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ショーダウンⅡ 『40:降幕の時』

#40 『降幕の時』  百合子が振り下ろしたアイスピックは麗華の胸を貫く前に、横から飛び出してきた手のひらによって辛うじて止められた。  ピックはその手のひらの丁度骨の間を貫いており、尖った先端はその干渉を受けて麗華の胸元の服を僅かに突くだけに威力が留まり、直接胸の肌を突くまでには至らなかった。 「ぐっっ!! い、痛でぇぇっっっ!!」  手を貫かれた本人は、ピックを握ってその勢いを殺そうと手を出したに過ぎないのだが……想定外に手のひらをそれが刺してしまっていた為、遅れて感じ始めた痛覚に情けない声を上げてしまう。  それを見た麗華は、百合子に刺されそうになった事への驚きよりも突然現れたその手の存在に驚く様子を見せ……慌ててポケットからハンカチを取り出し、蹲ってしまったその手の主の方へと駆け寄ろうとする。 「あらあら、結城社長じゃありませんか。いつの間にココにいらしていたのです? 全然居ることに気付きませんでしたわ……」  手のひらを貫通して突き刺さったままになっているアイスピックを自らの手で抜き去りそれを百合子とは逆の方の床へと放り投げた結城は、流れ出る自身の血を反対の手で止める仕草を取りつつも湧き上がってくる痛みに悶絶してしまう。 「くそっ!! 痛てぇじゃねぇか! このっ!!」  突然の結城の登場に目を丸くする程に驚いてしまった百合子はよろめくように後ろの方へと歩を後退させると、背中に当たったサーバーボックスに添うようにへたり込んで座ってしまう。 「もしかしてわたくしを庇ってくださいましたの? そんな事をして下さらなくても、自分の身は自分で自分で守れましたのにぃ♥」  前のめりになって傷口を指で押さえる結城に駆け寄った麗華は、取り出していた白いハンカチを彼の手のひらに斜めに巻いて止血も兼ねてしっかりと結び目を作っていく。白いハンカチはみるみる結城の血によって赤い染みが広がり、結び目の端からはすぐにその血が滴る様子が確認できていた。 「……痛てて……てぇ……。ハァハァ……馬鹿! いくら防弾チョッキを着てるからって言っても……あんな尖ったもんに刺されれば怪我くらいは負ってたかもしれねぇんだぞ!」  片目を閉じて痛みを堪えながらも、もう片方の目でピックによって穴の開いたドレスの胸元を見やる。その小さな穴からはチラリと紺色のチョッキ型のインナーが見え、それに穴が空いていないことを確認すると結城はフゥと深い安堵の息をついて緊張していた表情を若干和らげる。結城は彼女が防弾ベストを着衣していたのを知っていた。何せ……彼女が服を着直す時にそれを着こんでいたのをちゃっかり結城は客席から見ていたのだから…… 「へぇ~? わたくしがコレを着こんでいた事……ご存じでしたのね?」  紅葉との最終戦において服を脱ぐことになった麗華だったが、綾香の勝利によって服は彼女に返される事になった。綾香と紅葉とのごたごたで麗華がこっそりその服を着直していたのを実は結城はずっと見ていたのだが……そこで彼女が智恵理に手渡されていた紺色のチョッキを新たに着込んでいたのも見てしまっていた。  それが防弾チョッキである事は遠目に見ていてもすぐに気付く事が出来た。そして、彼女がそれを着込み……まだ何か危険な問題を解決しようとしているのではないか? と、察した為……彼女が動けば自分も動いて、もしもの時に盾になろうと決意したのだった。 「でも……心配して下さってありがとうございます。そのお心遣いと勇気ある行動に……わたくしは身も心も救われましたわ♥」  しっかりと傷口にハンカチを巻き付けた後麗華はその様にお礼を述べ、床にへたり込んでいる百合子を強く睨みつける。  その眼光の鋭さに百合子は「ヒィ!」と怯えるような声を零し、自らの頭を抱えて身体を震えさせ始めた。 「今の凶行も……しっかりと動画にして納めさせていただきましたので、もはやどんな言い訳をしようとも貴女は法によって裁かれる事になるでしょう……」  睨んだ目で淡々とその様に告げる麗華に、百合子は嫌がる様に首を横に振る。 「わ、私が……裁かれる? な、何かの間違いよ……そんな……」 「いいえ……警察は既に呼んでありますし、証拠は全てここに回収した後……。いかに貴女の亡きお父様が政財界に顔が利いていたと言えど……ここまで証拠がそろっていれば貴女を裁かないと世論が納得しないでしょう……」 「ま、待って! わ、分かった! 取引しましょう! その証拠のソレを私に預けなさい! そうすれば……私がこれから稼ぐ分の半分を貴女に渡し続けると約束するわ!」 「……見苦しい。今……言ったでしょう? “世論”が納得しないと……」 「フ、フン! 世論? そんなもの無視すればいい! どうせ外の連中は裏の私の事など知りもしないのだろうから……」 「……知らない? いいえ……そんな事はありませんよ?」 「今、証拠を渡せば……誰にもバレない! 私の組み立てた儲けのシステムは完璧よ! 今日みたいなことが無ければ……絶対にバレない!! 私と貴女で……巨万の富を築けるの! 良い話でしょ? 一生……お金に困らない人生が送れるのよ? さぁ、それを渡して! そして私を……見逃して!」  顔を引き攣らせながらその様に交渉を持ちかける百合子に、麗華は憐れむ様な目を向け最後に一つ溜息を零す。そして、百合子のその懇願が“既に意味がない”事を証明する……最後の証拠を彼女に突き付けるのだった。 「見逃すも何も……これをもう一度よく見てくださいまし?」  そのように言って、麗華はもう一度百合子に向けてゲーム機の液晶を見せつける。 「…………えっ?」  促され見たその液晶の右上には、先程見た時には気付けなかった“印”が点滅している事に気付かされ、百合子はみるみる顔を青ざめさせてしまう。 「……Rec(録画)の隣に“Live”という文字が点灯しているでしょう? これが何を意味するか……分からない貴女でないでしょうに……」  自身の青ざめている顔の斜め上に明滅しているLiveの文字……これが点灯しているというのが何を意味するか、パニックになっている百合子の頭でも理解出来た。 「……あ、貴女……まさか……この様子を……ライブ中継していたの? 動画サイトか何かに……リアルタイムで……」 「そうですよ? ですから、コレを見ている“世論”の皆様は……全て知ってしまってますの♥ 貴女が……どんな悪事を働いていたのか……ね♪」  それを聞いて百合子は手の力が抜け頭をガクリと項垂れさせてしまう。  このサーバールームでの出来事は全て……ライブ中継がされていた。そして、その映像を不特定多数の人間に見られていた……  それが彼女の言う“世論が許さない”という言葉の真意であり、百合子はその不特定多数の視聴者に財閥の力を封じられたに等しい。  百合子が警察や裁判所に圧を掛けて自分に有利に事を運べば……その様子を見た視聴者から反発が下るのは間違いない。下手をすれば私刑の様な行為に及ぶ輩もこの視聴者の中に現われかねない。財閥の息のかかった人間にならば圧力をかける事も容易だろうが……誰とも分からない一般視聴者となれば話は変わって来る。  お金の力では制御できない……地位を脅しの材料に使う事も出来ない……  圧倒的に有利な立場にいる筈だった百合子は、この不特定多数の誰かに犯行を見られたことによって捕縛されたに等しかった。 「さて……百合子さん? この映像はリアルタイムで配信されてますし、約5万人という方に視聴されている訳ですが……まだ何か抵抗する気がありますか?」  麗華の言葉に、百合子は真っ白になった頭を持ち上げ力なく首を横に振ってその意志が無い事を麗華に返した。 「そうですか……では、約束してくださいますね? 自分の行っていた罪を……漏らす事無く全て自白し、大人しく法の裁きを受けると……」  百合子はその問い掛けに同じように力なく首を縦に振り、了承の意を返す。 「でしたら、このライブを見ている皆様に……しっかりと謝罪してください? 自分の言葉で……誠意を込めて……」  麗華の促しに百合子は抵抗する事無くその場に土下座の姿勢を組んで頭を下げる。  そして、その額を床につけて……謝罪の言葉と罪を認めるという旨の言葉を繰り返す。 『ふぅ……百合子さんが賢明な方で助かりましたわ。この姿を見れば……流石に、見ている人達も彼女に対して変な気は起こさないでしょう……』  麗華はその様に心の中で呟き、そしてライブを見ている視聴者に向けて締めくくりの言葉を零していく。 「皆様……見て下さってありがとうございました。彼女はこれから警察に身柄を引き渡し、然るべき法によってその罪を清算する事になるでしょう」 「犯罪は法によって清算されるべきです。どうかその事を心に留めて頂いて……今後の彼女の反省を暴力ではなく静観にて見守ってあげてくださいまし……」  その様に締めの言葉を紡ぐと麗華はゲーム機の電源をオフにし、同時にそのライブ配信も終了させた。 「これで……終わったのか?」  結城は、仕事を終え安堵の息を零している麗華に向かってその様に語りかける。 「えぇ……これで終わりです。後の事は……警察の方にお任せしましょう……」  負傷した手の手首を押さえ床に座り込んでいた結城に麗華はニコリと晴れやかな笑顔を返すと、その手を慈しむような目で見ながら彼が身体を起こすのを手伝うために自身の手を差し出す。  結城はその差し出された手をけがを負っていない方の手で握ると、彼女の助けを借りて立姿勢に戻して息をつく。 「しかし……まさか、氷の女王と呼ばれたあの女がアイスピック(砕氷道具)で襲ってくるなんてな……。洒落が効いてると笑うべきか、洒落になってねぇんだよって怒るべきなのか……迷っちまうぜ」 「フフフ、確かに♥」  立ち上がって苦々しい笑みを浮かべてみせる結城だが、彼女から差し出された手を放してはいない。放すどころか握る力を強くし、皮肉を交えた言葉を紡いでいく。 「ったく……。結局、毎度……散々な目に合うのが俺の役目になっちまってるな……」 「フフフ♥ わたくしと賭け事で関われば……誰でも散々な目に合うのは避けられませんわ♪ 何せ、わたくしってば……こう見えても“勝負運”だけは悪い方なのですから……」 「その運の悪さに周りを巻き込むってんだから……タチが悪いよな?」 「あら、ご迷惑でしたか?」 「フン、今更だろ?」 「ですわよね? わたくしと社長との仲ですもの♪ 少しくらい我慢して頂かないと……」 「はいはい……分かってるよ。これからもよろしく頼むぜ? 保険屋さん……」 「……はい♥」 「あぁ、ところでよぉ……」 「……?」 「俺達ってさ……案外、良いビジネスパートナーになれるって思わないか?」 「……まぁ! 今更そんな事仰りますの? わたくしはずっと社長とは良い関係を結んでいたいと思っておりましたのよ?」 「そっか? じゃあさ……正式に結ばねぇか? ちゃんとしたパートナー契約を……」 「あら、それは“ビジネス”のパートナーだけですの? それとも……」 「お前が望むなら……それ以外の契りを結ぶのもやぶさかではないってもんだぜ?」 「……ふぅ~~ん? ズルい言い方しますのね? 素直にわたくしに“惚れた”と言って下さればいいのに……」 「あぁ、その通り……惚れたぜ? お前の“手腕”にな♪」 「ん、もうっ! やっぱり、全っ然……素直じゃないっ!!」  結城は茶化しながらも麗華の手を放そうとしない。  麗華も……その力強い手に身を委ねる様に握り返し、女性らしい柔らかな微笑みを彼に向ける。  その微笑みに一切の裏も陰りも見当たらない。  彼女は浮かべた笑顔は……全てが終わったその晴れやかな気持ちを表すかのような……喜びに満ちた笑顔そのものだった。


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