XaiJu
omangarl
omangarl

fanbox


【ほんのり怪談】友人の師範代に聞いた話 空手の神様MJ

【某掲示板の書き込みより抜粋】

 

これは町の空手道場の息子で、師範代をしてる友人のKくんに昔聞いた話。


 幼少時からお父上の薫陶を受け、世界選手権大会6位の経験もある友人のKくんは、お父様が連盟の理事のお仕事等で不在の際、門弟さんや子どもたちに直接指導を行う立場にあった。その日も道場長先生がご不在で、Kくんが道場全体を見なければならなかった。そんな折、その女は突然現れたという。


 異常に背の高い女だった。笠のようなものをかぶり、上から下まで真っ白な服・全身タイツ?で、バサバサの長い髪だけが真っ黒で、しかしどこか灰をかぶったような白髪なのか、とにかくデカい女が急に現れた。道場はしっかりした木の扉で、遅刻の練習生にしろ見学希望者にしろ、入ってきたときは必ず気づくはずだという。パッと見で明らかに身長2mを上回る巨大な女が音もなく現れて、Kくんはビビった。練習生の保護者はほとんど面識があるが、こんな女性は知らないし、そもそもこんなに背の高い人間を見るのが初めてだった。練習生の子どもたちの顔を見回しても、全員が一様に不安そうな顔をしている。今にも泣き出しそうな女の子もいる。保護者ではない。その場にいたもう一人の大人、ベテランの練習生で黒帯のYさんに何とはなしに視線を送ると、喉にものが詰まったような妙なしかめっ面で視線を返してきた。

「見学をご希望の方ですか?」

Kくんは歩み寄りながら彼女に声をかける。目の前に立つとなおさらデカい! 180cmほどのKくんが完全に見上げるような格好になる。女は体格にそぐわない童顔で、どちらかといえば美人の部類の入るのだろうが、世界の全てに絶望して疲れきったような顔つきというか、死んだ魚のように暗く澱んだ目をしていて、少女のようにも見えるが老婆のようでもあったという。

「……、……」

声を発しようとしているのか、女が何かを言いたそうに、どもりながら、唇を尖らせてモゴモゴしている。どうしても声が出ないらしい。吃音というのだったか。

「空手にご興味がおありですか? 見学されていかれますか?」

Kくんがさらに声をかけると、女は急にブンブンと大きくうなずいて、大きい笠がブオンブオンと眼前に迫って来るようで、Kくんは思わずたじろいで後ずさった。天井にもう頭がつきそうなこの巨女、入口にぼうっと突っ立ってるさまを遠間から見るかぎり、ひょろ長いでくのぼうに見えたが、近づいてみて驚いたという。テカテカした妙な全身タイツ?スピードスケートの選手が着ているようなトラックスーツというのか、あんな感じの服の、筋肉の異常な盛り上がりである。極端な長身に全く見合った筋量のバランスの良さは、競走馬のそれを思わせたそうだ。


 Kくんは伝説的な長身のプロレスラーを思い出していた。成長ホルモン分泌疾患、いわゆる巨人症というのか、この女性もそのような病気を抱えているかもしれなかった。が、まさか「ご病気なんですか?」とは聞けるはずもなく、かといってその見事な体つきへの興味が抑えきれず、彼女を道場内へと招き入れつつ、当たり障りのない、ある質問を投げかけた。

「ではこちらへどうぞ… なにかスポーツとかは、されてたんですか?」

道場内を手で示して、一瞬女性から視線を外すと、子どもたちから「わっ!」とか「キャッ!」という声が上がった。彼女に向き直った次の瞬間、Kくんは凍りついた。

一瞬の間で、空手着姿になっている女がいた。心臓をギュッとつかまれる感覚がして、飛び上がるほど驚いたのだが、一方でなぜか、この女性はまじめに空手の稽古を見学したいのだな・真摯に空手に取り組みたいのだなという考えも浮かび、子どもたちの手前もあって、必死に平静を装ったのだという。ところで、Kくんのところの流派では、道着の袖を折り返して肘までまくり上げたり、裾を引きずるような履き方はしない。これは典型的な、有名なフルコンタクト系空手独特のスタイルであった。白帯こそ締めてはいたが、まず経験者だと思った。これだけの規格外の長身にフィットする既製品があるとは思えない。裾の丈がつんつるてんになっていないということは、オーダーメイドの特注品に違いなかった。この女は純粋に空手をやりたいのだと、Kくんにはそのように見えた。雑然と考えてる間も、子どもたちが「消えた!」「消えた!」と盛んに声を上げている。

「静かにしてください!」

Kくんは声を張って注意した。なめられてはいけない・ビビっていると思われてはいけないという思いがあったそうだ。それを聞いたときは笑ってしまったのだが、それはそういうものであるらしい。今の時代に道場破りなんかは来ないが、それでも体力自慢や喧嘩自慢が「どれほどのものか」と冷やかしに来ることは稀にあるという。そんなとき「一手、手合わせを」というわけにもいかない。ケガやトラブルのもとになるからであり、それは連盟的にもNGで、道場としても禁止している。ではどうするのかというと、サンドバッグを蹴って「わからせ」るのだという。まず熟達した者が蹴って見せ、自分もやりたそうにしている者、ケガをしなさそうな者であれば、蹴らせて、叩かせてみる。熟練者が蹴ると、スパァン!という鋭い音が鳴り大きく揺れるのだが、初心者がいきなり上手に蹴れるものでもない。ボスンっと鈍い音がして少し揺れるだけだ。なまじ自信を持っていた者ほどその差に愕然とし、「自分は弱かったのか!」「この空手を習って強くなりたい!」となり、その場で入門してしまう者も多いのだそうだ。ともあれ、Kくんは一際大きいサンドバッグの前に巨女を誘った。天井にむき出しになった梁?のゴツイ鉄筋からブッとい鎖で繋がれた、見るからに頑丈そうなやつである。

「サンドバッグとかは、叩いたことはあります? ちょっと叩いてみますか?」

それまで死んだようだった女の目に光が差した気がした。彼女はまた大きく何度も頷いた。普通はいきなり叩かせることはないが、彼女がどんなサンドバッグ打ちをするのか、Kくん自身、好奇心が抑えきれなかった。

「じゃあ軽く準備運動というか、軽くほぐしてもらったら…」

サンドバッグの前に棒立ちになったかと思うと、ゆったりと太極拳ぽい動きを始めた。よく公園でおばちゃんがやってる体操っぽい動きだが、内家拳の代表的な武術である。内家拳というのはこれまた専門用語で、その定義も諸説あるのだが、人体を水が入った革袋として捉え、己の体の内側から発する「気」をもって叩いて揺らすことで「効かせる」というような考え方がある。一方で外家拳というのもあって、これは鍛え上げた肉体の筋力で技を打ち出し、相手の皮膚・骨格・筋肉等の器官を物理的に破壊するという考え方で、中国拳法をルーツにもつ空手(唐手)もまたこれに含まれる。よく引き合いに出されるのが人気漫画『北斗●拳』の北斗神拳が内家拳で、南斗聖拳が外家拳に近いという例えだ。一言に中国拳法といっても、大きく分けて北派・南派とあり、流派まで数えるとそれこそ星の数ほどあるというから驚きである。とにかく、サンドバッグの前に立った女の構えは意外にも、気功などの考え方を重視する「内家拳」のそれであった。



 日本人離れした、いや、もはや人並み外れた巨躯に、最初はみな恐れていたものの、女の優美な舞いのような動きにKくんはみとれていた。その異常な手足の長さはスーパーモデルどころではない、だからこそ、なおさら様になるのだろう。子どもたちも好奇心に駆られてわいわいと集まってくる。

「みんなちょっと離れて見学してね」

とにかく女はリーチが長いので、子どもらに声がけする。


ズッパァァァァンンッッ!!!!

優雅な手の動きから一閃、つんざくような破裂音が鳴った! 手の甲・拳骨から指先にかけてを鞭のようにしならせて、裏ビンタのようなかたちで思いっきりブッ叩いたのだ。サンドバッグがくの字に折れ曲がるようなこともなく、天井に届くまでブッ飛ばされることもなかったが、その場で小刻みに激しく震えている。そのうち、工事現場の転圧機?というのか、あの騒音のような、ものすごい振動音がだんだんと大きくなってくる。

ガガガガガガガッ!!!!ズババババババババッッ!!!!!!

サンドバッグを吊るす鉄の鎖が、梁の鉄筋と激しくぶつかっているのか、地震を疑ったが、揺れているのはサンドバッグと鎖と鉄筋だけだ。Kくんが硬直して見ていると、鎖がちぎれたものか、サンドバッグがベチャッと床に落下して、直立した。表面も中身もグズグズになってるらしく、上部から煙のような粉塵を吹き出している。鎖がバラバラと音を立てて床に散らばった。重量級の一流空手家の練習は何度も見たことがあるが、こんなものは聞いたことがない。

「…壊したらダメでしょ…」

Kくんは無意識につぶやいていた。不満げにそう言うしかなかった。わぁっと歓声を上げて子どもたちが巨女に群がる。「すごい!すごい!」「かっこいい!もう一回やって!」「大先生(おおせんせい)より強い!」とはやし立てて女にまとわりついている。彼女も照れくさそうにして子どもにまとわりつかれている。さっきまであんなに怖がっていたくせに、子どもというのは現金なものである。やめなさい。これ以上サンドバッグを壊されたらたまったものではない。Kくんはおそらく動揺しすぎて正体を失っていたのだろう。

「何歳ですか?」

思わず彼女に年齢を聞いてしまった。いや、子どもたちに囲まれ柔らかい微笑を浮かべる彼女は、実際幼い少女のように見えた。そんな事を聞いても意味はないのだが、狼狽しすぎて気になったことがそのまま口に出てしまったのだ。女はやさしい表情のまま小首をかしげた。

「念のため、お名前を伺ってもよろしいですか? いや、修理費を請求するとかはないんですが…」

「…………、…………、」

唇を尖らせてモゴモゴとしているが、吃音症のせいなのか、どうしても声が出ないらしい。ふと思いついたように、名前が刺繍された白帯のはしを見せてきた。「八月一日 沙和子」とある。国内でも100人といない珍しい苗字であることを知識として知っていたので、特に印象に残ったという。彼女に「わかりました」と伝えると、またやさしく微笑んだ。一体何なんだこの人は。得体が知れない。中国拳法の人なの? 白帯に刺繍を入れるのか? 白帯に自分の名前の刺繍を入れる人は普通いない。なぜなら、白帯からはすぐ昇級・昇段し、流派にもよるが、黄帯→青帯→茶帯→黒帯と帯を締め変えていく。白帯を締めている期間がそもそも短いので、己の姓名を刺繍するのは黒帯からという場合が多い。黒帯はその先もずっと使うものだから。Kくんが完全に混乱していたそのとき、


「スーーパーーリ゛ンベイ゛ッッッッッッッ!!!!!!」

道場でも最古参のYさんの気合いが、館内にビリビリと響いた。Yさんは道場長先生が最も信頼を寄せる壮年の練習生で、いつも師範代であるKくんをサポートしてくれる頼れる存在だ。形(かた)の名手で、地区大会では何度も優勝している。五段である。「スーパーリンペイ」は空手の形の中でもかなり難易度の高いものだが、Yさんが最も得意とする形だった。しどろもどろの若先生に業を煮やしたものか、K道場がナメられてたまるかと奮起したのか、その気合いの入りようは並ではなかった。そのとき、巨女の瞳が輝いた! Yさんのキレのある動作・素早い技の冴えに、身を乗り出して見入っている。

「形(かた)に興味がありますか?」

Kくんが声をかけると、女はコートの方へ歩き出す。もうゆるキャラ扱いなのか、両手を子どもたちに取られ、手をつないだまま赤線の前にくると、ちょこんと膝を抱えて三角座りになった。Kくんらもそれに続き、Yさんが演武を行うコートをみんなで囲むかたちになる。静まりかえった道場に、Yさんの道着が発する乾いた音、床を踏み込む音、そして時折発せられる鋭い気合いが響き渡る。女はうれしそうにそれを見つめていた。子どもみたいな、真摯な好奇心の塊みたいな横顔だった。


 形演武を終え、Yさんが一礼すると、女はぬっと立ち上がった。彼女のデカい背中に後ろから抱きついていたキッズクラスの男の子をおぶったまま。「わぁっ!」と驚く彼を、子犬でも扱うように腋を抱えそっと下ろした。「高い!」と当たり前の感想を興奮気味に語る男児。体育座りの彼女に抱きついたり、道着の胸元に頭をねじ込んでみたり、この時期の子どもはちゃっかりしたものである。女はYさんの方へ大股で歩き出し、彼の前で立ち止まると、深々と腰を折って頭を下げた体勢でも顔は前を向いているという、外国の人がよくやるような妙な礼をした。その瞬間、Yさんがちょっと後ずさっていたのをKくんは見逃さなかった。

「形が好きなんですか?」

キラキラした瞳で見つめてくる彼女に、Yさんが声をかける。彼女ははっきりと頷いた。

「あなたも、なにか武道をやってらっしゃるのですか?」

口元に笑みをたたえたまま、今度は曖昧に小首をかしげる。そして、半歩下がって真正面を向き、Yさんがしたのと全く同じように一礼して、腰の前で手を組み、静止した。何が始まるのかとKくんはヒヤヒヤして見ていたが、Yさんは「あっ」と何かを察した様子でコートの外へ出て、正座に腰を下ろした。巨女を真っ直ぐに見つめている。Kくんは「あっ」と思った。女も自分の「形」を見せたいんだと気づいた。


 それは空手の形ではなかった。中国武術のアクロバティックな動きに似ていて、馬鹿デカい女が猛スピードで飛んだり跳ねたり転がったりするので、振り回す手足が何度も天井にかすりそうになっていたが、体の回転の中心が常に一定で、俊敏さ・ダイナミックさともに、巨体にあるまじき身体能力だった。ダブルダッチというのだったか、2本の大縄跳びの中をアクロバティックに跳ぶ競技があるが、あの動きによく似ていた。防御の技は見えず、回避の技術が特に多いように見えた。攻撃技は、大振りの手刀打ちが多かった。手も足もほとんどまっすぐ伸ばしたまま大きく振り回し、あれこそ「腕刀斬り」という表現がピッタリくる。ものすごい動きの大きさ・スピードなのに、着地音は驚くほど静かで、止まることなく絶えず動き続けていた。信じられないものを見た。目を疑うような身のこなしだった。みな唖然として見ていた。このようなものを見ることは、もう一生ないだろうとKくんは語っている。


 その女の演武?は、速すぎて、その動きの一つ一つにどんな意味が込められてるのか、どういった場面を想定している訓練なのか、KくんにもYさんにもさっぱりわからなかったという。ただ、最後の一連の動きについてだけは、二人ともが共通の見解をみた。それは、ひどく大ざっぱに言えば、おそらく最も有名な空手の技・正拳中段逆突きの四連発だった。いや、後になってわかったことだが、それは中国拳法の「馬蹄崩拳(マーティーポンチュアン)」だった。簡単に言うと、足を半歩踏み込んで、逆の手の拳で相手のみぞおちを真っ直ぐ突く、ただそれだけの技である。シンプルにして地味だが奥が深く、達人が使うとき絶大な威力を発揮するという、非常に有名な技だ。もっとも、このとき技を使ったのは達人というより怪人だったわけだが。足が踏み込むたび、床から激しい爆発音がした。どういう足の使い方なのか、単純な筋力の話なのか、とにかく、バァンッッ!!!! × 4 と、連続して聞いたこともないような音がして、途中からもう床板が割れて外れ始めていた。女が踏みしめた部分の周囲の板がせり上がり、板切れがバコンバコンと飛び散った。音はどんどん大きくなっていったが、3回目・4回目あたりからは、もう足元の床板がガタガタになっているのか、バキャンッ!みたいな乾いた音になっていった。Kくんは呆然として「こんなに壊しちまってよぉ、どーすんだよ」みたいなことを漠然と思っていた。5回目の爆発音が最後だった。それまでの動きとは違って、その場で跳び上がり、とは言っても体の高さは変わらず、両足で足元を思いっきり踏みつけるような動作だった。Kくんは「バカじゃん?」と思っていたらしい。「そんなんしたら床板抜けるに決まってるじゃん」と。巨女は「ぽぅッッッッ!!!!」というような怪鳥音?気合いを発し、ドバッキャァァァンッッッッ!!!! 轟音とともに消えた。床板を盛大に踏み抜いて、床下にまで落下したのだ。

「みんなちょっと下がってて! 大丈夫ですか!?」

床に開いた大穴に、Kくんはあわてて駆け寄った。が、覗き込んだ床下は板の破片が散らばるばかりで、そこに女の姿はなかった。「は?」Kくんは、女が一瞬で空手着姿になったことをぼんやりと思い出していた。とりあえず床下に降りて見回してみる。居ない。その後、倉庫から懐中電灯を持ってきて、Yさんと二人で隈なく探したが、どこにも彼女の姿は無かった。床下換気口から外に出られるガタイでもあるまい。Yさんと顔を見合わせ、しばし呆然としていると、

「先生〜っ!」

床上の子どもたちから声がかかった。

「何!?どうしたの!?」

あわてて行くと、

「これが、あります。」

「えっ?何?」

子どもたちが指し示す先には、無造作に床に敷かれた奉書紙に、大人が両手のひらで持てるくらいの砂がこんもりと盛ってあった。すぐに「砂金だ」と思った。「あいつ修理費用置いていきよった」と思った。不思議と、彼女はもう帰ったのだと確信して、これ以上探す必要はないと思ったという。

「これ誰が置いた? 誰かが置いたの?」

「わかりません。」

「あのおねえさんが置いてった?」

「・・・・・・・・・」

子どもたちによると、盛砂は気づいたら背後にあったのだという。大きいおねえさんが床下から上がってきたのを見たという子も一人としていなかった。


 皆が皆、少しだけ眉をしかめて、あとは表情が「無」という、同じような顔をしていた。もう呆然としすぎて、なにか合理的な説明を求めていたし、少なくともKくんは指導者として、不安がる子どもたちを安心させて、その場を治めるような説明をするべきだった。

「あのおねえさんはね、きっと『空手の神様』だよ。」

静かに切り出したのは、Yさんだった。一斉に注目が集まる。

「え…?」

「みんなが稽古を頑張ってたから、空手の神様がごほうびに、お手本を見せに来てくれたんだよ。すごかったね。」

「………………」

「みんなは今日あったことを、お父さんやお母さんに話すかい? 学校のお友達とか、先生に話すかな? でも、きっとだけど、もし、このことを誰かにしゃべったら、空手の神様は二度と遊びに来てくれないだろうね。」

「え…ぃやだ…」「…なんで…?」

「だって、僕たちだけにお手本を見せてくれたんだから。僕たちだけの内緒だろう? 内緒の約束を破ったら神様はきっと怒るよね。約束も守れない子のところにわざわざ遊びには来てくれないだろう?」

「…やだ…」「…やだ……」

「だったら、内緒の約束を守れるね? 誰にも内緒にできたら、僕たちだけの秘密にできたら、神様は喜んで、きっとまた遊びに来てくれるからね。 守れる人!」

手を挙げるYさんに習って、子どもたちも「はい!」「はぃ!」と次々に手を挙げる。Yさんが子どもたちの目線の高さにかがんで、人差し指を口の前に立てて「しぃ〜〜っ」とやると、みんながYさんの近くに集まって同じようにした。少なくとも、今この道場の神様はアンタだよ、というようなことをKくんは思ったという。八月末の暑い日に起きた事件であった。

 その後、事件当日に居合わせたキッズ・ジュニアクラスの生徒たちは「空手の神様」の再降臨を待ちわびて、秘密を守りつつ稽古に励んでいる。もっとも誰かに話したところで誰も信じてはくれないだろうが。

 Kくんは事件以降、Yさんとの妙な距離感がなくなり仲良くなったという。親子ほども年が離れているし、Kくんは組手の選手なので、形のYさんとは元々そこまで親密ではなかったが、図らずも大の男二人が共通の秘密を持ってしまったのである。あの日現れた女が最後に発した気合い「ポゥッッ!!!」にちなんで、二人は彼女をMJと呼ぶことにしている。もちろん、かのキング・オブ・ポップのイニシャルからとった符丁である。彼女の白帯に刺繍されたいた名前「八月一日 沙和子」はどこに行ったのか(笑)。全国でも100人もいない珍しい苗字で、八月一日と書いて「はっさく」と読むのだという。



〈後日談〉

 Kくんは事件のことをお父上である道場長にすべて話したという。大先生は神妙な顔をして「念のために神棚に上げとくか」と言って、女が残した砂金の一部を容器にしまい道場の神棚に供え、残りのものは大皿に移し、ガラスケースに入れて応接室に鎮座させてしまった。ちなみに鑑定にかけたところ、砂金と思っていたものは実は砂白金(砂プラチナ)で、全部現金化したとして、道場の修理費用と新しいサンドバッグの購入費には少しばかり足りないらしい(笑)。ただ、プラチナの価格は将来的にレアメタルとして高騰するとも言われており、急な入り用でもなければ資産として保管してみてはとも勧められた。まさか換金してしまうわけにもいかず、もしもMJがまた現れた時には返却するつもりでいるとのこと。床板は直さないとどうしようもないので工事をしたそうだが、新たなサンドバッグの購入は控えているらしい。

 Kくんは事件以来、酒が入るとMJの話ばかりするようになった。正直俺も何度同じ話を聞かされたかわからない。それほど異常でショッキングな経験だったことには間違いないんだろうが。だけどそのうちに、MJを神様として崇拝するような言い方が増えてきて、ついには理想の女性だとまで言い出した。これには苦笑するしかなかったが、Kくんは大真面目で「MJがかわいい」「また会いたい」と繰り返すようになった。MJが最後に見せた中国拳法の技を習うために、他流派の門を叩き師事する始末で、これにはさすがにお父様である道場長先生がいい顔をしなかった。もしYさんがいたなら、暴走するKくんをなだめてくれたのかもしれないが、既に鬼籍の人である。Kくんと道場長先生との仲は次第に険悪になり、大半の練習生が大先生に追従する中で、妙に師範の肩を持つ生徒も出てきていて、それはやはりというか、あの日に現場に居合わせ、空手の神様を実際に目撃した子たちのグループがKくんを支持、派閥の対立みたいな様相を呈してきていた。道場の指導方針にKくんが口出しするようになる頃、親子の関係は最悪になっていた。

 Kくんが道場の宝である砂白金をすべて持ち出して、行方をくらましたのは、つい先日のことである。道場長先生はKくんの除名を宣言し、警察に失踪人の届けを出してしまった。でも実は、俺だけがKくんの行き先を知っている。失踪直前に目的地を伝えられたから。山篭りして中国拳法の特訓をやるのだという。その山には、山の神伝説が古くから伝わってて、巨大な女の目撃談がかなり多いというのだ。Kくんは本気でMJに会いに行ったのである。会える可能性は高いと考えてるらしく、その根拠として、まず、一度会ったことがあること、次に、MJが残した砂白金を持っていること、これらの絆があれば、MJからKくんに会おうと思ったなら見つけてもらえるはずだと。そう思ってもらえるよう、彼女の気を引くために命懸けの荒行をやるのだと。もし会えたなら求婚するのだと語った。きっと誰も信じはしないだろう。彼は頭がおかしくなったのだと思われるに違いない。でも俺は、Kくんの願いが叶ってしまうのではないかという予感がしている。結婚はさておき、MJはKくんに会いに来るのではないかと、漠然とそんな気がしている。なぜなら、MJが残した砂白金を持っているのはKくんだけではないから。神棚の榊を換えるときに、容器に小分けにされたそれを俺は拝借した。不思議な砂粒で、これからは確かにMJの気配を感じる。Kくんは二度と戻らないつもりだろうし、多分そうなるだろう。だが、抜けがけはさせない。俺もこれからKくんが篭った山に入るつもりだ。最後に告白しないといけないのだが、最初にKくんを友人と書いたが、それはあまり正確じゃなかった。俺にとってKくんは空手の師であり、年の離れた兄のような存在であり、それこそ十年来のつき合いで、俺を弟のように可愛がってくれた。そして、あの夏の日、MJが現れたあの場所に、俺もジュニアクラスの生徒として立ち会っている。Kくんからの伝聞として書いてきたのは、照れ隠しみたいなものだ。俺の初恋と言えば聞こえがいいが、性の目覚めみたいなものだから。実際にこの目で見て、触れて、あの胸に抱かれた時の柔らかさも、匂いも、今でも細部にわたって克明に思い出せる。あの出来事について、あの謎めいた女について、Kくんと何度語り合ったことだろう。彼のことは今でも兄のように慕っているけど、MJを独り占めにするなんて許せない。空手の神様はみんなのものだから。俺はKくんを連れ戻すつもりだ。MJにいつでも会えるとなれば、ご執心も少しは落ち着くに違いない。昔の彼に戻ってもらって、道場長先生の前でちゃんと頭を下げさせて、仲直りしてもらいたい。きっとそれが、全部丸く収まる一番いいやり方なのだ。

 なにより俺自身、空手の神様・MJ、いや、「八月一日 沙和子」と再び会えるのが楽しみでならない。あの死んだような眼や、どこか虚ろで儚げな佇まい、やさしい笑み。そしてあの謎すぎる強さ。彼女には聞いてみたいことがいっぱいある。「あなたは一体何と戦おうとしていたんだ?」とかね。

 

【これ以降の書き込みはない】




【ほんのり怪談】友人の師範代に聞いた話 空手の神様MJ 【ほんのり怪談】友人の師範代に聞いた話 空手の神様MJ 【ほんのり怪談】友人の師範代に聞いた話 空手の神様MJ 【ほんのり怪談】友人の師範代に聞いた話 空手の神様MJ 【ほんのり怪談】友人の師範代に聞いた話 空手の神様MJ

Comments

コメントありがとうございます! 結局、最後はどうなったの?って結末は多分一択なんですけど、読んで下さった方のご想像にお任せするというかたちです。コメントいただけてうれしいです。ありがとうございます!

オマンガール

ホラーと思ったら爽やかになってどろどろした後にホラーになる、面白いけど不思議なお話でしたわ

ブリ道


More Creators