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小梅
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こちょ憑き(水野彩月編:2)

 コンタクト型網膜ディスプレイ、58000円。

 小型チップ式骨伝導スピーカー、23500円。

 合計、81500円――

 

 御年玉と数か月分の小遣い……

 あとは放課後と休みの日、おじいちゃんの畑仕事を手伝って貰えたお駄賃を全て足し……ようやく買えた。

 いつもの気弱なぼくだったら、こんな高い買い物をしたら「ほんとうによかったのか……」

 とウジウジ悩むとこだけど……

 今回は全くそういう気持ちが出てこない。

 数学の授業が終わって、次の国語の授業があるまでの十分間。

 その休み時間がやたら長く感じる。

 止まっているんじゃないか? と何度も教室の時計を疑い見てしまう

 そんなじれったい気持ちでソワソワしていると――


「はい、席について――」


 やたらキンキンと煩いクラスの女子とは全然違う、綺麗で落ち着いた声。

 水野彩月先生の、声……。

 目が合ったら恥ずかしいから、中々を見られない中、その美しい声にうっとりとしながら、僕は机の中に隠した

 スマホをおそるおそる起動させながら――

 あの日の、人生で一番特別になった日の時のことを思い返す。


『やっほい(^^)/ いつも良い子にしてる君に、サンタさんから素敵なプレゼントだよぉ~~~!! ぜっったい見てね(*^▽^*)』


 ぼくが生きてきた中で一番うさん臭い……

 親戚のお兄ちゃんがお下がりでくれたPCにきたメール。

 そんな7月に宛先が文字化けしてきた……クリスマス、プレゼント。

 だけどこれを送った人の作戦通りなのか、あまりの妖しさに無視も出来ず、好奇心に負け動画ファイルを開いてしまう。

 でも……今では、その軽率な好奇心に従って良かったと、本当に心の底から何度も何度も思っている。


「彩月……せんせい……?」


 病院のように清潔な白い床、天井の部屋で、黒い丸椅子に座っている女の人。

 はじめは、先生に似た人のAVかなにかで、ぼくが秘密にしてる先生の想いに気づいたクラスの誰かの悪戯……そんな風に思っていた。

 けど――


『……………』


 口元の黒子や、最近少しできた目元の小皺とか……見れば見るほど先生としか思えず――


『いやぁ~、先生。わざわざご足労いただきありがとうございます~』

『いえ、一応……職務専念義務にあたりますので』


 賑やかな女の人の声の後に聞こえた一言で、ぼくは確信する。

 この固い口調、それなのに耳心地いい澄んだ声音……他の人が真似できるはずがない。

 つまり、これは本当に――


『こちらもわざわざ予定を狂わすことになってしまい――』

『いやいや! いいっす、いいんっす! まぁあれですよね、生徒さんたちがいる学校で、こちょこちょ~ってのも、なかなかこっ恥ずかしいですもんね~』

『……………』

『あぁっすみません! 別に他意はないんっすよ~。なんかいろいろずけずけ言っちゃう性格みたいで~、上司からもよく注意受けるんっすけどね~。あははっ、申し訳ないです~』

『いえ……』

 

 彩月先生と比べると、やたら落ち着きがな……明るい。

 ぶかぶかの白衣をきた子……お姉さん? がペラペラとしゃべってる間、一時停止すればいいいだけなのに、混乱した僕はそれすら忘れ、二人の会話をヒントにグーグルで検索をかけていく。


「これ……」


 すぐに出てきた答え。その記事をぼくは食い入るように読んでいく。

 203×年、3月15日――TTS治療における、教員の実施研修を制定。

 ……飛ばし飛ばし、要点だけを読む限り――

 まだ身体も出来上がっていない成長期な子供たちの治療に、ぽっと出でつくられた組織に丸投げさせるのはすごく心配。

 だから透明化を図る一環として、体力に問題のない20~40歳の成人女性から大量に治験者を募る。

 けど、中々集まらず――

 仕方ないので教職者や、一部の公務員たちが年に数度受けなければならないという……国家公務員法?

 みたいなのが新しくつくられた、らしい。

 つまり、先生は、これから――

「うわぁっ!?」


 フルスクリーンに映し出された光景に、僕は思わず素っ頓狂な声を上げ、動画を止めてしまう。


「はぁっ……はぁっ……はっ――」


 見たい……けど怖い。いやそんな怖さどうでもよくなるくらい、すごく見たい。

 けどもし、顔を上げた瞬間……映像が夢みたいに消えていて、PCにはただ真っ暗な画面が映るだけだったら――

 そんなごちゃ混ぜのよくわからない感情に心乱されながらも、結局誘惑に負け、突っ伏した顔を上げると――


「……先生」


 いつもの見る冷たい無表情。

 初めて見る、下着姿。

 

「………………」


 みんなに押し付けられ、放課後の教室、一人でやっていた掃除当番。

 そんな中、教室に先生が入ってきて――

『ちゃんと嫌なら嫌って断らないと、あなたの人生、これからやらなくても良い余計な苦労がどんどん増えてくわよ』


 思わず泣きそうになる厳しいことを言われるも、そのままぼくの頭を撫で、黙って掃除を手伝ってくれた先生。

 そんなてきぱきと掃除をこなす先生が屈んだり身体を曲げるたび、スカートに浮かぶパンツの線や、Yシャツからうっすら透け見えるブラの線――

 手伝ってくれてるのに……そんなものを、どうしてもいけない気持ちで見てしまっている罪悪感を……今でもはっきり覚えている。

 

 でも今は――


『あ、先生ちょっと緊張されてます?』

『……いえ、別に』

『そうですかぁ。いや~ちょっと……かなり、平均より心拍数や発汗量が多いな~って感じだったので』

『………………』


 先生の白い肌とは反対の黒一色の無地な下着。

 赤とか紫とか、スケスケのとか……

 大人の女の人が着るものは、どれももっとゴージャスでエロいのと思っていた。

 けどシンプルな分、先生の肌の綺麗さやスタイルの良さがはっきりと分かり、その美しい半裸から目を離せられない。


『うーん、先生ってもしかしてぇ――』


 そんな中、小さなお姉さんは白衣の裾を翻しながら先生の周りをぐるぐると歩き回り、無遠慮にその生下着姿を様々な角度から覗き込み――


『くすぐり、すごく苦手だったり?』

『……そっ――』


 物凄く珍しい、先生の言いよどむ姿。


『……わかりません、そもそもされた経験があまりないので』 

『あー、そうですかぁ~』


 崩れた表情はほんの一瞬で、先生は再びいつもの冷たい無表情に戻る。

 ……でもよく見ると、長い睫毛が微かに震えていて――


『ま、やってみれば早いっすね――』

『きゃあっ!』


 急に湧き出た白い手が、先生のくびれたお腹を一撫でする。


『くぅっ……はぁっ……』 

「…………」


 跳ね上がった肩を落としながら身動ぎする先生。

 気が付くと、ぼくは握り締めていたマウスを動かし、シークバーを10秒前まで戻していた。


『きゃあっ!』

 

 初めて聞く、先生の悲鳴。


『きゃあっ!』


 想像するよりもずっと、甲高くて、女の子らしい悲鳴。


『きゃあっ!』


 身体の敏感さがこれでもかと伝わってくる、なんともこそばゆそうな先生の悲鳴。


『きゃあっ』


 続きが見たくて仕方ないのに、初めて聞く先生の可愛らしい悲鳴を聞けた感動がしがみ付ついて離れなく――


『きゃあっ』


 大きな胸を震わせビクつく先生の姿を、何度も何度も何度も繰り返し再生してしまう。

 そして十分後、ようやく――


『わっ、びっくりした~。どうしましたぁ?』


 明らかにわざとな感じがする、小さなお姉さんのふざけた口調。

 でも――

『いえ……急にきたから……少し……驚いてしまって……』


 たった一回お腹を撫でられただけで、あんな反応をしてしまった手前、怒るにも怒れず……といった感じ。

 ……というか――


『ん゛っ……ん゛んッ』

「先生……すごく、恥ずかしそう……」


 うっすらと赤くなった耳たぶ。

 明らかに誤魔化すような咳払い。

 まだ動画の再生時間はたった7分……。

 その間に、ぼくの知らなかった、想像もしていなかった姿が、洪水のようにぼくのなかに注ぎ込まれていく。

 この先ぼくは、先生の顔をまともに見ることができるのだろうか……。
















 

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