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皆月ななな
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【SS+イラスト】憧れのクラスメイトのXXに憑依する話⑥(挿絵:切世さん)

 あたしはいつものように、放課後のチャイムが鳴るとほぼ同時に席を立った。周りのクラスメイトが「お疲れー」と笑い合いながら帰り支度をする声を背中に受けつつ、あたしは廊下へと急ぐ。向かう先は新体操部の部室棟。少し前まで、ここに行くときには妙に足取りが重かった気がするけれど、いまは逆に胸が弾むような感覚がある。

 階段を下りきると、古い窓ガラス越しに柔らかい夕方の光が差していた。軽く息をついてドアを開けると、女子更衣室特有のにぎやかな空気が鼻先に届く。そこには先輩や同級生が何人も集まっていて、レオタードを取り出す子、雑談をしながら着替えを進める子――それぞれの音や声が折り重なって、あたしを迎えてくれる。


 「お疲れさま、茉莉。今日リボン合わせるって言ってたよー」


 先輩が声をかけてくれて、あたしは「はい、わかりました!」と返事をする。ロッカーの前に腰を下ろして、まず制服の上着を脱いでハンガーへ。スカートを外すときは、どうしてもまだ少しだけ胸が高鳴る。あたしはもう何か月も女の子なんだし、これを着ても何の違和感もない、むしろ似合っていると思う。自然なはずなのに、レオタードというフィット感の強い衣装を着る前は、いつも変なそわそわを抑えきれないところがある。

 それでも、数か月前の“あのとき”よりは確実に慣れた。以前は、肩紐を通すだけで戸惑ってしまったり、周囲の子たちの着替えをチラッと見てぎくしゃくしてしまったりした。今はなんとなく割り切っているから、わざわざ意識して視線を彷徨わせることもなくなった。でも、鏡の前でスポーツブラを直している子の背中が見えたとき、なぜかささやかな熱がこみ上げてくるのは止められない。


 「茉莉、動きが完全に戻ったわけじゃないけど、焦らなくていいからね?」


 軽くストレッチしていた同期の子が、あたしのほうを向いてそう言ってくれる。あたしは「うん、ありがと。最近リボンも少しずつ慣れてきたしね」と微笑む。事実、あたしはここ数か月でだいぶ“初心者みたいだった”動きから脱してきた。その原因を周りに訊かれても、いつも「スランプだったのかなー」と笑ってごまかしているけど、みんな深くは追及しないでいてくれる。

 肩紐をさっと通して腰まで生地を引き上げる。レオタードがピタリと太ももに密着すると、少しひんやりした圧を感じる。汗をかくとすぐ貼りつきそうな素材だし、ここで練習していれば、あっという間に蒸れてしまうのはわかってる。でもそれすら、あたしの日常の一部になってしまった。鏡を一瞥すると、そこには一見ごく自然に衣装を着こなす女子高生の姿が映っている。


 「よーし、きょうもがんばろっと」


 自分に言い聞かせるようにつぶやき、部室を出る。視界の奥には、同級生があたしと同じレオタードを着て、頬を染めながら弾むようにストレッチをする姿が見えて、思わず心臓がドキッとする。でも、それを気にするのは変かなと思って前を向いた。

 フロアに行くと、先輩がすでにウォーミングアップをしていて、あたしにも「茉莉、まずストレッチから!」と合図してくれる。大きめのマットが並ぶなか、あたしはどこに座ろうか迷いながら先輩の横に行くと、先輩が軽い笑みを見せる。


 「焦らないでいいからね。いきなりエースだった茉莉が初心者みたいな動きになっちゃったのはビックリしたけど……ちょっと昔の感覚を忘れてただけでしょ?」


 「はい、そうですね……がんばります」


 言葉を交わしながら、あたしは脚を伸ばしてゆっくりと上体を倒す。すると、先輩のほうからふわっと柔軟剤の香りが漂ってきて、さらに女の子特有の甘い体温を感じる。この汗や香りを、当たり前のように「女同士」として吸い込んでいる自分に、どこか不思議な気がした。だけど、その反面「これが日常なんだから」と自分を納得させようとしている気配もある。

 周りを見渡すと、後輩が床にペタッと開脚して「先輩~、きついです~」と泣きそうな声を出してる。その後ろで先輩が腰を押さえてサポートしてあげていて、二人がぴたりと密着している光景には、汗ばんだ肌同士が触れあうような熱を感じてしまう。女の子同士なんだし、これが普通なのに、どうしてかあたしはまた胸がざわついて、思わず目をそらした。


 「あ、茉莉、こっち来て。リボンの練習順番決めるから」


 別の先輩の声が聞こえて、あたしはそのまま立ち上がりかけて、少しグラつく。慌ててバランスを取り直してから、「はーい」と答えてフロア中央へ行った。皆が集まって、音楽プレーヤーをセットしている。今日はリボン演技を一人ずつ試してみて、どう動きにズレが出るかチェックするらしい。

 

 「茉莉は3番目ね。いま2年の子たちが先にやるから、きっちり見て学んで」 先輩がそう言いながらリモコンを手にするので、あたしは黙って首を縦に振る。まだちょっとだけ緊張するのは、初心者じみた動きをみんなに見られるのが怖いからだ。けど、最近はほんとに慣れてきたから大丈夫――そう思って深呼吸をする。

 2人分の演技が終わったあと、「次、茉莉、どうぞ!」と呼ばれたときには、変な胸の高鳴りと一緒に「やってやるぞ」という熱が体を駆け回る感覚があった。リボンのグリップを握りしめ、床の真ん中に立つと、耳元にはほかの部員たちの小さな声援がかすかに聞こえる。

 音楽が始まる。あたしは腕を大きく振りかぶり、できるだけ滑らかにステップを踏む。リズムに合わせて体を回転させたとき、レオタードが肌に貼りつく感じが一瞬わかる。でもその違和感すら、今はリズムに乗せてしまえる。数か月前、初心者みたいだった頃のように腕が空回りしたり、足首が変に曲がったりすることはほとんどない。

 「お、いいね!」 先輩の声が聞こえる。少しテンポがズレた部分はあったかもしれないけど、やり直すほどじゃない。曲の終盤に向かって、リボンの先をくるくる振りながらターンを決めると、最後まで転倒や絡みもなく終わらせることができた。息を弾ませながら静止すると、周りから「茉莉、いいじゃん!」と拍手が湧く。




 「いやー、まだ駄目駄目ですよ~」とあたしは笑いながら頭をかく。だけど心は急に熱くなる。数か月前の自分と比べたら、格段の進歩だと思うし、それを実感できたときの快感は言葉にできない。仲間たちが次に演技を始めるのを見守りつつ、あたしは汗がうっすら滲んだ首筋を手の甲で拭った。

フロアでの演技が全員終わるころには、あたしは再びストレッチをしながらクールダウンに入っていた。汗で湿ったレオタードが背中に張りつくのをぺたりと感じる。こんな感覚、最初は苦手だったのに、いまはある意味で「練習の勲章」みたいに思える。


 「きょうもおつかれー。茉莉、ほんと最初のころより段違いだね」


 同期の子が笑顔でサムズアップしてくる。あたしは「まだまだだけどね」と笑って返しながらも、心の内で「よし」とガッツポーズ。周囲にこう言われるたび、あたしの存在がきちんと部活に馴染んだんだなあと感じられて安心するのだ。


 夕方の校舎裏から体育館の脇を抜け、あたしは少し肩で息をしながら部室棟へ戻ってきた。新体操部のメニューを終えたばかりで、レオタードのままだと肌に汗が貼りつき、少しむずむずする。

 初めは男としてこのレオタード姿に強烈な興奮を覚えていたけれど、今では当たり前のように着こなし、仲間たちと一緒にいるのが自然になっている。“あたしは女の子”という前提で日常が進んでいるのだ。着替えのときも、他の部員の下着姿を見ても特別な意識はほとんど湧かない。きっと以前の“自分”なら想像もできなかっただろうなと、ふと苦笑いする。多少のドキドキはあるけれど、「あたし、女の子なんだから当たり前だよ」と自然に振る舞うよう自分に言い聞かせている。鏡に映るお腹まわりをささっと拭いて、「よし、オーケー」とブラウスを身につける。いつの間にかこういうプロセスだって手早くなってきた。

 隣でブラのホックを外している部員の子の姿がチラッと視界をかすめると、心臓が一瞬びくんとする。でもそれを悟られないように、まるでなんとも思っていない顔をしてメイク用の小さな鏡を手に取る。女の子同士ならこの距離感も普通で、おかしいことなど何もないのに、なぜか頬がかすかに熱くなる。それでも集中して鏡を見つめ、髪をいじるフリをすれば、自分の中でざわめくものを誤魔化せる。


 「茉莉、先帰るねー! 明日もがんばろー」

 「うん、お疲れさま。あたしもすぐ出るー」


そんな軽いやりとりが飛び交い、あたしはロッカーを閉める。部屋から出るころには、昼間の空気とは違う涼やかな夕方の風が廊下を通り抜けていて、汗ばむ肌に気持ちいい。心のなかで「きょうは結構うまくできたな」と自画自賛しつつ、他愛のない会話が頭をよぎる。


「初心者みたいって言われた頃はどうしようかと思ったけど……まあちょっとずつ慣れてるんだ、うん」


 誰に聞かせるわけでもなく小声でつぶやきながら、昇降口へ向かう階段を上がる。レオタードに包まれていた体がいまは女子の制服に守られている。


 数か月前までは、あたし男子の制服を着てたんだっけ。少しもう信じられないという感じもする。


 学校を出るときはもう外が薄暗くなってきていたから、急ぎ足で門を出る。

「明日は筋トレもやらなきゃだな……あたしにはまだまだ足りないところが多いし」 そんなことをぼそりとつぶやいたあと、リボンの演技を反すうするように腕を軽く回してみる。細めの街灯が道の端を照らしていて、その明かりにあたしの影が揺れる。ふっと笑みを浮かべながら、その影の姿を眺めると、そこにはスカートをひらりとなびかせる「女の子」が映っている。つい数時間前はレオタードで動き回っていたんだよなあ、と自分で思うと、ちょっとした非日常感を覚える。

 だけど、これがいまのあたしには普通の流れだ。学校で授業を受け、放課後に部活へ直行してレオタードに着替え、運動後にまた着替えて帰る。ただの女子高生の部活ライフに見えるかもしれないけれど、ほんのちょっとだけ不思議な感触がいつも混ざっている。それを言葉にする手段はないし、誰にも聞かれないから、あたしのなかで小さく残るだけ……でも、それも悪くないと思う。


 スニーカーのひもを一度結び直して、あたしは歩き出す。数か月前は、レオタード姿でのぎこちなさに悶々として、それを周りにどう説明していいかすら困っていた。今思えば不安と戸惑いだらけだったあの時期も、過ぎてしまえばちょっとした思い出になるのかもしれない。仲間との日々を重ねるうちに、「あたしが初心者みたいに苦戦していた」ことは徐々に笑い話に近いものになっていくのだろう。

 いつかは「そういえば茉莉って一時期どうしちゃったの? 超下手になってたよね!」なんて冗談を言われても、「あー、いろいろあったんだー」と笑って返せる余裕ができるかもしれない。もちろん、本当のところは自分でも説明が難しいんだけど、それでも今が楽しいなら大抵のことは大丈夫。

夜風が強まってきたので、鞄を握りしめて小走りになる。身体がまだ少し柔軟を続けたがっているような感覚があって、膝を動かすときもどこか筋肉が敏感に反応する。あたしはそれを決して嫌だと思わない。たぶん、あのレオタードの感触や汗のにおいが染みついていて、ちょっとエッチなくらいに身体が熱を持ってるのかも……と密かに思うけれど、そんな考えは口に出せない。女の子同士だから変なことじゃない、って自分に言い聞かせながら、結局は「まあいいか」と軽く笑うのだ。

 そして、あしたもまた放課後に部活がある。ごく自然にレオタードを身につけて、仲間と一緒に息を切らすまで動き回る。そんな時間の中で、あたしはわからない違和感とともに、でも確かに“女の子”として生きている――それこそが、いまのあたしには何よりも大事な普通なのだから。


 学校の門を出ると、視線の先に見慣れた姿が見える。“お姉ちゃん”だ。私の帰りを待っていてくれたんだ。外見は深谷萌そのもので、校内でも目立つ美貌を持つ彼女。そんな姉の姿を見かけて他の部員が「あ、萌先輩だ」「わざわざ迎えにきたのかな」と笑っている。


 「萌お姉ちゃん、どうしたの?」

 「んー、茉莉を迎えに。今日は一緒に帰るって言ってあったでしょ?」


 そのやり取りを聞いた部員たちが「仲いいねー」「いいなあ」なんて微笑ましそうに囁くのを感じ、あたしは一瞬、胸が詰まる。

 そう、周囲からは“微笑ましい姉妹”にしか見えない。実際はあたしが本物の茉莉ではないし、この姉にも別の中身があるのに——そう思うと、視界が少し霞むような気がしたが、すぐに笑顔を作りなおす。


 姉が微かに含み笑いをした気がした。あたしもとりあえず笑いを合わせて、外見だけは完璧に溶けこんでいる。そんなふたりを遠巻きに見る生徒たちは「なんかいい雰囲気だよね」と好意的な眼差しを向ける。

 そして、あたしは心の内で小さく吐息をつく。たった今も、下手になったねとか言われながら、スランプ扱いされる茉莉の身体を引きずってなんとか演技をこなしたばかり。でも、周りにはそれが日常の悩みとしてしか映らない。それでいいのかもしれない。あたしはその“当たり前”を受け入れ、どうしようもなく歪んだ現実を誤魔化し続けているのだから。


 「……帰ろっか、お姉ちゃん。」

 あたしがそう小声で言うと、姉は少女らしい笑みを浮かべて振り返った――まるで何もかも完璧な優しい姉の表情で。心の奥にあるものを垣間見せることはなく、ただ「うん、帰ろ」と優しく言い、あたしの手を引く。

 夕暮れの中、仲良し姉妹に見える二人が並んで歩いていく姿は、通りすがりの誰かから見ても微笑ましいだろう。けれど、その裏側にある真実を知っているのは、あたしたちだけ——いや、それすらおぼろげな意識のかけらなのかもしれないと、あたしは思う。


(最終回につづく)

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Comments

また子供でも産んだら頃合いを見て乗り換えるといいかもですね!

皆月ななな

姉妹2人とも記憶は読めて居るのか…… 茉莉の新体操は男子の記憶が有るので元の様にいかないかもですが! 憑依だと女子高生のままで無いのが残念です(⁠。⁠•́⁠︿⁠•̀⁠。⁠)

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