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ショーダウンⅡ 『23:勝者と敗者』

23 勝者と敗者 「綾香さん? 綾香さん! 綾香さんってば、待って下さいまし!」  自身の衣服を取り戻してもらった麗華はすぐさま下着とドレスを身に纏いなおして、ルーレットコーナーへと足を運んでいた綾香を呼び止める。 「なに? あんたは紅葉のヤツを拘束するの手伝わなくてよかったの?」  綾香はルーレットの1台に目を止め、それを鋭い目で睨む。そして“やっぱりか”と言わんばかりの溜息を零して麗華の方を振り返る。 「あちらの方は鈴音ちゃんと智恵理さんが準備してくださるので問題ありませんわ。それよりも綾香さん! 貴女に聞きたいことがあるのですが……」  麗華にその様に言われ、これは長い話になりそうだと予感した綾香は近くのルーレット台に背中を当てて体重を預け、軽く目を閉じて彼女の言葉を待った。 「あの最後のロイヤルストレートフラッシュ! アレはどうやって仕込んだんですの? わたくしの目には、混ぜる時も配る時も不審な動きをしてはいない様に見えましたが……」  麗華は好奇心旺盛な少女の様に目をランランと輝かせあの時の仕掛けを綾香に問う。綾香はその期待に溢れんばかりの麗華の目に若干頬を引き攣らせながらも、仕方ないわねと言わんばかりの息を吐いて説明を始める。 「アレは、智恵理に脱出を補助してもらった時に仕込んだのよ……」 「智恵理さんに補助してもらった……時?」 「私達がこのカジノに入って来た頃には、既にあいつは紅葉のサポート役のバニーに成り代わって側に立っていたじゃない?」 「えぇ、それならわたくしも……最初に見た時……気付きましたわ!」 「紅葉は最初からあんたとの勝負をポーカーでするって決めてたんでしょうね……智恵理に予備のトランプを1箱持たせていたわ」 「あぁ……確か、サポートとして側につくバニーは、すぐにトランプが補充できるよう1箱だけ新品のトランプデッキを持たされる事になっていたんでしたっけ?」 「そう。私はそのトランプを拘束椅子から脱出した後に智恵理から受け取って、椅子の裏でその封を解いて仕込みを行ったの……。その間智恵理には拘束される予定の牡丹のポケットからもう一箱の新品のトランプを抜き取らせてポケットに納めて貰ったわ」 「牡丹さんから追加で新品のトランプを? まぁ、確かに……彼女も持っていてもおかしくはありませんわよね? 紅葉さんのパートナーの一人でもありますし……」 「私は開封したトランプの中からロイヤルストレートフラッシュを作れるようスペードの10・J・Q・K・Aを抜き出してカード束の“一番下”に仕込んでおいた……」 「カード束の……一番下に?」 「そこで重要だったのは、仕込む時にその5枚のカードは他のカードとは逆の“裏側”を向けて仕込む事だった……」 「……? 裏側を……向ける??」 「私の計画では、トランプを混ぜた後は上半分を紅葉に混ぜさせてそのまま上半分だけを使って最初のゲームを進めるつもりだったから……必然的に上半分の束にタネを仕込む事は出来なかった。だから下半分……自分が混ぜる事になるであろう束の方に仕込みを入れておくしかなかったの」 「え? でも……なぜわざわざ裏返しに仕込む必要が?? 少しでもトランプがズレてそれがバレたら……イカサマしているって疑われるリスクが高まったでしょうに?」 「確かに、トランプがズレてしまえば……下の方で表向いてる札が複数枚見つかってイカサマしたのがバレバレになるわ。でも、山札を持つのは私だったし……私がそもそもそんなバレるような持ち方なんてしないって自信があったからこの仕込みを採用したの」 「元カードマジシャンだった頃の自信ってやつですわね? 流石です……」 「んで、この……ロイヤルストレートフラッシュの役5枚をワザワザ裏に向けて仕込んだ理由は単純よ。私がカードを引く順番になったら山札ごと引っ繰り返して、この5枚を山札の上に持ってくるつもりにしていたから……」 「自分が引く順番の時に……引っ繰り返す!?」 「そう……裏向きに重ねて仕込んであるから、山札全部を引っ繰り返しても相手の目には今までと同様に何の変哲もない山札に見える事になる……。でも、トランプの束を引っ繰り返しているのだから山札の上から5枚は私の仕込んだロイヤルストレートフラッシュが順番通りに並んで置かれているって事になる」 「そうか……裏側にして仕込んでおくことで、山札を引っ繰り返しても紅葉さんに気付けられる事なく自分の仕込みを利用する事が出来るようになる……と、そう踏んで最初からその5枚を裏側にしたと……」 「そ♥ ついでに言えば、その仕込んだ5枚とは別に後1枚……適当なカードも裏返しにして仕込んでおいたんだけどね?」 「適当なカードを……1枚?? それは……何故です?」 「そんなの……私がこの5枚の仕込みカードを引き切った後、山がどういう状態になるか想像すれば……自ずと分かるでしょ?」 「……5枚を引き終えた後? あ、あぁ! そうですわよね! 裏返っているカードは5枚だけですから……その次のカードは不自然に表を向いている事になる! それを紅葉さんに見られると……イカサマがバレてしまう! だからその為の対策で……と、いう事ですわね?」 「そういう事♪ 5枚目を引き切った後に表を向けたカードが出てきたら、カードの山が実は反転しているって事がバレてしまうわ。それを防ぐために、適当な1枚を仕込みの6枚目として最後のカードに加えて……カードを引き切った後でもその束が何の変哲もない山札であると偽装出来るようにしておいたって訳」 「成程……。でも、それ以前に……紅葉さんのあの警戒しきった目を掻い潜って……よく山札を引っ繰り返す事が出来ましたわね? わたしにはそのタイミングを見計らう方が難しいと思ってしまうのですが……」 「確かにそう……。あいつは私の不正を見逃すまいと私の手元を睨むように監視し続けていたわ。でも、あいつが“先に交換してくれ”って要求を出した事でその隙を生むことが出来たの」 「先に交換? あぁ……そんな事言ってましたわね……彼女……」 「紅葉は、私がカードを広げて見せた時……自分の役を更に強くするべくAのカードを探していたわ。そしてそのカードを見つけた彼女は混ぜる時にそれを山札の1番上に仕込んだ……」 「ちょ、ちょっと待って下さいまし! そう言えば……カードを混ぜた後、綾香さんは札を広げて見せてましたわよね? 束が混ざっているかどうかを証明する為に扇型に広げて……」 「えぇ……」 「でも、その束の中には……さっき言った“裏向きに仕込んだ6枚”があった筈でしょう?」 「そうね……。混ぜると見せかけて混ぜずに仕込んでいたあの6枚は確かにその束の底部分に有った……」 「でしたらあの場面で広げて見せたのは大丈夫でしたの? 少しでも裏向きのカードがあると見つかれば……イカサマをすぐに疑われていてもおかしくはなかった場面でしたのよ?」 「まぁ、そこは私のマジシャン時代の技術でカバーできると信じたわ……」 「え? 技術?」 「混ぜた山札は、一番上の方から順番に並ぶよう広げていってみせた……。つまり私の仕込みのある下からじゃなく逆の上から見せていった事になるわ……」 「……? えっと……はい……そう……でしたわね?」 「私は先に、手のひらの中に最後の6枚分のカードを感覚的に分けてパーム(手のひらの中にカードを隠し持つ技)を行って、手の内に保留させた。そして、山札を全部公開する風を装って6枚だけを隠しながら広げてみせたのよ」 「あぁ、なるほど! カードはテーブルをスライドさせながら扇形の広げていったから手のひらはずっと下を向いたままになっていたはずですわね! だから、その手のひらの中にあの6枚を隠し続けたという事ですのね?」 「簡単に言えばそういう話よ。見せていた時間はほんの数秒程度だったし、紅葉も自分の仕込みを行うためAを探すのに夢中だったから数枚カードが足りないことを疑う事もなかったわ」 「そうでしたわね……。彼女もイカサマを狙っていた……という状況でしたから、余計に綾香さんの仕掛けに疑いを持つ事も出来なかったのでしょう……」 「後は元通り山を回収して……山の上半分を紅葉に混ぜさせるだけ……。私は下半分を担当するけど……当然、全部の札を混ぜてはいなかったわ。紅葉同様、仕込んだカードがバラバラにならないよう上っ面だけを混ぜるフリをして戦いの準備を終えたのよ」 「あの時点で紅葉さんだけじゃなく綾香さんも同時にイカサマを仕込んでいたなんて……まさにマジシャン同士のイカサマ合戦って感じになってましたのね?」 「まぁ、私は紅葉がどういう事をするか分かっていたから、あいつの粗を探す事に意識を向けられたけど……紅葉からすれば必死だったかもね? だって……私がイカサマするかもって警戒しないといけないし、自分もイカサマを滞りなく仕込まなければならないって思ってたでしょうから……」 「お互い……それを顔に出さずに読み合っていたというのですから……マジシャンの世界は弱肉強食であるとよく分かりますわ。弱みを見せたら負け……ですものね?」 「マジシャンってのは、いかに客から主導権を奪えるかが求められる稀有な世界に生きている人間達よ。客に疑われる前に巧みに自分の構築した世界へ意識を誘導する……それが出来ないようならマジシャンとして生きていく事なんて難しいわ……」 「過酷な世界……ですわね……」 「っと、話が脱線したけど、あんたが聞きたかったことってアレよね? その仕込んだ山札を“どのタイミング”で引っ繰り返したか……だったわよね?」 「え? あ、そうですわ! そうでした……」  綾香はそこで一旦言葉を切り、次の話を始める為に呼吸を整える。そして、コクリと頭を頷かせる仕草を取って麗華の疑問に答える話を語り出した。 「その答えを言う前にちょっと思い出して貰いたいんだけど……勝負の前半で私が“シューター”を使えなくしたの覚えてる?」 「えぇ、勿論! 確か……床とライトのイカサマと繋がりがあると……そう宣言して使用を禁止してましたわよね?」 「そう。そのお陰で、彼女は私が配った札を事前に察知は出来なくなった」 「それは……そうです。だって……あのイカサマはシューターを通さないと使えないものでしたから……」 「実はそのシューターの使用を禁止した意味って、これ以上イカサマをさせない為……って理由だけじゃなかったの」 「え??」 「確かにイカサマをさせないようにする事は大事な要素だけど……それ以上に、事前にカードの中身を知れなくなるというイカサマ無効の効果は……後に決定的な隙を彼女に与える事になる……」 「決定的な……隙?」 「もし、イカサマが出来る状態だったとして顔を上げたまま床の仕掛けを見ていれば……視線は私の顔の延長線を向いたままになるでしょ?」 「え、えぇ……。目的の床が背後にありますから……そうなります」 「でも、そのイカサマが使えないとなると……カードの中身を確認する方法は1つしかなくなるでしょ?」 「ひとつ……? あっ!」 「そう……直接カード札に“視線を向けて”見るしかない!」 「……っ!?」 「見る時間は一瞬かもしれない……でも、その一瞬の隙さえ作れれば、山を引っ繰り返して何事もなかったかのように振舞う事なんて私には朝飯前よ♪」 「そうか……。いくらイカサマを警戒して綾香さんの手元に視線を集中させていても、自分の配られた札を確認する時は絶対にそっちに意識が向く……その一瞬を利用して山札を引っ繰り返していた……と?」 「あいつってば小心者だから、自分が仕込んだエースが確実に自分の手元に来たか自信が持ててなかったのよ。だから、確認する為に手元へ視線をずらした。その隙を私は見逃さなかったって所ね……」 「まさかその為にシューターを使用不能にしたというのですか? 一瞬の隙を作るためだけに?」 「アハハ……まさか! その為だけにわざわざイカサマのタネまで言い当ててシューターを禁止したわけないじゃない♥ 理由は他にもあったわよ……」 「……??」 「イカサマの方法を暴露してシューターを使わせなくしたのは、もう一つ……後半の主導権を握る為っていう大事な狙いが含まれていたから行ったのよ……」 「……主導権を……握る??」 「ほら、私がヤろうとしてたイカサマって……シューターがあると絶対できないでしょ?」 「……っ!? そ、そうですわね……。確かに、山を引っ繰り返したりするのは……手で束を持ってないと絶対にできない……」 「そう。このイカサマは“カードの束を手に持った状態”でしか出来ないイカサマよ。だから、シューターは絶対に使わせる訳にはいかなかった……」 「あの蓋つきのシューターの中にトランプデッキを入れていたら……ゲーム中はもう触る事が出来なくなる……。綾香さんの言った山を引っ繰り返すイカサマは物理的に行えなくなる……という事ですわね」 「更に言うならば、シューターを封じるだけでは紅葉に付け入る隙を与えてしまうとも思っていたの……」 「付け入る隙?」 「もし彼女が“シューターを使わないことを認める代わりに山札はテーブルの上に置いて配れ”なんて言って来たら……私の計画は破綻する事になるわ。そこに噛みついて“手に持たせてヤらせろ”って言っても不審に思われるだけだし……それを疑われれば私はイカサマをやりにくくなってしまう……」 「そう……ですわね。確かに……彼女の性格なら、許容する代わりに○○をしろ! って交換条件を出して来そうな気がします……」 「そう思ったから、私はシューターの使用禁止をイカサマの告発と混ぜて宣言したの。“イカサマがバレたのだからシューターを使わなくさせられるのは当たり前”って思わせる事も出来るし、イカサマがバレた負い目を植え付ける事でその後の私の“勝手な行動”もある程度なら目を瞑るだろうって予想できた。だから、イカサマの告発と同時進行でシューターの使用を禁止したのよ……」 「成程……だから、敢えて最初はシューターの使用を禁止せず……彼女を泳がせたのですわね? イカサマをやらせて、頃合いを見てそれを告発して彼女が握っていた主導権を一旦地に落とし……そして自分がその主導権を握り返す。全ては、後半で自分のイカサマを成功させる為……その為の流れが、綾香さんの頭の中には組まれていましたのね?」 「まぁ……あいつにイカサマをさせたのは、あいつの手役を最低でもスリーカード以上の役に育ててもらいたかったって思いもあったんだけど……そこは運しだいだと思っていたから、実現できたのはラッキーだったと言えるわね」 「紅葉さんの役を高くして降り辛くさせる……そして、イカサマをやったという負い目を植え付けて彼女から主導権を奪う……更にはイカサマ道具を封印し、自分のイカサマを通しやすくする環境を整えてしまう……。紅葉さんにイカサマをさせる事で一石二鳥……いえ、一石三鳥も四鳥も優位性を生み出して自分のイカサマに繋げていったのですわね……」 「マジシャン同士の戦いも考え方はお客さんと対峙する時と一緒……。いかに相手から主導権を奪って自分の創造した“ダマシの世界”に引き摺り込むかを考えるのが一番大事。相手を自分の世界に引っ張ってくる為にトークの実力を伸ばす人も居れば手の仕草にこだわりを付ける人も居る……。勿論、技術を磨いてマジックの鮮やかさで魅了する人だって居る……。そんな世界だから、相手から主導権が奪えなかったマジシャンは没落する運命を辿る事を余儀なくされるわ……」 「主導権……ですか……」 「相手から大した事ないマジシャンだとレッテルを貼られて舐められたら、疑わなくていい部分まで疑う余裕を相手に与えてしまう。マジシャンはそういう予期しない部分にタネを仕込む事が多いから、意識の誘導が出来ないとそこも疑われる事になって結局オチが読まれたりタネがバレる事にも繋がってしまうわ……」 「そうなると、マジシャンにしてもお客さんにしても……興覚めになってしまいますわね……」 「だから、マジシャンにとっては主導権を握る事は何よりも大事な事なのよ。そしてきっと……それと同様で……イカサマを行う上でも……それは大事な事である筈……」 「………………」  綾香はそこまで説明すると、フゥと息を吐いて再び間を開ける。そして、遠くにあるポーカーテーブルを懐かしむように眺めつつ言葉を続けた。 「さて、余計な話までしちゃったから頭の中がゴチャついちゃったでしょ? 今まで話した流れを踏まえて、今回のイカサマ劇を簡単に振り返ってみましょうか……」 「……はい!」 「流れをまとめればこんな感じよ……。まず、私はあの椅子に拘束され責められている間に紅葉のイカサマを観察し仕組みを理解した。イカサマを理解して私はそのイカサマを利用し破る作戦を頭の中で構築した」 「よくもまぁ……笑わされながらそんなこと考える余裕がありましたわね? そこは素直に凄いと思いますわ……」 「そして、あんたの勝負が最終戦になった頃合いを見計らって、智恵理に枷を外して貰って牡丹を眠らせて貰って……トランプに仕込みを行った。そのトランプを智恵理に渡して、彼女に合計2箱のトランプデッキを預かって貰った……」 「1つは仕込み有りのデッキ……もう1つは牡丹さんから奪っただけのただの新品のデッキ……でしたわね?」 「そう……。んで、それから機を見計らって紅葉の背後へと回り込み、紅葉と同じ視点で彼女のイカサマの仕様を再確認し……自分の予測していたイカサマの手法であるとそこで確信を得た状態で彼女に勝負を挑む事となった……」 「わたくしが決死の覚悟で挑んだ最終戦ですわね? その間も、その後の綾香さん達の勝負の間もずっと裸のままでしたから滅茶苦茶恥ずかしかったですが……まぁそれが最後に勝利に結びついたのですから良しとしましょう……」 「シューターの仕掛けには薄々気づいていたけど……あのカードホルダーの仕掛けにはまだ気付いていた訳ではなかったわ。でも、あんたが粘ってくれたお陰でその仕掛けも分かったし……最後の決戦の時にアレを封印しなくちゃいけないっていう危機感を与えてくれた……その点だけはあんたの働きとして賞賛に値するわね……素直に感謝してあげるわ♥ サンキュ♪」 「感謝しているのに偉そう! ホントに感謝する気……有りますぅ?」 「そして、そこからあいつと対峙しする事になるんだけど……。私の仕込んだトランプをごく自然に使用する為には“智恵理”の存在をまだ紅葉に知られる訳にはいかなかった……」 「当然ですわね。だって……その仕込みのトランプ、智恵理さんが持っていたのですから……」 「だから、敢えて彼女には猿轡を噛ませて手を拘束し……まるで私の敵であるかのように見せて紅葉の前に姿を出させたのよ……」 「それに関しては智恵理さん怒ってましたわよぉ~? 私にあんな格好をさせるなんて……絶対に許しません! ってずっと文句言っておりましたしぃ? 絶対復讐してやる! とかも言ってました♥ ですから……これが終わったら背後を気にしておいた方がよろしいかもしれませんねぇ~?」」 「うっ、怖っ! ま、まぁ……それは良いとして。それから、智恵理からは何の仕掛けも施していないトランプの方を最初に奪って見せ、それを勝負の前半に使った……」 「牡丹さんから奪っておいたデッキですわね?」 「それを使って前半を進めて、敢えて紅葉に良い役が揃うようシューターのイカサマを使わせた……」 「紅葉さんに良い役を与えたのは、後に“降りる”という選択をしにくくさせる為。っで、ついでに自分に悪い手札が配られれば後に“5枚交換”という暴挙をやり易くなるので、一石二鳥の作戦だったという訳ですわね?」 「そう。そこまで計画通り事が進めば、後は……紅葉のイカサマを暴く形でシューターを禁止するだけで良かった。これを禁止する事で後半の主導権を握る事が出来るようになったし“自分の手札を自分で確認する”っていう決定的な隙を生む事が出来た……」 「ついでに、カード自体も怪しむ体を取る事で、自然と“新しいカードデッキ(仕込みのあるデッキ)”を使うという流れに持って行きやすくなった……ですわよね?」 「えぇ……その通り。ここでようやく私の仕込んだカードデッキを使うタイミングが来たって訳……」 「ちなみに、智恵理さん……綾香さんのカードの奪い方も乱暴だったと抗議しておりましたよ?」 「ふぅ~ん? でもしょうがないじゃない、敵同士だと思わせなきゃいけなかったんだし……」 「いやぁ……ホントに後が怖いですわよぉ~? 彼女、ああ見えて根に持つタイプですから……」 「うっ……! こ、コホン! えっと……話は自分の仕込みを入れたデッキを持ってきた所からだったわよね?」 『クフフ……焦ってる焦ってる♥』 「私は、その箱がさも新品であるかのように封を解いた所を隠しながら智恵理から奪って見せて、それから証拠を消すように封を雑に破ってカードを取り出した……」 「アレは見事でしたわね……。一度箱を開いているというのを知られるとイカサマを疑われたでしょうけど、綾香さんは封を破る所までをスムーズに素早く終わらせておりました……」 「カードを取り出した後は“下に裏返しで重ねている仕込み”をバラバラにしないようキープしながら他のカードを混ぜて見せ、後半への準備を整えた……」 「そこから先は、さっき言って貰った通りの流れですわよね? 混ぜた事を証明する為に広げて見せるけど仕込んでおいたカードは手の中で隠してた……とか、山を引っ繰り返す隙を見計らっていたとか……」 「そっ♥ 簡単に流れを言えばそんな感じよ。どう? 理解出来た?」  綾香は説明し終えると再びフゥと深い息をついて麗華が頭を縦に振る様を確認した。そしてそれを確認すると、自分の体重を預けていたルーレット台へと振り返って年代を感じさせるそのルーレットへ視線を戻していった。  その姿をぼんやりと眺めながらも、麗華は未だ謎であると思っていた疑問点を綾香の背に追加で問いかける事にする。   「綾香さんはどの時点で……店もグルになってイカサマをやっているとお気づきになられたのですか?」  その質問に綾香はピクリと背中を反応させる。 「わたくしは……その答えが突きつけられるまで、ずっと紅葉さん個人の不正であると思い込んでおりました。それ故に彼女のイカサマの正体までは突き止められるに至れなかったのですが……」  その質問は麗華にとっては是非とも知っておきたいと思っていた疑問だった。なにせ、店ぐるみのイカサマだと分かっていれば……もっと疑うべきは別にあったと今更ながらに思えてしまうからだ。紅葉が個人的にヤっていると思っていたから、紅葉の手つきや……その周辺だけで何かが行われているのだろうとしか思えなかったが、店がグルなら……店の備品や道具……それこそスポットライトの仕掛けにも意識が向いていたかもしれなかっただろうから、それを素早く察知できなかったのは麗華の落ち度であり反省すべき点であると彼女自身も思っていたのである。 「私が“この店自体”が怪しいって思ったのは、あんたから最初に紅葉のイカサマ話を聞かされた時……」  麗華はその言葉を聞いて一瞬考えを巡らせ、そして何かを思い出したかのようにポンと拳を手のひらに打って見せる。 「あぁ! 確か……綾香さん言ってましたわよね? 単発のイカサマだけじゃなく何種類もイカサマに手を出せるのは……普通じゃないって……」  その返しに綾香も頭を大きく頷けさせる。そして、麗華に背を向けたまま話を続ける。 「その時から、ある程度……店も一枚噛んでいるか、店の従業員全体がイカサマに加担しているんじゃないかって可能性を考えていたわ……」  綾香はそう言ってルーレットホイールの傍に置いてあった細長いケースに人差し指を這わせ、それを撫でる仕草を始める。 「そっか……その時から……既に疑ってましたのね?」  麗華はその仕草を背後から眺めつつ、何をしているんだ? と、首を斜めに傾けつつ綾香の言葉を待つ。 「んで、店がグルだって確信を持てたのは、来店した直後……この、ルーレットコーナーを見た瞬間だったのよ」 「ルーレットコーナーを見た瞬間??」 「私がこのカジノに行く前日……智恵理と電話を繋いで貰った時に彼女に聞いた質問……覚えてる?」 「え? あ、あぁ……えっと……? 型番……でしたわよね? 確か……このカジノで使われているルーレットの型番を調べて欲しいって……」 「そう。私はあの時……今回の勝負もルーレットになるかもって警戒してたから、こっちもイカサマで対抗できるようルーレットの型番を調べて貰おうって……その時は思っていたの……」 「イカサマで対抗できるよう? 型番を調べる??」 「最近のルーレット台には磁気によるイカサマを検知するシステムが備わっていたり、振動による不正を検知できるシステムが組まれている台が多く流通しているわ。それらを導入されていれば私が持って行こうとしていた“あの指輪”がそのシステムに検知されてしまう恐れがあったから、まずはルーレットの型番を確認してそれが使われていないモデルかどうかを確認しよう思ったの……」 「あぁ……そうか。そういうイカサマ防止の台……最近増えてきてますものね?」 「私からすれば、そういうシステムが組まれる前の型番のルーレットであればいいな……くらいのノリで安易に聞いた型番の情報だったんだけど……でも、智恵理から聞いた型番はそれよりも遥かに古い……骨董品と言えなくもないレベルの昔のルーレットの型番だった……」 「えっ!? そ、そんなに古いルーレットなんですか? コレは……」 「まぁ、老舗のカジノとかなら……ビンテージものが好きな客用に1・2台くらいはそういう古い台を敢えて置いてあげてる店もあるにはあるけど……でもココは異常だった。なにせ、見る限り全てが70年以上も前のルーレットを新品同様に磨いて使っているのだから……」 「な、何故そんな事を? この店なら……最新のルーレット台なんていくらでも購入できたでしょうに……」 「智恵理から店のルーレットがそういう状況だと聞いて私はすぐにピンと来たわ。これは……イカサマし易い環境が整っている……と」 「イカサマが……し易い環境??」 「昔のルーレットはポケット間の壁が高かく設計されていたり、ひし形のデフレクターって呼ばれる突起が無かったりして“偶然性”が“生まれにくい”構造になっていたの……だから、熟練のディーラーになれば台の癖とかも加味しつつ自分の狙った位置にボールを落とすなんて芸当も出来ていたらしいわ……」 「狙った位置にボールをッっ!? じゃ、じゃあ……やはり私が負けたのは……紅葉さんの凄腕が原因だった……」 「いいえ。紅葉にそんな技術は無いのは明らかよ。あいつはズブの素人……そんな曲芸みたいな芸当を習得できていた筈がない!」 「え? でも……わたくしとの勝負では確かに……」 「古いルーレット台は今言った通り、偶然性が極力除かれたイカサマしやすい構造になっていた。このカジノではその特徴を生かし、敢えて昔のルーレットを購入しそれに改造を施して店に配置してたのよ。素人でも簡単にイカサマ出来るよう……最新の技術を盛り込んでね」 「素人でも……イカサマが出来る??」  その様に言葉を切ると綾香はおもむろに指を這わせていたルーレット用のボール保管箱を開き、中から玉を一つ抓んでそれを麗華に投げて渡した。 「まずはこのルーレットの玉……。このカジノで使っている玉は、通常の規格よりも少しだけ大きく……そして軽くなる様に設計されたモノが使われているわ……」 「普通のよりも……大きくて……軽い!?」 「それだけ持っただけじゃ分からないでしょ? ほら、こっちが智恵理に仕込ませようと思っていた金属をプラスチックで覆って加工したノーマルボール……。この玉は正真正銘ルーレットの規格通りに作られた玉だから持ち比べてみればハッキリすると思うわ……」  綾香は続けて、同じ色・同じような見た目のもう一つの玉を麗華に投げて渡し、それを持ち比べてみるよう促す。  玉を受け取った麗華はその二つを左右の手に持たせてみて違いを比べてみた。 「そ、そうですわね……確かに……そう言われると軽い気もしますし、少し大きいような……?」 「まぁ……軽いと言っても素人には分からないレベルだから仕方ないけど……毎日ウン百回と玉を手に取る専属ディーラーにはすぐばれてしまうレベルの軽さではある……大きさも同様にね?」  そう言って綾香は、12個の玉が梱包された予備の箱を開け……それをバラっとベッドゾーンのあるシートに転がして見せる。全てが同じ大きさ同じ重さの同じ玉……それがベッドゾーンのあちこちに転がって広がる様を見守る。  綾香はその転がっている玉の内の一つを手に取って、光に当てる様に斜め上を向きながらその玉を眺め始める。 「玉を大きくして軽くするメリットは、ただ投げ入れただけではあまり効果を及ぼさない。これを効果的に機能させるにはルーレット本体側の“仕掛け”も同時に稼働しないと意味を持たないの……」 「ルーレット本体側の仕掛け?」  綾香はそれを観察し終えると持っていた玉をポケットにしまい、今度はルーレット本体に指を差して麗華に特定の箇所を見るよう誘導を行った。 「ルーレットのポケット……これを見て? 数字の書いてあるポケットとポケットの間には仕切りの様な壁が存在しているでしょ?」 「え、えぇ……」 「この仕切りの根元……よく見てみなさい? よぉ~~く見ると……仕切りを浮かしているかのような“空間”が開いている様子が見えてこない?」 「ほ、本当ですわ! よく見ないと気付きませんが……仕切りの根元の更に下に……空間が開いている様子がチラ見えしてます!」 「仕切り自体を黒で塗っているし、空間自体も真っ暗だから普通はそこに隙間が空いているとは気付かないけど……こうして止まっている盤面をよく見れば気付く事が出来る……。そしてこの“隙間”こそがボールの軌道を変える大事な役割を担っているって事も想像を働かせれば思い至れるはずよ?」 「この……僅かな隙間が?」  綾香はそう言ってルーレットのホイールを軽く回して見せる。ホイールは少しの力でも回す事が出来、その回転は力に比例してゆっくりと重々しく盤面を回している。 「恐らく……このルーレットを分解してホイールの中身を見れば、数字版の下に沢山の小型サーキュレーター(送風機)が設置されてあるのが確認できると思うわ」 「サーキュレーター? って……扇風機みたいなやつですわよね?」 「それの小型版と言って差し支えないわ。パソコンの排熱ファンみたいなイメージで、それを極限まで小型化したようなモノよ……」 「それが……沢山……配置されてある?」 「そう。サーキュレータはコンピューター制御でオンオフの切り替えが出来て、オンになれば指定したポケットの下から直線的な風を送り込む事が出来る……。つまりは、この仕切りの根元の隙間から自在に風を吹かせる事が出来るって仕掛けね……」 「……っ!? 隙間から……風が??」  綾香の言葉を聞き驚愕した麗華は、食い付く様にルーレット盤面に顔を密着させ隙間から中が見えないかと必死にのぞき込む。しかし、カジノ自体が若干薄暗いのと、本体の中の暗さも相まって中の様子は何一つ見抜くには至らない。ただ……本体の中が広い空間になっているという事だけは覗いた先の空気感で知る事だけは出来た。 「ホイールが回転を止めて、ボールがどのポケットに入ろうかって迷い始めた頃合いを見てその風を送り込めば……ある程度ボールの動きをコントロールする事が出来るようになる。それを利用すれば入れたくないポケットと入れて良いポケットを区分ける事も可能になる……って寸法よ」 「なっ!? じゃ、じゃあ……わたくしが賭けた色に入れたくないと思ったら……例えば、わたくしが赤に賭けたとしたら、その赤のポケットに風のバリアを張るよう送風機を動かせば絶対に入らないように出来た……そういう事が出来たという事ですわね? この仕掛けで!」 「まぁ、玉の重みの方が風の力よりも強い筈だから……百発百中って訳にはいかないだろうけど、でも玉の制御までもコンピューターに任せてあるって事なら9割9分以上の正確さで狙った場所に玉を落とせるでしょうね……」 「玉の動きをコンピューターで制御? それって……風の強さや向きも機械が自動的に算出してくれるって奴ですの?」 「そう。それを可能にする為には、このルーレットから“偶然性”を出来るだけ排除する必要があった……」 「……そっか……だから昔のルーレットを購入したという事ですのね? 昔の台なら……造りが単純だったから偶然性を排除する事が出来た……と」 「そう。さっきも言ったように昔のルーレットは、仕切りが高く設計されててポケットも今のより広くて窪みも深かった。そして、昔の台はデフレクター(菱形の突起)も無いから玉が不意に障害物に当たって軌道を逸らすなんて事も起きにくかった……」 「まさにイカサマを仕込むにはもってこいのルーレットだった……という事ですわね?」 「玉が少し大きいのも……ある程度風の影響を受け易くする為。そして軽いのも勿論……」 「成程……。それを入店時に綾香さんは気付いて……この店はイカサマに加担していると確信したんですわね?」 「そう……。こういう大掛かりな仕込みはディーラー個人で出来るようなものでもないし……更に言えば、この不正を店にバレずにヤり続けるなんて不可能だと思った。だから、私は最初から店もグルだと察したわ……」  綾香はその様に続けながら、ふと天井に顔を向けてあのスポットライトが設置されている方に視線を向けた。麗華もその視線の方を追いかけ、綾香と同じスポットライトを見上げる。 「だから、あのスポットライトの仕掛けも……気付く事が出来た……という訳ですか……」 「店とディーラーが繋がってるって気付ければ、後は違和感を探すだけの作業だったからね……」 「違和感?」 「そう。この店は……私達と勝負する為だけにいくつかの違和感を隠し切れずにいたわ……」 「……それは……?」  麗華に尋ねられ、綾香は店の隅や天井などに設置されている巨大スピーカーをそれぞれ順番に指し示す。麗華がその誘導に従うようにスピーカーを見るとそこからは客もまだ入れていないのに相変わらずの大音量を垂れ流しているソレを見る事となった。 「まずこのBGM。客もいないのに何でこんな馬鹿みたいにデカい音量のBGMを流さないといけないのか? って最初は思ったけど、でもよくよく考えればこれもスポットライトの仕掛けを使う為に必要だったんだって気付く事が出来るわ……」 「スポットライトの為……?」 「音も何も無い空間でスポットライトだけが使われたら明らかに変でしょ?」 「あ! そ、そうか……スポットライトって……普通、音に合わせて動かすモノですものね?」 「もし、営業時間の真っ最中に勝負をしていたなら……上手くスポットライトやBGMの違和感は拭えたかもしれないけど……奴がイカサマを100パーセント活用する為には、どうしても客を入れる訳にはいかなかった……」 「あぁ……それは、言ってましたわよね? 確か……客に絨毯の上をウロウロされるとスポットライトの光が読み取り辛くなる……とか?」 「そう。それもそうだし、そもそも……紅葉は、ルールの改変を適宜挿し込んで勝負を自分有利に進めたいって思惑もあった……。もっと言えば、何か不測の事態が起きた時……第三者の証言者が居ては更なるルール改変が出来なくなるかもしれない……と思ったから客を入れたくなかったのよ」 「確かに……あのゴネようは……お客さんがいなかったからこそ出来た芸当でしょうからね……」 「でも、客を入れなかったことが仇になって、店に違和感を残す事になり……私にイカサマを見抜かれてしまう事に繋がった。そして、あんたが提案してくれた“ゴネた時用の対策”としてカメラを仕込んだことによって、グゥの音も言わさずに勝つ事が出来た……」 「あのカメラが決め手になってくれて嬉しいです♪ 何事も“保険”をかけておく事は大事ですものね♥」 「保険屋が保険はかけておいた方が良いって言うんだから……そりゃあ従わない訳にはいけないじゃない? だって……あんた、い・ち・お、保険屋を名乗ってるし? ねぇ?」 「フフフ……わたくし……そう言うの得意分野ですの♥ 今お気づきになりまして?」  綾香はヤレヤレと手を横に広げ息を一つ零す。  そして、一呼吸を置いたのちに続きの言葉を零し始める。 「後の違和感で言えば……スロットコーナーに開店準備をするスタッフが一人もいなかったっていうのも不自然さが際立っていたわね……」 「スロットコーナーに人が? そうでしたの?」 「えぇ。あの一角だけは人が避けられている様に誰も近寄っていなかった。恐らく、朝礼か何かで通達されていたんでしょうね? 対戦が始まったらあの区画には立ち寄るなって……」 「それは……何故でしょう? 開店準備をするなら、人を散らして台を磨くなり掃除をするなりさせていてもおかしくはないと思いますが……?」 「それは多分……あんたを警戒させない為の配慮だったんだと思う……」 「わたくしを警戒させない為?」 「スロットコーナーは、通路を挟んで私のステージがあった正面に位置してた……。麗華達から見れば、振り返って斜め後ろ……そこにコーナーがあったでしょ?」 「え、えぇ……そうでしたわね……」 「もしそこに人が居れば……あんたは絶対“後ろからカードを見られている”って察して“背後”を警戒するようになる……」 「……っ!? そ、それは……確かに! そうなっていたかもしれません……」 「紅葉の仕掛けはあんたの背後に照射されるスポットの光を見ないといけない。だからあんたには極力背後に意識を向けて貰いたくなかった……」 「あ、そ、そうか! わたくしが背後を警戒していたらいつかタイミング悪くその仕掛けを見てしまうかもしれない……ってそう思ったのですわね!」 「そうよ。だから、いっそ背後から人の気配を完全に消して疑う理由を一つ潰してやろうってそう考えたって訳よ」 「わたくしの意識を背後から紅葉さんに集中させるため……その為だけに人間をそこに寄らせなかった……と……」 「そういう……人の動きの制限とか複数人の行動を制御するような行いは、店とディーラーがグルでないと出来ない調整よ。だから増々、イカサマは店全体で行えるようになっているんだって……気付かされる事になった……」 「成程……。それは、ステージで全体を見ていたからこそ気付けたことですわね。わたくしの場所では……紅葉さんの姿か奥の壁しか見る事は叶わなかったですし……」 「まぁ、この違和感は私がディーラーとして働いていたからこそ気付けた部分ではあったかもしれないけどね? あんたや鈴音だったら……ただ人が居ないだけにしか映らなかったかも……」 「かもしれませんわね。まぁ……わたくしがこのような悪趣味な椅子に座らされる事など無いですから……どのみち気付き得ない事象だったという事にはなりますが……」 「よく言うわ……その一歩手前まで追い込まれていた癖に……」 「わたくしは信じておりましたよ? 綾香さんがわたくしの事を助けに来てくれるって……♥」 「はいはい……」  綾香は呆れに片眉をひそめながら、慌ただしく準備が進行しているステージの上を見る。  ステージの上には二台の拘束台が置かれている……。  一台は、先程まで綾香が拘束されていた椅子型の拘束台。そこには今も牡丹が眠らされ拘束されたままになっていた。  もう一台は麗華用に途中で追加設置されたX字型の拘束台。これはベッドの様に床と平行に置かれていて、手足首の所には拘束する為の革枷が標準装備されてある。  この拘束台には……先程昏倒させられた紅葉が鈴音と智恵理の手によって運ばれ寝かされていて、丁度今彼女の自由を奪う拘束をし終えようとしている段となっていた。  綾香はそれを遠い目をして眺めながら、麗華に視線を合わせずその方を向いたままで小さく口を開く。 「ねぇ? ところでさ……」  綾香の呼びかけに麗華は彼女の方に視線を向けるが……綾香はジッと紅葉達の方を見て視線を外さない。 「紅葉達の今後の処遇だけど……あんたは……どうしようって思ってる?」 「……どうする……とは?」  麗華の返しに綾香は僅かに間を開ける。そして何かを思案するように首を少し傾けると、言い辛そうにゆっくりと言葉の続きを紡ぎ始める。 「いや、ほら……罰を与えた後の彼女……反省させた後の彼女を……どうするのかなって?」 「どうするって……どうもしませんよ? 後は警察にお任せするだけですし……」  麗華のその言葉を聞いて、綾香は目を閉じ「そうよね」と小声で返事を返す。それからまた少し間を開けて自分の考えを少しずつ言葉に乗せ始める。 「もしさ……? もし彼女達が……ちゃんと罰を受けきって……ちゃんと反省したって思える姿勢を見せたとするじゃない? その時さ……紅葉達に対するその後の処遇を……私に任せる気はない?」 「……? 彼女達の処遇を? 綾香さんに?」 「彼女の罪を断罪して……警察に引き渡した後とかでも全然良い……良いんだけどさ……」 「その、後というのは……事件の後処理が全部終わったその時……という事……ですわね?」 「えぇ……」 「っで? 処遇を任せる……とは、具体的には?」 「それは……私も今検討中。だから上手くは言えないんだけど……でも、あんまり悪いようにはしたくないっていうか……」 「フム……まぁ、言いたいことは分かる気もしますが……」 「んで、もしさ? 可能ならで良いんだけど……良かったらあんたから……結城社長にお願いして貰えないかしら? 彼女の身柄を私が預かりたいって……言ってたって……」 「結城社長に?」 「うん……。私じゃ、あの人にお願いする権利……ないから……。だから、一つ頼まれて欲しいの……」 「……………………」  麗華は綾香の言葉に察するものを感じながらも、そこでは敢えて返事は返さなかった。  結城への身柄受け入れの願い……それは、彼女が綾香を救う時に一度使った手ではある。その成功事例を鑑みて綾香は自分を頼ったのだろうと推察は出来るが……今度はそれを自分の手で行おうと考えているようだ……。  恐らく……対戦する中で、彼女と言葉を交わし……彼女の人となりを理解した上での判断なのだろう。彼女の過去の恨みとそれに至る事となった経緯、自分との因縁……そして、自分の過ち……それらを交互に辿ったからこそ綾香には見えて来たモノもあったのだろう……。  出来れば、それに力を貸してあげたい……  過去の自分がしたように、今の綾香の為に動いてあげたい……  しかし、過去……綾香にそれを施してあげられたのは……彼女の立場がまだ、正規の保険調査員として雇用されていなかったタイミングだったからだ。  あのタイミングだったからこそ……会社や仲間に責任が及ぶ事が無いと分かっていたから、そういう行動に出る事が出来た。  しかし、今の自分は……エレメンタル保険の正規社員であり正規の保険調査員として働かせて貰っている身でもある。鈴音や智恵理はちゃんとした部下であるし……自分は彼女達の仕事を指揮する責任者でもある。  そんな今の自分が……人の一生を託す事になりかねない願いを、大会社の社長に向かって届けて良いとは到底思えない。  言えば多分……お人好しな社長の事だから了承してくれるとは思うが、その後はどういう方向にサイコロが転がるか分かったものではない。  もしも紅葉が……実は反省など全くしていなくて……結城社長をも巻き込むような大事件を引き起こして彼を路頭に迷わせるような事になってしまう結果になれば……目も当てられない。  そうなれば……提案した綾香もそうだが、進言した麗華にも責任追及の余波が及ぶかもしれない……  麗華にだけ責任が掛かるのであればまだ良い……しかし、会社や仲間に迷惑をかける事にも繋がりかねない  それだけは……避けなければならない。責任者となった今の自分は、会社も仲間も蔑ろにするような判断を取る事など出来ないのだ……  だから、麗華はその提案に易々と返事は返せないと思った。  せめて……これからの罰の行方を見守ってからしか……責任は持てない……と、そう思った。  思ったから……静かに告げた。 「綾香さんのお気持ちは……分かりました。しかし、まだ……その考えは頭の隅にしまっておいてくださいまし……」 「……………………」 「これからの罰で……それを行うに値するか……わたくしはそれを見定めるつもりです。ですから、綾香さんもどうぞ……彼女達への罰に参加してあげてくださいまし。直接罰を下して……彼女達の本心を確認してみて下さい……」  その様に言うのが精一杯だった。 「……………………」  しかし、綾香はその頼りない返事にもウンと頷いて見せ、顔に笑みを浮かべて見せた。  そして、麗華の方を振り返り…… 「当然よ♪ 本心を確かめる前に……私の恨みも晴らさないといけないんだしね!」  と、明るい声で返した。  その笑顔を見て麗華はフゥと息を吐き、同じようににこやかな笑みを口に浮かべて手をかざし言葉を返した。 「では……そろそろ向かいましょうか? 準備も……整ったようですし……」  ……と。  すると綾香もその手の方を向いて今度は意地悪な笑みを浮かべ直す。 「えぇ。徹底的に分からせてやりましょう? くすぐりの怖さってやつを……徹底的に……ね♪」  二人はそう言葉を交わし、ルーレットコーナーを後にしてステージの方へと歩き出していった。  ステージ上では丁度、智恵理と鈴音によって紅葉と牡丹の意識が戻されようとしている最中だった。  頬を軽く叩かれ……少しの痛みを与えられ、彼女達は覚醒を余儀なくされる……  片や椅子に拘束を施され座らされ……片やX字型の拘束台に磔にされた格好で……


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