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葉一
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ダークノア・恋人編(3)

一言メモ:いちゃパート。エロなし。要るところだから、まあ、たまにはいいでしょう。


 B


 大輔と俺はすぐに仲良くなった。お互い初めてのゲイ友、だったわけだが、大輔は何でもソツなくこなすので大学生活も同性愛者のコミュニティでも人気者だった。優しげな甘いルックスに、出しゃばり過ぎないけれども話題を振られれば面白いこと、あるいは含蓄のあることが言える。要するに、コミュ力が高いのだ。そして、小ぎれいな服を脱げばサイクリングで鍛えた肉体美が露わになる。そのギャップもまた大輔を一層魅力的に輝かせていた。

 一方俺はダメダメだった。中高とコミュニケーションを避けてきたツケが一気に来た。所属する漕艇部ならまだしも、大学の授業は難しい。何なら同級生と微妙に話が合わない。だんまりを決め込めば目つきの悪さもあって遠巻きにされるばかりだ。ゲイ界隈も大輔と繰り出すものの、人に話し掛けられたり囲まれたりしている大輔をぼーっと遠くから見つめることがほとんどである。たまに話し掛けてくるのは、ガタイの良さだけに目を奪われた空気の読めないおっさんばかり。しかも、それも上手にかわせない。もぞもぞと困っていると、大輔がすかさず俺の方に飛んで来る。

「疲れちゃった。もう帰ろっか」

「…………おう」

 席を立ち上がる。酔ったおっさんが呂律の回らない様子で何か言う。「彼氏?」それだけがはっきりと耳に残る。じっとりとした、質量を持った気持ち悪さだった。バーのドアを叩き付けるように、乱暴に閉める。もうこの店には来たくないと思った。イライラしている自分が嫌だったし、イライラしているところを大輔に見られるのも嫌だった。

 こういうとき、大輔は俺のことをあまり気にしないで淡々と歩く。それが一番良いと、肌で分かるのだろう。俺もそうしてもらえると実際助かる。横並びで一駅分歩く。あっという間だ。

「……ごめん。ありがとう」

 おそるおそる、言った。

「なんで?」

 俺と一緒に居てもつまらないだろう、という言葉を飲み込む。いつも助けてもらっている相手に、相応しくない。自分の嫌な部分を投げつけているだけだ。それは、あまりにも卑怯だと思った。

「僕たち、友達だろ?」

 大輔はくしゃっと音がしそうなくらい顔いっぱいの笑顔を俺にくれた。単純に、素直に嬉しいと思う。同時に、俺は満たされない思いに気が付く。友達以上になりたいと思っている、自分の浅ましい気持ちに気が付いてしまう。

 ──ああ、俺は大輔が好きだ。

 気付けば後戻りはできない。どくんどくんと耳元で心臓が脈打つ。俺には何もないのに、大輔に振り向いてもらいたいと思っている。18にもなって、こんな風に初恋が訪れるとは思いもしなかった。


 A´


 初めて会った時から、誠一君は素敵な人だった。一目惚れというものがあるとは信じていなかったけれど、他に説明しようがない。誠一君はきっと今も知らないだろうけど、実は、僕が彼を初めて見たのは中学校の頃だ。具体的な話はしない。自分の心の中に、大切にしまっておきたいから。

 別に同性愛者だということを隠していたつもりはない。何なら、年上の彼氏が高校の頃から何人もいた。面白い人もいた。優しい人もいた。格好いい人もいたけれど、僕も相当努力していたから容姿で魅力的な人はそんなに多くはなかった。それに、僕の初恋はずっと誠一君のものだった。また会いたい。どこかで会えないかな。そんな気持ちがいつも心の片隅にあった。だから、大学の寮で再会したのは本当に奇跡だと思った。──誠一君に、同性愛者の知り合いは初めてだって言ったのは咄嗟の嘘だ。嫌われたくなかった。それに、きっと僕のことを彼は覚えていない。実際その通りだったし。

 ボートで鍛えた広い背中。年中日焼けして浅黒い肌。そこに浮かび上がる太い血管。意地っぱりでしかめ面ばかりの顔。それに、時折僕にだけ見せてくれる曖昧な笑顔。そのどれもが僕をときめかせる。

 好きだった。これ以上ないくらいに、僕は誠一君に夢中だった。乗り気じゃないのを知りながら、友達という建前であらゆるところに遊びに行った。嘘や作り物のように、輝かしい毎日。愛し合わなくとも、それだけで僕には十分すぎる。

 ──でもそれはやっぱり綺麗事だった。できれば、もちろん、より深い関係になりたい。僕は自分が欲深い人間だとは思わない。ただ、もう二度と会うまいと思っていた誠一君を目の前にして、そういう欲求を段々と抑えられなくなっていた。でも、僕から確かめるのは何よりも怖い。今のままでも十分幸せなのだ。それなのに、僕が余計なことをして、誠一君が去ってしまったらどうしよう。

 僕は狡い。そういう自分が大嫌いだ。上っ面ばかり気にして、本当に好きな人の前でも自分を偽ろうとしている。それでも、自己嫌悪に浸ろうとすると必ず誠一君は僕に気が付いてくれた。


「調子悪いか?」

 その時も、何の前触れもなく誠一君は言った。鈍感な癖に、昔からそういう機微だけは読み取るのが上手い。何でもない、と広く、分厚い手をそっと握る。太陽のように温かい。戯れに触っただけだったのに、誠一君は僕の手をしっかりと握る。僕は驚いて誠一君を見つめ返した。

「俺、辛抱とか我慢、できねえんだわ」

 怒ったような表情。でも指先と視線は震えている。

「器用でもねえし、気の利いたことも言えない。でも」

 今度は声が震えた。それでも、誠一君は強い。たった一度の呼吸で全ての震えが収まる。真正面から見据えた瞳は、宝石のように煌めいていた。誠一君は穏やかに笑う。彼の笑顔は、いつもどこか寂しい。

「言いたいから、言うけど、お前が好きだ。好きなんだ──友達のままで、いたかったよな。ごめん」

 瞬間、全ての時が止まったように感じた。僕が言うべきだった言葉を、誠一君が全て言ってしまった。後悔と喜びで、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

「僕も好き。僕も好きだったんだよ──ずっとね」

 僕は狡いまま。でも、誠一君がそれでも良いと言ってくれたようで、嬉しかった。人目もはばからず、僕達は身体を抱き締め合った。ずっと近くに居たけれど、誠一君の身体は手のひらよりもずっと温かいと知らなかった。

「──なんだよ。早く教えてくれよ」

 照れくさそうな声で、誠一君が耳元で囁く。その日、僕たちは友達から恋人になった。



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