喜びを伝える人を選ぶ。
Added 2021-03-26 10:20:01 +0000 UTC日常には腹が立つことやしんどいことも山のようにありますが、登山の休憩所のように、ちょっと嬉しいことも時々訪れます。
ここ何年かの私だと、仕事でちょっとお給料がよくなったり、イラストが上達して少しお金を稼げるようになったり、将棋が強くなって初段の人に勝てたり、なんかがありました。
こういう嬉しいことがあった時、私はそれを伝える人を結構選びます。
まず、家族や親戚には伝えません。
私の累系は人に厳しい人が非常に多く、いいことがあって雑談の中ででもそれを言おうものなら昔から【調子に乗るな】【それがなんだ?もっと努力しろ】みたいなことしか言わないからです。
いや、別にそういう彼らを責めるつもりはありません。
確かに不愉快極まりない人たちですが、彼らは法を犯しているわけでなく、なにを言おうと自由です。
そういう厳しい考え方もありでしょう。
ただ、以前もお話しましたように私は小さな成功でもしっかりと喜んでおく方ですし、またそうでないとモチベーションや行動が持続しないので、考え方が違うというだけですね。
そんなこともあり、親類縁者で私がイラストを描いていることを知っている人は誰もいないわけです。
で、私の日常でよかったことはなにも話さなく、それでいてあちらはなんかよく解らん自慢話をするわけで……。
まあ最近はコロナの影響ですっかりご無沙汰ですが、彼らとの会食は私にとって昔からかなり退屈なものになりがちです。
ただ私も一応人間なので、なにかいいことがあると人に聞いてほしい!と思うこともあります。
そういう時に一番に聞いてもらうのは、古い友人たちです。
彼らとはもう古い付き合いでお互いにしんどかったり、逆に嬉しいことがあった時は共有して苦楽を共にしてきました。
また、TwitterなどのSNSやSkypeなどのインターネットで繋がっている人たちにも、聞いてもらうことがあります。
自分に嬉しいことやいいことがあった時に伝えることのできる人、というのは、かなり信頼できる人のはずです。
なにか悲しいことやきついことがあった時は相手が相当なサイコパスでもないかぎり、慰めの言葉や励ましの言葉をかけてくれるものです。
ただちょっとした成功や幸運の場合は、うっかり伝える人間を間違うと妬まれたりやっかまれたり、結構めんどくさいことになるからですね。
数は少ないですが、そういう信頼できる人たちが身近にいて、私は結構恵まれているな、と思うのです。