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姉妹の約束

会場限定で配布していた小説です! 「ンっ?」  重い瞼を開けると、視界にもやがかかっているように、目の前が上手く見えなかった。  自分が寝起きでぼけーとしているせいだ、というのはさすがに分かったンだけど、どうやら快適な布団の中というわけじゃなく、机に頬をひっつけた状態で眠ってしまっていたらしい。  おかげで身体の節々が痛むぜ。  あれ? でもよく考えたら、そもそも江風、なにをしてたンだっけ? 「あっ、やっと起きたわね、江風」  その声が合図のように、はっきりと、目の前に座っている姉貴の顔が確認できたので自然と彼女の名前が口から出てしまった。 「うみ……かぜ?」 「……なんで疑問形なのよ。まったく、まだ寝ぼけているんじゃないかしら」  呆れるようにため息をついた海風は、ぷいっとそっぽを向いてご立腹している。  そういう仕草も、さすが姉貴といった感じで可愛らしいのだけど、ここで茶々をいれたらまた怒られそうなので、先ほど浮かンだ疑問をぶつけてみることにした。 「ねぇ海風、江風ってなにしていたンだっけ?」 「はぁ?」  あっ、やばい。地雷踏ンだかも。  そう思ったときには時すでに遅く、海風はこれでもかというくらい江風に顔を近づけてきた。 「江風が居残りで課題の続きしなきゃいけないっていうから付き合ってあげてるんでしょ!」  そういいながら、江風の両頬を引っ張ってくる海風。    自然と手加減をしてくれているのか、全然痛くはなかったンだけど、これ以上姉貴に怒られたくないので、ごめンごめンと、満面の笑みで謝っておいた。  まぁ、頬を引っ張られているから笑顔なンてつくれないンだけどさ。 「……わかればよろしい」  だけど、海風は江風の誠意ある謝罪(なのかは正直疑わしい)の気持ちを汲み取ってくれたのか、頬から手を放してくれた。  全く、ほっぺたまで髪の毛のように真っ赤になったら洒落になンないぜ。  でも、おかげで状況が少し見えてきた。  なるほど、なるほど。つまり、こういうことか。  江風のことだから、多分、今日出された課題をやってこなくて、先生に放課後残ってやっておけとでも言われたンだろう。  それで、姉貴に泣きついて面倒を見てもらっているところなンだな……。 「はぁ~。姉貴も大変だな……」 「なんで困らせている張本人に慰められているのかしら……」  もう怒る気力もなくなってしまったのか、海風は肩を落とすだけだった。  しかし、さすがに付き合ってくれている海風のためにも、迅速に課題に取り組もうとしたのだが、開かれたノートに記された数式を見た瞬間、やる気を全部持っていかれてしまった。  いやいや、これは江風の頭が決して残念だというわけじゃないぞ。  寝起きだからまだ頭の回転が働いていないだけなンだ!  そう自分に言い聞かせて、眠気覚ましのため海風と談笑を開始することにした。 「ねぇ、海風。ほかの姉貴たちは?」 「みんなもう、家に帰っているじゃないかしら? 受験も近いしね」  受験……という言葉を聞いて、妙に納得してしまった。  ああ、そっか。  姉貴たち、もうここからいなくなっちゃうンだ。  つい最近、やっと姉貴たちと一緒の学校に通うことができるようになったっていうのに、また離れ離れになってしまう。  もちろン、それは目の前にいる海風だって例外じゃなくて……。 「寂しくなるな……」  ぽつりと呟いた言葉だったけど、言霊っていうやつなのか、悲しい気持ちが胸に押し寄せてきて苦しくなる。  そンな得体も知れない不安に拍車をかけたのは、海風の一言だった。 「そうね……こうして、江風の傍にいてあげられなくなっちゃうのよね……」  姉貴の顔は、窓から差し込む夕日のせいでいつもよりちょっと大人びて見えたけれど、江風には綺麗な顔だとは思えなかった。  むしろ、そンな表情は、江風の前で見せてほしくない。 「……きひひっ」 「えっ? どうしたの? 江風?」  だから、困惑する海風を無視して笑い声をあげた。 「姉貴、あンま心配すンなって。江風は大丈夫だから!」 「江風……」  しっかり者の姉貴たちとは違って、江風って問題児だし、心配かけまくっているのも重々承知している。  だからこそ、姉貴たちにはこれ以上心配かけないように、笑顔を絶やさないことにしなくちゃな。  それが江風にできる、妹しての本分ってやつだ。 「……ありがとう、江風」  海風は、江風の気持ちを察してくれたのだろう。優しい笑みを向けてくれた。 「でも!」  だが、そンな感動的な話に持っていけるほど、姉貴は甘くはなかったみたいだ。 「お姉ちゃんは、言葉だけじゃなくて行動で見せてくれることを願うわ」 「うっ、そう来たか……」  海風からの要求を受けて、再びノートとにらめっこしてみたが、完全にお手上げ状態だ。 「仕方ないわね……どこが分からないの?」  全部です。  なンて正直に言えたら、どンなに楽なことか。 「うーン、いや、解ってはいるンだよ! もう今から姉貴も江風を見直すくらいパパっと解いてやってもいいンだけど……その、さっきから調子が悪くってさ」  いや、これは言い訳じゃなくて、本当にさっきから違和感があるンだよな。  まぁ、身体のあちこちが軋ンだように痛いのは、変な態勢で寝ていたのが原因だとしても、こう……ゆらゆらと、揺さぶられているような感覚があって、上手く思考回路が働かないのだ。 「ごめン海風。やっぱり、もうちょっと寝たいンだけどいいかな?」 「駄目に決まってるでしょ」  ですよねー。 「じゃ、じゃあさ! この江風がやる気出るようなこと、海風、お願い!」  冗談交じりで無理難題を押し付けたつもりだったけど、海風は満面の笑みを向ける。 「そうね……、もし、江風が真面目に課題をやらないんだったら……」  あっ、なンか悪いこと思いついた顔だ、これ。  そう感じたときには、もう海風の口はゆっくりと動いて、江風にこう告げていた。 「川内さんに報告する」 「おおおおっ! なンかすっごいやる気出てきた!」  今までの怠慢が嘘のように、江風の血が騒ぎだした。  くそっ、海風め。川内さンの名前を出すのは反則だぞ。  いや、うン、川内さンに怒られるのが怖いとかそういうンじゃ全然ないンだけどね!(ここ重要!)  しかし、やる気が出たところで江風の頭の中で爆発的な進化などあるはずもなく、解らない問題は解らないままだった。  ただ、教室の真ン中で叫ンだだけになってしまった。  姉貴しかいないとはいえ、恥ずかしいぜ。  もうここは大人しく、海風からご教示願おうと思ったところで、姉貴がふいに、ポンポンと、江風の頭を叩いてきた。  それは、ふざけているのを咎めるような行為じゃなくて、なンかこう、愛くるしいものを大切に扱うような、そンな印象を受けた。 「本当に、どこのあなたも変わらないのね、江風」 「えっ?」  素っ頓狂な声をあげた江風には気にも留めず、海風の話は続く。 「あなたは、いつもそうやって、目の前のことに全力で取り組もうとするのよね。でも、お姉ちゃんとしては、後先のことを考えずに動こうとするあなたのことが、とても心配になるの」 「ねぇ、ねぇ海風! いったい、なンのことを言って……うっ!」  途端、頭が割れるようにズキズキと痛みだす。  苦しくなって両手で頭を押さえるけれど、一向に痛みは引かない。  それどころか、痛みは全身に広がっていくようだった。 「どうやら、もう時間が来ちゃったみたいね」 「海風……これ、なにが……」 「落ち着いて江風。痛みを感じ始めたってことは、いい兆候だから」  そう言った海風は、どこか悲しそうな表情だった。 「多分、次に目を覚ましたときは、ここでの出来事は忘れてしまっていると思うの。でもね、これだけは、忘れずに覚えていて」  あなたは、海風の大切な――。  この世界での海風の台詞を聞き終えると、周りが真っ暗な闇に包まれた。 「――かぜっ! 江風!」  ぽたぽたと、顔に雨が一粒一粒、降ってくる。  でも、雨粒にしては全然冷たくねーな。むしろこう、温かくて、だけど湿っぽいような……。 「江風! お願いっ! 返事してっ!」 「うみ……かぜ?」  そう呟くと、微かに見えた姉貴の顔が一瞬、緊張がとけたように安堵した表情になる。  だけど、すぐにまた、大粒の涙を流しながら、小さな声で呟く。 「江風! 気が付いたのね! 良かった……。本当に、良かった……」  海風は、そのまま江風の胸に顔をうずめた。  みれば、海風の服はいたるところが破れていたり、切り裂いたような跡があった。  でも、それ以上に江風の服もボロボロで、周りには何もない海上で海風に支えられている。 「あの……さ、姉貴。江風、なにしてたンだっけ?」  かすれそうになる声をなンとか形にして訊ねると、海風は真っ赤になってしまった眼で江風を見つめた。 「こんな時になにふざけたこといってんのよっ! 馬鹿っ!」  そのまま、海風は声を荒げて、江風に言った。 「海風が、敵艦隊の包囲網に侵入したせいで攻撃されそうなときに、あなたが来てくれたんじゃない……。それで、どうにか包囲網から抜け出すことはできたけど……最後に魚雷が飛んできたのを……江風が庇って……」  ああ……そっか。  思い出した。    海風が隊から離れてしまったっていう報告を受けて、川内さンや提督の指示を聞かずに、勝手に助けに行こうとしたンだ。    それで、こンな状況になっちゃっているってわけか……。  もう一度、海風をじっくり見る。    うン、服は盛大に破けちゃってるけど、大きな怪我をしているってわけじゃなさそうだ。それに、敵艦が近くにいる気配もないから、無事、危機は突破できたのだろう。  だけど、いつまでも泣いてしまっている姉貴の顔をみると、なンだか悪い気がしてきたので、江風は精一杯の笑顔を見せた。 「姉貴、もう泣かないでよ。江風は、大丈夫だからさ」  そう言ってみたけど、海風は首をブンブンと横に振るだけで、身体の震えは止まっていなかった。  優しい海風のことだ。江風がこンな目に遭ってしまったのを自分の責任だと感じているのだろう。  他人の痛みを自分の痛みのように感じてしまうのは、海風のいいところでもあり、悪いところなンだよな。  なにか、姉貴を安心させてやることをいってあげたいンだけど――。 『これだけは、忘れずに覚えていて』    そう考えたとき、江風の中で誰かの声が響く。  よく聞き慣れている声な気がしたけど、ついさっき、初めて聞いた声のような気もする。  それでも、江風が聞いたその声を、今の海風に伝えなきゃいけないような気がした。 「あのさ、海風。江風って、海風にとっては宝物みたいなものなの?」 「えっ?」 「いやさ、はっきりと思い出せないンだけどさ。江風のことを、『宝物のように大切な存在なんだよ』って言ってくれた人がいて……。それを言ってくれたのって、もしかしたら海風だったンじゃないかな? って思ったンだけど……」 『あなたは海風の、大切な宝物よ』  その言葉が頭をよぎったとき、海風の優しい笑顔が一緒に浮かンできた。  自分でいうのも癪だけど、私ってあンまり、いい妹じゃないンだよ。  好き勝手やっているし、姉貴たちに心配ばっかかける妹だ。  でも、そンな江風のことを、海風は大切だって言ってくれたのだとしたら……。  それ以上に嬉しいことなンて、あるわけないよな。 「海風……江風のことをそう思ってくれてるんだとしたら、それはすげー嬉しいけどさ。ちょっとずるいよ。だって、江風だって海風のこと、大切で、大好きな姉貴なンだよ。だからさ……」  江風は、戸惑う海風の頬に手を添える。 「もう、江風のために泣くのは止めてよ。大丈夫、姉貴がピンチになったら地平線だろうが追いついて、助けに行くから。そンなの妹として、当たり前だろ?」  だからそのときは、今日みたいに江風の大活躍を、しっかり見といてくれよ。  今回はちょっと失敗しちまったみたいだけど、それはご愛嬌ってことで。 「……馬鹿っ」  そう呟いた海風の顔は、江風の大好きな、優しさに満ちた笑顔に戻っていた。  ふぅ、もうこれで大丈夫かな?     心配性の姉貴を持つと、妹は苦労するぜ。 「さてと……いつまでも海風に支えられてちゃ駄目だよな。早く隊に合流しないと」  自分の足で海上に立って、身体の状態を確認する。  うン、ちょっと痛いところがあったりするけど、致命傷は避けられたみたいだ。海風も問題ないみたいだし、これならすぐに、みンなと合流できるかも。  ただ、さっき自分で言ったことを思い出して、あるお願いを海風に聞いてもらうことにした。 「そうだ、姉貴。江風、勝手に艦隊から離れちゃったから、帰ったら川内さンや提督にすっげー怒られると思うンだ。だから、そのときは、姉妹のよしみで江風のこと庇ってくれないかな?」  舌を可愛く出しながら『お願い』と、両手を合わせてみたけれど、それを見た海風は、ちょっとだけ口角をあげたあと、満面の笑みでこンな返事をした。 「嫌よ。今日は二人にみっちり、説教してもらいなさい」  お姉ちゃンからの命令よ、と、どこか得意げにいう海風だった。  いやいや、全く。  今日くらいは、妹を甘やかしてもバチは当たらないと思うぞ! 姉妹の約束 〈了〉

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