イラストでも麻雀でも、なんなら仕事でもそうなんですが、私は自分が身に着けたスキルを『俺ができるなら、誰でもできるわなぁ……』と思ってしまう癖がありました。
まあ、これはこれで悪いことばかりではありません。
誰にでもできる、と考えれば謙虚になれますし(人になにか褒められた時、『こんなの誰でもできますよ』と頭を掻きながら謙遜したことが誰しもあるはずです)、そんな気持ちがあるからこそ、もっと頑張って上手にならないと、という気持ちも湧いてくるのかもしれません。
モチベーションが高いときや、承認欲求がある程度満たされている時はそれでいいのですが、そうでないときにこういう考え方をすると、さらにモチベーションが下がる負のスパイラルに陥ります。
これを防ぐには、心理学でいうところの『セルフコンパッション』が有用です。
実は基本的に、人間というのは長い時間努力して手に入れたスキルは、よほど有用で利益をもたらすものでない限り、それが自分のものであっても人のものであっても、高い評価を与えないという傾向があります。
例えば私のイラストですが、『最初はこんな感じでしたが、1ヶ月毎日描いていたら、ここまでうまくなりました!』だったら、それなりの数の人が『なかなかやるやん』と思ってくれることでしょう。
でもこれが『10年毎日描いてここまで来ました!』と言っても(実際今年で10周年です(笑))、優しい人は『うまい下手はともかく、その継続はたいしたもんやなぁ』ぐらいは認めてくれるでしょうが……。
大多数の人は『あ、そうなんや』で終わりでしょうし、厳しい人だと『10年やってそれなら才能がまるでなかったわけやから、途中で諦めて他のことやってた方がよかったんじゃね?』という人もきっといるでしょう。
実際、『○年続けてこの程度なら才能がないんだから、イラストやめて死んだら?』とTwitterのDMで言われたこともありますし、その一件以降、信頼できる人以外には、画歴は言わないようにしています。
どうしても言わなくてはならない場合は『まぁそれなりに描いてます』とだけ言って、お茶を濁してますね。
我々日本人は幼少期から、なにかを頑張ってできるようになっても、周りに心理学をかじった人でもいない限り、大人たちから『それぐらい少し努力すれば誰でもできる。調子に乗るな』と、謙虚な子供になるよう育てられます。
努力する、というのは年齢に関わらず結構大変だということは言ってる本人もよく分かってるはずなんですが。
確かに『僕がんばってできるようになったよ!褒めて褒めて!』と周りにいうような子は就学前の小さい子ならともかく、小学校に通い始めたぐらいの歳の子がそんな感じなら周りの大人に煙たがられるでしょうし、学校でクラスメイトたちにいじめられても仕方ありません。
ですから努力が周りに認められている子、というのはわりとスクールカースト上位の子が多いんですね。
ただ、この前読んだ心理学の本の作者は海外のかたで、『我々は天賦の才を感じさせるものを称賛し、努力の結果を軽んじる傾向がある』と書いていたので、こういうことはきっと世界共通なのでしょう。
確かに努力をこれみよがしに周りに見せつけ、それを自慢するような人は嫌われても仕方ないと思います。
ですが自分自身ぐらい、自分のがんばりを認めてあげないとあまりに報われませんし、やる気もどんどんなくなっていってしまいます。
それに気づいてからは『才能は仕方ないけど、継続することだけは色々工夫してきたじゃないか。それは人に自慢するようなことでないにしろ、自分でそれを認めていいんでないかい?』と、自分を励まして(これがセルフコンパッションですね)モチベーションの低下を防ぐようにしています。