宣言しておきたいのは、制度の上では同じ「聴覚障がい者」という枠の中にあっても、たとえ客観的な聴こえのレベルが同程度であっても、補聴器を装用することで暮らしやすくなった・選択肢が広がったという人もいれば、そうではない人もいて、真白のお母さんはそうではない側の人だったというだけ、ということです。
真白は医療の視点から言うと"全聾"のカテゴリーに入ります。一方、お母さんは小学校の途中まではほんのわずかに残存聴力が残っており、補聴器を装用していた時期がありました。このように、現在の時点で言えば親子2人とも「ろう者」なのですが、ろう者になるまでの経緯は少し違います。
真白は風切り音の存在を知らなかったので、単純に「(パパの声が)聴こえないの?」(Can't you hear?)とたずねましたが
美青は「(風の音がパパの声を邪魔しているので)聴こえない」(The sound of the wind is blocking daddy's voice)と説明しました。音声日本語だと、どちらの場合も「聴こえない」のみで表現することができるので少し厄介です。小学生の真白は目の前の美青が「聴こえなくて困っている」ことは仕草や表情でわかったのですが、聴こえる世界だからこそ起きる状況までは推測できなかったのです。
今回勉強していて思ったのですが、日本手話では「音」という単語そのものを単独で切り離すことができない…?(私が/音/という独立した手話を知らないだけだったらすみませんが、辞典や手話ニュースなどを注意深く見ていてもどうしても見つけることができませんでした)
目で見て認識する世界では、「音」とは”何”から、”どのように”発されているのかという情報とは切り離しにくいものなのかもしれません。「サイレン」も、「騒音」も、今回の話のような「風の音」も、「音」という表現は一切使われないようです。
ちなみに「声」という単語には独立した手話がありますが、これも結局「○○が発している」とか「○○に対して発している」という情報が加わると手の形や動かし方が完全に変わるのが興味深いポイントです。
急に寒くなったので、もうそろそろ海の話はキツイなと思って急いで描きました。(笑)
読んで下さってありがとうございました!
詠里
Toki博士
2021-10-19 01:32:40 +0000 UTC詠里
2021-10-19 01:13:53 +0000 UTCLan
2021-10-18 15:16:08 +0000 UTC詠里
2021-10-18 01:57:12 +0000 UTCToki博士
2021-10-17 16:15:04 +0000 UTC