよ。僕も読んだことありますが、あれはロマンの塊ですから。今の人類は、宇宙人アヌンナキが金採掘の労働力を確保するために類人猿を遺伝子操作して作り出した種族だっていう立て付けで。これはシュメール神話の人類創造譚を下敷きにしてるんですが、このシュメール人というのがまた歴史的に全部わかってるというわけではなくて、前後関係とか文脈とか、歴史に登場した経緯がよくわからないという点でミステリアスで、シッチン説をこれまた補強しているわけです。優れた技術や社会制度を備えた人々が、歴史上に突然現れたような格好にも見えるわけですからね。これはもう、宇宙のアレですよ(笑)。
ちなみに御大的には、アヌンナキ=聖書のネフィリムということらしいです。聖書自体がシュメール神話を下敷きにしているという話もありますが、そこは実際に起きた事件を記したものと考えるのがロマンでしょうよ(笑)!