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青少年妊娠罪で逮捕される少女のお話02

しっかり自分の物であるとリストに署名し、下着を指さした写真を撮影される。正直嫌だったが、強制採尿に比べればこの程度些細な事だった。私は特に拒絶するわけでもなく、次々とタスクを終わらせていった。 全ての持ち物が自分の物であると証明できたところで、私が留置場に持ち込める物が籠に詰められ手渡された。 籠の中身は、半袖の体操着の上下と、持参した替えのショーツが一枚、それと袋から開封された生理用品。それに加えて、支給されたフェイスタオル一枚と数枚のちり紙が入っていた。 留置場の持ち込みは厳しく制限されるらしく、携帯電話は勿論の事、ペンや教科書などの本類も没収されるとのことだ。特に驚いたのが、長袖のジャージだった。松本曰く、以前このようなジャージを渡した時、袖を用いて自殺を図った事例があるらしく、その件以降留置場では私物の長袖の衣服が認められなくなったようだ。 すると松本が私にこう言った。 「それじゃ橘さん。今着ている物をパンツ以外脱いでもらってもいいかしら」 「……」 「一度着ている物も検査しなきゃいけないの。それに、着替えたいでしょ?」 この日、既に数々の屈辱的な事をされてきた私だが、人前で服を脱ぐことは抵抗があった。腕を抱き、脱ぐことに躊躇っていると、松本に再び催促されたので私は渋々指示に従った。 タンクトップとブルマを脱ぎ、その下に着ていたスポーツブラも脱いで、松本に渡す。ランニングシューズと靴下も脱がされ、私は素足でタイルを踏むことになった。 ショーツ一枚の姿にされた私は恥ずかしさから、膨らみかけの胸を腕で覆い、視線を床へ落とした。 今日は彼と遊ぶ約束もしていなかった為、下着の色は人に見せられるようなものではない。上下が揃っていない地味色の下着が私の身体と、松本の手の中にあり思わず目を覆いたくなった。 私が脱いだ衣服は松本の手から楠へ移動し、同じように床に並べられる。一枚一枚丁寧に検査をされ、汗で湿っているにも関わらず、ブラのカップ部分を何度も触られた。 すると松本から指示が飛んだ。 「今から簡単に身体検査するから、手を体の横にして、体から少し離して」 恥ずかしい気持ちを抑え、私は従う。隠されていた胸に空気の流れを感じながら、手を体の横に付け、少しだけ浮かす。脚は肩幅に開くよう言われ、体のどこにも隠し事がない事を示した。 医療用手袋を手に嵌めた松本は、私の髪の中や、口、耳、腋を簡単に確認し、危険物が無いかを確認していく。舌を上下左右に動かし、品性の欠片もない表情をさせられる。耳も小型のライトで穴を照らされる。髪を検査するときは少々乱暴だった。髪の中に違反物が隠されていないかの検査だと思われるが、頭が左右に揺さぶられ痛かった。 それらが終わると、松本は「少し触るね」と一言告げた。松本は私の後ろに回った為、標本のように動くことが許されていない私にとって、何をされるかが分からなかった。しかし、後ろから伸びてきた松本の手が私のショーツの中に入り込んだ時、私はその意味を理解した。 「きゃっ」 松本の手は前だけではなく、後ろにも入れられ、前後から私の陰部を触り始めた。突然の出来事に私は腰を引き、腋を締めてしまうが、目の前で監視をしていた楠がそれを注意した。 これも規則で定められた検査であるらしく、ショーツの中に違反物を隠し持つことを防ぐ目的があるのだという。その言葉の通り松本の手は私の陰部を一撫でするだけで引き抜かれた。 検査はこれで終わりらしい。渡された着替えは籠に入れられていた体操服と靴下。しかし、いくら探しても渡された物の中にブラは無かった。 「あの、ブラは……」 私はとっさにそう問いかけた。すると松本から返ってきた答えは想像もしてない言葉だった。 「ごめんなさい、留置場にいる間、ブラはつけられないわ。女の子としてショックかもしれないけど、規則なの。我慢してね」 「そ、それじゃあ、どうすれば」 「渡した服を着てもらうしかないわ」 と、松本は哀愁漂う声でそう言った。 私は女性としての尊厳が奪われたようで、とてもショックを受けた。渋々渡された体操服に腕を通すが、やはりブラを付けていない為、胸にぷっくりとした小さな膨らみが浮かんでしまう。さらに、ポリエステルの硬い素材が体を捻るたびに先端を刺激してくるので、落ち着きがなかった。下にはブルマとは違い、膝上丈の短パンの体操服を履いた。 私は、乳首のシルエットだけでも隠せる物は無いかと問いかけたところ、体操着の上に留置場で貸し出しているトレーナーなら着ても良いと言われ、私はそれを借りようと思った。しかし、松本が私に手渡してきた物は私の価値観では受け入れられない物だった。 渡されたのは灰色のだぼっとした長袖のトレーナーだった。デザインは一切ないシンプルな単色の物で、体幹周りが異様に絞られているように感じた。気になったのは首が接する襟元。長い年月使い回されているのだろう生地は所々伸び切っており、よれよれ。手に取ってみたところ、他人の皮脂が付着したとみられる汚れが布を変色させていた。それに匂いもある。 私は手渡されたトレーナーを一度着てみるが、やはりそれらの不快感に耐えられず、それを返却した。松本曰く、しっかりと洗濯と消毒はされているようだが、それでは足りないと思うし、何よりその言葉が信じられなかった。 そして一通り検査が終わると、松本がこれからの事を説明してくれた。 初めに話されたのは、私がこれから入れられる部屋についてだった。通常、留置場は数人が一緒の部屋で過ごす、雑居房と呼ばれる部屋に入れられるらしいが、私はそこには入れられないと言われた。確かに、私のような妊娠が疑われている人を、見ず知らずの人と同じ部屋に置くのは良くないのだろう。私はそう予想したが、まさにその通りだった。私が入れられる部屋は青少年妊娠罪や、その他特別な事情を持つ人が入れられる独房だという。雑居房と違い、限りなく他人との接触は避けられるらしく、24時間の監視がされるようだ。 一通りの説明が終わると、松本はこれから留置場に移動すると私に告げ、腰にある手錠に手を掛けた。それは自由だった両手が拘束される瞬間。浮いていた心が地へ叩きつけられるように、私の心は暗く濁った。 私はもしかしたら、という希望を持って松本にこう発言した。 「あっ、あの。もう逃げない、です。手錠は、いやなんです」 「ダメよ。さっきも言ったけど、青少年妊娠罪に問われている人は、ほぼ例外なく後ろ手錠なの。辛いだろうけど、手を後ろで重ねなさい」 ダメ元で言った私の進言は予想通り無駄に終わった。再び泣きそうになるのを我慢し、私は両手を後ろに回す。松本が私の後ろに回ると、あの嫌な音を立てながら私の手首には金属の輪が取り付けられた。ずっしりと手首にかかる重さと、金属特有の冷たさが嫌いだった。そして間髪入れずに私のウエスト周りに腰縄を巻き、拘束は完了。臍辺りから出た縄尻が松本の手に収まると、私はそれにつられる様に歩き出した。 「松本さん、彼女靴履いてないですよ」 「あら、ごめんなさいね。これ、履いてもらえるかしら」 検査室から出る直前だった。私はてっきり靴も履かせてもらえないのかと思っていたが、どうやら松本の不手際だったようだ。ただ、履かされた靴は私のランニングシューズではなく、安物のスリッパのような物。まるでプールの共有トイレの中に置かれているプラスチックの穴が開いたスリッパだ。私は差し出されたスリッパを靴下の上から履き、検査室を後にした。 留置場は警察署の奥にあるようだ。外に出ることなく屋根が付いた廊下を歩き続けると、明らかに物々しい雰囲気のある場所へたどり着く。コンクリートと鉄格子の牢屋をイメージしていたが、そんなことはなく、まるで病院みたいだ。 留置場からは『担当さん』と呼ばれている女性職員に私は引き渡されることになる。留置場の入り口には女性の職員が数人待機しており、「ご苦労様です」という声と共に私の身柄を引き継いだ。どうやらここに留置されている人は全員女性のようだ。それに合わせて担当さんも女性なのだろう。 留置場に入るためには施錠された扉を抜ける必要があった。当然そこで担当さんは扉を開錠するわけだが、その時私は壁に頭を付ける事を求められた。扉は音もなく開錠された。そのため、私はいつ扉が開錠されたのかもわからなかったし、どのような方法で開錠されるのかもわからなかった。 留置場は出入り口が一つしかなく、1本の廊下の両端に部屋が設置されていた。1つ1つの部屋に重厚な扉が付けられ、どう見ても部屋の中からは開けられないということはわかる。 私の部屋はその廊下の一番奥だった。その他の部屋よりは一回り小さい区画で仕切られ、扉の色がここだけ違う。2人の担当さんに連れられ、その内の片方の職員がその扉を開ける。だが、すぐに私は中に入れられず、もう一度開錠音がしたところで、扉の中を見ることが許された。 私は職員に押される様に中へ入れられた。入ってすぐに右にあるのは、驚くことに洋式の水洗トイレだった。そのトイレはむき出しのコンクリートの上にそのまま設置されており、廊下に面した監視窓からいつでも覗ける場所に設置されていた。そしてその奥はフローリングが敷かれた居住スペースなのだが、トイレと居住スペースは鉄格子の扉で仕切られているという異様な部屋だった。勿論その部屋に同居人はおらず、私一人のみ。 スリッパを脱がされ、フローリングに上げられると、私は担当さんからこの部屋でのルールを説明された。 まず、最初に説明されたのは驚くべきことだった。それは、青少年妊娠罪に問われている少女は留置場中であっても後ろ手錠は外されないということ。私は心底驚き、理由を問うたが、お腹の中の胎児を第一に考えた結果なのだという。 次に部屋で許可される姿勢についてだった。提示された姿勢は、正座、直立、仰向け、左横寝のみ。その内仰向けと左横寝に関しては夜9時以降、布団の中でのみ許可され、それ以外では正座と直立のみだそうだ。壁に背を預けたり、正座から足を横に崩したりする座り方は24時間監視している担当さんからスピーカーで注意が入るという。 そしてトイレについて。居住スペースとトイレの間は鉄格子で仕切られており、私は自由にトイレに行くことのできない構造になっていた。鉄格子を開けるためには担当さんが持つ鍵が必要であり、私は担当さんの許可なくトイレをすることができないらしい。 そのため、定期的に巡回している担当さんに話し掛けるか、壁に設置されたボタンを押して呼び出しをして、排泄を申し出るのだそうだ。 その他細かい注意事項があったが、規則が書かれた冊子を渡せない以上、その都度説明をしていくと言われ、説明は終わった。 すると、担当さんから壁に頭を付けるように指示されたので、私はそれに従った。 「今から腰縄を外しますが、私達の指示があるまで、決して頭を離さないでください」 私はその言葉に小さく「はい」と返事をすると、担当さんが私の腰縄を解いた。後ろで担当さんが歩く音が聞こえ、鉄格子が締まる音と施錠される音。少しして独房の扉が閉まる音がすると、後ろから「直って良し」と合図が飛んだ。 私は壁から頭を離す。 そして改めて部屋を見渡すが、目の前には殺風景な絵面が広がるだけ。4畳程度のスペースに私はいた。白く塗られた壁に、クリーム色のフローリング。壁には小さな洗面台があり、その反対の壁に呼び出し用の大きなボタンがあるだけ。後ろで手錠をされた状態でどのように洗面台を使うのかは疑問だが、担当さんからは何も言われなかったので、自由に使っても良いのだろう。とはいえ、手を洗うだけでもかなり大変そうだ。 また、呼び出し用のボタンは私の丁度肩の高さにあり、押すだけなら問題はなさそうである。 私は天井に目を向けた。故意的な破損が出来ないようカバーが付けられた照明が2つに、監視カメラが4つ、スピーカーのような物が1つ。 部屋の四隅に設置されたその監視カメラは、私のいる部屋を死角なく撮影しているようだ。 そして正面の銀色の鉄格子と、その奥の洋式の水洗トイレと廊下に面した壁と扉。常に廊下から私の事を確認できるように設計されており、この部屋にプライバシーがないことを示していた。 私は冷気を放つ鉄格子に頭を付けると、1人にされた悲しみに暮れる。体の後ろで撓る手錠がさらに哀愁を漂わせ、今の状況がとても情けなく感じてくる。 「手錠、いやなのにっ、ううっ、すんっ……」 せめて手錠だけは外してほしかった。この腕を不自由にする金属の塊が私にとって、文字通りの枷となり、精神的にも負担となっていた。これは囚人を象徴する刻印のようなものだ。付けているだけで情けなさが溢れ、それが涙となって具現化してしまう。 今頃学校の友達はどうしているだろうか。この部屋に時計は無いので正確な時刻は分からないが、昼食を済ませて午後の授業を受けているのだろうか。私がいないことは説明されている?体調不良と誤魔化されているのだろうか。それとも逮捕されたと正直に説明がされたのだろうか。 今の私にそれを知る術はない。家族に連絡したくてもさせてはもらえないだろう。 私は心を落ち着かせるように、一呼吸おいて部屋の中央で座った。勿論正座だが。 そしてゆっくりと深呼吸をする。体の中に溜まる悪いものを吐き出すように、鼻から吸ってお腹を膨らまし、口から吐く。まるで陸上大会に初めて参加したときのような心の重さ、いや、それ以上のストレス。私はそれを必死に体外へ出そうと試みる。 しかし、耐えられなかった。私は藁にも縋る思いで壁に設置されている呼び出しボタンを体で押した。14歳の心身にとってそのストレスは重すぎたのだ。 ボタンを押した直後、スピーカーにノイズが走る。 「橘さん、どうされましたか?」 スピーカーから担当さんの声でそう問われたので、私はこう返答した。 「あ、あの、はぁはぁ、おっおぁ、おはなし、した、くてっ」 私の声は自分でも驚くほど震えていた。気が付けば、極度の緊張とストレスから体が震え出し、汗も止まらなくなっていた。一刻も早く誰かと話したい。ここから出してほしい。私の中にあるのはその一心だった。 「わかりました。今向かいます」 その言葉の後、2人の担当さんが私の元にやってきた(担当A担当Bと呼称)。部屋の中央で息を荒げながら座る私を見ると、壁に頭を付けるという工程をせず独房の扉を開けた。鉄格子を開き、1人の担当Aが私の前でしゃがみ込み、こう言う。 「うん、拘禁反応ね」 「はぁ、はぁ、あっ、あの、いちど、外に、はぁはぁ」 溢れる不安に気が狂いそうになりながら、私は担当Aに懇願した。外に出たいと言ったが、この部屋から出られるのなら何でもよかった。廊下でもいいし、無理ならトイレの前だけでもいい。とにかく私はこの空間にいる事がとても苦痛で、耐えられなかった。 ダメもとでお願いしてみたが、担当さんは私を廊下へ出してくれた。当然腰縄と手錠はセットでつけられたが、部屋の中の閉鎖された空間と比べれば、廊下はいくらかマシに感じた。 「やっぱり私は反対だわ……」 「ちょっと。私だからいいけど、上司に聞かれたら大変よ?」 「だって、こんな小さな女の子を閉じ込めておくなんて、おかしいと思わない?」 「思わないって言ったら嘘になるけど……それでもここに入れられる子達はそれなりの事をしてきてるわ。これも罰なのよ」 担当Aと担当Bは私を他所にそのような会話をしていた。 時々「大丈夫?」や「怖かったわね」と声を掛けてくれる辺り、留置場の担当さんと言うのは、警察官よりも私に対する扱いに寛容な部分があるのだとわかった。 私はその優しさにしばらく甘えていたが、そもそもこうして外に出しているのはあまりよろしくないらしく、私の気が落ち着いたところで再び独房へ入れられた。 でも、少し前とは異なり気持ちはとても楽だった。絶対に出してもらえないわけではなく、辛くなったら廊下の空気を吸わせてもらえる、という扱いがわかっただけでも、心の持ちようは大分変わった。 私は担当さんに感謝の言葉を述べる。そして指示に従って壁に頭を付けた。 「規則で手錠は外せないけど。それでも、ストレスを与えるのは間違ってると思うから、辛くなったらまたボタン押していいわよ」 母より少し若そうに見える担当さん達は去り際にそう言い残した。 留置場の中は何もない。時間を潰すテレビや、いつも日課としているスマホゲームなどは当然なく、ただただ時間が過ぎるのを待つだけ。だからと言って部屋の中を無意味に歩き回ったり、正座を崩したりするとスピーカーからすぐに注意が入り、私の心は再び沈んだ。 だが、できるだけ落ち込みすぎないよう気を付けていた。担当さんが言った『拘禁反応』という言葉。恐らく私のような監禁状態にある人が起こす反応の事だとは思うけど、余り深く入り込むのは良くないように感じた。 しばらくすると、独房の前に担当さんがやってくる。扉の覗き窓から、 「橘さん、面会です。奥の壁に頭を付けて、指示があるまで動かないでください~」 と声を掛けられたので、私はとっさに「お母さんですか……?」と問いかけた。担当さんは、明確な答えを言わなかった。 私は壁に頭を付いて、担当さんが部屋に入ってくるのを待った。独房の扉が開き、鉄格子が開かれると、私の後ろで腰縄を括りつける。 「では行きましょうか」 と柔らかい口調で言われ、私は独房から出された。留置場の外で待っていた男性警察官2名へ引き渡され、私は安物のスリッパを引きずる様に廊下を歩いた。 歩くたびに体が揺れ、体操服が揺れる。そうなれば、ブラの付けていない胸は刺激され、生理現象で膨らみの中心にぷっくりとした突起が現れてしまう。背を丸められない関係上、私は露出狂のように胸を突き出すよう歩かされるし、手で胸を隠すことも許されなかった。男性警察官に接する機会があることがわかっていれば、生理的に受け付けなくても留置場のトレーナーを貰えばよかったとここで後悔し始める。 私が連れられた部屋はテーブルとパイプ椅子がある小さな部屋だった。中央をアクリル板で仕切られ、私は反対側の部屋にはいくことが出来ないようになっているが、アクリル板に空けられた穴から声は通る様になっていた。まさにドラマや映画で見るような面会部屋。 私はそこで手錠と腰縄を外されて、パイプ椅子に座って待つよう言われた。部屋の中に警察官は同席せず、2人とも部屋の外で待機するようだ。 しばらくすると、アクリル板で仕切られた反対側の部屋から一人の男が入室した。短めの髪をワックスで固め、スーツに身を包んだ中年のサラリーマンといったイメージ。 その男は持っていた鞄を床に置き――と言っても私からはテーブルで見えないが――、中からいくつかのファイルを取り出し、こう話し始めた。 「こんにちは橘知美さん。私、あなたのお母様から頼まれた弁護士の、尾崎鉄平という者です」 「あ、はい。橘知美です。こんにちは……」 尾崎と名乗る男は弁護士だと自己紹介した。その証拠にと一枚の名刺をこちらに見えるように立てかける。そして部屋が暑かったのか、スーツを脱いで背もたれに掛け始めたので、私も思い出したかのように胸を隠した。 「緊張しているようですね。ですが安心してください。私は知美さんの味方です。弁護士は知ってますか?よく裁判をしている時に、罪を問われた人の味方をするおじさんです」 「はい、母がよく見ていたドラマで出てきてました」 「そうですか。それなら自己紹介はこの辺でいいでしょう」 私は儚い妄想として母が面会に来てくれたと内心喜んでいたが、出てきたのは母の代理の弁護士。私は素直にその事を話したが、逮捕されてからの数日間は弁護士以外の人物は面会が出来ないと、説明をしてくれた。加えて、弁護士の面会は警察や検察が介入できないらしく、今は無理に背筋を伸ばす必要もないし、どんなことでも話して良いと言われた。 私はそれを聞いて初めて背筋から力を抜いた。逮捕されてからずっと伸ばされていた背筋を少しでも休ませるため、私は禁止されている前屈みになり、体をストレッチをする。 尾崎は以上を説明したうえで、母から預かった直筆の手紙を見せてくれた。綴られていたのは、私の心身を心配する文言と、尾崎にいくらかの差し入れを渡しておくという一文。それと最後に、どんなことがあっても私の味方だ、という文面が添えられていた。 確かに母の字だった。 触れられない反対側の手紙に手を添え、恥も忘れて泣き崩れた。アクリルの奥から母の暖かみが感じ取れるような気がした。 しばらくは泣いていたと思う。だけど、時間も有限だ。私は口頭で尾崎に、母への伝言を頼んだ。尾崎はそれを一字一句漏らさず書き留めてくれた。 そして本題に入る。 内容は、私が置かれている状況の説明と、これからの動き。 まず尾崎が告げたのは私の有罪の確率はほぼ100%であることだった。これは満16歳未満の少女が妊娠しているかどうかで決まるため、証拠を十分に用意しているとみられる警察が逮捕に踏み切った時点で、無罪の望みは薄いと伝えられた。正直、この内容にはショックを隠しきれなかった。 「じゃあ、わたしは本当に妊娠しているのですか?」 「まず、間違いないと思います。検査結果はまだ公表されていませんが、その内警察か、検察、どちらかは分かりませんが、橘さんに通達が行くはずです」 「そう、ですか……」 私は自分のお腹を摩った。まだ何も感じないこの中に、命があるというのか。私と和也の子供が、この中に。 そして尾崎は逮捕される前日に産婦人科を受診した事に触れ、話を進めた。 「恐らく、いえ、ほぼ確実に逮捕される原因となったのはそこですね。産婦人科には、青少年妊娠罪の疑いがある少女を通報する義務が課せられていますから、情報の出どころは間違いなくそこです。そして橘さんに伝えられた診断結果は、全くの嘘。ですが、クリニック側の虚偽報告は義務付けられていませんので、私個人としてはこれはやりすぎかなと思っています。本来ならば、診断結果を正しく伝え、本人と相談したうえで『自首をする』事が理想とされています」 私にとってだけでなく、女性にとって味方であるはずの医者に裏切られたという事実に私はショックを受けた。 そして次に尾崎が話したのは、『保釈』についてだった。尾崎曰くこちらが本題と言っても過言ではないらしく、椅子に座り直し改まった。 「保釈とは、まぁ簡単に言えば『家に帰れる』という事です。勿論、捜査は続いていますので、必要に応じての取り調べを受けながらという形にはなりますが、ここに拘束されるよりは天と地の差があります。そこで橘さん、保釈申請が通るためにはいくつかの条件があります。ひとつは、証拠の隠滅の恐れがない事。二つ目は、お母様の監視の元で生活した場合、自殺の恐れがないことの証明。三つめは、逃亡の恐れがない事です」 「初めに、青少年妊娠罪の『証拠隠滅』を説明します。簡単に言えば、保釈後にあなたのお腹の中にいる赤ちゃんを中絶することです。しかし、既にどの医療機関を受診したとしても、知美さんの中絶手術は拒否されるようネットワークが引かれている為、基本的にその恐れはないとされています。もう一つの『自殺の恐れ』は、心理テストの結果が強く影響します。警察から貰った資料によると、既に知美さんは留置場内で心理テストを受け、自殺の恐れがないことが証明されています。そのため、その点は心配いらないでしょう。そして私の資料にないのが最後の三つ目、『逃亡の恐れ』についてですが――」 尾崎は無知な私に対して保釈について、丁寧に説明してくれた。保釈とは何かから始まり、私が保釈される条件まで。私は家に帰れる可能性が見いだせただけでとても心が軽くなった。 そして、私は尾崎の話を聞き逃さないよう、必死に聞いていたが、最後の『逃亡の恐れ』という文字に対して、ある予感が頭を過ぎた。それはもしかして、いや、もしかしなくても逮捕時に私が逃亡を図った事と何かしら関係があるのではないか。逃亡の判断材料に加味されてしまうのではないか。 そして私の予感は現実となった。 「逮捕から今までに、橘さんが大きな抵抗をしていなければ、この保釈申請は大体通ります。」 私はそれを聞いて全身から血が引いていくのを感じた。私はもしかしたらとんでもないことをしてしまったのではないか。 しかし、黙っているわけにはいかない。唯一の味方に嘘を付けるはずもなく、私は素直に事実を綴った。 「あ、あの。すみません……私、逮捕されるときに、一度逃げようと、してしまって……」 私のその言葉を聞いた時、尾崎の口が止まった。「あっ、まじか」そう聞こえてきたのを私は聞き逃さなかった。 「それは、その……。取り押さえられる程度に逃げてしまいましたか?」 「はい……ごめんなさい。突然の出来事で、気が動転してしまって」 「なるほど。いえ、橘さんが謝る必要はないですよ。……ですが残念です。知美さんが一度逃亡の気を見せてしまったのであれば、この保釈申請はほぼ通らないでしょう」 尾崎から発せられたその言葉。“助かる可能性”という、地獄に垂らされた細い糸がぷつりと切れ、私の元から離れていった。 尾崎は再び黙り、思考を巡らせているようだった。元々はここで保釈が可能であろうという希望的観測で来たはずだ。 私はそれを壊してしまった罪悪感と、ここから保釈されないという絶望感にさいなまれていた。 尾崎は何らかの案が浮かんだようで、曇っていた表情を晴らし、私に視線を向ける。 「知美さん、取り調べはまだ受けていませんか?」 「ああ、はい。まだ何も聞かれてはいません」 「そうですか、ならばまだ勝機はあります」 尾崎が話したのは、保釈申請の可能性を捨て、裁判で下される判決を在宅処分に減刑する、というものだった。 基本的に、青少年妊娠罪に問われた少女が、大事な成長期を刑務所内で過ごすことは、国としても推奨されていない。そのような事情から、少女に特別な理由が無い限りは在宅処分として罪を償うことが推奨されているという。ただ、最後の出産時だけは国の強制力が働き、管理下での出産がなされるが、帰宅が許される在宅処分と懲役刑を課せられるのでは天と地の差があるのは明確だ。裁判では逮捕時に逃亡の気を見せてしまっていたとしても、反省の色を見せれば逃亡の恐れなしと判断されることもあると言い、まだ家に帰れる可能性があると私に告げた。 「そこで重要になるのが、これからの取り調べです。その時に必ず刑事さんや検察官に『あなたには黙秘権があります』と一言告げられます。黙秘権の意味は分かりますか?」 「あ、はい。言いたくないことは言わなくても良い、ってやつですよね?」 「はい、その通りです。裁判で争点になるのは、恐らく知美さんが故意的に妊娠をしてしまったか、という点になると思います」 「故意的……?」 「つまり、16歳以下の少女が妊娠をしてはいけない、ということを知らなかった。もしくは、彼氏さんとのセックスが子供を産む行為だと知らなかった、という事にすればよいのです」 「は、はぁ……」 つまり私は取り調べに対し、性交を知らない体で話せばよいということだ。しかし当然、私は法律の存在も知っていたし、彼氏とのエッチが子作りであることは薄々気づいていた。嘘をつくのは気が引けたが、「これは戦いです」と尾崎に念を押される。故意的に妊娠したと裁判官に判断されると、ほぼ間違いなく悪質と捉えられ、刑務所に送られてしまう。 「裁判では、検察側は意地でも橘さんの事を懲役刑に仕立て上げようとしてきます。ですが、私も簡単に負けようなんて思っていません。私と一緒に頑張りましょう。出来る限りのサポートを約束します」 私は潜在的に弁護士と言う職業に良い印象を持っていなかったことから、尾崎のその言葉には感銘を受けていた。この人なら私を助けてくれる。そう確信できるほど、尾崎は頼もしい存在だと感じた。 それから1時間程度話し合いをした後、「一応保釈申請はしておきます」と一言告げ、尾崎は帰っていった。 面会が終わった私は外で待機していた男性警察官に手錠を掛けられる。例外なく後ろ手に。そして、再び腰に縄を巻かれて歩かされる。だが、ここに連行されて以来、初めての“味方”の存在に私の心は少し救われていた。勿論すべての行動に手錠と腰縄が付くのはショックだが、まだ助かるかもしれないという希望が見えるのと、見えないのでは雲泥の差だった。 私は再び留置場へ戻された。男性警察官から担当さんへ私の身柄が引き渡されると、私は自分の独房へ。 独房の扉と鉄格子が開かれ、中へ入れられるとき、1人の担当さんがこう問てきた。 「お手洗いは行きますか?」 私はその問いに、頭を縦に振る。 すると、腰縄の縄尻を握る担当Aと私を独房内へ残し、担当Bは廊下へ出て、独房の鍵を施錠した。 「縛りが多くてごめんね。本当は私も普通にお手洗いをさせてあげたいのだけど……」 「ああ、はい……」 担当Aは申し訳なさそうに私にそう告げた。 「それじゃあ、紐はここね」 担当Aはそう言うと、私の腰縄をトイレの隣にある鉄格子へ結びつけた。結び目は私の肩よりも少しだけ高い場所に作られ、私がどう頑張っても解くことはできない位置だった。すると担当Aは私を残して居住スペースへ。持ち込みが許可された籠の中から、支給されたちり紙を数枚持ってきた。 私は疑問に思い、質問をする。 「もしかして、手錠は外されない、かんじですか」 「その……ごめんなさいね」 戻ってきた担当Aはその一言だけ。 独房の扉は閉められているのだし、トイレまで手錠で拘束する必要な無いのではと思ったが、それを逮捕されている私が言ったところで何も変わらないだろう。担当さんも、そう言うのは外部からの指摘しかほぼ効果がないと告げられ、私はひどく落ち込んだ。 「では、ズボンと下着、下げますね~」 洋式の水洗トイレの前に立つ私に担当Aはそう言った。紐が引き抜かれた体操服はほとんど抵抗なく下ろされ、続いてショーツも下ろされた。 地味色のショーツの下から現れたのは、うっすらと陰毛が生えそろい始めた恥丘。恥ずかしさで内股になり体を捩るが、担当Aから「背筋は真っ直ぐね」と釘をさされ、渋々姿勢を戻された。 「では、座ってください」 その指示で私は便座にお尻を付けた。あまりの冷たさに悲鳴を上げそうになるが、ぐっと堪える。このトイレにはウォシュレット機能と、便座を暖める機能が付いているようだが、少なくとも保温機能は切られていた。 冬限定の機能なのだろうか。それとも電気代節約で使われることはない? お尻の位置を何度か調整し、足を揃えて陰部を隠した。膝の前、数十センチの距離に担当Aが私の事を監視しており、和式便所に比べて正面は別の恥ずかしさがあった。 しばらく待っていたが、担当Aは私に指示を飛ばす気配がなく、じっと見つめてくるだけ。私はてっきり排泄をしても良いのかと勘違いをしてしまった。 目線を鉄格子に移して、お腹の力を緩める。 チョロチョロ 膀胱に溜まった私の尿が放出され、軽やかな水音を立てながら便器へ流れ出た。 と、その時。 「ダメです。今すぐ止めなさい」 担当Aが排泄を止めるよう指示してきたのだ。私はとっさに力を込めて尿を止める。しかし、出し始めた尿は長く止める事はできない。私は唸りながら担当Aの顔を見上げた。 「まだ私が指示してないでしょう?ダメよ、勝手な事したら。私が『排泄開始』と言うまで待ちなさい」 「あっ、ごめんなさいっ。でも、少しだけ、出てしまっ、って……。」 「最初だから大目に見ますけど、繰り返されるようなら保護房に入ることになりますからね。保護房はもっと縛りが強いので、出来れば入らない方がいいですよ」 担当Aは悶える私を他所に長々と講釈を垂れる。 「それと、まず、脚は90度まで開いてください。足元にズボンとパンツがあるので、膝だけ開いてくれれば大丈夫ですから」 今にも漏れそうになる膀胱をぐっと堪え、私は指示に従った。膝を開き、陰部を担当Aに見せつけるようにする。 すると担当Aはトイレ横に設置されている監視窓を数回叩いた。その監視窓はその合図に従って外から担当Bによって開かれる。丁度私の肩より上が担当Bに監視される形になった。 そしてようやく排泄の準備が整い、担当Aの口から「排泄開始っ」の声が響いた。 膀胱の力を抜き、私は便器に尿を放出する。陰部にかかりそうになっていた体操服をはらりと捲られ、間近で監視されながらの排泄。とてつもない羞恥心だった。 排泄が終わったことを伝えると、担当Aは小型のライトで便器の中を照らす。90度の開かれた足の隙間から排泄物を目視で確認した後、使い捨ての医療用手袋を手に嵌めてちり紙を私の陰部へ押し当てる。 「少し触りますね」 「あっ……あ、自分で」 「ごめんね、これも規則なの。我慢してね」 今にも足が閉じそうになる。しかし、担当Aは私の脚をしっかりと手で抑えてそうはさせなかった。 担当Aが押し当てるちり紙は、一般家庭で使用されるトイレットペーパーのように柔らかいものではなく、雑紙のように荒く硬かった。しかし、担当Aはそのちり紙を優しく押し当て、決してごしごしと擦ったりはしない。そのおかげで痛みなく拭かれることが出来たが、それと同時に微かな快感も残された。 陰部をふき取った後、私はその場で立たされると、担当Aによる排泄物の最終確認がなされる。今回は尿だけだが、血便や血尿。その他の異常が無いかを確認しているらしい。 確認後、水洗によって流され、私はショーツとズボンを履かされる。 「手は部屋の中で洗いましょう」 私は居住スペースの小さな洗面台へ連れていかれ、片手ずつ水で洗うことが許された。右手の手錠を外し、洗って手錠へ。そして左手の手錠を外し、洗って手錠に拘束、と言った感じだ。石鹸は使わせてもらえず、ただ水で洗うだけ。衛生管理に問題を感じたが、「これも規則なの」と言われ、黙るしかなかった。 次に留置場から出る事になったのはそれから1時間後くらいだろうか。担当さんに「橘さん、調べです~」と言われ、私は独房から出された。 連れていかれた先は『取調室C』と書かれた部屋。中は大きめの机が1つと、向かい合う様に置かれた2脚のパイプ椅子のみ。私は部屋の奥のパイプ椅子に座らされると、手錠は外され、外した手錠とパイプ椅子が繋げられた。 取調室の扉は、取り調べをする刑事や検察などの不正行為防止の為、常に解放されていた。そのため私は逃亡防止のために椅子に縛り付けられるらしい。 しかし、手が自由になったからと言って背中を丸める事は許されない。私をここに連れてきた男性警察官に「背筋を伸ばすように」と釘を刺された。もう何度目かわからない注意に私はうんざりしていた。 目の前にテーブルにはケーブルに繋がった小型の印刷機が置いてあり、この取り調べで使用されるらしい。 しばらくして部屋の中に一人の男がやってきた。大体40代くらいの顔立ちだが、表情にはまだ若さと情熱が残っているように思える。服は折り目が薄くなったスーツを着込んでおり、その下の白いワイシャツから少々汗臭さが漂ってきた。 男は手に持ったファイルをテーブルに置き、私の反対側のパイプ椅子に腰かけると、このように切り出した。 「こんにちは橘知美さん。私はこの一件を捜査することになった刑事の黒部太郎です。どうぞよろしく」 黒部は馴れ馴れしくテーブル越しに握手を求めてきたが、私は刑事と言う存在と、その不潔さから握手を拒否した。ただ「よろしくお願いします」と一言添え、黒部の手が引いていくのを見届ける。 黒部は席に座り直し「ふーっ」と大きく息を吐いた。 「少し緊張しているようだね。でも安心して。ドラマみたいに大声とか暴力なんかはぜっったいにしないから。出来るだけ、赤ちゃんにストレスはかけたくないからね。ていうか、お茶でも飲む?俺の飲み物と一緒に用意するよ」 私は黒部の厚意に甘え、温かいお茶を貰うことにした。黒部が女性職員とみられる人に一声かけると、その女性は数分後にブラックコーヒーと湯気の昇る温かいお茶を用意してくれた。「ありがとうございます」と感謝を述べると、女性は笑顔で受け答えをしてくれて、私の緊張は少しだけほぐれた気がした。 「じゃあ、これから色々質問に答えてもらいたいんだけど、橘さんには“黙秘権”と言って、自分に不利な事は話さなくても良い、って権利が保障されます。いいかな?」 「あ、はい。わかりました」 そうして私の取り調べは幕を上げたのだった。 初めに、私の罪状について確認があった。青少年妊娠罪。これは国が定めた妊娠可能年齢、満16歳に満たない少女が妊娠をしてしまった場合に問われる罪だということ。そして午前中の強制採尿によって採られた私の尿から、妊娠していることを示す成分が発見されたということ。その証拠として私は病院からの診断結果の紙を見せられた。この診断書はほぼ間違いなく証拠として成立するもので、私の妊娠は捜査の結果、確定されたと告げられた。 それを踏まえて質問をしていくと言われ、黒部は黙秘権とは異なり、虚偽の申告は裁判で不利になるので注意が必要だと釘を刺してきた。 「でさ、彼氏さんとは仲良いの?」 黒部の取り調べはこんな感じだった。まるで喫茶店で友人と話しているような雰囲気で質問を飛ばしてくるその口調は、緊張が半減する反面、不利になることを口走ってしまいそうで怖かった。 「はい、仲は良かったです」 「そっか~。やっぱり付き合いたてが一番楽しいもんね」 「はい……」 そこで黒部はニヤッと笑った気がした。しかし、私はあまり気にせず受け答えをしていた。 「で、付き合ってどれくらいなのよ」 「えっと……3か月くらいです」 「おお、3ヶ月か。カップルが最初に感じるのが3ヶ月の壁ってやつだよね。でさ、壁ってどう?あった?」 「え、いや、どうでしょう。私はあまり……」 黒部が言う3ヶ月の壁というのは、カップルの気持ちも打ち解け始める時期であり、打ち解けるが故、お互いの良い部分も悪い部分も見え始めるという、カップルにとって重要な時期である。 私自身、彼氏の大塚和也には体を許すくらい仲が良いと自負しているが、当然嫌な部分も見え始めてはいた。 「そっか、そっか。俺が嫁さんと付き合い始めたのが、高校の時だったから、少し気持ちわかると思ったのよね。その時は嫁さんの悪い部分がずっと気になって、ちょっときつかったな」 黒部はブラックコーヒーを啜りながらそう言った。 「橘さんは、記念日とか気にする?」 黒部の取り調べは、30分程度このような会話が続いた。それは私の緊張を解していくという意図も感じたが、黒部自身付き合いたての懐かしさに浸っているようにも感じた。だが、やはりその会話には何か裏がある、そんな気がしてきてならない。 雑談のような会話の後、黒部は私に揺さぶりをかけてくる。 「それで、ちょっと聞きにくいんだけど、初体験はいつ頃?」 私の緊張も解け始め、恋話に滑り込むようにして挟んできたこの質問。私は危うく気を許しかけて話してしまいそうになったが、これは弁護士と話した黙秘権に当たる内容なのではないか、そう思いとどまった。 「あっ、いや、そういうのは分かりません……」 「本当に~?まぁ確かに答えにくい内容だよね。もし俺みたいな男が苦手なら、女の刑事さん呼ぶけど」 そのような会話の後、黒部はあの手この手とうまく会話に刷り込ませ、私に質問を投げかける。 彼氏と付き合った日は?妊娠に気が付いたのはいつ?どうして病院に行こうと思ったの?エッチなことはダメな事だって知ってる?などなど。 私は答えていく内に、何が答えていけなくて、何を答えて良いのかわからなくなっていた。黒部は狂ったように同じ質問を何度も何度もしたり、聞きたい答えに間接的に、遠回りに質問をしてきたりした。 正直気が狂いそうだった。黙秘権を意識しすぎるあまり、柔らかい会話を混ぜられると、頭が混乱し、つい何かを溢してしまいそうになる。 「セックスって何か知ってる?」 黒部は弁護士の言う通り、この質問にイエスと頷いて欲しいらしい。私が子供を作る行為だと認識していると自白をさせれば勝ちとでもいうかのように、それにまつわる質問をしてくる。それはセクハラギリギリの質問もあれば、保健体育の教科書に載っていそうな話題を投げかけてくることもあった。しかし、私はうまくかわしたと思う。 そして数時間が経過する。 黒部はその間ブラックコーヒーを3杯程度おかわりすると、尿意が迫ったのかトイレ休憩と言い、1人私を置いて出ていった。 私はおかわりをしなかった。と言うより、飲み終わったお茶のおかわりを貰える雰囲気ではなかった。微妙な量が残る冷めたお茶を一気に飲み干し、長時間座っていたことでお尻が痛くなったので、少しだけ腰を浮かせた。一体この取り調べはどれだけ続くのだろうか。 そういえば、彼氏の大塚も警察に逮捕されていた。しかし、警察署に着いた車の中には大塚が乗せられていたパトカーがいなくなっており、留置場に女性しかいないことから、別の留置場へ移送されたのだろうか。私は黒部がいない間そんなことを考えていた。 黒部が戻ってくると、なんとその日の取り調べは終わりだと告げられた。 「両手を後ろに」 黒部に代わり別の男性警察官が私を拘束した。手を後ろに差し出し手首に手錠が付けられると、そのまま立たされて移動。留置場の担当さんに引き継がれ、私は再び独房へ収容された。 夕食前、私の部屋に弁護士が言っていた母からの差仕入れが送られてきた。数枚の下着類に、半袖半ズボンが数着、それと暇を潰せるようにと本が数冊。それらを渡されるとき、留置場の担当さんからその他に現金も差し入れがあったと告げられ、こちらが提示するリストの中ならば好きなものを買うことが出来ると伝えられた。しかし、それらのリストは青少年妊娠罪の容疑が掛けられているということもあり、飲食系には全て赤くバツ印がつけられ、私が買えるものはほとんどなかった。栄養管理も徹底されているようだ。 差し入れの本も、独房内でさえ手錠を解かれない私にとって、それはただの置物だった。後ろ手拘束で必死に読書を試みたがうまくいかなかった。本は勝手に閉じてしまうし、本を読むために姿勢を前屈みにしたところ、間髪入れずにスピーカーで注意が入った。結局私は暇を潰せるものはなく、立ったり座ったりを繰り返すだけ。 独房に運ばれてきた夕食は、やはり栄養バランスが考えられた定食のようなものだった。お米に、汁物、魚の塩焼き、ひじき、野菜がたくさん入った煮付け。私にしたら量が多いものであったが、残さず全部食べるように言われた。 食事時は手錠を外され、自分の手で食べる事が許される。ただ、手錠をしていないからと言って姿勢を崩していいわけではなく、正座かつ姿勢を正さなければならず注意が必要だ。 食事が終わると、片付けと同時に再び手錠による拘束が施される。 その後、変わりのない独房の風景を眺めているだけで就寝時間となった。 「お布団入れるので、奥の壁に頭を付けてください~」 と担当さんから声がかかると、私はそれに従う。大型のワゴンに布団が置かれており、その中の1セットが私のらしい。頭の後ろで鉄格子が開く音と、布団がぼすっと置かれる音が聞こえた。 「就寝時のルールを教えますので、その体勢のまま聞いてください」 私は何も言わず、目の前にある壁を眺め続ける。 「まず、就寝時間を知らせる合図がありましたら、速やかに布団に入ってください。そして、起床時間まで、特に理由が無い限り布団から出る事は許されませんので、注意してくださいね。体調がとても悪いや、どうしてもトイレが我慢できないといったもの限定で、布団から出る事が許されています」 「また、橘さんは寝る姿勢も指定があります。その体勢は、お腹の中の胎児に影響がないと言われている、『仰向けと左横寝』のみになります。もし、就寝中に寝返りなどで、こちらが指定した体勢以外になっているのを発見しましたら、部屋のスピーカーから注意が入りますので、一度目を覚ましたのち、体勢を戻してから再び就寝してください。それに加えて、支給される毛布で顔を隠す行為、腕や手で顔を隠すことは規則違反となりますので、その点も注意してください」 「以上、問題はありませんか?」 「はい、わかりました」 私は壁を向きながらそう言い、軽く頷いた。 もしかして、就寝時も手錠はされたままなのだろうか。そう疑問が浮かんできたが、流石にそのような事はない様だ。 担当さんに指示され、振り向くと鉄格子まで来るよう指示がされる。続いて鉄格子に背中を向け、担当さんがその隙間から手錠の拘束を解いてくれた。肩の可動域がふっと軽くなり、固まりかけた関節を動かした。 「就寝時の拘束規則はありませんので、明日の朝までゆっくり休んでください。恐らく明日から刑事さんと、もしかしたら検察さんが取り調べを本格化すると思います。本当はこういうのは言っちゃだめなんですけどね」 担当さんはそう言うと、私に軽く微笑みを向けてくれた。独り寂しく時間を過ごしてきた私にとってその言葉は少しだけ嬉しかった。 部屋に置かれていたのは敷き布団と毛布と枕、それとそれぞれのシーツと思われるものが数枚。私は早速布団を敷いてみた。 「あっ、言い忘れてましたが、布団は部屋の中央に。それと頭は廊下に向けてくださいね」 私の部屋から去る間際、担当さんが扉の覗き窓から私にそう言った。私は「わかりました」と一言伝え、再び取り掛かる。 布団の厚さはとても薄かった。長年使われていたであろう、人が腰を当てる部分にクッション性はほとんどなく、裏表が付きそうなほどであった。私はそこに白色のシーツを被せ、丁寧に皺を伸ばしていった。しかし、このシーツ。洗濯はしているだろうが、すこしばかり匂いが残っている。汗やその他の汚れが染み込んだ後のカビのような、鼻を虐める匂い。しかし、留置場トレーナー程の匂いではない。まだ我慢はできそうだ。 上からかける毛布はオレンジ色でとても目立つ色だった。匂いはしないわけではないが、耐えられない程ではない。 そして枕。これはとてもじゃないが、体を休めそうにはないほど硬かった。まるで辞書の上に頭を乗せるように硬く、そして薄い。使わないという選択肢はあるだろうが、恐らくその行為は担当さんが言う規則違反なのだろう。 私はそれを部屋の中央に並べ、就寝の準備を整えた。そして気が付く、一枚のあまりもの。 それは担当さんから支給された布団らに入っていたもの。色は青色で、紙のような手触りの四角いシートが残されていた。どう見ても布団関連の物ではない為残しているが、一体何に使うのだろうか。 入浴は曜日で決まっているらしく、今日はその日ではないようだ。生まれて初めて入浴せずに、それも着替えもせずに就寝することになる。陸上部の朝練でかいた汗を洗い流せないのはとても残念だったが、朝に申告をすれば支給されたフェイスタオルを濡らして、体を拭くことが出来るらしい。 私は初めて自分の手で洗面台の蛇口を捻り、水を出す。 寝る前の歯磨きが出来ないのも人生で初めてかもしれない。これも朝の決まった時間にできるらしいが、口をゆすぐくらいは許されるはずだ。 手で水を掬って口をゆすぐ。何度かやって支給されたフェイスタオルで手を拭いた。 濡れたままはよろしくなさそうだったので、鉄格子にかけて干しておく。怒られたら外せばいいかなと、半分投げやりな思いだった。 しばらくしてスピーカーから就寝時間を知らせる合図があった。私は頭を廊下側に向け、硬い枕に頭を乗せ、布団に入った。決められた体勢。仰向けで、毛布は肩まで。いつもは自由に寝返りもしているし、寝る前にスマホを弄るため、うつ伏せにもなる。しかし、それは許されない。今なら、お母さんがくれた本も読めるだろうが、多分それもダメだろう。 黙って天井を眺めていた。部屋の四つ端に赤いランプを付けながら監視をしているカメラ。今も私の事を見ているのだろう。 続く


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