XaiJu
kinata7
kinata7

fanbox


sister’s memory

イベントの会場限定で配布していた小説です

お話は同人誌「山風、頑張ります!」の江風視点で描かれるスピンオフです!



「構わないで……あたしは……ひとりでいいから……ひとりで」


 えっ? っと江風が固まってしまっているのもお構いなしに、どンどンと小さな背中は遠のいていく。


 待って……待ってよ山風!


 そンな言葉は声にはならず、喉の奥につっかえて消えていった。


 江風の伸ばした手は、今日もむなしく宙を彷徨う。



「ンー」


 江風は昼食のためやって来た食堂で、頭を抱えながら唸り声をあげていた。


「ンー」


 せっかく注文したカレーにも手をつけずに考えごとをするなんて、普段の江風なら考えられないことなンだぜ?


 それくらい、江風がこの危機的状況に悩まされているってことなンだけど……。


「ンー!」


「うるさい」


「いたっ!」


 コツンッ、と頭にチョップを喰らってしまった江風が振り向くと、そこには呆れたような表情の姉貴、海風がいた。


「食事中くらいは静かにしなさい」


「うー、だからって痛いことするなー。暴力反対ー」


「はいはい」


 江風の抗議をあっさりと回避した海風の姉貴は、三つ編みを揺らしながら私の真正面の席につく。どうやら海風の姉貴が選ンだのは定番のカレーうどんではなくて、焼き魚定食らしい。


 早速、海風の姉貴は箸を器用に使って身をほぐす作業に勤しむ。


 江風たちが座っているのは六人席のテーブルだったが、使っているのは江風と海風だけ。食堂自体にはほかにも食事をとっている艦娘たちもいて、他の子たちとグループをつくって和気あいあいと、おしゃべりに勤しンでいる。


 和気あいあいと、おしゃべり……ねぇ。


「それで江風、一体どうしたの? 折角のカレーが冷めちゃうじゃない?」


 今度は呆れた表情とは違った、江風を慮るような顔になった。


 やっぱり海風の姉貴はすげーよな。きっと江風の考えていることなんてお見通しなのだろう。


 だから江風は、素直に甘えることにした。


「なー、姉貴。山風の姉貴のことなンだけど……」


 それから江風は、海風に自分の悩みを打ち明けた。


 といっても、海風だってついさっきの出来事を目撃しているわけだから、こと細かく話す必要はなかったのかもしれない。でも、話して自分の気持ちに整理がつくってことがあるじゃン?


 それに、相談相手が海風の姉貴っていうところも、結構重要だったりするしな。


「山風との接しかた……かぁ」


「なー、海風は山風の姉貴と普段どんな話をしてンだ?」


「そうね、昨日の作戦大変だったわね、とかそんな感じよ?」


「で、そのときの山風の姉貴ってどンな感じなンだ?」


「どんなって、別に普通だけど……?」


「そっか、普通なのかー」


 江風にも普通に話してほしいンだけど、やっぱり避けられてる感が否めないンだよな……。


 ついさっきの会話だって「構わないで」って言われたし。


「そんなに深く考えなくていいんじゃない? 山風だってこっちの鎮守府に着任してから日も浅いわけだし」


「それなら……いいンだけど」


 江風は、一応は海風の意見に納得してカレーを口に入れてみたけど、あまり味わって食べることができずにいた。


 本当はこの場所に、山風の姉貴も一緒にいるはずだったのに。


 そう思うと、チクチクと胸に刺さった棘が痛みはじめる。


 小さいけれど、少しずつ、でも確実に深く、江風の心に侵食してくる、そンな感じの棘だ。


 早く取ってしまいたいのに、一向に取れる気配がないことも、江風の不安を助長させている。


「でも、ちょっと心配よね。山風、ほかの子たちともあまり話せていないみたいだし……」


 うーん、と、海風は唸って頭を押さえる仕草をみせる。きっとお姉ちゃんとして、山風の姉貴の様子が心配なのだろう。


「もしかしたら、向こうから話しかけやすい雰囲気をつくるっていうのも大事なのかも……」


「それだ! それだよ海風!」


 江風は、バンッと身を乗り出して危うくカレーの入ったお皿をひっくり返しそうになる。それを海風の姉貴が手を伸ばしてさりげなくフォローしてくれたみたいだけれど、そンなことには一切気づいてなかった。ごめンよ姉貴。でも今はそれどころじゃないンだって!


「そうか! なンで今まで気づかなかっンだろ! その方法でいってみよう!」


「すっごく心配だわ……。一応、江風の意見、聞かせて?」


「ふふーン。いいぜ!」


 江風は自慢げに、江風の陽動作戦について説明する。ン? これって陽動って表現でいいのか? まあいいや。難しいことはよく分からン。なンかかっこいいからそのままにしておこう。


「つまり、海風の姉貴のときと一緒ってことだよ。江風が『ほらー、あなたの可愛い可愛い妹が難しい顔して誰かに話しかけてほしそうですよー? 声掛けなくていいンですかー?』って感じで山風の姉貴に会えばいいンだよー! おおっ、江風ってば天才だ!」


「それで話しかけた海風が馬鹿みたいだわ……」


 はぁー、と疲れた様子を見せる海風の姉貴。


「でも、いい作戦だと思わねー?」


「うーん。そもそも、話しかけてこないから江風のほうから声かけていたわけじゃない? 普通に無視されるんじゃないの?」


「うっ」


 そう言われてしまえば、本末転倒な感じもするけれど……。


「それに、仮に山風が話しかけてきたとして、江風は一体何に悩んでるってことにするの?」


「うーン。それは、まぁ色々と考えるとして……」


「止めときなさい。江風に嘘をつきながら話すなんて芸当できっこないって」


「ううっ、海風の姉貴がそう思うなら……無理なンだろうな」


「もっと現実的な感じでいいんじゃない? 提督に頼んで休暇もらって、どこかに一緒に出掛けるとか、どう?」


 なるほど、そういうことするっていうのもあるか。


 でも……。


「山風の姉貴って、アウトドア派だったっけ?」


「そうね、あまり人がいっぱいいる場所は好きじゃないわね、山風は」


「じゃあ駄目じゃン」


「駄目ね」


 ううー、なかなか上手くいかないもンだなー。


 江風はただ、山風の姉貴と話したいだけなンだけど。


 それこそ、昔みたいに……。


「もしかしたら、山風が気にしているところってそこなのかも」


「へっ?」


「だから『昔みたい』ってところよ」


 あれ? 江風、声に出してたっけ?


 江風の疑問なんて意にも介さず、海風は話し続ける。


「環境の変化とか、時間の流れっていうのはね、あなたが考えているより、結構複雑だったりするのよ」


 たとえばだけど……、と海風はビシッと江風を指さす。


「山風が知っているのって、まだうんと小さかったときの江風でしょ? 山風から見たら、今の江風のことどう思う?」


「どうって言われても……、おっぱいおっきくなったなぁー? とか?」


「思うわけないでしょ」


 いや、流石に冗談だからね? だからお願いそんな怖い顔しないで、マジで怖いから!


 というわけで真面目に考えてみます、ハイ。


「そりゃ、昔より成長して姿が変わっちまったっていうのはあるけどさー。それだけだぜ?」


「それだけでも十分な変化なの、お姉ちゃんたちにとっては。そこが、妹としての立場と、姉としての立場の違いよ」


 中身はとにかくね、と、余計な注釈をいれる海風だったけれど、江風にはやっぱりよく分からない。


 だって、それは姉貴たちだって一緒じゃないか。


 姿が変わったりしても、お姉ちゃンはお姉ちゃンで、妹は妹だ。


「ううん、全然違うのよね、これが。山風は、あなたのお姉ちゃんでいられる自信がなかったんだと思うわ。これは姉としての立場で言わせてもらうけどね」


「自信? って、そんなの……」


「あのね、江風。お姉ちゃんっていうのは、妹の前ではしっかりしてなきゃいけないの。でも、その自信が山風にはないのかもしれないってわけ」


「江風……そこまで考えてなかったかも……」


 この鎮守府で山風の姉貴と再会したときは、嬉しくて飛びついちゃったりもした。



 でもそれは、どんなに成長しても山風の姉貴は、海風と同じように江風の大好きで、頼れるお姉ちゃンだから。



 頭を撫でてもらったり、「立派になったわね」って褒めてほしかった。


 でも、あのときの山風の姉貴は、江風をすぐに振りほどいてそっぽを向いてしまったンだっけ?


 それから江風の熱烈なアプローチも虚しく玉砕しているわけ。


 でも、もしかしたら……。


「山風の姉貴は江風に関わりたくないとか、そンな風に思ってたりしてンのかな?」


 あー、言葉にすると結構応えるな、これ。


 いつの間にか食堂にいるのは江風と海風だけ。だからなのか、江風の台詞は嫌というほど響いてしまった。


 すると、江風に向かって、海風は優しく微笑んでくれた。



「そんなこと、あるわけないでしょ」



 その言葉は、確信という表現がぴったりなほど、力強いものだった。


「何度も言ってるけど。江風の前では、山風はお姉ちゃんでいたいの」


「でも、それなら江風はどうすればいいンだ……?」


「教えてあげましょ、山風に。今の江風が、どんな子なのかってことを」


「今の?」


「そう。まだ雷が怖かったり、おにぎりが凄く上手に作れるとか、そういうこと」


 ううっ……それって結構恥ずかしかったりするぞ? ましてや、雷が怖いなンて。


「それで、山風の姉貴との距離が縮まるとは思わねーンだけど」


「そこからは、江風がちゃんと山風の話を聞いてあげることが大切ね。でも、そのまえに自分のことを話す。そうすれば、山風も分かってくれるわ。ああ、この子はやっぱり江風なんだなーって」


「それで、山風の姉貴は喜ンでくれるかな?」


「うん、きっと喜ぶわよ」


 自信満々に、海風は肯いた。


 そっか。


 なんとなく、理解はできたかもしれない。


 江風は、ずっと過去の山風の姉貴を見ていたンだ。


 昔みたいに、昔みたいに、ってずっと過去を追っていて今の山風の姉貴のことを見てなかったンだ。


 でも、それは山風の姉貴だって一緒なのかもしれない。


 だったら江風たちがしなくちゃいけないことは、『昔みたいに』じゃなくて、これからのことを考えなくちゃいけないよな。


 今、江風が山風の姉貴とやりたいこと。


 たくさン話をして、仲良くなって、一緒に過ごすこと。


 離れてしまっていた時間を取り戻そうとするンじゃなくて、未来の話をする。


 うン。そういう前向きな感じのほうが、江風らしいよな。


「海風の姉貴って、本当にすげーよな!」


「もう……また突拍子もないこと言うんだから」


「だって、江風がずっと悩んでたことを解決してくれたンだぜ! サンキューな」


「ふふ、どういたしまして」


 ほら、江風。口、あけなさい、と言われたのでその通りをしてみると、焼き魚をほぐした身を口の中にいれてくれた。さっぱりとしているけれど、旬の季節にしか味わえない脂身が絶品だった。


「ふふ、やっぱりまだまだ子供よね、江風は」


「えー、そンなことないぜ! 江風だってオトナなンだぜ! このまえだって川内さんに褒められたンだよ」


 それから江風たちは、いつものように他愛もない話で笑ったり、怒ったり、からかったりしあって過ごしていた。


 きっと、この会話の中に山風の姉貴がいる日も遠くはないと思った。



 そして、次の日。


 演習を終えた江風と海風は、いつものように食堂へと続く廊下を歩いていると。


「かっ、江風!」


 後ろから、上ずった声で呼ばれた。


 振り向くとそこには、呼吸が乱れて、恥ずかしそうに俯く山風の姉貴の姿があった。


 姉貴のほうから声を掛けてくれるなんて、この鎮守府では初めてのことだ。


「姉貴……その……」


 だから、江風の頭の中では山風の姉貴に言いたいこと、伝えたいことがいっぱいあって。


「昨日は……悪かっ……」


 違う。


 いや、謝ることも大事なンだけど、昨日、ちゃンと決めたじゃないか。


 山風の姉貴に自分のこと、知ってもらわなきゃ、って。


 えっと、えっと……。


 あー! 駄目だ。肝心のときに何もいい案が思い浮かば……。


 ガバッ。



 と、江風に山風の姉貴が抱きついてきた。



 えっ! ちょ! ちょっと姉貴ッ!?


 一体何が起こったのか分からず、江風はただ狼狽えるだけだった。


 小さいけれど、確かに、ぬくもりが伝わってくる山風の身体。


 すると、山風の姉貴は江風の目をしっかりと見て、こう言った。


「一緒にカレー……食べに行こう」


 照れくさそうで、顔なんて真っ赤にしてしまっている。


 小さい声だったけど、確かに山風の姉貴はそう言ってくれた。


 へっ……へへっ。


 滅茶苦茶嬉しいはずなのに、江風はちょっと泣きそうになった。


 だから、そんな感情を誤魔化すように、明るく元気で、江風らしい返事をする。


「もちろンいいぜ! ンじゃあ早速行くか!」


 山風の姉貴をそのまま引っ張って、一直線に食堂へと向かう。


「ああっ! ちょっと! 江風……そんなに引っ張らないで……」


 山風の姉貴が少し困ったような声でそう訴えてきたけれど、江風はお構いなしに食堂へと向かった。


 隣にいた海風も、嬉しそうに後ろからついてきてくれる。




 じゃ、これから三人でいっぱい話をしようか!

 覚悟しな! 山風の姉貴!



【了】


sister’s memory

More Creators