(´・ω・`)「おにいちゃん、しばらくろくに運動してないのに現役に勝てるはずないよ」
こう…!トレーニングとか練習とかって昨今言われてるように厳しすぎる!とか体罰はいかん!みたいに取りだたされることも多いと思うんですが、ろずはこういう無理そうなトレーニングとかを上裸になって気合いと根性とデカい声を出してみんなで乗り越える…そういうのが好きですね…だから冷静なたいらちゃんがやきう民の理不尽な対決内容にちょっと燃えていたらいいな…と思っています(うさぎ跳びは精神力や筋肉のダメージじゃなくって膝関節なのでろずはやりたくないですが…)
はぁ…はぁ…理不尽な練習を突き付けられてどろっどろになりながらスクワットしたいよぉ…_:(´ཀ`」 ∠):_
あっ、ハチナイのプレイやーはすべからくなんj民だと思い込んで描いてしまったのですが、もしそうじゃなかったらすみませんが黄色の部分を一般的な肌色に変換して認識してください…シュミマセン~
以下ラフとちょっと+
いや~…ハチナイやシノマスがサ終というのに時代の経過を感じますね。ただ、ろずは人造人間100の記事でも言ってますが、心の中に生き続けている限り一生サービス中ですし、一緒に楽しんだという事実はこの先一生不動のものだと考えると激しく悲しむこともないかな~という風に考えてます。端末の中にいっぱいスクショも残ってますしね。なくなったものを受け入れる、という方法として、最近ろずがよく行っていたデパートがついに閉店になってそこでは本当にいろいろな思い出があったのです。ただ、仏教?の考えに輪廻転生というのがありますよね。死んだ者は新しい何かに生まれ変わるという人間や生き物に適応するとちょっとスピリチュアルな感じの原理ですが、これをデパートに例えるとデパート自体はただの入れ物でそこにいた人々はまだ生きていて、次の場所で生き続ける、と考えると死、という感覚から離れたちょっと受け入れやすいものになると思ってます。どっちかというと、ヘラクレイトス?の「万物は流転する」というのに近いかもしれません。ただ事実としてやっぱりそこにしかなかった「空気」のようなものを思い出すと物悲しい感じがしますね。ただ、思い出は自分が生きている限り一緒に添い遂げてくれるものだと思っています。