「ねえ、BBTしない?」 明日から春の大型連休の後半という日の夜、私、依田菜月《いだ なつき》に、卯野布由美《うの ふゆみ》さんが突然告げた。 布由美さんは、私が就職した会社で、指導係を務めてくれている先輩社員である。 「バーベキューをやるんですか?」 「それは、BBQだね」 「ベーコン・レタス・トマト……」 「それは、BLTサンド」 「じゃあ、大昔に使われていた殺虫剤?」 「それは、DDT。だんだん離れていくね。てか、ずいぶん古いものを知ってるね?」 新人の私が指導係の先輩社員とそんな軽口を言い合えるのは、布由美さんがもともと、学生時代からの先輩だったからである。 いや、布由美さんはただの先輩などではない。 彼女は私にとって初めての、そしてたぶん、いやきっと最後の恋人なのだ。今の会社に就職したのも、布由美さんがいたからにほかならない。 そんな布由美さんが、瞳を妖しく輝かせ、あらためて口を開く。 「BBTは、ビザール・ボンデージ・トレーニングの略だよ」 「ビ、ビザ……?」 「直訳すると、奇妙な・拘束・調教」 「ああ……」 言われて、私は蕩けた。 それは私がすでに、布由美さんの調教を受けているから。 今も、私は彼女が用意した装具を身につけている。 それは、布由美さんに対する従順の証たるコルセットと、貞節をあきらかにするための貞操帯。さらに、身も心も永遠に彼女のものであるとの誓い、乳首ピアス。 「うふふ……もちろん、嫌とは言わないわね?」 布由美さんの言葉に、貞操帯で封印されたオンナの場所を熱くしながら、私はコクンとうなずいた。 連休後半初日の、ふたりが同棲しているマンションのリビングダイニング。なぜか会社の制服姿になった布由美さんが、黒い革とラバー、それに金属製の装具を、傍らのダイニングテーブルの上に並べた。 私たちの会社では、女子社員の制服は各々が管理する決まり。だから洗濯のために持ち帰ることはよくあるのだが、なにゆえ今、着替えるのか。 ともあれ、並べられた装具の数々に目を奪われて、すぐに先輩の制服姿を気に留めなくなった。 装具のなかには、着け慣れた、いや馴らされたものもある。 だが、大半は初めて見るものだ。おそらく、今日から始まるBBT、ビザール・ボンデージ・トレーニングのために、布由美さんが用意したものだろう。 そのうえ、馴らされた装具――具体的には貞操帯――は、一部の部品が交換されているようだ。 「それじゃ、着つけていくわね」 傍らに置かれた装具の数々を見ていると、布由美さんが樹脂製ボトルを手に取った。 「ドレッシングエイド……ラバースーツを着るための潤滑剤よ。ほんとうは、着るときにスーツと肌のあいだに流し込むように使うんだけれど……」 そう言うと、ボトルの液体を手のひらに垂らしてまぶす。 「うふふ……」 薄く嗤い、布由美さんが私の背後に回ると、液体まみれの手を肩のあたりに置いた。 「私が直接、肌に塗ってあげるわ」 そして、ドレッシングエイドを私の肌に塗り広げていく。 肩から背中、腰。私の身体の後ろ側に、ラバースーツを着つけるための潤滑剤が塗布される。 ゾワリ、ゾワリ。そのたびに、妖しい感覚が駆け抜ける。 布由美さんの手つきがいつも以上に艶めかしい気がするのは、ドレッシングエイドでヌルヌルだからだろうか。 そんなことを考えながら、腕にも潤滑剤を塗り込められて、布由美さんが私の正面に立った。 そして、ドレッシングエイドを追加した手を、鎖骨のあたりに置く。 「うふふ……」 目を細めた布由美さんの手が、鎖骨のあたりから胸へ。 「んっふッ……」 駆け抜ける妖しい感覚が大きくなり、思わず甘い吐息を漏らす。 「んッあっ……」 ピアスに穿たれた乳首をヌルヌルの指で撫でられて、吐息が艶声に変わる。 とはいえ、艶めかしい塗り込めの目的は、ラバースーツの着つけだ。それ以上は感じるところを愛撫されることはなく、布由美さんの手は胸からお腹、脇腹。 「はっ、んっ……」 少しずつ私を昂ぶらせながら、布由美さんの手が移動していく。 下腹部。女肉の奥を火照らせながら、太もも、すね。 全身に潤滑剤を塗り込めてから、布由美さんがラバースーツを広げて見せた。 ひとことで形状を表わすと、ゴム製のツナギ服。 ただし、私の身体に対してずいぶん小さい気がする。おそらく、伸縮性のある素材のスーツを、身体にぴっちり張りつかせて着るのだ。 かつて見たことのあるラバースーツを着た女性の画像を思い出していると、脱ぎ着のファスナーは背中側にあり、それがお股のほうにまで回り込んでいることに気づいた。 用を足すためだろうか、ファスナーにはスライダーが3つあり、任意の場所に開口部を作ることができるようだ。 そこまで考えたところで、布由美さんがラバースーツのファスナーを開き、私の前にしゃがみ込んだ。 「足を上げて。あ、滑りやすいかもだから、なにかにつかまってね。テーブルでもいいし、私の肩に手を置いてもいいよ」 そう言われて、1分1秒でも長く布由美さんに触れていたい私は、彼女の肩に手を置かせてもらう。 すると、私の気持ちを察した布由美さんが、妖しく嗤って口を開いた。 「うふふ……今のうちに私に触《さわ》っておいてね。もうすぐ、触れ合うことはできなくなるんだから」 言われて、ハッとした。 ダイニングテーブルの上には、ラバースーツと同じゴム製のグローブとソックスが置かれている。口にあたる部分が開口した全頭マスクもある。 それらを全部着けられると、私は布由美さんに直接触れられなくなる。布由美さんもゴムの膜ごしでしか、私に触《さわ》れない。 そうと思い知らされたところで、ラバースーツの着つけが始まった。 布由美さんの肩に手を置かせてもらいながら、足を差し込む。まずは右、続いて左。 それから、ひんやり冷たいラバースーツが引き上げられる。すね、膝、太ももがゴムの被膜に覆われる。 想像どおり、ラバースーツは私の脚にぴっちり張りついてくる。 とはいえ、布由美さんの手で潤滑剤を塗り込められていたおかげで、着つけは困難ではなさそうだ。 「ちょっと持ってて」 脚がゴム膜に包まれたところで、ラバースーツの上半身部分を私に持たせて、手のひらで擦るように、お股がゴム膜に触れるところまでラバースーツを引き上げる。 それから私の背後に回り、ラバースーツを受け取ると、布由美さんが開口部を広げた。 「まず、腕を入れて」 言われて、袖に腕を差し込む。 ドレッシングエイドの潤滑を活かして肩までスーツに収められ、私から見える範囲では、手と足以外、身体はすべてゴム膜に覆われた。 そして、背中の開口部が閉じられていく。 ときおり、ぐいっと引っ張られながらファスナーが引き上げられるほどに、胴体にもゴム膜が密着していく。 お腹に胸、鎖骨。ゴムの被膜がみっちりと張りつき、ごく軽く締めつけながら、高揚に屹立した乳首や、そこに嵌められたピアスも含めて、カラダの形をくっきりと浮き立たせる。 そうして最上部までファスナーを閉じられて、グローブとソックスも着けられる。 これでもう、私の首から下はゴムの被膜に覆いつくされた。 もちろん、これで終わりではない。 ラバースーツの着心地を堪能する暇《いとま》もなく、次に布由美さんが手にしたのは、ラバー製の全頭マスク。 首元から頭頂部付近までファスナーを開けられて、全頭マスクが眼前にかざされる。 近くで見ると、マスクには口の周りだけではなく、鼻孔にあたる部分にも呼吸孔が開けられていた。目にあたる部分には針で突いたような小さな孔が無数に穿たれ、視界が確保される仕組みのようだ。 そんなラバー製全頭マスクが、私の顔に迫る。 広げられた開口部が、顔を飲み込んだ。 冷たいゴムの被膜が、肌に触れる。 無数に穿たれた小さい孔のおかげで、思いのほか視界は確保されていた。口は露出しているし、鼻孔の位置を合わせれば、鼻呼吸にも苦労しない。 後頭部のファスナーを閉じられ、マスクのラバーが顔に密着したところで、布由美さんが私の前に姿見の鏡を置いた。 「……ッ!?」 鏡に映るわが身を見て、息を飲む。 そこにいたのは、私ではなかった。 かつて私だった、黒光りするラバー製の人形だった。 唯一見える唇も、周りを全頭マスクに締めつけられているせいで、いつもと形が違って見える。 無惨に作り変えられたラバー人形姿に目を奪われていると、布由美さんが私の肩に手を置いて、鏡に映り込んできた。 見慣れた制服姿の先輩と、黒光りするラバー人形の私。 日常の姿をした布由美さんと、非日常そのものの私。その対比に、倒錯的な気分を煽られる。 布由美さんがあえて制服を着たのは、そのためだったのだ。 そうと気づいた私の耳元で、布由美さんがささやく。 「私のラバー人形になった菜月のカラダを、きつく締めあげ、厳しく拘束してあげる」 そして布由美さんが、次なる装具、コルセットを手にした。 いつも私が着けているコルセットは、夏用はメッシュ生地、冬用はシルクサテンで、いずれも布製。だが、BBTのために用意されていたのは、革製のもの。 しかも、ふだん用コルセットより丈が長く、フルクローズ(編み上げ部分がすべて閉じた状態)まで締め込んだときのサイズは、おそらくかなり小さい。 つまり、着けられるといつも以上にウエストが苦しく、かつ前屈みになるのがきつくなる。立っているときも、座るときも、しゃがむときも、背すじを伸ばし姿勢を正し続けなくてはならない。 そうと覚悟しながら、コルセットをお腹に巻きつけられる。 前側でバスクと呼ばれる金具を止められ、乳房の下端、バージスラインにコルセット上端をぴったり沿わせてから、編み上げ紐の締め込みが始まる。 「このコルセットは、フルクローズ18インチよ。菜月は今のがフルクローズするようになったから、次はこのサイズに挑戦ね」 つまり、新しいコルセットの編み上げ部分が閉じきるまで締められたら、私のウエストは約45センチになってしまう。 これまでの日常用コルセットが22インチ、つまり約55センチだったから、さらに10センチ締め込まれることになる。 実ところ、20歳台前半の女性のウエストサイズの平均は、67センチと言われている。私はそれより少しだけ細かったが、22インチのコルセットがフルクローズするまで約10センチ、少しずつ締め込まれていったとはいえ、かなりつらいときもあった。 そして私は、締め込まれたコルセットを、勝手に緩められない境遇に陥らされていた。 コルセットを締めた状態で、ウエストの一番細いところに横の金属帯を嵌めて穿くタイプの貞操帯を嵌められていたからだ。 そのことを思い出しながら、新しい革製のコルセットを締め込まれる。 これまでの10センチより、すでに細く締められた状態からの、これからの10センチはずっと苦しいものになるだろう。 「うッ……」 これまでのコルセットによるフルクローズのサイズを超えてなお、強くなる締め込みに苦悶しながら、さらに編み上げ紐を引き絞られる。 「ううッ……」 力まかせに締めあげられ、もう一度うめくと、布由美さんが紐をいったん結んでメジャーを手にした。 「うん、今日のところはこれでいいわ」 鏡ごしにはっきりとわかるほど細くなったウエストのサイズを確認し、布由美さんが貞操帯を手に取った。 ひと目見てわかっていたことだが、私用の貞操帯は、パーツを交換されていた。 まず、新しいコルセットの締め込みに合わせ、より短いものに変更された横の金属帯。 そして、通常は小水排泄用のスリットに被せるように取りつけられている自慰防止用の金属板が外され、代わりに金属製のディルドが設えられていた。 「うふふ……」 ディルドつき貞操帯を手に妖しく微笑んで、布由美さんが私の前にしゃがみ込む。 「脚を軽く開いて」 言われて従ったところで、貞操帯の横帯が、さらに細くなったウエストに巻きつけられ、貞操帯の装着が始まった。 「これを嵌められたら、菜月はどうなっちゃうだろうね」 私を言葉で煽られながら、布由美さんの手で、コルセットの一番くびれた部分に金属製の横帯がみっちりと這わされる。 片方のピンをもう一方の穴に嵌め込んで仮留めしてから、スリットにディルドが取りつけられた縦の金属帯が、ゆっくりと持ち上げられる。 「うふふ……ディルド挿入の準備は必要はないようね」 布由美さんが言うように、私のそこは、すでに潤っていた。 緩く開いて蜜が滲み出る媚肉に、ディルドの先端が触れる。 肉をかき分け、金属製の棒が侵入してくる。 「あっふう……」 ゾクゾクと快感が駆け抜け、思わず甘い吐息を漏らす。 Tバッグ状の貞操帯後ろ部分が、尻肉を割って肌に触れる。丸くくり抜かれた部分が、肛門周りの肉をむにっと押し出す。おしゃもじのような形の前側が、お股周辺に密着する。 カチッと小さな金属音が聞こえたのは、仮留めされた横帯のピンに、縦帯も組み合わされたとき。 さらに、円形の金属プレートが被せらた南京錠をかけられて、私のお股は、ディルドを挿入されたまま封印された。 それでもまだ、テーブルの上には、革製の装具が残っている。 続いて、革製のサイハイブーツ。 10センチ以上のヒール高のそれを履かされると、ふだんは布由美さんより背の低い私の目線は、5センチヒールのパンプスを履いた彼女より、少しだけ上になっていた。 それから布由美さんが手にしたのは、革製のネックコルセット。 いや、上端は鼻のすぐ下、下端は乳房のすぐ上に達するそれを、首のコルセットと呼んでいいのだろうか。 しかも、口にあたる位置の内側には、金属製のパイプが貫通したゴム塊が設えられている。 「一応ネックコルセットという名称なんだけれど……首を完全に固定する拘束具でもあり、箝口具でもあるわね」 そう言って、ネックコルセットが私の首にあてがわれた。 「口を開けて」 言われて大きく口を開け、ゴム塊を口中に受け入れる。 私はもう、喋れなくなるのだ。意思を伝える術《すべ》を奪われるのだ。 そうと認識しながらも、いっさい抵抗せず、背中側で編み上げ紐を締めあげられる。顔を少し上向きにした状態で、首を完全に固定される。 「これが最後の装具……腕も拘束するわね」 そう言って布由美さんが手に取ってのは、縁に革ベルトが設えられた四角い革袋。 「アームバインダー……腕をまっすぐ揃えて拘束するタイプがよく知られているけれど、こっちのほうが、腕や肩に負荷がかかりにくいの」 それはとりもなおさず、長時間拘束したままにできるということでもある。 いや、長時間拘束仕様になっているのは、アームバインダーだけではない。 全身にぴっちりと張りつき軽く締めつけるラバースーツは、それでいてどこかがきつすぎるということはない。長時間着用したままでも、血流が阻害されたり、神経が圧迫されたりの心配はないだろう。 私のお腹を蜂の胴のようにくびれさせるコルセットの締め込みは、これまでのコルセット・トレーニングの延長線上。確かに苦しいが、耐えられないほどではない。 ネックコルセットで固定された首の角度も、頚椎に負荷がかかりにくいもの。おまけに口中に押し込められたゴム塊を貫通する金属製パイプを通して、水分補給もできる。場合によっては、流動食による食事も可能。 BLT、ビザール・ボンデージ・トレーニング。奇妙な拘束調教が、連休期間を選んで実施される意味を思い知らされる。 「それじゃ、腕を拘束するわね」 そこで、私の背後に回った布由美さんが、手首をつかんで腕を背中に回した。 「うふふ……菜月が次に拘束を解かれるのは、いつになるかしらね」 そう言いながら、背中に回した腕をコ形に組ませる。 その状態で、腕に四角い革袋、アームバインダーが被せられた。 革袋の上端が二の腕の半ば、肩の筋肉との境いめのあたりまで引き上げられたところで、右の腋の下から、縁に設えられていたベルトが身体の前側に引き出される。 引き出されたベルトを、ネックコルセットに覆われた胸の上を斜めに這わされ、左肩から再び背中側へ戻されて縁のバックルに留められる。 さらに、もう1本のベルトを左腋から引き出され、最初のベルトと交差させて右肩から背中へ。 そのベルトもバックルに留められると、私の両腕を閉じ込める革袋は、けっして下にずり落ちなくなった。 ネックコルセットの上でX字を描くベルトを穴ひとつずつ増し締めされると、私の腕はまったく動かせなくなった。 とはいえ、布由美さんの言葉どおり、腕や肩に対する負荷は最小限。革袋が食い込んで、血流が阻害されたり神経が圧迫されている気配もない。 そのことで、あらためてBBTは長時間に及ぶのだと覚悟させられた私にの耳元で、布由美さんがささやいた。 「これで、ビザール・ボンデージ・トレーニング用の拘束は完了したわ」