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おっぱいと雑記


・雑記です。

時間の使い方が下手だなぁといつも思っていました。

やりたいこと、やるべきことが多すぎて、それらにどう時間を割こうにも全く足らないのです。これでは欲しい結果が出ない!と焦っていました。

その手の書籍も結構読んだりして、感じ入ることもありました。

同じような考えで迷っている方がいらっしゃれば是非意見をシェアしたいと考えていいます。

宜しければお付き合いください。


・時間を何に使うのか?

ざっくばらんに言えば『やりたいこと』と『やるべきこと』をする為、だと思います。


『やるべきこと』=生きるのに必要なこと

『やりたいこと』=自分の歓びの為にすること

と、シンプルに考えてみました。


そして、頭の中にあるたくさんの事柄をこの2つに分別してみようと紙に書きだしてみたところ、発見がありました。


そのどちらにも分別できない『3つ目の存在』です。


それが「やった方がいいこと」でした。


恐ろしいことに、分別の結果が8割以上がこいつでした。



・「やらなければならない!」訳でもなく、「やりたい!」訳でもない。

これって、とても中途半端な存在です。

それが8割以上を占めていたということは、この中途半端な取り組みに時間や体力のリソースをほとんど割いてしまっていたということですね。


時間の使い方が下手というより、そもそも使う対象が適切ではなかったのです。


『やった方がきっといいだろう、幸せになれるだろう』そんなものが、自分のタスクの大半を占めていたんですね。


私の場合だと、資格の勉強や英会話、グルメ探訪もそうでしょうか。

資格があればもっと待遇が良くなる、仕事の選択肢が広がる、もっておいて損はない、その程度の資格のことです。


英会話もそうです。出来るなら便利だろうな、カッコいいだろうな、出来て損はない。

グルメ探訪は、近くに美味しいという店の評判を聞きつけると特別好きでもないものまで食べにいったりします。そうしないと損する気がしちゃうんですよね。私はそもそも美食でもなんでもありません。


こいつは厄介な存在だぞ!と私は思いました。

それはこいつには2つの特性があるからです。


・姿を変える

「やった方がいいこと」は姿を巧みに変えて思考に潜んでいました。

ある時は「やりたいこと」、ある時は「やるべきこと」として。

本当に「やりたいこと」ほど情熱もないから続かないし、結果も出にくい。

「やりたいこと」なはずなのに、全然やる気が出ない、つまらない、という不協和を起こしてしまうということも…。そもそもそんなにやりたいことではないのかも。


また時には「やるべきこと」として脅迫観念に駆られるような、遂行できないとまるで自分が足りない人生を歩んでいる様な気持ちにさえなることです。「やるべきこと」と違って、出来なくても本当は大して困らないというのにです。


・どんどん増える

例えば雑誌やテレビ、YouTubeなんかを見ていると「やった方がいいこと」がどんどん増えて行きます。思考法・成功法・練習法・健康法とか、まぁとにかく多岐にわたります。「これはいい!絶対にやりたい!」という程でもなく、なんとなく「知った以上人生に取り入れないと損な気がする」そんな心境であったりします。



・一旦まとめますと

本当にやりたいことは情熱をもって自分の心の中を探り当てない限り、そう簡単にみつかるものではないのかもしれません。他の人に代わりに探して貰う訳にもいかないですしね。ただ、見つかった時には無尽蔵のエネルギーを生み出すエンジンになるんだろうと思います。


また、生きる為にやるべきこともそんなに多くはないのかも、と考えたりもしています。


やりたい、とやるべき、の間にいたグレーな存在の大きさ。

それを認識してやることで、自分にとって何が必要かをもう少しシンプルに考えられる様な気がします。


私個人としては、やりたいを最大化、やるべきをなるべく少なくして、シンプルに生きたいなぁなんて考えています!



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