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トイレにまつわる都市伝説(怪談投稿サイト風小説)

本屋のトイレ  投稿者:名無しのOL  20XX/08/05 21:22:05


 本屋でトイレに行きたくなる人ってけっこう多いみたいですね。なんとか現象って名前までついてると知って驚きました。かくいうわたしにも心当たりがあります。わたし自身が、というわけではなくて、わたしの周りが、ということなのですが。


 わたしが勤務している会社の近くに、D書房という本屋さんがあります。こういっては何ですが、これといって特徴のない、こぢんまりとした新書店です。売り場面積は広く見積もっても六〇坪といったところでしょうか。取り立てて品揃えがいいというわけでもなければ、内装がお洒落というわけでもないし、サービスが充実してるということもない。立地にしても、最寄り駅からちょっと距離がありますし、寄り付きづらいとすらいえると思います。


 それなのに、ですよ。その店、妙に繁盛してるんです。いつ行っても二十人近く客が入ってます。


 六〇坪って、コンビニと同じくらいですよ。そこに書棚がズラッと並んでるわけですから、二十人も客が入ったらもう満杯です。なのに、客足は途絶えない。ちょっと不思議でしょ?

 もう一つ、気になることがあります。それは、店にいるお客さんの殆どが若い女性だということです。


 とはいっても、これくらいじゃ不可解な現象というほどでもないですよね。近場で勤務している女性が多いというだけかもしれませんし、もっと単純に偶然そういうタイミングだったということも考えられます。わたし自身先日まではそう思っていました。

 でも、どうやら違うみたいなんです。


 そのことに気づいたのは、わたしが仕事で使用する資料を探しにD書房に立ち寄ったときのことでした。


 その日も店内には女性ばかりがいました。わたしと同じく会社帰りなのでしょう、誰もが暗い色のスーツ、あるいはオフィスカジュアルに身を包んでいます。

 大入り満員とはいっても、書店ですから店内は静かなものです。みんな黙って書籍を物色しています。わたしも静かに本を探しました。


 目当ての本は売り場の奥に位置する郷土史料の棚にありました。普段はあまりチェックしない棚です。同じ棚の前にはスーツ姿の女性客が四人並んで立っていました。みんな身綺麗で、垢抜けていて、偏見かもしれませんが郷土史に興味があるようなタイプには見えません。


 もしかして歴女ってやつなのかな、なんて思いながら本を手に取りレジに向かおうとしたそのときでした。


 ブゥ~ッ、という濁った音が静かな店内に鳴り響きました。


 わたしは驚き、隣に立っている女性にチラッと目をやりました。その音は明らかに、彼女のお尻の辺りから聴こえてきたのです。

 隣にいたのは、黒髪をショートカットにしたスーツ姿の女性でした。可愛いというよりは、凛とした雰囲気の美人です。女性は自分のお尻が鳴らした音のことなどまるで気にも止めず、涼しい顔でテキストを捲っていました。


 人前での放屁というのは、女としては出来る限り避けたいことではありますが、どうしても我慢できないときは誰にでもあるものです。彼女にとっては今がそういうときだったのでしょう。

 あまり気にしても失礼だと思い直したそのとき、彼女はまたもや放屁をしました。タイトスカートに包まれたお尻を少し突き出すようにしていたので間違いありません。ブウゥウゥ~ッという、今度はさっきよりも長い放屁でした。


 正直、かなり戸惑いました。


 音が鳴る瞬間にわざわざお尻を後ろ突き出す彼女の仕草は、誰がどう見ても『我慢できずに思わずおならが出ちゃった』という風ではありませんでした。むしろ自分から積極的に放屁したように見えます。生理現象ですから必要以上に恥じる必要はないかもしれませんが、彼女のように若くてきれいな女性が、人目もはばからずにおならをするというのはちょっと意外です。


 更に驚くことが起きました。今度は背後の方からブボォッと派手な音が聴こえてきたのです。


 振り返るとそこにはやはり女の人が立っていました。白いブラウスに身を包んだ髪の長い女性です。清潔感があり、上品な雰囲気で、人前で平気でおならをするような人には見えません。きっと空耳だろうと自分に言い聞かせてみましたが、そんな不合理な考えを切り捨てるかのように、彼女は続けざまにブボッ、ブボボッ、ブビブボッと濁った音で放屁をしました。これも『我慢できずに思わず』という風ではありません。なにせ、音が鳴るたび、お尻の穴から出たガスを振りまくようにお尻を左右にぶるんぶるんと振っているのですから。


 負けじと隣の彼女もブブブゥウゥウウゥ────ッと長い音を鳴らします。


 程なくして、残る二人もお尻を揺らし、ブッとか、プゥッとか、弾けるような音を立て始めました。

 わたしは買おうとしていたテキストを手に持ったままその場から動けなくなってしまいました。


 いうまでもなく異様な光景でした。目の前で、四人の女性が代わる代わる放屁を繰り返しているのです。

 何か不思議なことが起こっているということはわかるのですが、それが何なのかわかりません。まさか四人が示し合わせてわたしを驚かそうと思っているわけでもないでしょうが、そうでなければ若い女性が何人も同時に放屁をするなんて、奇妙な話です。


 辺りには腐った卵のような匂いが立ち込めています。四人の女性が絞り出した腸内ガスが空気に溶け出て売り場の空気を濁しているのです。その内、息をするのも苦しくなってきました。こんなことになっている理由と原因を突き止めたいと考えているのに、頭がぼんやりして考えがまとまりません。


 何かヒントになるものはないか────と辺りを見回していると、突然、壁際に並んだ書棚と書棚の狭間から一人の女性がヒョッコリと姿を現しました。


 わたしはギョッとして息を飲みました。何もない場所から急に人が飛び出してきたかと思ったのです。


 しかし、よく見れば何ということはありません。棚の間に通路があったのです。通路の入り口に掲げられたプレートには、真っ赤なピクトグラムと共に『WC』の文字が書かれてありました。つまりトイレに行ったお客さんが売り場に戻ってきたというだけのことでした。


 カツカツとヒールを鳴らしながら立ち去っていく女性と入れ替わりに、最初に放屁をしたショートカットの彼女がすかさず通路の奥へと駆けて行きました。


 トイレの存在に気づいたことで、ようやく状況が掴めて来ました。

 売り場でおならをしている女性たちは、みんなトイレの順番待ちをしていたのです。郷土史の棚の前に立っていたのは、歴史に興味があるからではなくて、ここが一番トイレが近いから。人前にも関わらずおならを繰り返していたのはきっと────おならよりもっと恥ずかしいモノを必死で我慢しているから。


 わたしは何かに引き寄せられるかのように彼女の後を追って通路の奥へと進みました。


 入り組んだ角を二度曲がり、鏡のついた手洗い場に足を踏み入れた途端、けたたましい音が耳に飛び込んできました。


 ブリィイィ────ッ!!! ブリブリブリブリィ────ッ!!!

 みぢみぢっブリブリブリィッ!! みぢっブホブリィッ!!

 ブボッ!! ブビッ!! ブリュリュリュリュリュゥッ!!!


 タイル張りのトイレに絶え間なく響く、濁りきった放出音。音は明らかに、四つ並んだ個室の中から聞こえてきます。扉や壁に仕切られてはいても、中にいる彼女たちが何をしているかは明らかです。


「んっ……、……はぁあ……、あぁああァぁ……ッ!」

「んぉおおォ……ッ! は、ぅんっ、……むぅんんんッ……っ……」

「むぅンッ! …ふゥ…、ンッ! うゥううぅんうぅううんっ」

 濁った音に混じって、息み、喘ぐ、女性たちの呻き声まで漏れ聞こえてきます。もうおならどころではありません。皆、おならよりもっと臭くてもっと恥ずかしいものをお尻の穴からひねり出しながら、それを隠そうともしていないのです。


 ショートカットの彼女は手前の個室に入ったようでした。扉の向こうから慌ただしくスカートを捲り上げる気配と、

「……もれる……もれる……っ……」

という切羽詰まった声が聞こえてきました。

 一瞬の間の後、しょわぁあぁあぁああぁ────ッという激しい水音が個室の中から響き渡りました。最初は水を流したのかと思いましたが、よく聞くとそうではありません。彼女が放尿を始めたのです。

「はあぁ……あぁ……ぅ……うぅううぅン……」

 安堵の溜息はすぐ唸り声に変わりました。他の個室に入っている女性たちと同様に、彼女も大きい方を息み始めたのでしょう。


 初めはミヂッ…ムチチッ……ミヂミヂッ…といういくらか控えめな音でした。それが突然ブボリュウッと派手な音を立てたかと思うと、ボチャッッと重たい塊が水に飛び込む音がして、続けてブボオーッと激しく放屁。あぁんと色っぽい声を漏らし、再びウ~ンと息んだ後は、他の三人と一緒になって、ただひたすらブリブリブリブリブリブリブリブリという音だけが鳴り続けるのでした。


 女子トイレが混み合うということ自体はそれほど珍しいことではありませんが、個室にいる四人全員が大きい方を催すというのはちょっと出来すぎているような気がします。何か理由があるんじゃないかと考えたわたしの脳裏に、ひとつの可能性が過りました。


 そう、それこそが『書店に行くと便意を催す』という現象です。


 わたし自身は経験がありませんが、この現象に心当たりのある人は少なくないと聞きます。医学的な理由は判明しておらず、インクの匂いが原因であるとか、立ち読みをする姿勢が便通を良くするだとか、色々な説が存在するようです。いずれにせよ、わたしが確認しただけでも少なくとも七人の女性(入れ替わりでトイレから出てきた女性を含めれば八人)が放屁ないし排便をしているわけですから、あながち迷信というわけでもないのでしょう。


 そうこうしている内に奥の個室のドアが開きました。リクルートスーツに身を包んだ若い就活生です。心なしかスッキリした表情をしています。

 就活生はわたしに気づくと、ちょっと顔を赤らめて「どうぞ」というと、手洗いもそこそこにそそくさとトイレから出て行きました。


 ようやく我に返ったわたしは、慌てて売り場に戻りました。

 トイレの外では三人の女性が個室が空くのを今か今かと待ちわびているのです。何の用もないわたしが長居すること自体、迷惑な話でした。


 わたしが売り場に戻ると同時に、白いブラウスの彼女がハッと面を上げてトイレに駆け込みました。もはや限界なのでしょう、走りながらブボボボボボボッとマシンガンのような屁を放っています。

 彼女が無事に個室まで辿り着くことを願いながらもう一度売り場を見回すと、先ほどは見かけなかった女性が郷土史料の棚の前で本を眺めていました。どうやらトイレの順番待ちはまだまだ続くようです。


 その後、レジにて目当ての本は購入しましたが、以来、D書房には立ち寄っていません。

 なんというか、ちょっと場違いな気がしたんです。

 あの店のあの空間は、きっと書店で便意を催した女性たちが気兼ねなく用を足すためにあるのでしょう。人前でありながら、放屁を我慢することも、便意を隠すこともせずに済む、羞恥心から解放される唯一の場所────。普段から気を配って生活している若い女性だからこそ、みんな、その解放感を求めてD書房に集うのではないでしょうか。


 もっとも、飽くまでわたしなりの仮説ですが……。少なくとも、D書房で買い物をするときトイレを利用するつもりもないのに郷土史の棚に行くのはお勧めしません。

 なんというか、正直いって、かなり臭うので…。


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