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揺れる糸 【第五章】 水面下の事象

「羽奈ちゃん、調子はどう?」 気が付けば、私はベッドに横になっていた。体のあちこちがひどく痛む。 白衣を着た女の人が私をのぞき込んで様子を伺っている。何かしゃべろうとしたけれど、うまく力が入らない。 はなって呼ぶけれど、私の名前なのだろうか。自分の名前が思い出せない。今まで何をしていたのかも。 「ごめんね、無理しなくていいのよ」 ここはどこだろうと、あたりを見回した。ベッドの周りをカーテンが囲っている。 「ここは病院よ、すぐ良くなるからゆっくり休んでね」 女の人が私の頭をなでて、優しく微笑む。 私の意識がまた暗闇へと沈んでいくのを感じた。 それが、私の一番古い記憶。 「お姉ちゃん!起きて!大変!」 誰かに体を揺さぶられて目を覚ました。 頭がぼーっとして、まぶたが重たい。 「どうしたの?」 「知らない女の子がソファーで寝てるの!」 綾が血相を変えてリビングの方に指を指す。 「…女の子?」 寝起きの頭でなんとか状況を飲み込もうとするが、綾の言っていることがいまいちピンとこない。 「どうしよう、これって誘拐事件とかかな」 「え、誘拐?」 誘拐と聞いたとたんに頭が冴える。 「きゃっ」 慌ててベッドから降りようとするが、タオルケットが脚に絡まって頭から床に転げ落ちた。 「いったー」 「大丈夫?」 「うん、ちょっとバランス崩しただけだから」 気を取り直して、リビングの方に向かう。 「ほら、あそこ」 ソファーを見ると、毛布に包まれた女の子が横になっていた。 まるで精巧に作られた人形のように端正な顔立ちをしていて、どこかの貴族のお嬢様を想像させるような、気品の溢れる雰囲気が漂っている。長く、艶やかな髪はゆったりとソファーから垂れていた。歳は綾と近そうに見えるが、小柄な体型なのか、体がとても小さい。 少女の顔に見とれていると、ゆっくりと目を開いた。 「…ここ、どこ?」 「アパートよ、私と綾で住んでるの」 「あなた、誰?」 「私は由美で、こっちは妹の綾よ。あなたのお名前は?」 「…はな」 「はなちゃん、かわいいお名前ね」 「私、どうしてここにいるの?」 「ごめんね、私たちにもわからないの」 この子自身も、何も知らされていないらしい。綾の言うように誘拐にあったのかもしれない。 「お父さんやお母さんはどうしてるの?」 「知らない…顔も思い出せない」 「ここに来る前のことは覚えてる?」 「…病院でずっと看護婦さんにお世話してもらってた」 「はなちゃんは何かの病気だったの?」 「…ううん、手と足を切ったの」 「手足を怪我したんだね」 「そうじゃなくて、手術で切ったの」 はなちゃんの身体に目をやる。 「はなちゃん。少しだけ毛布めくるね」 「綾、お願い」 「う、うん」 綾が毛布を上半身だけめくると、毛布の下は何も身に着けていなかったようで、控えめの小さい胸が露になった。そして、肩から先にあるべき両腕は失われていた。傷はきれいに塞がってるけど、多分私よりも手術してから日が浅い。 「脚の方も見ていい?」 「ダメ!」 突然顔を赤く染めて拒否する。 「ごめんね、いやだったよね」 羽毛の膨らみからして、はなちゃんは両脚も無い。少なくとも彼女は誰かにここに運ばれてきた。 「…由美も手を切ったの?」 「そうだよ、ほら」 空っぽの袖をひらひらさせて腕が無いのをアピールする。 「私と同じね」 はなちゃんが初めて、薄らと笑みを浮かべた。分かり合える人がいることがうれしかったのだろう。 「お姉ちゃん、これ…」 綾が一枚の紙を見せる。 「え、なんで…」 綾が持っていたのは戸籍謄本だった。そこには私と由美の他に“羽奈“の名前が記されていた。戸籍謄本は家族であることを証明するもの。つまり、はなちゃんは私たちの家族であることを示していた。 誰かが夜にアパートに侵入し、はなちゃんを置いていった。しかも私たちの家族にして…。 犯人の目的は分からないけれど、こういうことができる人たちのことをよく知っている。 「お姉ちゃん、どうしよう」 「今は一緒に住んで、これからどうするか考えましょう」 戸籍で家族になった以上、警察に通報しても相手にしてくれないかもしれない。 「はなちゃん、しばらくうちで暮らしてもらっていい?」 「…由美と一緒だったら平気」 「よかった、これからよろしくね」 「うん、よろしく」

揺れる糸 【第五章】 水面下の事象

Comments

コメントありがとうございます!楽しんで頂けて嬉しいです。今後もバラエティ豊かな物語を展開していく予定なので、ご期待ください。

pi

さすがに展開が急すぎました。すいません…。 近いうちに書き直します。

pi


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