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B-DΔSHとぼく

はじめに、これは僕が自分自身に決着つける、つけられないんだけど区切りとしてどこかに置いておきたいと思った文章であり、誰かに読ませるつもりで書いている文章ではありません。

独りよがりな部分が多くなっておりますので、ご注意ください。


上半期をめまぐるしく駆け抜けたからか、6月に僕としては珍しく風邪をこじらせた。

高熱にうなされ、6月のほとんどの期間を寝込んで少し体調が戻るとすぐ作業をしまた倒れるという過ごし方をしたため、7月に入ってから怒涛のようなスケジュールに追われている。

こんなのじゃまた体を壊すかもしれないと思いつつ、個展まで幾ばくもないのでやるしかないのだ。

そんな日々を過ごしていた今日、僕は衝撃的なニュースを目にした。


https://x.com/GONGON_Records/status/1811324567975244072


とたんに僕は手が止まってしまってしまい、泣きそうになり、このままでは何もできなくなると思い、自分の整理をつけるためにこの文章を打つことにした。

散文乱文になってしまうと思うが、ご容赦ねがいたい。


最近僕のことを知った人はB-DASHがなにかとかなぜ僕がこんなに思い入れてるかとかすら知らないと思う。

僕の大好きなバンドで、配信でもよく曲を流したりB-DASHについて語ったりもした。


B-DASHは1997年に結成したバンドで00年代初頭にブレイクし、当時のボーダフォン(現ソフトバンク)のテレビCMやラジオ、街角の有線でその楽曲を聞くことができた。

当時は、いわゆる第n次バンドブームというやつで175Rやシャカラビッツなどメガヒットを叩き出すバンドが多く、B-DASHもその中の一角だった。

今回亡くなったGONGONという方はそのバンドのフロントマンだ。だった。


僕は当時からバンド好き小僧ではあったが、なんとなく惰性な感じでバンドはジッタリンジンやセンチメンタル・バスとかユニコーンとかを幅広く聞いていた。

2003年くらいだったと思う。当時の僕は高校受験を控えていてよく深夜こっそりと勉強をしながらラジオを聞いていた。近所のお兄さんからもらった古びたラジカセをずっと使っていて、カセットのスロットは片方が壊れてたし、ラジオの周波数ツマミは押しながらじゃないと回らないポンコツになっていたが、僕はそんな古いラジオが好きだった。そのラジオも大学に上がるときに壊れて捨ててしまった。

とにかく、ラジオを聞いていた。オールナイトニッポンかなにかだったと思う。

当時は夏場で窓を開けながら受験勉強をしていたのを覚えている。受験勉強とはいえ、当時から落書きするのも大好きだったので、僕の机の上にはいつも勉強道具よりも画材やケント紙が散乱していた。

夏のジメッと涼しい深夜、ノイズ混じりのラジカセからB-DASHの曲が聞こえてきた。ノリが良く、軽快な音だけどベースの重厚感があり、アップテンポのドラムが心地よく、何だこのバンドはと思い手を止めて聞き入ったのを覚えている、当時流れていたのは「SECTOR」という曲だった。

パーソナリティのわざとらしい抑揚で語られる曲名とバンド名をノートに走り書きをした。


我が家は小学生時代は超ド級がつくほどの貧乏だったが、僕が中学生になる頃にはある程度の余裕ができて、僕も人並にお駄賃なんてもらうようになっていた。もちろん、ただではもらえない。家事を手伝ったり料理をしたり、家業を手伝ったり……まあそんな中学生としては涙ぐましい努力をし手に入れた小銭で僕はCD屋さんに急いだ。

我が家から田んぼを抜け、海辺に続く街道をチャリンコで走ると、今は廃れてしまったが当時はなかなか賑わっていた商店街にでる。今みたいにDL販売もサブスクや動画サイトなんかもない、当時の僕たちの音楽の摂取場所はテレビかラジオ、それから町の有線、あとは友達と貸し借りし合うMDかカセットだった。気に入った曲があると友達と、あるいは一人でCD屋さんに向かい購入していた。

いつものようにCD屋さんについた僕は急いで昨日走り書きしたメモ切れをたよりにB-DASHのコーナーに向かった。CD屋さんにCDを買いに行くというのは当時の僕にとっては毎回ちょっとした冒険のようで楽しかった。

お目当ての「SECTOR」と一緒においてあった「ぽ」というアルバムも購入したとおもう。何だこのタイトル舐めてんのかみたいなことを考えていたのを覚えている。

購入したCDを大事にナップサックにいれ、再びチャリンコに乗り海岸線へむかう。


当時僕が仲が良かった友達に、まっちーという子がいた。地主まではいかないが、実家が小金持ちだが嫌味がなくて、体が大きくちょっと粗野だった彼は僕と非常に馬が合い、夜中にお互いの家に忍び込んで遊んだり勉強したりして、彼のおばさんからは「あんたたち付き合ってるんじゃあないでしょうね」と軽口を言われるほどだった、まあ僕は全然付き合っても良かったんだけど。

まっちーの家は小金持ちであるから、いろいろなものがあった。当時は高かったCDMDコンポもだ。

CDラジカセなんかはうちにもあったが、我が家みたいな古い思考の家だとああいうものは年功序列で親、上の兄弟、そして僕と使える頻度が低い。そのためCDを買ってもすぐに聞けるわけじゃない。

だから僕はCDを買うとまっちーの家に寄り二人でよく聞いていた。お世辞にも綺麗とは言えない夏だからか少し汗臭い彼の部屋に入り、夏なのにだしっぱなしのこたつ机の上に乱暴に置かれたCDMDコンポを借りてSECTORのCDを聞く。

「これいいね」とまっちーがいうと僕は得意げだった。音楽の趣味も合うので彼も気にいると思ったが、やっぱりその通りで嬉しかった。CDを聞きながらMDにダビングし、家でも聞けるようにした。SECTORのシングルの中に「Get it way」という曲のライブ版が入っていて、僕はそれが特に好きだった。

ついでに買った「ぽ」は名盤だった。特にB-DASHの中でも有名な「ちょ」や「愛するPOW」が入っているのでなおさらだ。


B-DASHは音をそのまま楽しんでほしいということで、定型の歌詞をつかわない「適当めちゃくちゃアドリブ語」というものを多く歌っているが、それだけではなくしっかりした歌詞のある聞かせ曲も多かった。

初めて聞くと何じゃこの歌詞は!という曲も曲の良さで大好きになり、聞かせる歌詞の歌も当然良くち、ょうど多感な時期、思春期真っ只中だった僕にとってB-DASHの泥臭くも真っ直ぐなこれが青春パンクだと言わんばかりの曲はとても大好きなものだった。

それから僕は勉強のときや通学中も好んでB-DASHを聞くようになっていた。友人内でまわすおすすめMDにもB-DASHを忍ばせ「泥水B-DASHばっかいれるじゃん」と笑われたものだった。


僕がB-DASHで一番好きな曲は「コントレイル」という曲だ。

夏の海で駆け抜けたような爽やかさと、未練と後悔、それでも前を向かなければならない。ちょうど今の僕の心境のような楽曲で、ぜひこれを読んでいる人も一度聞いてみてほしい。



高校大学になると、青パンバンドブームも少しずつ下火になっていくが、B-DASH好きな友達とライブに行ったり、学生バンドで「平和島」のコピバンをしたり、僕の人生に切っては切れないものだった。

それは社会人、同人描きになってからでもそうだった。僕はことあるごとにB-DASHを流していたし、学生時代ほどの熱量はなかったがそれでも時折聞き返し、やはり僕にとって一番好きなバンドで、青春で、一番人生に影響を受けたバンドだったと思う。


B-DASHが解散して、それぞれが別のバンドとなったあとも、いつかそのうちまたなんかやってくれたらななんて思ったけど、こうなってしまってはそれも無理なんだなと思うととても悲しくて仕方がない。


それでも僕はこのバンドに出会えてよかったし、これからも好きでい続けるのだろうと思う。

僕の青春だったし、僕の人生を支えてくれたバンドだったから。


最後に、GONGONの訃報を偲んで。


書ききれないこと、書き忘れていることもありますが、散文乱文におつき合いいただきありがとうございました。


2024/07/11

ノスタルジックシンドローム 泥水


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