近況として雑記で書こうとしていた内容ですが、お絵描きメモとしてまとめました。
最近、コミッションやリクエスト絵をどうしても「義務感」で描いてしまっている感があり、それによって絵にも影響が出ているという危惧がありました。
一方で「息抜き」で描いている絵はとてものびのびと描かれているのが見てとれます。
自信を持って描けるようになりたいとも思うようになっていました。
この自信の有り無しは絵を描く「起点」によって変わってくるのだと思います。
「義務感で描く」と「息抜きで描く」では大きく方向性が異なる「起点」になります。
言わば発芽する前の種子が違うようなもので、自分の中でそれを「因子」と呼んでみることにしました。
因子にはいくつかの種類があると思います。
・義務感による「描かなければいけない」という因子
・「息抜きしよう」という因子
・何かに感動したり衝撃を受けて衝動的になった「反応」の因子。
・技術的な「疑問や探求心」から生まれる因子
コミッション絵などは描いていくうちに因子自体が変質してしまっている、という風に感じます。
これまでの経験を振り返ると、因子から派生するプロセスはだいたいパターンが決まってきます:
・「描かなければいけない」という義務感によるものは、終始力押しの根性で消耗し、がんばってもその場しのぎでリターンは大きくない展開に。
・「息抜きしよう」という気持ちによるものは、終始楽しい展開でそこそこ思わぬものに。
・衝動的な反応によるものは単純に勢いがあります。
・疑問や探求心から生まれるものは、得てして新鮮味のある成果と体験をもたらしてくれます。
つまり間違った因子というのは存在していて、今後はそれを避けねばならない、もっと言えば捨てなければいけないという事です。
それぞれの因子について実際の過去絵で思い当たるものを見てみましょう。
■義務感による「描かなければいけない」という因子の絵
初めてお仕事として描いたイラストがクリスマスカードでした。
前任者のスタイルやキャラなど引き継いで描くものでしたが特に方向性が提示されることなく、何を目指したらいいかわからないまま7年間、毎年辛い思いをして描いてました(セット内容がシールや封筒、ミニ絵本などで描く枚数がやたら多いのでした)。
筆も重くなるので毎年締め切りがピンチになり、作業中になぜか親からも後ろで叱られるという最悪の板挟み状態でした。
これは自分の中で典型的な「義務感」による絵なのでそこから付随する状況というのは好転することもなく納得いく成果も生まれるわけもなく、まさに根性の力づくで切り抜けるしかないものでした。
後年は自分のスタイルに軌道修正しかけていた気もしますが、とにかくしんどいイメージしかなかったです。
余談ですが、ソーシャルゲーム会社に就職することで2014年を最後にこの仕事から手を引くことができました。特に誰かにイラストが引き継がれることはなく企画は終了したようです。
■「息抜きしよう」という因子の絵
息抜き絵は基本的に多くありますが
上から順に 最初のpixivリクエスト絵、ラクガキ、ワンドロラクガキでした。
pixivリクエスト絵は最初に描いたものだけあって新鮮な気持ちで臨めてまさに息抜きとして取り組めました。
自然とリラックスして描けているのが見ていて気持ちいいです。
■何かに感動したり衝撃を受けて衝動的になった「反応」の因子の絵
上は艦これで「隼鷹」が新キャラとして発表された日のうちに描いたと記憶しています。
下はウマ娘の「ミスターシービー」で、アプリの公式発表で初めてキャラ一覧に名前が記載されたり原案イラストが発表されて一か月後くらいに描いたものでした。
いずれもその時の気持ちの鮮度でもって描けたものになります。
事例としてはあまり多くなく、外部の情報に左右されたり鮮度が命なものが主ですね。
それだけにこの因子の絵は貴重かもしれません。
■技術的な「疑問や探求心」から生まれる因子の絵
これは学生時代に描いたグラフィックデザイン演習の課題絵です。
実は自分史にとって初めて「自信を持って人に見せる絵を描く」大きなターニングポイント、ブレイクスルーになった絵です。
課題はとある「クルミあんパンとコーヒー牛乳」を実際に食べて飲んで、その組み合わせの絶妙な味わいを絵で表現せよという、先生側からも実験的な初の試みとなった課題でした。
自分はその頃、ゲームなどの二次元絵が好きで憧れていたんですが現実的にはそれは恥ずかしいもので見せれない・表現できないというコンプレックスが大きくありました。オタクはごく少数派で、まわりは一般人だらけだったんです。
まわりはその課題の珍妙さに頭を傾げる中、自分は「皆は抽象的な色や形で表現するに違いない。しかしそれではこの課題の意味がない。真っ向から自分の描き方で、具象で(人物で)表現しなければいけない!」という決意で臨みました。
コンプレックスが辛かったですがこの作業は苦しくはなく、やりがいがありました。
その結果できたのが、上の絵のように「和」(あんパン)と「洋」(コーヒー)を組み合わせた味わいの面白さを形にしたものでした。
侍にコーヒーをお茶のように飲ませるおかしさをフックに、背景の風車で小麦(パン)を暗喩させました。
自分としては手応え抜群で、この時初めて「堂々と自分の描き方で人に絵を見せれる」と確信できたのでした。教授からの講評もよかったです。
同期達の中で同じようなブレイクスルーを見せた者はいなかったと記憶しています。
余談ですがこの実験的演習は翌々年にはなくなっていたようです。
それだけ、この課題に応えられる学生がいなかったんだと思います。
これも学生時の作品で、自分のロッカーに貼る絵を描こうという科内コンペも兼ねたものでした。
レギュレーションで縦長の絵になるので、それならこの大きさを利用して疑似的に視点が移動するものにしようというアイディアにしました。ブラウザでスクロールしても同じ想定で見れると思います。
コンペでは上の課題を出されたのと同じ恩師の賞を受けたと記憶しています。
嬉しかったですね。
上記二つの絵に限らず、恩師(https://www.kamijyo-studio.com/profile / https://www.kamijyo-studio.com/)がいらっしゃらなければ今の自分はいなかったと思います。(もっと言えばこのお方がいたからあんなキャラやこんな絵が生まれたとも…)恐れ多く獅子のような御方です。
これは2013年の年賀絵です。
2013年をどう絵に表現しようか?という試みの絵でした。
実は2008年にもその前身となるような絵も描いています。
まだカフェ創作も描いていない頃でした。
コミティア等で山形から東京を行き来し始めてその楽しさを絵にしたものでした。
この根底には形やアイディアに遊び心のある恩師のマインドが色濃く影響されています。
そしてこうやって振り返ると非常に思い出深いものが多い因子でした。
それぞれの事例を見ると、どの因子が創造的か、どの因子が悪影響があるかハッキリと分かれているように思います。
しかしながら取り組んでいる最中はその因子がどれか自覚できない場合があります。
一度決まった種子から出てくる芽は変えられないと言えます。
悪くなった因子を変えるには、徹底的に義務感を捨てるか、後から新しい疑問や探求心を差し込むか、外部から衝動的な新しい刺激を入れるなどしないといけないかもしれません。
義務感を捨てます!
まずは宣言してみました。
どこまでできるかはわかりませんが…!
今後この因子にも気をつけてみて、自分の心に新しい風を吹かせられたらと思います。
松吉 C105(日)東T-01b
2023-07-07 08:50:35 +0000 UTCもっちり
2023-07-06 13:00:53 +0000 UTC