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ショーダウンⅡ 『39:対峙』

#39『対峙』 「そ、そんな馬鹿な!? ココには誰も入れないようにしていた筈なのに……」  ホテルのとある階の真っ暗な一室で、女性は開けっ放しになっていた扉を見て愕然としていた。  その部屋にはビルのミニチュアを並べたかのように大きなコンピュータサーバーがいくつも配置されていて、明かりをつけなくてもそのサーバーから漏れ出る蛍光色の光や備え付けられたモニターからの光で辛うじて部屋の構造が理解出来る程の光源を保ってくれている。 「ま、まさか……私があの部屋(VIPルーム)に居た間に……あいつらの誰かが侵入していたとでも言うの!?」  サーバールームの奥の机には1台のデスクトップ型のPCが置かれているのだが、彼女がこの場に到着した際にはそのモニターの電源がオンの状態になって放置されていた。起動用のパスワードも自分しか知らない筈なのになぜか突破されているし、重要なファイルを収めたフォルダーのロックも何者かによって解除された跡がある。  それを見た瞬間、彼女……伊角百合子は両手でPCの机を強く叩き怒りの感情をそこに表出させてしまっていた。 「一体……誰が? どうやって? いや、そもそも……PCのパスワードなんて私しか知らない筈なのに……それを……どう突破したというの?」  開かれて放置されてあったフォルダーは2つ……。1つはこの店と系列店で行った不正の詳細な記録のリスト。もう1つは店に導入してあるイカサマ器具の発注書やら、メンテナンスの記録やらが載っているリスト……  それらのフォルダーが何者かに開かれ……そして見られていたという事実が浮き彫りとなり、その証拠を消そうとやってきた百合子に戦慄を覚えさせたのだった。 「この場所はカジノの人間しか知らない秘匿された場所の筈。いかに勘の鋭い麗華達が怪しんだところで……1度や2度の来店で気付ける筈がない……」  ホテル最上階にあるこのサーバールーム兼コントロールルームは、間違って客が立ち入らないようフロアマップにも『清掃用具倉庫』としか記載されていない。入り口には二重の鍵が掛けられていて厳重に閉じられていたし、カジノの従業員以外はこの場所の存在など知られていない筈だ……  その様な偽装されたサーバールームを簡単な調査だけで見抜ける訳がない……と、百合子は思うのだが…… 「……ッっ!?」  その時、ふと浮かんだ人物の顔が百合子に謎の真相を無理やり解かされる事となる。 「そうだ……アイツ……あの女っっ!!」  その浮かんだ人物の顔というのは……麗華の部下である“藤咲智恵理”の顔だった。 「あいつは……確か、うちの従業員に成りすまして……情報を集めていたって……」  百合子も勿論、見届け人として紅葉と綾香の勝負の結末を全て見ていた。そして、綾香がどのようにしてあの拘束椅子から抜け出したのかも……一部始終見ていた。  その時綾香を助けていたのは智恵理だった。藤咲智恵理なる人物が従業員に化けていたというのは後の説明を聞いて理解する事になったのだが……しかし、彼女が変装して潜り込んでいたという事実は百合子にとって寝耳に水であり……それを知って衝撃を受けた事は言うまでもない。  何せ……麗華や綾香がココへ来るよりずっと前から彼女はこのカジノへ来ていて、店の内部を調べていたという事になるのだから……  従業員に成りすまし、必要と思われる情報を聞いて回っていたのは疑いようのない事実だった。 「サーバールームがココにある事は……カジノ職員なら誰でも知っていた。あの女はその情報を聞きつけて……ココが怪しいと睨んで潜入を試みたという訳か……」  そう言えば2~3日前に、この『掃除用具倉庫』の鍵に不自然な汚れが付着していたのを見つける事があった。鍵穴の少し横に付着した“粘土”の様な汚れ……それを見つけた時は智恵理の存在など知りもしなかったのだから、百合子は別段警戒するような事などしなかったが……  しかし、智恵理がスパイとして潜り込んでいたという事実を知れば、その些細な付着物にも疑念を向けざるをえなくなる。  もしかしたら、この鍵穴は粘土で型を取って鍵を複製されていたのではないか? と……  十中八九そういうカラクリだろう……と、百合子は察した。なにせ、このサーバールームの鍵は自分しか持っていなくて今も手元にその鍵を握っている状態なのだから……その扉が開けられていたとなればそれを疑うしかない。 「くっ! ふざけた事してくれるじゃない!」  百合子は扉の方へとツカツカと歩みだして苛立ちをぶつけるように入口の扉を勢いよく閉める。そして内側から鍵をかけ直し、再びPCの置いてある机へと歩みを戻した。 「まぁ良いわ。それよりも、さっさとデータを消去して身を隠さないと! 麗華のやつが警察を呼んでるかもしれないし……」  百合子は机に置かれていたキーボードとマウスを操作し、開かれていたフォルダーを閉じる動作を行う。そして、その全てのフォルダーを一纏めにゴミ箱マークのアイコンに運びつつ、PCから不正記録のファイルを次々に削除していった。 「このデータを見られたのなら、口封じをしないといけないけど……でも一体誰がココに入り込んだというの? 智恵理はずっと私の視界の中に居た筈だし……麗華も綾香も当然ホールに……」  全てのフォルダーを削除し終えると、今度はおもむろにPCモニターの裏のカバーを外し、その中から書類の束らしきものを取り出す。そして、その書類が手つかずであった事に安堵の息を零しつつ……手提げカバンにそのファイルを入れようとカバンのチャックを開ける仕草を始めるが……  突然自身の背後から、ガチャリ……という音が鳴り響き百合子は慌てて後ろを振り返る。すると、つい今しがた閉めたはずの扉の鍵がゆっくりと開錠されていく様子が目に映った。  部屋の鍵は勿論自分が持ったままのだから、鍵を開けられる人物などカジノ関係者には居ない……。と、いうことはつまり……  嫌な予感を過ぎらせつつ扉が開くのを黙って見続ける百合子。その扉が開かれると、彼女の想像通りの女性が入ってきて……焦りにも憎しみにも似た表情を彼女は浮かべてしまう。 「あらあら、コチラにいらしたのですねぇ? わたくし……何処へ行ったのかと探してしまいましたわよぉ? 百合子さん……」  人一人分が通れるほどの隙間を作ったその女性は、躊躇うことなくその隙間から部屋へと入り……微妙な表情を浮かべて見ていた百合子を見てニコリと挨拶を交わす。 「フン、何が探していた……よ。その“複製した鍵”を持ってココにきたというのなら、最初から私がココに来るのを見越してエレベーターに乗ったんでしょうが!」  知らなかったと言わんばかりに振る舞う彼女……白州川麗華に、百合子は苛立ちを隠そうともせず荒々しく言葉を返す。それを聞いて麗華の方も「バレましたか」と舌先を出してワザとらしくウインクをして彼女の苛立ちに油を注ぎ返していく。 「鍵が複製されていたという事実に……お気づきになられたのですねぇ? 流石です♪」 「そうね。貴女の間抜けな部下が鍵も閉めずに開けっ放しで出ていったから……速攻で気づいてしまったわ」 「あらあら、鈴音ちゃんったら……いけませんねわねぇ~♥ 仕事が終わったからって現場を雑に扱ったりして……」  呆れるように眉困りの形に寄せる麗華だが、その表情には真に困ったという様子を見せていない。その顔を見て百合子は小さく舌打ちを零し言葉を続けた。 「成程……やっぱり、水城鈴音が実行犯だった訳か。でも……この鍵を作ったのはあいつなんでしょ? 藤咲智恵理とかいう……スパイ染みた女……」 「えぇ……彼女は優秀ですからね♪ “怪しいと思った場所にはいつでも入れるよう工作を施して良い”と指示しておりましたら……見事に“本命”の場所を嗅ぎ当ててくれたみたいですわ♥」 「本命? このサーバールームが?」 「えぇ……。智恵理さんには潜入する時にこのような指示も出しておきましたの♥ “このカジノは十中八九イカサマの温床となっている筈ですから、その証拠を押さえられるよう調査をして貰いたい”……とね」 「へぇ……このカジノを訪れる前からそんな疑いを持っていたんだ? それは貴女の勘の様な物だったのかしら?」 「いいえ? その様な曖昧なものに頼らずとも……怪しむ事なんていくらでもできていましたわ。何せ……この件には“貴女”が関与していると分かっていたのですから……」 「……私? それはおかしな話ね……。私が関与していたら……なぜ怪しいと疑うのかしら? 失礼な話だわ……」 「フフ……。そりゃあ、疑いたくもなりますわよ……。何せ……あの“伊角雄三郎”の……娘さんなのですから……」 「……ッ!?」 「貴女も覚えていらっしゃるでしょう? 10年前にわたくしの家族を襲った悲劇を……」 「……10年前……。えぇ、覚えているわよ。何せ私の初めての仕事だったのだから……」 「そう。10年前、貴女は……今は亡きわたくしの母とわたくしに対して何の躊躇いもなく吐き捨てるように言いましたわよね? “自殺では保険金は降りないから諦めなさい”と……」 「……貴女の父親が死んだときの話ね? えぇ……確かに私はそう伝えたわ……」 「あの時の顔は……忘れておりません。愚かな人間を見下すようなあの高圧的な表情……そして、父が自殺するような人間じゃないと必死に言い縋ったわたくしを相手にもしないあの冷徹さ……あれを見てわたくしは、貴女こそ心を持った人間ではないと……確信をもって畏怖しましたもの……」 「フン! あの状況であの判断は妥当だったはずよ? お父様もその調査で納得していたし……問題は何も無かった。でも、貴女達親子はそんな私の報告を“もっとしっかり調査しろ”としつこく抗議して来たわよね? あれは鬱陶しい事この上なかったわ……」 「それは当然の話です。何せ……貴女は父が亡くなった現場を見てすらいなかったではありませんか。見たのは医者の死亡届だけ……」 「それだけ見れば十分だったのだから仕方ないじゃない。どのみち警察も自殺だと断定したのだから……私の報告に間違いはなかったでしょ?」 「……父は責任感の強い人間でした……。それに保険屋としての実績も浅くはなったのですから、自殺では保険金が降りない事は十分に理解していた筈です。そんな父が……私達を残して自殺などする筈がなかったのです……」 「貴女達はずっとそう言っていたわね? 結果が覆る訳もないのに……馬鹿みたいに何度も何度も……」 「結論は覆らなかった……。だから、わたくしは母が亡くなった後、独自に調査をする事を心に決めたのですわ……」 「フフフ……。無駄だと分かっていても執念深く真実を追い求めるその姿勢……私は美しいとは思わないわね。人生の貴重な時間を父親に縛られて執着しているみたいで……見ていて醜く思えてしまうのだもの……」 「えぇ……そう。貴女はそういうヒトでしたわよね? 自分よりも下の立場の人間を嘲笑い、上の人間には容赦なく噛みついてその地位を奪っていく……まるで、自分がこの世界の捕食者だと言いたげな傲慢さをその当時から見せつけておりました……」 「捕食者なのは間違ってない表現よ。弱いものは食われて強いものの餌になる……強いものは餌を食らってより強くなる……そして自分より強かったものに食らいつきに行く……これが自然の摂理なのだから、それに対応できない“弱小”保険屋は私に食われるしかないの♪」 「貴女が強いのは、単に貴女のお父様が強かったというだけの話です……貴女はその威を借るずる賢いキツネでしかない……」 「言ってくれるわね。でも……例えそうでも、この世の強者と弱者を決めているのは“財力”よ。持っている者はどんな立場であろうと強者になれるし……持たざる者は捕食者に食われる運命にしかない……」 「成程……。ではわたくしの様な“弱者”は貴女に食べられる運命にあると……そう仰るのですね?」 「えぇ、そうよ! 貴女の父親もうちの父に食われたように……貴女も私に食われるべきなの! それが自然のあるべき姿なのだから!」 「……わたくしの父……そうですわね。父は確かに貴女のお父様に食われました……保険金詐欺という名の牙によって噛み砕かれて……」 「……保険金詐欺ぃ? あらあら……何を言い出すかと思えば、今度は被害妄想か何かかしら?」 「いいえ、妄想ではなく……わたくしが執念深く調査した結果、導き出された“答え”ですわ。10年前に起きたあの事件……アレは伊角雄三郎が仕掛けた大掛かりな保険金詐欺事件だった……。わたくしはそれを知ったから、その娘である貴女を怪しんだんですの……」 「へぇ~? ならその調査したという内容とやらを……教えて貰えるかしら? 私を怪しむ事になるキッカケになったその事件……その全容を……」  麗華はそこで一旦落ち着きを持つようにフゥと軽い深呼吸を入れ、そして百合子の顔を改めて見やる。彼女の顔は冷徹に麗華の顔を見定めていた……。何を言われても動じない……と、そう告げるように堂々とした態度を取り続けている。  そんな彼女を見て麗華は重々しく口を開いて事件の発端を語り始める。 「父は……真面目で正義感の強い人間でした。うちの保険はその当時車を扱った保険がメインでしたが……それ以外にも海外で流行っていた様々な面白い保険も取り入れ、保険の商品を広く提供していました……」 「そうだったみたいね……。今の貴女の在籍場所であるエレメンタル保険もそうでしょ? 海外のニッチな保険商品を展開してるって……」 「えぇ……。父は外資系の保険屋に明るかった……。エレメンタル保険の社長とも親しくさせて頂いたようで、わたくしを拾って頂くきっかけにもなりましたわ……」 「ふぅ~~ん? で? まだ何も見えてこないのだけど? 長くなるなら端折ってくれない? こう見えて私は忙しいの!」  苛立つようにその様に声を上げる百合子に麗華はジロリと睨み目を向ける。  そして、「分かりましたわよ」と言いたげに息を吐いて続きを話し始める。 「貴女がご存じだったかは知り得ませんが……貴女の父“伊角雄三郎”氏が社長をされていたあの当時、その時から氏の会社にはキナ臭い噂が立っていましたわ……」 「……キナ臭い噂ぁ? 何それ?」 「裏では“人を殺す保険”と揶揄される程に……大企業でありながら恐ろしい噂が絶えませんでした……」 「フン……ふざけた事を! そんな根も葉もない噂……信じる方がどうかしてる!」 「えぇ……父も最初はそう思っていたみたいですが、業界の裏事情に触れるにつれ……その噂が“単なる噂じゃない”と思えるようになったみたいですの……」 「な、なにが“噂じゃない”よ! 証拠もないのにそう思ったんなら、そんなの……弱小保険会社の勝手なひがみでしかないわ!」 「そう……証拠はない……。父もそう思ったから、貴女の保険会社の商品を実際に買って……調べる事にした……」 「……それ、とても理解に苦しむ行動よね? 同業の保険屋が敵対する保険屋の商品を買うだなんて……非常識も良いトコだわ。そこまでして何が調べたかったの? 貴女のお父様は……」 「……わたくしも……父が何を知ったのかまでは分かりませんでした。何せ、家族にはその調べた事を何も話して合くれなかったのですから……」 「はぁ? それじゃあ何も分からないのと一緒じゃない!」 「しかし、父は何かを掴んだようでした。伊角の弱みになる様な何かを……」 「弱み?」 「あの当時の伊角保険の保険料の安さは異常でした。そして補償もウチの保険商品に見劣りする事ない程の充実っぷりでした……」 「そりゃそうよ。うちはあんたの所とは違って財力があるのだから……」 「その財力にモノを言わせた商品の取り扱いに何か裏があるんじゃないかと父は疑って……そして、何かを見つけてしまった……」 「何かって……何よ? さっきから要領を得ないんだけど?」 「さぁ、それは分かりかねますが……しかし、父は何らかの不正の証拠を掴んで……当時の伊角社長に不正をやめるよう進言しに行ったみたいですの……」 「……進言? 弱小保険屋が? 大企業の社長であるうちの父に? 馬鹿じゃない? そんな事して……父が怒らないとでも思ったのかしら?」 「わたくしも、後に調査してその事がわかって……愚かな事をしたものだと頭を抱えましたわ。そういう事は警察に言って任せれば良かったのに……とも思ったものです……」 「………………」 「でも、更に調査をしていくうちに……父はその時“そうする事が出来なかった”のだと分かってしまいましたわ……」 「そうする事が……出来なかった?」 「当時の伊角財閥の影響力は政財界にも轟くほどに大きなものでした。当然……政治家にも警察にも裁判所も……息のかかった要人が何人も送り込まれていた……」 「……っ!」 「訴えても揉み消される……そう思ったから、苦肉の策として“直接訴えかける”という道を選んだんだと……理解しました」 「訴えかける? 証拠があるとチラつかせて……脅して……不正をやめさせようとした……って事?」 「そう。父はその脅しによって不正をやめさせようと意気込んだのですが……結局貴女のお父様の反感を買い、あの……集団保険詐欺事件によって葬られる事になった……」 「はぁ? それをウチが仕掛けたとでも言いたいの? それこそ暴論ね!」 「暴論? まぁ……よくその様な事が言えますわね。その当時の貴女も内情を知っていた癖に……」 「……っ!?」  麗華の物言いに百合子は若干狼狽える仕草を見せてしまう。内情を知っていた……というのは、確かに間違ってはいなかったのだ。当時……保険調査員の経験を積まされていた百合子は、事件に裏がある事にも薄々勘づいてはいた。しかし、彼女はそれを正しく理解しようとはせず、父親に言われるがまま仕事を全うするだけの役割を担った。弱き者には目もくれず……強者である父の言葉のみを信じ仕事を全うする事を選んだのだ。  それが正しい事なのだと……疑いもせず…… 「詐欺の方法はいたって単純でした。貴女のお父様は、うちのお客様……特に“お金に困っていた”客に対してこのように話を持ち掛けたのです……」 「…………」 「“口裏を合わせてくれれば多額の保険金を受け取れるよう手配しよう”と……」 「……ッ!?」 「その口車に乗った複数のお客さん達は、一斉に“車で事故を起こした”とウチの会社に補償金の要求をしてきました……」 「………………」 「父は調査員としてその事故を調査しましたが……保険事案に不正を見つけられなかったとの事で、全ての事故に補償を立てました……」 「……ふ、ふん! 当たり前じゃない。事故が起きたんなら……補償を立てるのは……」 「その事故の総数はひと月だけで25件……」 「…………っ!」 「しかも、全ての事故が……車が大破する程の大事故で、被害に合われた方も……包帯グルグル巻きの大怪我を負う程だったと父から聞かされておりましたわ……」 「………………」 「父も……そんな異常な事故が何件も連続する筈がない……と、疑っていました。しかし、詐欺である証拠を掴む事は出来ず……その事故は翌月も、翌々月も続き……やがて、ウチの会社だけでは補償を行えなくなるまでに至ってしまいました……」 「……………………」 「そして、父がそれを“伊角からの報復”だと気付いた頃には……多額の借金をするまでに補償額は膨らんでしまい、返済のめどが立たなくなった父は責任を感じて自ら命を絶った……と、そう報じられました」 「マスコミもそう報じていたわね。まぁ、そのニュースも取り扱いは小さなものだったけど……」 「えぇ……。伊角に都合の良い湾曲した解釈をアナウンサがーが説明する……それもこれも、番組制作会社までも牛耳っていた伊角財閥の根回しがそうさせていたのだと、後に分かりましたわ……」 「…………」 「父がなぜ自死などという愚かな道を選んだのか? そもそもなぜ、首が回らなくなるほどの借金をする羽目になったのか……当時のわたくしはそりゃあ納得できない事だらけでした……」 「………………」 「しかし、同じ保険屋としての立場になり、業界の裏事情を調べるにつれて事件の全容が薄っすらとですが見えてきました……」 「……っ!?」 「当時、車の事故を起こしたと訴えを起こした人間は全て……伊角財閥の息のかかった病院に入院させられていました……」 「……!」 「事故の調査をした警察も……診断書を書いた医者も……その全てが伊角が指名した人間だったと分かってます」 「………………」 「被害者は居るのに、その事故を起こした“加害者”は何故か逮捕されてこない……。全ての事故が犯人不在のまま処理されて、公式な記録もすぐに抹消されていた……」 「……くっ…………」 「そして、補償金の支払いで首が回らなくなった父が借金をした会社……それも、伊角の息のかかった闇金だった……」 「……っ!」 「偶然にしては出来過ぎ……。そして、全ての件が“伊角”との関係を示唆している……。わたくしはそれを知って確信しましたの……」 「……確信?」 「わたくしの父は……伊角に殺されたのだ……と」 「……ッっ!!」  麗華は鋭い視線を百合子に向ける。その視線を百合子は直視できない。  いつもの冷徹な余裕ある笑みを浮かべる事も出来ず唇を噛んで僅かに顎を震わせている。  百合子の知る伊角財閥の裏事情……それをピタリと言い当てるような突きつけられ方をしたため動揺してしまうのも無理はない。  何せ……ここまで財閥の裏を調べ上げた人間など今まで居なかったのだから…… 「しかし、ここまで調べても……肝心の証拠は何も出て来ませんでしたわ。殺された証拠なんて出てくるわけもないし……闇金と繋がっていたからと言って直接伊角が指示を下したかどうかなんて調べられる筈もない……。全ては状況証拠や聞かされた噂程度の情報のみ……それが行われたという物的証拠は何も得られませんでしたの……」 「……そう……。そりゃあ……そうでしょうね? だって……そんな証拠があれば……貴女はもっと別の方法でウチを追い詰めたでしょうから……」 「えぇ……。それに……あの事件は貴女の亡くなられたお父様とわたくしのお父様との確執ですから……今更、その事実を知ったからと……どうこうするつもりもありませんわ……」 「…………ふぅん……案外あっさり引くのね? 折角……真実“らしき”情報を調査出来たというのに……」 「父の件に関しては真実が知りたかった……という、わたくしの想いで調べたに過ぎませんわ。でもまぁ……コレを調べた事で貴女の事も調べられたので……結果的には一石二鳥となった訳ですけどね♪」  自分の事を調べた……と、告げる麗華に、百合子はピクリと片眉を上げてすぐさま睨み目を作って見せる。そして、声のトーンを落とし威圧感を込めるように言葉を紡ぐ。 「私の事も……調べた? へぇ……どんな事を……調べたというのかしらぁ?」  凍えるような冷たい視線を突きつける百合子に、麗華は自信ありがな笑みを浮かべてその視線に気圧されないよう対抗する。それから彼女は言葉を詰まらせる様子も見せず話の続きを淡々と語り始める。 「貴女のお父様が亡くなられた後……貴女は保険調査員の経験を経て伊角生命の社長へと立場を変えましたわよね?」 「……えぇ、そりゃそうよ。だって……父が生前に私を後継者に据えるって遺してくれていたんですから……」 「貴女は社長になるや否や、以前から目をつけていた“カジノ保険”に着手する事になった……。それと同時に、私財を投じてご自身の経営していたこのホテルに大型のカジノを敷設するという計画も立てた……」 「…………」 「そして、貴女は……保険とは別に“人材派遣”の仕事も父親から受け継いで裏で斡旋し始めました……」 「……ッっ!」 「伊角グループの豊富な人材から……“貴女の意に沿う忠実な下僕”を沢山のライバル会社に派遣し、情報を集める事にした……」 「ちょっ! なぜ貴女がその事を知ってるの? 人材派遣の方は……私の名を出さないようにしてあった筈よ!」 「貴女の名前が出なくとも……先代の貴女のお父様が行っていた人材派遣は有名でしたから♥ それが先程申しました警察やら政財界やらに人を送る試金石になっていたのも調査で分かってましたわ……」 「くっ!!」 「貴女は自身の計画の為にこの人材派遣を利用した。これから軌道に乗せる予定だった“儲けのシステム”がちゃんと機能するかどうかのテストケース……それを人材を派遣したカジノで行わせていましたの……」 「はっ! 言いがかりも甚だしいわね! どこにそんな証拠が……」 「ちなみに、貴女が派遣した人間の一人に“岩城”という人物がいたのですが……覚えていらっしゃいますよねぇ?」 「っ!? い、岩城っ!」 「彼が着任した会社こそが……カジノ・ゴールドベガス……」 「……うっ!?」 「そう……綾香さんが2年前まで勤めていた……あのカジノです」 「……ゴールド……ベガス……」 「そのカジノの“雇われオーナー”だった岩城という男は、貴女の子会社に作らせた“顔認識システム”を使ってカジノの運営を不正にコントロールしようとしてましたわ……」 「……ッっ!!」 「アレ……実験だったのでしょう? 彼を派遣して、それを使わせ……カジノでどの程度不正が可能なのかを見極めていた。そして、その成果を自分の所のカジノで生かそうと……そう企んだのですわよね?」 「し、知らないわよ! そんな岩城なんて男……」 「あら、わたくしは岩城が男だとは一言も申しておりませんわよ? なぜ彼が男だと分かったのでしょう?」 「うっ!? ぐっ!!」 「フフフ♥ まぁ、派遣した人間が貴女であればそれも知っていて当然ですわよね?」 「…………くっ!」 「っと、それはどうでも良い事ですが……兎に角あのゴールドベガスに派遣した岩城は、貴女の指示通りに不正の機械を使用し……そのデータを貴女に送り続けた……」 「………………」 「結局……あのシステムは逆にお客さんに利用される事になりましたから意味は成しませんでしたが……しかし、貴女はその失敗こそ良いデータを得られたとして満足したのでしょう? だって……このカジノにはあのシステムが導入されていませんでしたから……」 「ば、馬鹿な空想話よそんなの……」 「他の店にも貴女の息のかかった“雇われオーナー”が次々に派遣され、そして岩城とは別の機械を試して不正のデータを“ココ”に集めていた……」 「……ッっ!!?」 「何が通用して何が通用しないか……それを見極めてこのカジノの不正システムが組み立てられ……そして、選りすぐったイカサマ機器が実際に稼働される運びとなった……」 「うっぐっ……こっちが黙っていれば……勝手な事を……ペラペラと……」 「不正が行える環境になったと確認したあなたは、満を持してあの“お得なカジノ保険”を売り出して顧客を増やしていった……」 「……ぅぐっ!?」 「そして、その保険は見事に当たって……伊角保険は再び保険業界のトップに君臨する事となった……」 「……ぐく………っく………」 「これが、貴女のお父様を調べていて行き着いた……貴女の裏の顔に関する調査結果ですの。如何です? 間違ってはいなかったでしょう?」 「くっ! くぅ……」 「ここまで分かっていたのですから、貴女がこのカジノに関与していると聞いてわたくしが疑わない理由がないでしょう?」 「……ぐっっ! うぅ……」 「きっとこのカジノは不正の温床になっている筈だ……と智恵理さんに言って聞かせたのも当然ですの♪」  麗華がその様に言葉を切ると、百合子は睨む目に力を込めて奥歯を強く噛んだ。  全ての裏事情が麗華に知られている事が分かり、流石の彼女も動揺を隠せなくなっていた。 「くっ……」  一体どういう調査をすればその様な事実に辿り着けるのか? 彼女の手腕を甘く見ていた百合子は驚愕せずにはいられない。  なにせ……彼女の言葉は一言一句間違ってはいなかったのだから…… 「いかがです? これが貴女が描いた“儲けのカラクリ”ってヤツで間違いないのではありませんか?」  麗華の勝ち誇ったようなその顔に百合子は徐々に怒りの感情が熱を増していくの感じていた。  しかし、それとは対照的に“ここで精彩を欠けば彼女に付け込まれるだけだ”と冷静に律そうとする自分も頭の中に浮かぶ。感情と理性が相対する百合子だが、そこは腐っても氷の女王であると自負しているだけの事はあり……頭の中はすぐに冷静さを取り戻していった。 「……なるほど? よく調べてあるじゃない……」  彼女はごくごく当たり前のように冷静な口調で言葉を紡ぎ、麗華の出方を観察する。 「あら、素直に認めてくださるの? そうであれば……手間が省けて助かるというものですが……」 「フン! 認める? 馬鹿も休み休み言いなさいよね! そんな空想話……誰が信じると思うの? 証拠もないのにそんな話……信じてくれる人間なんていないわよ?」  調べ上げた手腕は見事だ……と、素直に認めるが、百合子にはまだ自信があった。  そんな裏の出来事を証明する手立てなど彼女にはない。ましてやカジノに仕込んであった不正機の数々も、実際に稼働していたという実績が証明できないのだろうから……不正を行った事実も証明できない筈だ。肝心のPCデータも今消し去った後だし……機材を購入した事を証明する書類も今詩型回収し終えた後なのだから。  警察に調査されたとしても、いつも通り圧力を掛ければ問題はない筈だ。決定的な証拠がない以上……息のかかっていない上層部も判断を保留するしか出来ない筈だ。  ……そう高をくくって発した言葉だったのだが…… 「フフフ♥ 悪事を働く人は必ず最後にはこう言いますわよね? “証拠”が無いじゃないか……と」  麗華は百合子の怒りに満ちた顔を涼しい表情で見やって、ドレスのポケットから手のひらサイズの“オモチャ”を取り出して見せた。 「ところで百合子さん? コレに……見覚え……ありませんか?」  青い流線型のフォルムをした手のひらサイズのそのオモチャには、中央に小さな画面と左右の端にボタンのような突起が複数ついているのが見えた。それを見た百合子は、すぐにそれがあの人物の持ち物だった事を思い出す。 「そ、それは……? あの子が持ってた……ゲーム機??」  その機械の様なオモチャは“携帯型のゲーム機”であると見てすぐに分かった。先程VIPルームにて鈴音と対話していた時に彼女が時間潰しにと使っていたオモチャと同じものであるから……間違いない。それをなぜ麗華が持ってきたのかは謎だが……それを鈴音が持ち込んでいたという事だけは記憶にはっきりと残っていた。 「フフフ……。コレ……ただのゲーム機に見えるでしょ? でも実際は違いますの♪」  目を丸くしてゲーム機を見やっている百合子に麗華はその機械がただのゲーム機ではないという衝撃的な事実を告げる。 「……げ、ゲーム機じゃ……ない??」 「これは、ゲーム機に偽装した多機能デバイス……」 「ッっ!? 多機能……デバイス??」 「音声だけの録音も出来ますし、テレビも見れる……無線によってドローンも飛ばせるし、カメラを設置していれば遠隔操作でその録画も再生も行えるという優れもの♪ あぁ……勿論、鈴音ちゃんの大好きなゲームだって当然出来ますのよ?」 「な、なにそれ……?」 「そして、このデバイスに搭載されたもう一つの機能……それが、今回の主役ですが……」 「……ッっ!?」 「こうやって、電池を収納するカバーを外すと……ほら、ここにUSBケーブルが収納されてあるでしょ? コレをPCに繋いでゲーム機を操作すれば……」  麗華がそのように言いながらケーブルを取り出して見せると、百合子はそれで何をしたのかを悟り慌てて点けっぱなしにされていたPCのモニターに顔を向けてしまう。  そして、PCのアクセス記録を素早く開いて……このPCにソレが差し込まれたかどうかの履歴を確認する。 『20時……37分……外部USB端子が差し込まれ一部データをコピーした記録……アリ……!?』  何のデータがコピーされたのかまでは書かれていないが、そのデータが先程削除した不正の機密データであった事は調べずとも察しがついた。  アクセスされた時間も……勿論、百合子がデータを消すよりもずっと前の時間であるし、その頃は丁度綾香と紅葉の最終決戦が行われている真っ最中の時間だ……そのタイミングでデータをコピー出来た人物は……麗華の仲間の中では一人しかいない。 「水城……鈴音っ! あいつがここに侵入して……データをコピーしたっ!?」  と、そこまで言葉を口に出すと、百合子はフラッシュバックするように脳内にあの出来事を思い出す。  それは……結城社長がVIPルームへと到着した際……  入れ替わりで鈴音が部屋の外へと出ようとした時の事だった。  ……結城は鈴音に何か紙のような物を手渡していた。  彼は「麗華から渡すように言われた」と一言だけ告げてそれを渡していたが、鈴音はその中身を知っていたかのように確認もせず黙って部屋から出て行っていた。  気にする事もない些細な出来事だとその時の百合子は意識にも留めなかったが……あの直後に宮古夏姫は彼女によって助け出されていた。そしてこのサーバールームにも侵入していたとなると……結論は出たも同然だ。  きっとあの時渡した紙は……このサーバールームの場所や、宮古夏姫の監禁場所を記した紙だったのだろう……。でないと、あんな短時間に夏姫の部屋を特定する事など出来やしないのだから……  そして、夏姫を助け出した後はすぐにこのサーバールームに直行してデータを盗んでいった……  そういう役割があの鈴音という女には与えられていたのだと……今更ながらに気付かされる。  百合子はその様に考察し……そしてもう一人のスパイの顔を思い出し更なる結論を導き出す。 「藤咲智恵理が、内部の情報を調べて……それを貴女に渡していたという訳ね? あの時彼女は牡丹の助っ人をしていた……。隙を見て貴女にこっそり接触して紙を渡す事なんていつでもできた筈……」  百合子の独り言のように呟かれた考えに、麗華は満面の笑みを浮かべて頭を頷かせて見せる。そのしてやったりの顔を見て百合子は増々顔に苦い表情を浮かべ、睨み目で麗華を見据える。 「つまりは……こういう事ね? 藤咲智恵理が宮古夏姫の監禁場所を探り、更にはこのサーバールームの場所を突き止め……鍵を複製した。それらをまとめた情報を紙に書き鍵と一緒に貴女に渡した……そしてそれを更に結城社長に預けて……実行犯である水城鈴音に渡した……と」  麗華はその言葉にウンウンと頷きを入れ、その考察が間違いではない旨を態度で示した。それを見て百合子は怒りと焦りを同時に表情に浮かべ、未だ分かり得ていなかった最後の謎を彼女にぶつける。 「じゃ、じゃあ……このPCのパスワードはどうやって仕入れたの? これは間違いなく私しか知らない情報だった筈よ? 私に直接聞くしか……知り得ない筈なのに……」  と、そこまで言葉を紡ぐと、麗華は指をチッチッチと横に振って再び逆の手に持っていたゲーム機の画面を彼女に見せつける仕草を取った。  その画面に映された映像を見て……百合子は驚愕に目を見開いてしまう事になる。 「このゲーム機は多機能デバイスであると説明したでしょう? ゲームをするだけやデータをコピーする為だけがこの機械の仕事ではございませんの。ほら、この画面を見ればお判りでしょう? 貴女のその……驚いている顔までくっきりと映っているのですから……」  ゲーム機の液晶画面には、百合子を斜め上からリアルタイムで撮影している映像が映し出されていた。百合子がカメラを探すように上を向けば映像の中の自分も同じように上を向いて、まさに今も継続して撮影が行われているという証拠をその画面に見せている。 「智恵理さんがこの部屋の鍵を作った時……勿論この怪しいPCも調べたいと思ったようでしたの……しかし、ログインする為のパスワードが彼女には分からなかった。電源をオンにするまでは出来てもそこより先はコードが分からないから見る事が出来なかった……。そう報告を受けましたから……あのカメラをこっそり取り付けて貰う事にしましたの♥」  麗華が指差した天井の角端……そこには、暗がりでは目立たない黒く塗装された小さな丸い機械の様な物が張り付けてあるのが見て取れた。  目を近づけてみないとそこにそれがあるとは気付けない程小さいソレは……小さいながらもしっかりと鮮明な画像が取れるよう高価なカメラが内蔵されてあり、そこで録画した映像はゲーム機の画面にしっかりと記録されているのが伺い知れた。 「もうお分かりだとはお思いますが……このカメラは、貴女が操作したキーボードの動きもしっかり録画しておりましたの。その映像を鈴音ちゃんに見せてパスワードを覚えて貰い、このPCのロックを突破した……それが貴女が質問してくれた答えになりますわね♪」  自分がPCを操作する映像を録画されていた……そして、その画像を鈴音は再生して見ていた……。恐らくはあの時……VIPルームで結城社長が来るのを待っていた時間に、彼女は確認していたのだ……ゲームをしているふりをして、過去に百合子がPCを操作していた画像を……  それが分かった瞬間、百合子の顔からスッとあらゆる熱が消え去っていくかのような悪寒が走った。その悪寒は彼女の中に眠っていた静かな“殺意”を目覚めさせ、彼女の表情にドス黒い影を帯びさせていく。 『そこまでの証拠を押さえられていては……生かして帰す訳にはいかなくなったわね……』  百合子はその言葉を脳内に浮かび上がらせ、沸々と燃え上がる様な衝動に身を委ねていく。 『幸い……証拠は全部この馬鹿女が持ってきてくれている。それを奪って、死体を国外で金の力で隠蔽すれば……私が怪しまれる事も無くなる……』  彼女は……ドス黒い感情に身を委ねながらも冷静に犯した後の対処を頭の中に巡らせる。  ここまで知られたからには、もはや麗華を野放しには出来ない。そう迷うことなく結論を下し、早速それを行うべく行動を開始する。 『念のためにと思って部屋から持ってきておいてよかった……』  麗華の視線に入らないよう身体を斜めに傾け、右の手を着物のポケットに静かに入れる。そして、そのポケットの中に入れてあった“とあるモノ”を握り込むと、ゆっくりと獲物を捉えるようにその距離を詰めていく。 「どうでしょう? もう……言い逃れも出来なくなってしまわれたのではなくて? これだけの証拠を見せられたら……流石の貴女でも観念して頂けるのでは?」  百合子の不穏な動きに気付かず呑気にその様に言葉を零す麗華に、彼女の目の前に立った百合子は氷の女王らしい冷たい笑み浮かべて彼女に言葉を返す。 「えぇ……観念したわ。もう……覚悟を決めて“従うしかない”と思っているもの……」  百合子のその言葉に麗華は晴れやかな笑みを浮かべ、手を差し出そうとする。彼女からすれば、観念した百合子の手を引いて外へと連れ出そうと考えた末のその行動だが……百合子はそんな勘違いした麗華に向けて何の躊躇いもなく手にした武器を振るう。  百合子は獲物を握りしめていた右手を勢いよく振り上げ、一気に麗華の胸めがけて振り下ろしていった。  暗闇にギラリと鋭い鈍色が光ったかと思うと、その光は真っすぐに麗華の心臓目がけて突き立てられる。  彼女が握っていたもの……それは、アイスピックだった。  VIPルームに氷砕き様に置いてあったそれを……彼女は何かが起きた時用にと持ってきていたのだった。  先端が鋭い……勢いよく突き立てれば人間の肌など簡単に貫いてしまうその凶器を……  百合子は何の躊躇いもなく麗華に振り下ろし……  ――グサッ!  百合子は確かに麗華の肌をピックで貫いたの感触を手に味わった。  肉に先端がめり込んだ独特の感触……  骨を砕いたであろう固い抵抗感……  そして、心臓を貫いたであろう柔らかな刺突感……  それらを感じ取って、百合子は「やった」と声を零す。  自分を脅かす存在の……息の根を止めてやったのだと……安堵の表情を浮かべようとする。  しかし……彼女が次に浮かべたのは驚愕の表情だった。  確かに……麗華の心臓を貫いてやった……と、そう思っていたが……実際、そのアイスピックは別の物を貫いていたのだ……  麗華のものではない……  誰かの……  手のひらを……


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