「羽奈ちゃん、調子はどう?」 気が付けば、私はベッドに横になっていた。体のあちこちがひどく痛む。 白衣を着た女の人が私をのぞき込んで様子を伺っている。何かしゃべろうとしたけれど、うまく力が入らない。 はなって呼ぶけれど、私の名前なのだろうか。自分の名前が思い出せない。今まで何をしていたのかも。 「ごめんね、無理しなくていいのよ」 ここはどこだろうと、あたりを見回した。ベッドの周りをカーテンが囲っている。 「ここは病院よ、すぐ良くなるからゆっくり休んでね」 女の人が私の頭をなでて、優しく微笑む。 私の意識がまた暗闇へと沈んでいくのを感じた。 それが、私の一番古い記憶。 「お姉ちゃん!起きて!大変!」 誰かに体を揺さぶられて目を覚ました。 頭がぼーっとして、まぶたが重たい。 「どうしたの?」 「知らない女の子がソファーで寝てるの!」 綾が血相を変えてリビングの方に指を指す。 「…女の子?」 寝起きの頭でなんとか状況を飲み込もうとするが、綾の言っていることがいまいちピンとこない。 「どうしよう、これって誘拐事件とかかな」 「え、誘拐?」 誘拐と聞いたとたんに頭が冴える。 「きゃっ」 慌ててベッドから降りようとするが、タオルケットが脚に絡まって頭から床に転げ落ちた。 「いったー」 「大丈夫?」 「うん、ちょっとバランス崩しただけだから」 気を取り直して、リビングの方に向かう。 「ほら、あそこ」 ソファーを見ると、毛布に包まれた女の子が横になっていた。 まるで精巧に作られた人形のように端正な顔立ちをしていて、どこかの貴族のお嬢様を想像させるような、気品の溢れる雰囲気が漂っている。長く、艶やかな髪はゆったりとソファーから垂れていた。歳は綾と近そうに見えるが、小柄な体型なのか、体がとても小さい。 少女の顔に見とれていると、ゆっくりと目を開いた。 「…ここ、どこ?」 「アパートよ、私と綾で住んでるの」 「あなた、誰?」 「私は由美で、こっちは妹の綾よ。あなたのお名前は?」 「…はな」 「はなちゃん、かわいいお名前ね」 「私、どうしてここにいるの?」 「ごめんね、私たちにもわからないの」 この子自身も、何も知らされていないらしい。綾の言うように誘拐にあったのかもしれない。 「お父さんやお母さんはどうしてるの?」 「知らない…顔も思い出せない」 「ここに来る前のことは覚えてる?」 「…病院でずっと看護婦さんにお世話してもらってた」 「はなちゃんは何かの病気だったの?」 「…ううん、手と足を切ったの」 「手足を怪我したんだね」 「そうじゃなくて、手術で切ったの」 はなちゃんの身体に目をやる。 「はなちゃん。少しだけ毛布めくるね」 「綾、お願い」 「う、うん」 綾が毛布を上半身だけめくると、毛布の下は何も身に着けていなかったようで、控えめの小さい胸が露になった。そして、肩から先にあるべき両腕は失われていた。傷はきれいに塞がってるけど、多分私よりも手術してから日が浅い。 「脚の方も見ていい?」 「ダメ!」 突然顔を赤く染めて拒否する。 「ごめんね、いやだったよね」 羽毛の膨らみからして、はなちゃんは両脚も無い。少なくとも彼女は誰かにここに運ばれてきた。 「…由美も手を切ったの?」 「そうだよ、ほら」 空っぽの袖をひらひらさせて腕が無いのをアピールする。 「私と同じね」 はなちゃんが初めて、薄らと笑みを浮かべた。分かり合える人がいることがうれしかったのだろう。 「お姉ちゃん、これ…」 綾が一枚の紙を見せる。 「え、なんで…」 綾が持っていたのは戸籍謄本だった。そこには私と由美の他に“羽奈“の名前が記されていた。戸籍謄本は家族であることを証明するもの。つまり、はなちゃんは私たちの家族であることを示していた。 誰かが夜にアパートに侵入し、はなちゃんを置いていった。しかも私たちの家族にして…。 犯人の目的は分からないけれど、こういうことができる人たちのことをよく知っている。 「お姉ちゃん、どうしよう」 「今は一緒に住んで、これからどうするか考えましょう」 戸籍で家族になった以上、警察に通報しても相手にしてくれないかもしれない。 「はなちゃん、しばらくうちで暮らしてもらっていい?」 「…由美と一緒だったら平気」 「よかった、これからよろしくね」 「うん、よろしく」
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2019-11-18 11:44:07 +0000 UTCpi
2019-11-17 16:15:16 +0000 UTC