商店街の中央通り。
昼下がりの陽射しに照らされた商店街の中央通りを、僕は縮こまりながら歩いていた。
フリルだらけのスカートの裾がふわふわと揺れて、風に乗ってかすかに広がる。
前方に見覚えのある顔が三つ。
クラスの男子たちに挨拶をするのが僕に与えられたミッション。
(なんで……こんな事を……!)
パニエで膨らんだスカートの中の膝は震え、足が止まりかける。
けれど、後ろから美咲たちの視線を感じる。僕に逃げるという選択肢は残っていない。
(どうしよう……どうすれば自然……?普通に“こんにちは”って言えばいい?……!)
頭の中で何度も練習する。
喉の奥がカラカラに乾いて、胸が苦しい。
男子たちはもう目の前。あと数歩で、すれ違う距離。
カツン、とストラップシューズがアスファルトの地面を鳴らす。
その音が胸の奥に響いた瞬間、反射的に口が動いた。
「こ、こんにちは……」
声が高い。震えて、どこか女の子っぽく響く。
男子たちは一瞬動きを止め、訝しげに僕を見る。
「……あ、ども……」
それだけを返して、彼らは通り過ぎていった。
けれど数歩進んだところで、誰かがちらりと振り返る。
(やめて……見ないで……!)
視線が背中を貫くようで、呼吸が止まりそうになる。
顔から火が出そうだった。
スカートの裾を握りしめ、ただ逃げる様に立ち去った。
◆
物陰に戻ると、陽菜が真っ先に笑い声を上げた。
「ねぇ見て! 完全に女の子だったよ!」
スマホの画面には、さっきの僕の姿が映っている。
ロリィタ服で震えながら挨拶する僕。
そして、戸惑う男子たちの顔。
「ちょ、ちょっと……消してよ!」
慌てて手を伸ばすが、陽菜はスマホを高く掲げて逃げる。
その距離が、三人との“立場の差”のように思えた。
沙羅が小さく笑い、「声、すごく自然だったね」と言った。
美咲は腕を組み、口角を上げながら言う。
「ねぇ蒼、自分で見てみなよ。ほら、完全に“ロリィタが好きな女の子”じゃん」
画面に映る“自分”を見た瞬間、息が詰まった。
そこにいるのは、頬を染め、緊張で肩をすくめた“女の子”。
誰が見ても、男子には見えない。
(これ……僕なのか……?)
羞恥で耳まで熱くなる。
「もう……やめてよ……」
声を絞り出すのが精一杯だった。
陽菜が笑いながら言う。
「動画、あとで蒼にも送っておくね」
「や、やめて……お願いだから……!」
涙が出そうになる。
けれど三人は、それをまるで面白がるように眺めていた。
「でもさ、蒼ちゃん」
沙羅が静かに言う。
「男子たち、たぶん完全に女の子だと思ってたよ。可愛い娘に声かけられて……ちょっとドキドキしてた」
「……そんなわけ、ない……!」
否定しても、胸の奥がざわつく。
自分が行った行動に対する羞恥、バレなかった安堵、そして女の子と思われた言い表せない感情がぐちゃぐちゃに混ざって、体の芯が熱くなる。
◆
夕方。
ようやく美咲の家に戻ると、全身から力が抜けた。
「ふぅ……もう、無理……これ、ほんと限界……」
男性の衣服では感じる事の出来ない、ロリィタファッション特有の重量感。
フリルたっぷりの目立つ服を着ている緊張感。
背中のリボンをほどく音が、やけに大きく響いた。
ワンピースのファスナーを下ろす。
パニエが床に落ち、スカートが足にまとわりつく。
ようやく解放されたはずなのに、胸の奥のざわめきは止まらなかった。
(もう終わり……だよね?)
脱ぎかけのワンピースを手に、美咲の方を見上げる。
けれど彼女はソファに座ったまま、にこにこと笑っていた。
「さすがに学校にロリィタで来るのは許してあげるけど……」
そう言いながら、美咲は小さな布を差し出した。
真っ白なレースのソックス。
履き口に小さなリボンが付いて、可愛らしいアクセントとなっている。
「月曜はこれ、ちゃんと履いていってね」
「えっ、ま、待ってよ!なんで……!」
思わず声を上げる。
美咲は楽しそうに目を細めた。
「だってさ、蒼の心にはいつもロリィタファッションがあるんだから。
学校でも、常に身に着けておかないとね」
「そ、そんなの……!」
「全然変じゃないよ。ロリィタって精神性が大切なんだよ。常にロリィタのアイテムを身に着けないとね!」
陽菜が笑いながら加わる。
「下駄箱とか気をつけないとね。うっかり見えたら大変だよ?」
「授業中もズボンの裾、ちゃんと気を使ってね」
沙羅の言葉が追い打ちをかける。
「やだ……ほんとに……そんなの……!」
顔を覆った手のひらの下で、心臓が鳴り続けていた。
抗うほどに、逃げ場が遠のいていく。
「似合うと思うよ、きっと」
美咲の声は優しかった。けれど、それは逃がさない優しさだった。
◆
家に戻っても、今日の出来事が頭を離れない。
商店街で、ロリィタを着せられて歩かされたこと。
お店の人の視線が突き刺さって、足が震えたこと。
「かわいい」って言われて、胸がぐちゃぐちゃになったこと。
そして――男子たちに声をかけた、あの瞬間。
全部が頭の中でぐるぐると回って、息がうまくできない。
嫌だったはずなのに、あの時の鼓動の速さや、頬の熱さまで鮮明に思い出せる。
誰かに見られることの怖さと、見られて“女の子”に見えた時のあの不思議な感覚。
どっちが本当の気持ちなのか、自分でも分からなくなっていく。
そしてベッドの上に置かれた白い布。
レースの透け具合が、肌の色をそのまま映してしまう。
(……これ、履いて学校に……?)
想像した瞬間、胸の奥が重く沈む。
下駄箱で靴を履き替える時。
体育の着替えでズボンを脱ぐ時。
階段を上り、裾が少しずり上がる時――
誰かの視線が、足首に落ちる。
『蒼、それ何履いてるの?』
「……最悪だ……」
呟きながら、僕の指先はそのレースを撫でていた。
ロリィタ女装は、まだ――終わらない。
【3章へつづく…】