非日常の重要性。
Added 2022-05-20 10:01:33 +0000 UTC私の一日の流れは、非常に単調です。
朝起きて最低限の家事をし、仕事(在宅のときもあれば、会社にいかないといけない時もある)して、空いている時間や休み時間にブログを書き、仕事が終わったら決めている時間イラストを描いて、あとは眠くなるまでネトマを打つかアマプラ見るか、と言った感じです。
仕事が休みの日は、イラスト描く時間とネトマ・アマプラを見る時間が増えるだけですね。
よく言えば完全に習慣化されている日々であり、別にこれで不満があるわけではありません。
ただ、引きこもりに近いインドア派の私でも、外出しない日が一定期間すぎると、フラストレーションが溜まるとまでは言いませんが、なんだか気持ちがモヤモヤしてきます。
コロナ前はこんな時、お気に入りの散歩道がある、海が見える街まで少し遠出して、散歩とショッピング(と言っても本とかですが(笑))を楽しむなんてことをしていたのですが、最近はすっかりご無沙汰になってしまいました。
私自身がコロナに感染してしまうという心配ももちろんありますが、高齢の父と同居しているため、どうしても少し慎重に考えてしまうんですね。
しかし先日、オフの日にちょっとした私用で出かける必要ができたのと、ワクチンも3回目を接種し、もう抗体も出来ている頃合いなので、父に相談した上でお気に入りの街まで少し足を延ばしてみることにしました。
久しぶりに訪れたそこは、変わらず良い風が吹いて、安心感と、そこはかとないワクワク感を与えてくれました。
その日は平日ということもあり、人の姿はまばらで、ゆっくりと海や手入れされた花壇・芝生を楽しみながら散歩することができました。
散歩道を一周したあとは、ベンチに腰掛けてひたすらボーッと海を眺めていることにします。
傍からみれば完全に人生に疲れたオジサンなんですけど(笑)、まぁそれもあながち穿った見方というわけでなく、最近ちょっとした悩みを抱えていて、ふとした瞬間、特に手持ち無沙汰な時に反芻してしまう、ということがあったんですね。
不思議なもので海を眺めてボーッとしている間はそれは起きず、少し経つとまぁやれるだけのことやってそれで解決できんかったら、それはそれで仕方ないか……と、いい意味で開き直ったような気持ちになることができました。
結局1時間くらいボーッとしていたでしょうか、普段の私は退屈を許容できず、時間が空いたら取り敢えずスマホかパソコン、という生活を送っているのですが、この時間は全く退屈を覚えることなく、あっという間に過ぎていった感じでした。
別に波乱万丈の人生を歩んでいなくとも、人が生きて生活していれば、なんやかんやとあるものです。
そうしてフラストレーションが溜まっていった時に必要なのが、少し日常から切り離された経験や空間なのでしょう。
ちなみに最近出してなかった心理学のお話をすると(笑)、普段街中に住んでいる人が森や海などの自然に触れると、大幅にメンタルの状態がよくなることが分かっています。
今回は海の方に来たので、次は緑豊かなところへ行ってみたいな、と思っています。