こんにちはこんばんは、いかがお過ごしでしょうか。どうもぱぱを🐼🐾です。
サンプル四作品目は虎おっさん🐅が出てきました。この虎おっさん、めちゃくちゃゴツくてコワモテで体格がいい、まさにガテン系の仕事をやってそうな見て呉れをしているのに……なぜか彼は洋菓子屋さんで働いているようです。ふぅん…。
そんな虎の彼と出会う人間くんのお話を、ちょびっとお楽しみください🍰
※以下、サンプル本編。
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バターのニオイは恋のニオイ
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心機一転、新天地! 今日からここが僕の暮らす街! ……と言っても会社の偉い人から転勤を言い渡されただけであって、僕が自分から進んで引っ越したわけではない。新しく配属されたオフィスでの受け入れ態勢がまだ整っていないとかで、引っ越し後だというのに一週間丸々お休みをいただいているところだった。段ボールの片付けも終わり、特にやりたかった積みゲームもなく、僕はただひたすらに暇な時間を過ごしている。
せっかくだから近所に何があるのか知っておくのも悪くないだろう。今後そういう機械もないだろうし、散策にでも行くか。ええと、コンビニ、スーパー、ホームセンター、焼肉屋にラーメン屋、ファミレス、おまけにちょっと古臭い銭湯まで……へぇ……案外栄えてるじゃんか。転勤先が地方だと聞いた時には自分の車がないと何もできないんじゃないかとヒヤヒヤしたが、ここなら都内とそう変わらない生活を送れそうだ。
これからの新しい生活にちょっと浮かれ気分でいたその時、何やら鼻をくすぐるような甘い香りが。これは……バター、かな。そう、焼きたてクッキーの香り、すげぇ好きなんだよな。パンの焼きたてのニオイも大好き。そのニオイを犬のようにスンスンと匂って辿ってみると、小さなログハウスのようなお店を発見した。なになに、街の小さなケーキ屋さん……だってさ。小洒落たフランス語とかの店名だったら自分はちょっと場違いかなと思って立ち去ろうと思っていただけに、僕は更にこの店に興味を持ってガラス窓の所まで近寄ってしまったんだ。どんなケーキがあるのかな、店の中はどんな雰囲気なのかな、あれこれ頭の中で想像しながら僕は外から様子を眺めてみる。真っ先に視界へと入り込んできたのは食べ物ではなく、一際デカい毛むくじゃらの獣人であった。
「わ……でっか」
この小さくて可愛らしい店にはあまりにも似つかわしくない虎のおっちゃんがお地蔵様のようにショーケースの前で突っ立っており、僕は店に近づけていた体を咄嗟に後ろへと引いていた。こっわ、なんだあのインパクトのある顔は。額あたりに鉢巻のようなものを結びつけているせいで目元はあまりよく見えないが、太い眉毛とその体格からして厳つい感じのイメージしか湧いてこない。
クッキーの匂いが気になった僕はもうちょっと中の様子を見てみようと再び店へと近づくと、おっちゃんは暑そうに鉢巻を少し上にズラして目を晒し始めた。わっ……眼圧強っ。あれで睨みつけられたら誰も彼もが間違いなく震え上がるだろうに。なるべく視線を合わさぬようちょっと横へズレながら店内の様子を眺めていると、一つ違和感に気がついた。……店員の虎獣人、僕のこと見てるようで全然見てなかった。なんか虚空を見ているというか、同じ場所をただジーッと眺めているような感じ。本当に生きているのかわからないぐらい微動だにしてないし。もしかして寝ていらっしゃる? いやでもさっき鉢巻をグイッと上げてたから起きてるよな。クッキーだけでなくそのちょっと怖い虎店員にも興味を惹かれてしまい、我慢できなくなった僕は洒落たベル付きの扉をソッと開けて入店することにした。
「……っ、…………せ」
「え?」
なんか虎のおっちゃんがマズルをほんの少し動かして何かを言いかけたような気がするのだけど、気のせいだったかな。思わず聞き返してしまったが、特段気にしている様子もないし。じゃあ品揃えをちょっとばかし見させてもらいましょうかね。
「……い゛っ、い゛らっしゃいあせ‼︎」
「うわっ‼︎」
「…………ごご、ごゆっくり、お、お」
よく言葉が詰まるのは何か原因があるのだろうか。それにしてもバカでかい声だったな、また心の臓が止まるかと思いましたよ。
「…………どぞ」
「あっ、ありがとうございます」
不思議な空気が僕とおっちゃんの間を包み込むが、それはさておいて。へぇ……昔ながらのケーキ屋さんって感じだなホント。ショートケーキのイチゴ、すげぇツヤツヤしてて美味しそう。ああ、ミルクレープもあるじゃないか。僕これ好きなんだよなぁ。シュークリームもあるし……だけどさっきからずっと鼻腔内を犯しまくってるこのクッキーの焼ける匂いがたまらなく僕の食欲を刺激してきて……ぐぅ……。
「あの、クッキーってありますか?」
「……………ご…………っす」
「へ? あ、あの、今なんて……」
「…………五分‼︎」
ははぁなるほど、このおっちゃん。さては声のボリューム機能が壊れているな? 最小か最大かしか出力できないようなので、時々メガホンで直接目の前から叫ばれたかのような声量にビックリしてしまう。それで、五分とはどう言う意味なのでしょうか。気になって気になって仕方がないのでおっちゃんの顔をジッと見つめていたら、なぜか視線を逸らされてしまいました。
「…………ごっ、ごふん、待て」
「は、はぁ」
五分、そういう意味か。じゃあ店内の商品を見ながら待っていれば出てくるというわけだ。ラッキーだなぁ、ということは焼きたてが食べられるということだろ? ちょうどお腹が空いていたのもあって、僕はソワソワしながら散歩前の犬みたく店内をウロチョロしてしまう。時折おっちゃんの方に視線を戻すも、虎の彼はやっぱりピタリと静止したまま動かなくなってしまった。
「ふいぃ……おまた〜。あれ、お客さんいんじゃん。ちゃんと接客してくれた?」
「…………す」
バンッと乱暴に奥の扉から現れた、新たな獣人。犬……じゃなくて、えと、あれ何て言うんだっけ……ああそう、ハイエナ! ちょっと背の低いハイエナ獣人のおっちゃんが、エプロン姿のままプレートを持ってやって来たのだ。
「……ま、そのお客さんの困惑した顔を見た感じだとダメっぽいな。ははは」
「えっと……」
「すまないねウチの新入りが。俺はこの店のオーナー、灰島ってんだ。ちょうど今クッキー焼けたから、一枚試食で食ってみっか?」
「あっ、えっ、いいんですか、ありがとうございます!」
ティッシュのようなもので包み込んで渡してくれた焼きたてホヤホヤのクッキーは、それでも熱すぎて手で持ち続けていると火傷しそうだった。あまりにニオイが良すぎてずっと嗅いでいられる。バターの香り、いいなぁ……。そんな最高のひと嗅ぎを楽しむ余裕もなく、僕は口の中にあつあつのクッキーを吸い込ませるようにして突っ込む。
「……んぐ! んぐんぐ‼︎」
「へへっ、そうかい。ウマそうに食ってくれるねぇ。どうだ、買ってかねぇかい?」
話のわかるオーナーさんだ。僕はスッと財布を取り出し、中くらいの袋に詰めてもらうことにした。これは間違いなく太る、太るが……今の僕にはこのクッキーが必要だ。生き甲斐、食べることは生きることに繋がる。こんなおいしいものを食べて買わないなんて考えられないな。
「まいどありぃ。ウチはケーキもオススメ……ってかそっちがメインだからさ、どうだいお兄さん。一つでも買ってってくれりゃおじさん、嬉しいんだがなぁ」
「えと……んー……」
なんかこの店長さん、偉い営業上手というか……僕をうまい具合に乗せてくる。当然、ケーキにも興味津々だった僕はお持ち帰り用に二つほど購入しようと考えていた。でも種類がありすぎて、正直どれにしようか迷ってしまう。オススメを聞こうとしたけれど、僕は他人のオススメを聞いておきながら別のものを選びたがる天邪鬼だからやっぱり聞けないな……。
「んー、じゃあショートケーキと……」
定番のショートケーキを食べれば、その店の質やレベルがわかる。クリーム、イチゴ、スポンジ、この三つの要素の水準が高ければ他のケーキも美味しいのは間違いない。じゃあもう一つは変わり種を買ってみることにしようか。ええと……あったあった、かわいい熊さんを模したケーキと……へぇ、これは虎を模したケーキ、かな? 黄色っぽい半球体のツヤツヤなムースみたいなヤツに、ちょっと歪だけどチョコレートで顔が描き込まれている。へぇ……このガタガタな線とか味があって可愛いじゃん。これにしよう。
「この虎のケーキにします」
「お? お兄さんこれが虎だってわかるんだ。流石若ぇのは見る目が違うなぁ!」
「……え、これ虎じゃないんですか?」
「いんや、虎だ。俺からしたら猫にしか見えなかったんだがなぁ、そうかそうか。良かったなぁ栗原、ようやく見る目のある若者が買いに来てくれて。ガッハッハッハ!」
豪快に笑いながら隣に立っている虎の背中をバンバン叩きつける灰島さん、そしてあからさまに僕から視線を……というかもう体ごと明後日の方角へと向きながら腕を組んでいる虎のおっちゃん。栗原、さんって言ったかな。へぇ、あの人が栗原さんね……ふむ……忘れるまで覚えておこうか。
「商品説明の所にもバナナのムースとしか書いてなかったのに、これを虎だと言ってくれたのはお兄さんが初めてでな。つい驚いちまった」
どう見ても虎にしか見えなかったのだが、オーナー曰く縞模様を表したチョコの部分が下手くそすぎて三毛猫にしか見えないんだと。ああ、確かに三毛猫にも見えなくはない。だけども店員に虎がいるからあまりにもそっちに意識がいってしまって、僕には虎のケーキにしか見えなかったんだ。
「持ち歩きは? まぁいいや、テキトーに保冷剤入れとくから。あと兄ちゃん、初めてみる顔だからもう一個ケーキ追加で入れとくわ」
「えっ、ちょ、そんなに僕食べられないですって!」
「まぁまぁ食べられなかったら捨ててもらって構わねぇよ。だがもし一個食べてウマさで頬っぺた落ちちまう〜〜! って感じてくれたら、全部残さず食べてくれな」
なんという無茶振り、だが一つおまけでサービスしてくれたのは正直大変有り難かった。ちなみに追加で入れてくれたのはオーナーが作った自信作のナポレオンケーキ。パイ生地を何層も重ねて、間にクリームとイチゴがたっぷり詰め込まれたお上品なヤツ。非常に食べづらそうであるが、見た目からしてキラキラ、ツヤツヤしていて今すぐにでも食べたくなるような出来栄えだ。
「また遊びに来てくれや。コイツもお前のこと、気に入ったみてぇだし」
「…………」
気に入った、とはどういう意味なのだろう。栗原さんは店に来た時から今の今まで特に何も変化がないように見えるし、相変わらず口数は少ないし。やっぱり一緒に働いているとそういった細かな変化もわかるようになるのだろうな。……まったく、ゴツい人しかいないけど面白い人たちばかりだ。近所にこんなあったかいお店があっただなんて。僕は持ち前の人の良さで笑顔を振りまきながら、購入したケーキや焼き菓子を持って店を出ることにした。
「…………した」
「おいおい、もっと声張って接客しろっていつも言ってんだろ。隣にいる俺でも聞こえてねぇんだからあの客にも聞こえてねぇよ」
「……っ、ありがとっ‼︎ ございやしたっ‼︎」
「うわっ‼︎ バカッ、声デカすぎなんだよおめぇは‼︎」
……あの二人、副業で漫才師とかやってるのかな。思わずクスッと笑ってしまったのだが、その時見えた虎のおっちゃんの顔が少しだけ緩んだような。そんな気がした。
〜つづく〜