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産まれながらに懲役35年を言い渡された女子小学生のお話01

愛する人や親しい友人が殺害された時、もしくはそれに近い行いがあった時、その被害者遺族は加害者への厳罰を求めるだろう。少しでも重く、少しでも長く制裁を与え、自らに降りかかった不幸の償いを求める。それは特別な事情が無い限り当然の心理だ。 この国で『被害者ファースト運動』という動きが広がり始めて早数十年が経過した。それは、今までの刑法に加えて、被害者遺族に出た損害、親しかった遺族の人数やその年齢、家計状況などを考慮して判決を下すべきという、被害者遺族に寄り添った思想だった。 その力強い世論を受け、国は法律を変更せざるを得なくなった。しかし、その心理的要因が大きく影響されている法律の施行に対し、加害者の肩を持つような反対意見はほとんど見られない。それは加害者に無限責任を追及する国民性が、国を、社会を、そうさせていったのかもしれない。 そんな法律が更新されて数年が経過したある日、凶悪事件を犯した一人の女性に懲役35年の判決が下された。その事件の火種はとても些細なもので、隣に住む子供2人とその母親が、犯人の女性から時折ゴミ出しについて注意を受けていたのが原因だという。ある時子供を幼稚園に預ける為朝のゴミ出しを済ませようとしていた被害者家族は再び女性に注意を受けるも、幼稚園の送迎バスの時間を理由にその女性を無視した。しかしそれが引き金となり犯人の女性は子供2人とその母親を殺害してしまった。結果的に裁判では犯人の女性に計画性はなかったと判断されたが、その残忍な犯行と遺族として残った夫の精神的被害を鑑みるに、懲役35年が妥当だと判決が下されてしまう。この事件は『被害者ファースト運動』の効果が表れた初の凶悪事件となり、世間を騒がせたのであった。 ただ、その犯人の女性が刑務所へ収容された時、現在も交際を続けている男性との間に子を授かっていた。出産予定日は1か月後の第2週。これは世間には出回っていない情報。妊娠が発覚したことで刑務所は出産に向けて様々な手続きを進めていた。 「ううっっ、うぐぅぅぅ」 都会から離れた女性刑務所のある一室。6人部屋の房から女性の呻き声が夜な夜な響き渡る。時刻は刑務所で定められた就寝時刻が過ぎた夜の12時。刑務官の巡回も段々と少なくなるその時間帯に一人の女性が大きく膨れ上がったお腹を摩りながら布団の中で唸っていた。 「ちょっと飯田さん、大丈夫⁉」 お腹を膨らませた女性は飯田と呼ばれていた。飯田は前述した凶悪事件の犯人であり、出産予定日を1か月後に控えた受刑者であった。普段は見せない苦痛の声を出す飯田に、寝静まったはずの同居人は次々と起き始める。 布団に左横寝になった飯田は苦しそうに呻くだけで周囲の声掛けに反応できる状態ではなかった。痛みに顔を歪め下腹をしきりに抑える。明らかな異常事態に房の中は就寝時間にも関わらず、ざわざわと騒ぎ出す。産気付いている、医者を呼ばなくてはいけないと、この房にいる誰しもがそう思っただろう。しかし、彼女らが医者を呼ぶことも、飯田を抱えて房を出る事もできない。閉ざされた鉄の扉が彼女らと世界を分断し社会との繋がりを断っているからだ。 ある一人の受刑者が扉の近くに行き、大声を出して刑務官を呼びつけた。 「先生!先生!飯田さんが大変です」 扉の隙間から叫ばれた大声は遠くで監視に当たっていた刑務官に届いた。 駆け付けた刑務官に事情を説明する。牢の扉から飯田の様子を見せて、医者が必要だということを。しかし、時刻は深夜ということもあり刑務官の態度はあまりよろしくなかった。 「ああ、飯田さんね。飯田さんの出産予定は1か月後だから、心配ないわ。それぐらいの痛みなら病院の必要はないわね」 「それぐらいって……、飯田さん、喋れてないじゃないですか。異常ですよ、こんなの!」 「でも妊娠だし…、そういうこともありますよ」 心配する受刑者の言葉も悉く跳ね除けられる。結局医者は呼ばれることはなく、朝まで様子見、という意見で一致した刑務官達はこの場を去っていった。 されど止まらぬ飯田の唸り。心配する受刑者たちは代わる代わる睡眠をとりながら飯田の看病にあたっていた。 そして事が動いたのは窓から太陽の明りが差し込み始めた早朝5時過ぎだった。飯田の呻きが悲鳴に近くなり始めたことを境に、下半身から水音が響いた。破水だった。近くで看病に当たっていた受刑者はその水音の正体をすぐさま破水と見抜き、房内全員を叩き起こして刑務官を呼ばせた。 「先生!飯田さんが破水した!」 この5時間の間に幾度となく呼ばれていた看守も、破水と言う言葉には大変驚いたらしく、顔を真っ青にしながら対応が行われた。 「飯田さん、今から病院へ向かいます。立ちなさい」 刑務所では基本的に担架や車椅子は歩行が困難でない限り使用されることはない。そして今回痛みで魘されている飯田に対しても、刑務官は歩行可能であると判断を下した。 数人の看守に抱えられながら飯田が立たされると、お腹を押さえる両手は無情にも背中へねじ上げられた。 「飯田さん、手錠掛けますよ」 「い…、いやぁ」 看守が取り出したのは青色の捕縄に結ばれた手錠。ガチャリ、と2回音が鳴ると背中へねじ上げられた両手が手錠によって束ねられた。そして、大きく膨らんだお腹へ青色の腰縄が巻かれていく。月に一回の定期健診で病院へ向かわせられるときもこうして手錠を掛けられていたことから、初めての経験ではない。しかし、事前に説明をされていたとはいえ、陣痛時の手錠拘束は余りにも残酷で辛かった。 一方で、普通の受刑者が刑務所外の病院へ移動する場合は、一律で前手錠の装着が義務付けられている。しかし、その受刑者が妊娠している場合に限り、受刑者以上にお腹の中にいる胎児を保護しなければいけない理由から、体を丸めやすい前手錠は廃止され、後ろ手錠に規則が改定された。 「ううっ、うぐぅっ…」 「ほらっ、しっかり歩く!」 肩を引かれて丸まった背中を強引に伸ばされる。妊婦に掛けられる声とは思えない厳しい言葉が次々と飯田に放たれ、そこには気遣いという物は存在していなかった。常に飯田に向ける目は妊婦以上に犯罪者という目。隙を見て逃げ出さないか、目を盗んで服の中に違反物を隠し込まないかなど徹底した管理体制を敷いていた。歩きながら体を服の上から触られ、確認される。破水で濡れた服も着替えさせず、手袋をした刑務官が胸を揉み、股に手を当てる。 ふらふらと歩かされる飯田は外に止めていた護送車の後部座席に乗せられた。近くの警察病院までこの車で約20分。普通に考えたら比較的近い場所に病院が存在していると思われるが、陣痛でお腹を痛める飯田にとってその20分は、ただの20分ではなかった。 後部座席中央に左右を刑務官が挟むように乗車し近距離で捕縄を短く握る。妊婦関係なくシートベルトを締めて施錠され、その鍵はすぐに開錠できる左右の刑務官ではなく鉄格子で隔たれた運転席と助手席に座る刑務官がそれを持った。さらに、常に座席の背もたれに背中と後ろ手に拘束した腕をぴったりと付けるよう命じられ、足の間に違反物を隠す可能性も考慮されて細かな足の位置さえ指示されている。 「辛いだろうけど、体は丸めちゃだめ。こらっ、背中は伸ばしなさい!」 お腹を摩ることのできない飯田は座席に座ると痛みから無意識に前屈みになるが、それを刑務官に正される。意識朦朧の飯田は反抗する気力も残されていない。素直に従うしかなく、さらに顔を歪めるだけだった。 「ううっ、ううううっ」 「こらっ、体丸めない!顔は前、口も閉じてなさい」 細かい指示が短い間隔で飛び交う。昨日の夜から一睡もできていない飯田にとって少しでも体力を温存しておきたいはずだが、それは刑務官によって阻止されてしまった。残り少ない体力がどんどんとすり減っていき飯田は拷問を受けていると勘違いするほどだった。 20分の道のりを経て病院へ到着するも飯田は既に自力では歩けない状態であった。 「病院に着きました、これから処置室へ向かいますので立ちなさい」 後部座席の中央から扉までが移動できず絶え絶えの息を吐き続けながら刑務官に捕縄を引かれている。そんな極限状態であるのも関わらず刑務官の叱責は止まらない。 「しかたないわ。強引に引きずり出します」 肩を掴まれ、腰縄を引かれ、ずるずると座席に擦られる。扉から出された飯田は何とか足を踏ん張り立ち上がるが、すぐにその場で膝をついてしまう。ひどい陣痛に悩まされながらも刑務官はそれを良しとしなかった。 「誰が座っていいと言いましたか?」 刑務官の誰もが院内から車椅子や担架を運んでこようとはしない。あくまで自力で院内まで歩かせるつもりで飯田の周りを囲んでいた。 と、その時だった。 「何しているのですか!早く担架を!」 病院の入り口から騒ぎを聞きつけた医師が走ってこちらに来た。事前に刑務所から連絡を貰っていたことから、硬いアスファルトの上で座り込む女性が誰であるのかはすぐに分かっただろう。 後を付いてきた看護師に担架を持ってくるように指示を飛ばし、刑務官を跳ね除けるように輪の中央へ入った。座り込む女性が明らかに衰弱していることを確認するが、次に刑務官が言った言葉に意思は驚愕した。 「先生、担架は大丈夫です。病院の中までは歩かせます」 「歩く歩かないの問題じゃない!既に命の危険もあるのですよ、手錠も早く外しなさい!」 憤怒する医師に対して、刑務官の行動は規則に縛られたままの操り人形。どれだけ飯田が衰弱していようとも、手錠は外せない、の一点張り。しかし、再度医師が怒りを露にしたことで苦渋の選択の後、後ろ手錠から前手錠に変更した。 運ばれてきた担架に乗せられた飯田はそのまま分娩室へ運ばれて行った。刑務所の規則により出産は一律に普通分娩。傷みを和らげる薬は一切使用が認められていなかった。 そんな過酷な条件で行われた出産。しかし、新たな命が生まれようとしている大事な場で、飯田の腕には手錠が繋がれたままだった。普通ならば左右にある柵を掴ませて痛みに踏ん張らせるが、腰に巻かれた捕縄が手錠の範囲を限りなく狭めていたため、股が裂ける痛みに耐えようとする手首はどこにも縋ることが出来ない。宙を掻き、服を破る。見かねた看護師が飯田の手を握っていた。 「今すぐこの方の手錠を外しなさい、母体に負担が掛かります」 分娩室に医師の力強い声が響き渡る。担当する医師は出産時の手錠による母体の負担を考え刑務官にそう強く指示を飛ばすが、刑務官の答えは「規則上手錠は外せません」の一点張り。室内を動き回る看護師の邪魔にもなる位置で、我物顔でそこに立ち尽くし、あるはずのない逃亡の危険性に目を光らす。 「うううっぅ、うぐぅぅぅぁっ、ふぐぅぅっ」 看護師の掛け声に合わせて激しい呼吸がされる。股を開き、足を足台に乗せ踏ん張る。胎児の頭は既に膣から出かかっており、飯田にとって一番の山場となる。股の間からスイカが出てくるような激痛に歯を食いしばり、顔を歪ませ腹に力を入れる。男性には耐えられないと言われるこの痛みは想像を絶するものだ。痛みを和らげる薬などは刑務所が許可しない為、原始的な痛みが彼女を襲っていた。 「んぎゃぁぁぁ、んぎゃぁ」 「はーい、お疲れ様です」 分娩室に甲高い泣き声が響いたのは分娩室に入ってから100分後の事だった。看護師が清潔なタオルを赤子に巻いて飯田の胸にそっと置いた。しかし、飯田はそれに反応しなかった。 「元気な赤ちゃんですよ~」 「……」 「飯田さん?……先生!飯田さんが!」 看護師の悲鳴に近い声が室内に響き渡る。胸に置かれた赤子がすぐに離れるとすぐに飯田に接続されていた計器が異常を知らせる信号を鳴らした。低下する血圧と段々と弱くなる呼吸。室内は卓袱台をひっくり返したような大騒ぎになった。 医師による懸命な処置もあったが、それから数時間後の事だった。飯田は息を引き取った。死因は極度の衰弱。母体の体力が出産するに耐えうるものではなかったことが後の調査で判明した。 深夜から数時間にわたって無視され続けた陣痛と車椅子などの補助なしで長距離を歩かされたことなどが直結する要因であり、妊婦の受刑者に対して他の受刑者と同じ食事を与えていたことも体の中の栄養が足らない原因になっていた。そのためか、産れてきた赤子の体重は3000グラムに遠く及ばず2000グラム台。 飯田が命と引き換えに出産した子供は女の子だった。飯田の恋人がその子の認知を拒否したため、本人が残したメモに書かれていた男女の名前の内『由香(ゆか)』を命名し孤児として扱われることになった。 『被害者ファースト運動』が初めて適応された飯田が死亡すると、刑務所から出所した受刑者や情報売買によってそれは瞬く間に社会へ広まった。判決が下されてからまだ間もない報道に国民の熱は再燃し、飯田に対して哀れみの言葉を贈るどころか、飯田に科せられていた償いの行く先を裁判所へ問う流れになったのはとても残酷な話である。 事件の熱が冷めない国民は飯田の死因について目を付け産まれてきた子供へ償いの矛先を向けたのだ。これに対し被害者遺族は、突然思い出したかのような声明を発表し、この事件の償いはまだ終わっていないことを前提に、その子供へ母親の懲役を代わりに科すよう、裁判所へ要求するとした。結果として権力の独立が揺らいだ裁判所は世論に流され、まだ言葉も話せない赤子へ懲役35年を科すことを決定したのであった。 「先生、誕生日プレゼントありがとう!」 都内の児童養護施設に響く黄色い声。先生と呼ばれていた児童養護施設の職員はラッピングされた誕生日プレゼントが入れられた箱をその声の主へと手渡した。受け取ったのは誕生日を明日に控えた11歳の少女。名前を“飯田由香”という。由香は職員から受け取ったプレゼントを満面の笑みで受け取ると自分の部屋へ持ち帰った。由香の頬には誕生日ケーキのホイップクリームが付いていた。 「これが、最後の誕生日プレゼントですか……谷口さん」 谷口と呼ばれた女性は後ろから男性に声を掛けられる。声の主はこの施設の長、石田だった。手元から消えていった誕生日プレゼントの重みに名残惜しさを感じながら一言「そう…、ですね」と呟き、一筋の涙を流した。 飯田由香は、11年前刑務所内で獄中出産の後に死亡した女性が残した子供だった。母体が死亡して残された由香は夫と成り得る男性が認知を拒否したことで乳児院に入院し、物心が付き始める頃には今の児童養護施設で生活をしていた。由香は母親譲りの可愛らしい一面を残しながらも、年下の世話をするほどのまじめな子供であり、職員一同からもとても信頼が厚い。とても犯罪をするような子供には見えないだろう。 そして、明日が由香にとって12回目の誕生日。施設から通う小学校も最高学年の6年生となり、体と心の二次性徴が始まる子供にとって非常に重要な時期である。由香も年上の入所者から聞かされている中学校生活の話に胸を躍らせる日々が続き、最近の職員との会話はそれが持ちっきりだ。 しかし、由香に中学校生活が訪れる事はない 明日、由香の年齢は青少年留置規則と呼ばれる、刑務所への入所が決定した未成年が、刑務所へ入所するまでの間過ごすことが義務付けられている一時留置場の条件をクリアする。親が残した“懲役35年”という負の遺産の清算が開始されるのだ。 「残酷すぎるわ……」 谷口は誰にも聞かれない小声でそう呟いた。 そして運命の日がやってくる。 「先生、私悪い事してないよ……」 朝7時の施設の廊下。子供達が生活するエリアから職員が事務を行うエリアへ続く廊下を谷口と、谷口に手を引かれる由香が歩いていた。ここに入所している子供がこの廊下を通ることは滅多にない。実の両親の迎えや里親の対面を除けば由香の思い当たる理由は応接間の隣にあるお仕置き部屋くらいだった。由香も数回お世話になったことがあった。まだ慣れない施設の暮らしにストレスをため込み、他の入所者の子供と喧嘩をしてしまった時や、布団に染みを作ってしまった時。由香はそれを思い出し、あまり良い思い出がないこの廊下を谷口に手を引かれながら歩かされていた。 「大丈夫、お仕置き部屋へは行かないわ。今日は由香ちゃんに少しだけお話があるの」 子供の由香にも伝わる谷口の暗い様子。お仕置きではない嫌な事が近付いてくるのを由香は本能的に察していた。 谷口は応接間の前にたどり着くと、数回扉をノックし開いた。谷口が由香の背中を押すようにして共に入る。 黒革のソファー2つと暖かいお茶が置かれたテーブルが1つ。白色の壁紙に囲まれたこの部屋は客を迎え入れる為に使用されるはずだった。しかし、由香の目に映るその客は異様なものに映っただろう。いつも目にする石田の隣に立つ手首から足首までを覆う紺色の制服を着た数人の大人。同色の帽子の正面には金色に輝く紋章が嵌め込まれ、肩から垂れさがる無線機の紐がゆらゆらと揺れる。その正体は警察官だった。 「この子が例の子です。後はお願いします」 頭を下げる石田。由香も真似て頭を下げる。石田が出ることを躊躇っている谷口を強引に連れて部屋を出ると、由香はそのまま部屋へ取り残された。由香の目には谷口の涙が見えていなかった。 警察から声が掛けられる。 「あなたが飯田由香さんで間違いないですね」 「あ…っと、そう……です」 由香は素直にそう答えた。すると、警察官が一枚の紙を由香に向けて開いた。 「令状により今から十剛市にある拘置所に護送します。ここから駅までを車で行き、駅からは列車での移動となります」 突然突き付けられた一枚の紙きれ。そこには12歳の少女にとって難しすぎる漢字がずらりと並んでいた。辛うじて読めたのは自分の名前とここの住所。 形式だけの令状の提示が終わり警察は紙切れをしまう。そして警察はそのまま由香を護送するための準備に取り掛かった。 「少年法第112条により重犯罪の少年に対し全裸護送を執行します」 対象者が例え少女であっても法律上は少年と呼ばれる。警察は高らかにそう宣言すると由香の身に着けている服を強引に脱がし始めた。 「いやぁぁぁぁあ!やめて、やめて、いやっ、やめてよっ!いやなの!」 由香は2人の警察官に挟まれ成す統べなく服を脱がされていく。部屋には由香の事件性を感じる悲鳴が響き渡る。しかし、その悲鳴を聞いて駆けつける職員はいなかった。 「こらっ、大人しくしなさい!」 「いやぁぁぁ!」 全ての衣服が剥がされ応接間の床に一糸纏わぬ姿の少女が残された。つるりとした卵の皮を剥いだような柔肌に警察官の手形がくっきりと表れている。赤い内出血と腫れあがった臀部。それは暴れる由香に警察が一発の尻叩きをしたものだった。 「立ちなさい」 「ひぐっ…うぐっ」 由香は嗚咽をまき散らしながら立ち上がる。まだムダ毛も生えていない透明な白い肌を見せつけ女としての片鱗を持ち合わせる節々。恥ずかしさから胸と陰部を隠すその手は恐怖によって震えていた。 「両手を前に」 「い…、いや…」 「ほら早くしろ!」 身体を隠す腕は強引に捩じ上げられ、その手には12歳には似つかわしい手錠が掛けられた。銀色に輝く手錠からは素肌によく目立つ青色の捕縄が取り付けられ、由香のくびれたウエストにするすると巻かれていく。柔らかな肉に食い込む青い縄は指一本入ること無い厳重な結び方だ。 「なんで…手がうごかない」 手錠と腰縄を繋ぐ紐は明らかに短く繋げられている。由香は手錠をかちゃかちゃと鳴らして自由を奪われた手首を動かしていた。初めてされる拘束。由香は必死に手錠のバックルを弄るが専用の鍵がなければ開くことはできないことはすぐに分かった。 「手錠に触るな!」 「ひっ…」 腰縄をぐいっと引かれ警察官がそう叱責を飛ばす。縄が肌に食い込む。驚いた由香はすぐに手を放し、手首を手錠にぶら下げた。 少年法が適用される年齢に重犯罪で逮捕された少年は違反物を隠し持つ危険性の除去と犯罪の重さを自覚させる目的によって服を没収された状態で護送が行われる。これは一般的に全裸護送と呼ばれていて社会に対して子供の犯罪の見せしめになっている。親の教育ではしばしばこの全裸護送が取り上げられ、自分の子供に対し悪いことをしたら服を脱がされて警察に連れていかれるということを教え込むのだ。 「これより護送を開始します。大人しくついてきなさい」 「い゛やぁだぁ、うぇっ…、あぁ、い゛やあぁぁ」 応接間の扉が開かれるとついに由香の目には涙が浮かんだ。警察官に左右の脇を挟まれると裸に腰縄手錠の姿のまま外を歩かされた。廊下に響く悲鳴と嗚咽。由香を助けてくれる者はいない。施設の扉が開かれると外気が由香の肌を掠める。野外に生身を晒すことは由香にとってこの上ない羞恥だった。 施設前の小道から西へ進み一つ目の角を曲がった大通りに出ると、そこには赤色灯を回す一台の覆面パトカーが停車していた。その大通りは車も多く歩道にも人が多い。朝の通勤に歩くサラリーマンや子連れの女性などが、裸で縄に繋げられている由香を見て哀れみの目を向けていた。 由香はその視線に耐えられなかった。警察官が持つ縄尻に全体重を掛けるようにその場で泣き崩れる。そうなれば縄はウエストに食い込みその部位には痛みが走る。 「勝手に座るな。立ちなさい」 「いたい!やめてっ!ねぇってばぁ!」 パトカーの後方の扉が開かれ、泣きじゃくる由香を強引に乗車させる。後部座席の中央には重犯罪の少年用に吸水シートが敷かれていた。由香はその吸水シートの上に裸のまま座らされ、その左右を警察官に挟まれる。手錠は外されず腰縄も同じく。肌の上に直接3点方式のシートベルトが締められバックルに鍵が掛けられる。 「いやぁぁぁあっ!ゆかっ、わるいことしてなぁぁい!かえりたぁぁいっ!」 自由な脚をばたばたと暴れさせる。警察からの注意が入るもその声は由香には届いておらず警察官は精神病棟使用される物と同じ抑制帯を由香に使用することを決めた。暴れる足を警察官が押さえつけ、抑制帯を巻けやすいように膝が胸につくように押さえつける。施設が許可した習い事の中で新体操を習っていた由香の身体はとても柔らかく、膝は真っ直ぐ伸びて足先が天井へ伸ばされ、膝で胸が潰された。つるりとした陰部が正面へ晒されるも、警察官は気にせず抑制帯を巻いていく。腿と足首の2か所に指一本入らない且つ神経を圧迫しないギリギリの強さで。 足を一纏めにされた由香は諦めがついたように大人しくなった。涙はぽろぽろと零れていくも、抵抗が無駄だと感じたのか声も出さない。警察官から、「次、大声で泣き出したら防声器具を取り付ける」と忠告が入ると車はそのまま出発した。 由香の護送先は、由香の母親が収容されていた刑務所の最寄りの拘置所だった。ただ移動には特急列車で1時間ととても遠く、由香の裸が長時間晒されることになることは避けられない。 特急列車が出発する15分前に駅のロータリーに到着した。ガラス張りの高い天井が特徴的な構内に行き交う人々の中を警察官2人に引かれる由香。滅多にお目に掛かれない全裸護送に周囲の注目は集まる。さらにそれが男子ではなく女子となれば尚更だ。中には後ろからずっと付いて来る者もおりふりふりと揺れるお尻に黙ってカメラを向けている。 改札端の駅員室を訪ね通行が許可される。特別な扉から改札を抜けると8番のホームへ階段で上がっていく。階段下にトイレが見える。 「あの、といれにいきたい…、です」 と由香が言うと警察官はその言葉に一瞬止まり腕時計を眺める。 「電車はすぐに発車する。トイレは許可できない。出来るだけ我慢しなさい」 「で、でも、まってください」 警察官は容赦なく階段を上がる。由香もそれに付いて行くしかなく、後ろで遠ざかるトイレを名残惜しそうに眺める。 列車は既にホームに到着している。あとは出発予定時刻を待つだけのようだ。前後2つの扉のうち前から乗車すると車内には疎らに乗客がいた。スーツケースを足の間に挟むサラリーマンやOL。若い男女が2人席で肩を寄せ合っていたりもした。由香の腰縄を引く警察官はその3人席と2人席の間を通って列車中央部へ来る。覆面パトカーと同様の吸水シートを一番窓側の座席に敷いて由香をそこへ座らせる。警察官は中央と通路側に座る。 「おまわりさん、といれ、といれっ!おねがいします、いかせてください」 「大きい方は」 「ううん、もれちゃいそうです」 手錠が掛けられた手を股に当て、ぐっと抑える由香。抑制帯の痕がうっすらと残る透明な柔肌を震わせて限界が近いことを訴えている。しかし、列車内のトイレは護送規則にあるトイレの条件を満たしていないため少年が使うことはできない。警察官もそれに特別な対処はしないつもりらしく、吸水シートにするようにと指示を飛ばすだけだった。誰でも吸水シートに放尿することは躊躇う。由香もなかなか心の準備ができず足を内股にして股を押さえつけていた。 「むり…、むりです……」 「どちらにしろ電車のトイレは使えないぞ。諦めてそのシートにしなさい」 しかし、限界は来る。車内のアナウンスがあり列車が動き出して数十分後、ついに由香の膀胱が決壊する。 シャーー、ビジャビジャビジャ 「ああああ、もういやぁぁぁだぁぁ」 決壊した瞬間の勢いある尿が吸水シートに当たる音と、吸水されていく音。車内に由香の声が響き渡った。座席に座りながらの放尿。初めての経験に顔を赤く染める。吸水シートは由香の尿を溢さず受け止め、化学反応により水分を受けたシートが周囲に爽やかな臭いの成分を飛ばす。 「全て出し切ったか」 由香はその問いに「ぐすっ、ううっ」と嗚咽を混ぜた返事しかできなかった。 「反対の座席のひじ掛けに手を付きなさい」 「ひぐっ…、わかりました」 通路に出されると反対側の2人席のひじ掛けに手をついた。お尻が警察官に向くように突き出されるとウェットシートで清拭される。12歳にもなって自分でお尻が拭けない屈辱と誰にも触らせたことのない股間を男性の警察官に拭かれる恥辱。由香はその両方に苦しめられていた。自然とぽろぽろと涙が零れ、収まりかけた嗚咽が再発する。 女の子の泣き声に反応した一般人が警察に何事かを問い詰めてきたが、全裸護送中であることを説明すると全員納得した表情でその場を去った。 列車は都市部を抜け県境の山地に入った。窓の景色に、緑とトンネルの景色が多くなると眠気に誘われた由香の頭は例え自分が裸であったとしてもカクンカクンと揺れ始める。だが、護送中の睡眠は許されていないため警察官は無理やりにでも由香を起こす。その繰り返しが何度かあった後、列車は目的地へと到着した。 数人の乗客が降りたことを確認すると由香は最後に列車から降ろされる。都会の駅と比べ人は少ない。北へ進んだことに加え標高が少しだけ高いことが原因で気温が数度低く、何も羽織らせてもらえない由香にとって夏とはいえ肌寒い。ホームの床も整備が進んでおらず、由香が小さな小石を踏むたびに痛そうに声を上げていた。 改札から出るときは行きと同じだ。改札端の駅員室に声をかけ特別な扉から通過する。閑散とした構内に、駅弁を販売している出店と人が寄らなそうな宝くじ売り場が見える。改札を出てそのまま西口に進むと、そこはバスやタクシーが発着する小さなロータリー。暇そうにするタクシー運転手の会話を横目に由香はその奥に止められた白と黒に塗られた一般的なパトカーへ歩かされる。 由香を護送していた警察官2人は元々この地区を管轄に持つ警察官らしく、パトカーで待機していた別の警察官に気さくな挨拶を送っていた。 由香は山地特有の寒さを含んだ風に身を震わせながら早く車両に入りたいとさえ思っていた。 建物をぐるりと囲む背の高い鉄柵。その上部には有刺鉄線が張り巡らされ、絶対に逃がしはしないという意思をひしひしと感じる。地味色に塗られた壁にはめられた窓には鉄格子と鉄網が嵌め込まれ、その禍々しさが由香に緊張を与えた。 ここは法務省が管轄の拘置所だった。入口の関門の警備員によってパトカーが通されると、そのまま裏へ回り、武装した警察官が2人立つ裏口の前に車が停車した。 「降りなさい」 「ううっ…」 体に巻き付く抑制帯が外されると、由香は警察官に引かれて車から降ろされた。時間にして数十分と短い時間の移動ではあったが、腿と足首には抑制帯の痕がしっかり残っていて、少しだけ赤い。血液が流れていくのを感じながら由香は素足を舗装された地面に降ろす。 腕を抱えられ、ほぼ強引に裏口に連れていかれると、前もって裏口にいる警察官に連絡されているのか、全裸護送される由香を見ても彼らは眉一つ動かすことはなかった。由香はその横を通過した。 連れていかれたのは検査室。手錠と腰縄を外されて足元に貼られた手と足のシールにそれぞれを合わせるように命令されると由香はそれに従った。護送していた警察官とは異なり、由香を対応していたのは女性の職員のようだったが、それでも足は肩幅よりも少しだけ広く、手との距離は70センチと陰部を突き出す屈辱的な姿勢はとても耐えられるものではなかった。 「肛門と膣の検査をします。声は出さないように」 「い、いやぁ」 「口は閉じなさい」 由香の後方で女性の職員が、かちゃかちゃ、と音を立てているが、それは見えない。大人の威圧を肌で感じ取りながら泣く泣く姿勢をそのままに待っていると、女性職員が持った検査棒が由香の肛門に触れる。ぬちゃ、と検査用クリームが肛門の襞に染みわたり、抵抗なく挿入された。 「ひぃっ…」 「こらっ、体勢を戻しなさい」 直腸内をこれでもかとかき回され、歯を食いしばりながらその異物感に耐える。しかし、あまりの徹底した検査によって、検査棒が幾度も挿入されては引き抜かれ、を繰り返すと12歳という若さの由香にとってそれはあまりにも残酷な検査だった。耐えられなくなった由香はその場で膝をついてしまう。 すると、すぐさまパチンッ、と乾いた音が響き、職員による平手打ちが由香の臀部に打ち込まれた。 「いたぁぁぁい!」 この国では成人に対しての私的な体罰は法律で禁止されているのに対し、警察や刑務官などの犯罪者に対して権利を持つ職に就く者は青少年相手に限り、ある程度の体罰は承認されている。児童養護施設で由香が平手打ちをされたのはそういった理由があった。 臀部に弾ける痛みを感じた由香は打たれた部位を真っ赤に染めながら姿勢を元に戻した。 「次に動いたら手足を拘束して最初から検査をやり直します」 検査棒を裏返すと肛門用の太さとは異なり、膣用の、肛門用よりも少し細めになっている。女性職員はそれに検査用クリームを塗りたくり、由香の膣へ挿入する。 「ううっ……」 処女膜の小さな穴を通過するように挿入された検査棒は膜を傷つけることなく中をかき回す。ぴったりと閉じ切った縦すじに、ねちゃり、とした水音が響き、それは由香の耳にも届いていた。まだ自分でも触ったことのない場所、それを赤の他人に突然いじられているのだ。今にも逃げ出したいという気持ちはあるが、自分の今の格好は全裸であり、身体拘束は解かれているといっても、検査室の鍵は外側から施錠されている。それ故、今由香にできることはこの検査が一分一秒でも早く終わることを願うしかなかった。 「肛門、膣、ともに異常なし、服を着ることを命じます」 検査姿勢から直った由香に手渡されたのは、一枚のシャツと、一枚のショーツのみ。どちらもデザイン性が一切ない白一色。児童養護施設で買ってもらっていた可愛げのある柄入りのショーツの面影はどこにもなかった。 女性職員が、穴が開くような鋭い目線を向けてくると、由香は黙ってそれを着用した。しかし渡されたのはその2枚のみであり、下に履くボトムスの類は見当たらない。由香に合わせた子供用サイズのそのシャツはショーツを隠せるほど丈は長くないため、少しでも隠せるようにと由香はシャツの裾を下に引く。下半身が心許ない。 「着用確認します。手を横に広げてください」 「あ、あの、した…履いてないです」 「これから禁固刑になるあなたにズボンもスカートも必要ありません。法律上、乳房と陰部を隠せて入れば、それが囚人服です」 裾を握っていた手をほどいて、そのまま上にあげる。スポブラすらつけていない体を服の上から軽く叩くように検査していく。ぽんぽん、と触られて服の下に何も隠していないことを検査する。 「はい、検査終了です。移動します。両手を前に」 「なんで、なんで、由香がこんなことしなきゃいけないの!」 腰に掛けられた手錠と捕縄に手をかける女性職員を見ながら由香は不満を爆発させるが、それを答えるつもりはないらしく、強引に手首を持ち上げるとそのまま手錠をかけてしまった。 ウエストを引き締めるように骨盤の上に縄を巻いていき、腰で結ぶ。数分ぶりの手錠をかけられたが、さっきとは違い気持ち程度の服は着ていた。しかし、手の自由が奪われることに慣れることはなかった。 女性の職員のみならず、廊下を歩く人は男性の職員も含まれている。そんな中で下半身をショーツ一枚で、なおかつ手錠に腰縄をつなげられて歩かされるのはとても屈辱的なことだった。限られた自由の中でできるだけ下着を隠そうと、人とすれ違うたびに服を下へ引っ張ってしのぐが、完全の隠れるわけではない。健康的な生足をさらけ出し、靴も履かされずに冷たい廊下を歩かされた。 コンコンコン、と女性職員が扉をノックしてから由香は部屋へ入れられた。四つ足の簡素な机と一つのパイプ椅子。天井には死角がないように監視カメラが設置され、入室する由香をとらえていた。 パイプ椅子に座らされ、目の前で偉そうな役職の人が紙に書かれた文字を読み上げる。 「少年法第四十四条に基づき、懲役三十五年の労役に服役可能となるまでの六年間、飯田由香に青少年禁固刑を命ずる。ただし禁固は懲役期間には入らないものとする」 それだけが読み上げられると、由香はそのまま女性職員によって部屋を連れ出された。 詳しい説明もなく、自分が懲役三十五年というとてつもない刑罰を科せられていることを伝えられ、なおかつ、懲役刑を科すことのできる年齢の18歳までの間、それまで身柄を拘束するための青少年禁固刑という刑罰を命じられてしまった。 「あ、あの、由香はなんで、わるいことしてないのに」 「黙りなさい。すでに禁固刑は始まっています。あまりに看守に対する態度が悪くて、規則を守れないようなら、懲罰室に入ってもらいますからね」 女性職員はどんどんと由香を建物の奥へと連れていく。止まった先はエレベーターの前。壁に頭をつくようにして乗せられると、そのエレベーターは下へ動き出した。先ほどまでが一階なので、地下に行っていることになる。 「頭を低くしておりなさい」 エレベーターの操作方法を知らせないためにかなりの中腰をさせられて降ろされる。そこは薄暗く冷たい、コンクリートがむき出しになったフロアだった。一階に比べて廊下の幅も狭くて、人が二人通るだけで埋まってしまうほどだ。 いくつかの鉄格子の扉を抜けてたどり着いたのは、女子青少年単独房と書かれた、左右に鉄格子が等間隔に並んだ場所だった。その鉄格子にはそれぞれ二畳程度の狭い部屋が設けられており、中の様子はすべて筒抜けになっていた。 「……」 「ひっ…」 ある一つの部屋を通り過ぎた時、その中にいたある少女と目が合った。それは生気がなく、硬いコンクリートの上で足を折り、正座をしていた。由香と同じく白のシャツを着ているが、それは若干汚れているように見える。 「ちらちら見ない!前を見なさい」 「ご、ごめんなさい…」 数字が書かれた鉄格子が開かれると、由香はそのまま腰縄を外されて押し込まれる。嵌め込まれたような和式のトイレと小さすぎる洗面台。それに足がさび付いた台に置かれたマットレスは使い込まれているように見える。天井には破壊できないようカバーが被せられた監視カメラが目を光らせ、心もとない電球が光っていた。 「手錠を外します。隙間から手を出しなさい」 網目の細かい鉄格子のある一部分だけ、手が出せるような小さな枠があった。そこに手錠で拘束された両手を突き出すと、女性職員が鍵穴に鍵を差し込んで手錠を外した。 「ここがこれから六年間使用するあなたの…失礼、七番の部屋です。きれいに使うことをお勧めします。食事は毎日三回、トイレは一日三回まで。風呂は週に一回で毎週金曜日と決められています。青少年禁固刑ですので、基本的に房では床に正座。もし相当な理由なくして正座を崩していた場合、即刻懲罰となります。それと、ただ正座だけでは大変でしょうから、規則が書いてある冊子を渡します。正座中はそれを読むことのみ許可します。そしてトイレの許可が下りるのは看守が食事を運んできた時のみです。その時にトイレに行きたければ申告してください。では」 「まって!まって!」 数枚が留められた冊子が渡されると、女性職員はそのまま去っていった。ガチャン、と扉の閉まる音がすると女性職員の靴音が消える。聞こえてくるのは自分が出す布擦れの音と通気口の空気音、それと誰かの小さなため息。鉄格子から見えるのは廊下を挟んだ正面の単独房の中身だけだが、そこには誰もいなかった。気配的に、初めに見た少女とそのほかにもう数人いるように感じる。しかし、感じるのはそれだけだった。房の中に時計はなく、地下のため窓もない。時間を感じ取れないこの空間では、その一分一秒が果てしなく長く感じてしまう。 自分はなぜ懲役35年を科せられているのだろうか。由香の頭の中はそのことでいっぱいだった。記憶をたどる限り法に触れるような悪いことはしていないとはわかっていても、その答えが綺麗にまとまることはなかった。 「うぐっ…」 こみあげてくる熱いものは一人寂しいことからくるものなのか、それとも児童養護施設で一緒に過ごした職員さんと会えないこと、または、職員に裏切られたように感じているからなのだろうか。気持ちの整理がつかない由香にとってそれはわからない。 ただ、由香はとてもまじめで素直な子でもある。この房に連れてきたあの女性職員が言っていた決まり事を守り、冷たいコンクリートの上に膝をついた。 正座には慣れている。児童養護施設で床の座布団に座るときはスカートをはいていることが多かったため、上級生の少女に正座を教えられたのだ。しかし、それは座布団という柔らかい羽毛の上。今は固く冷たいコンクリートの上であるから、膝と脚にかかる負担は大きい。 「いたい……」 消え入るような小さな声でそう零した。膝の上でこぶしをぎゅっと握りしめて、その上に自分の熱い物が雫を打ったのをただ眺めているだけだった。 青少年禁固刑に課せられた少年少女は基本的に重犯である。殺人、放火、その他の、少年院の更正プログラムでは扱いきれない罪を犯した者たちが、少年法で与えられる最上刑罰の懲役刑を科せられたときに限り、その者は社会から分断され、懲役刑を科すことのできる年齢の18歳までをこの青少年禁固刑で過ごすことになる。ただ、この法には懲役刑と禁固刑の多重刑罰に当たるのではないかと専門家の中で意見が上がっているが、それが解消されるのはまだ先のことである。 「入浴の時間だ。希望する者は扉の前に手を出しなさい」 青少年単独房の監視をする女性看守の声が聞こえてくる。自分の体温で温まったコンクリートから立ち上がると同時に他の房からも立ち上がる音が聞こえてくる。 今日は週に一回の入浴日だった。三日に一回の濡らしたフェイスタオルによる清拭が許されているとはいえど、頭や髪は拭くことができないため、油で汚れ、頭皮には痒みもあった。そんな中で入浴というのはこの青少年禁固刑に課せられている少女たちにとって数少ない娯楽の一つだった。 鉄格子のあいた枠から腕を出して拘束を待つ。入浴は同じ階の入浴室で行われるが、防犯のため手錠による拘束が行われる。 看守が前に来ると由香の手をとって、その細くしなやかな腕に金属のブレスレットを取り付けた。手の自由が奪われ、看守が持つあの鍵なしでは解除することができない。 「七番出房!」 「四番出房!」 「一番出房!」 次々と番号が呼ばれて行き、房の扉が開かれる。監禁されていた扉が開かれたが、そこに少女たちの自由はない。手錠の中心にある鎖に捕縄を通すと、それを後ろに並ぶ少女にはめられた手錠の鎖へ結うのだ。いわゆる数珠繋ぎと呼ばれる連縛。 ただ、少女たちに結われたその捕縄はただ結ばれたわけではなかった。手錠の鎖に結われたその捕縄は少女たちの股を通って後ろに伸びている。そのため、誰かが腕を上げれば、前の少女の股へ縄が食い込んでしまう。通常の数珠繋ぎ以上に拘束力が高い連縛。股に咥えこまされるように通された股縄が少女たちの尊厳を少しずつ崩していく。 由香はその先頭に立たされた。後ろに四番、一番と続き、前後にそれぞれ看守が縄尻を握る。 「お願いです、私も行かせてください!」 すると、列ではない背後でとある懇願する声が聞こえる。 「だめだ。生理中の入浴は認められない」 「で、でも、もう2週間も入っていないのです」 「ここに入れられた子たちはストレスから生理が止まってしまうのも少なくないが、九番はそんなことはないみたいだな。生理が通常通り来てしまうくらい平常な心ということは、九番は反省をしていないらしいな」 「反省も何も、わたしは無実です。何度も言っているでしょう!それに、生理なのに入浴が許されないのはおかしいですよ!」 「何を言っても現状を変えることは九番にはできない。外からの再審請求を待つしかないから、おとなしくしていなさい」 この女子青少年単独房には一番、四番、七番、九番の四人が収容されており、九番は先週に引き続き今週も入浴日に生理期間が被ってしまった。渡された冊子には生理中の入浴は禁止すると明記されており、九番は二週間以上風呂に入れていないようだ。 しかし、どれだけ懇願したところでそれが叶うことはない。結局九番を除いた三人で入浴室へ向かうことになった。 厳重に施錠された堅固な扉を通され、裸足で床を踏み歩く。 「っ…!」 先頭を歩く由香の股に通された捕縄がきゅっと上にあげられた。手錠は股間へすっと引かれ、あらぬ敏感な場所へ縄が当たってしまう。それは布一枚越しの刺激だった。シャツ一枚、ショーツ一枚だけを着せられた由香たちにとってその股に通る縄は、股で縄の形状を理解してしまうほど食い込んでしまう。 後ろにいるのは四番の少女だった。七番、四番、一番、と身長が高くなっていくこの繋ぎ方では後ろを歩く少女たちがとても歩きにくいのはわかっているが、それでもこの縄のあげ方はわざとだということは由香にはわかる。ぎしっ、と縄が撓り、股が縄を咥えこむと多少なり甘い快感が味わえるのだ。規則の中で陰部摩擦が禁止されている中で唯一許された陰部への刺激。少女たちはそれを互いに与え合っていた。 「頭の洗浄、はじめ!いち、にっ、いち、にっ」 水はけの良いタイルが敷かれた浴場で、何もない壁に向かって並ぶ少女たちに看守が掛け声出している。安物の低いプラスティックの浴場椅子に腰を下ろして、看守から与えられたワンプッシュのソープを上手に使って頭を洗っていく。ただ、頭を洗うための腕の動きも看守によって決められており、背後から聞こえる掛け声に合わせて腕を動かさなければいけない。 もし、看守の掛け声以上に頭を洗浄しようとした場合、その場で懲罰が決定する。由香はその懲罰が何かを知らないが、怖さ故に逆らったことはなかった。 「頭の洗浄、やめ!手はそのまま頭上に向かってあげなさい」 まだ満足に洗い切れていない時間で看守による止めの合図があった。そのまま手を天井に突き上げるように万歳に姿勢になり、目にソープが入り込むのも気にせず待機する。少女たちの目の前には個別のシャワーはない。看守が反対の端に設置されたシャワーからホースを引っ張り、看守が髪についたソープを洗い流すのだ。 「ひっ…」 両手を万歳にしたまま髪にシャワーがかけられる。声を少しだけ出してしまったのはそのシャワーのお湯の温度があまりにも高かったから。42か43度はあるそのシャワーのお湯は日によって温度が変動する。時にはまだ温まり切っていない冷水をかけられることもあれば、今日のように熱すぎることもある。 「上半身の洗浄、はじめ!腕から!いち、にっ、いち、にっ」 頭の次はそのまま下へいく。与えられたフェイスタオルにワンプッシュのボディソープが与えられるとそれをできるだけ泡立て体を洗っていく。看守によっていちいち部位を指定され、掛け声に合わせて体を拭かなくてはいけない。腕、首、胸、腹、背中と上半身が洗い終わると、腿、脹脛、足ときて、最後に股。自分の体であってもそれを洗浄するときは、自分の房を掃除する以上に厳しい決まりが科せられる。それ重罪を犯してしまった少女たちに屈辱という名の反省を与えるのだ。 しばらくして全身の洗浄が終わると、今日は珍しく浴槽にお湯がためられていたため、入浴することができた。これには少女たちの気持ちも少しだけ高まる。声や表情には出さないが、皆心の中では拳を突き上げていたに違いない。 「手は頭上にあげ、そのまま入浴!」 お湯につかるときは、湯船の下で違反物の交換や、陰部摩擦などの違反行為をすることがあるため常に腕は頭の上にあげていなければいけない。また、首から上は湯船につけることはできないし、由香にとって身長の関係から湯船に座ると顔がついてしまうことから、膝立ちで入浴しなければいけない。 入浴時間は全体で20分と長めに取られているが、そのほとんどは看守の指示で動いているため、そこまで入浴した気分になることはない。ただ、一週間の汚れを落とすのはとても気持ちよく、少女たちの心を一時的に晴れさせる。 「入浴終了!直ちに上がりなさい」 看守の指示によって少女たちは浴槽から名残惜しそうに体を出す。 その後は一人一枚与えられたタオルで体を拭き、一人一分のドライヤーの使用が許されている。ただ、それだけでは少女達の長い髪が乾ききることはなく、大体が生乾きのまま房へ戻ることになる。その後は寝るだけ。自分の匂いが染みつき始めた房に入り就寝まで正座をして待機する。 「就寝準備!」 しばらくして声がかかると由香は痺れた足を必死に持ち上げてマットレスに横になった。サイズの小さな毛布を腹にかけて今日も一日中正座しっぱなしだった足を軽くマッサージした。 目を覚ますと視界に入ってくるのは明るく房を照らす小さな電球だった。寝起きの眼球に染み入るような光がとても眩しく、房内の防犯のためとはいえ就寝中も電球が光るのは眠りを妨害されているようでとても辛い。まだ体の奥底の疲れが抜け切れていないような、そんな気がする。 「ん…」 目を擦り起き上がろうとしたが、すぐにベッドへ戻った。再び視界に電球が映る。危ない危ない、と心の中で復唱した。 ここでは特別な理由がない限り起床時間まで体を起こすことは許されていなかった。それも防犯のためなのだろうかと毎度疑問に思うが、それも考えるのはやめた。 しばらくしてかすかに靴音が聞こえてくる。重厚な鉄の扉が金属を擦るような音を立てながら開かれた。 「起床!点呼まで十分!」 それを聞くと由香を含め、見えない房からも騒がしく動き始める。細かく指示されている位置にベッドのあらゆるものを整え、小さな洗面台から出るわずかな水で洗顔と歯磨きをする。そして、与えられた一枚の雑巾を使い、床と壁、それと嵌め込まれた便器を掃除しなくてはいけない。時間はあまりない。十分という時間を与えられているが、時間を感じさせるものが一切ない房にいる由香たちにとって信じられるのは体内にある時計だけだった。 トイレを掃除するときは洗剤やゴム手袋などといったものは一切渡されない。水で濡らした雑巾でただ便器を磨くだけ。汚いという感情は看守の怒号に比べればどうということはなくなる。由香は点呼の時間に間に合うよう、必死に朝の支度を整えていた。 「点呼!」 という声が聞こえると、番号の若い順から番号と体調の報告を行う。 「七番、体調問題ありません!」 「九番、生理終わりました、体調問題ありません!」 頭痛、腹痛、体の痛みなどなど、それらを報告する時間となるが、報告したところで看守が特別に何かを対処するわけではない。高熱が出ていたとしても40度を超えなければ薬の処方すら行われないのだ。それを由香はこの数ヶ月で学んでいた。


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