XaiJu
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勇者の子孫がTSしてロリババア悪魔のバブみとカリスマに溺れちゃうお話

 ――虚しい。  眼下の魔獣を見下ろし、嘆息する。先ほどまで生きていたそれは今や完全に沈黙し、血だまりの中に沈んでいる。  これまで百人以上の人間を喰らってきたとされ、ギルドから直々に討伐を依頼されるほど危険度の高い魔獣だったはずだが、なんてことはない。これまでの相手と一緒だった。  棍棒で殴って、それで終わり。断末魔の悲鳴を漏らすことなく、凶獣は絶命した。  僕の全身は血に塗れているがそれはすべて魔獣の返り血である。傷一つない。金剛石すら砕く牙ですら、僕の皮膚は貫けなかった。 「……ごめんよ」  ポツリと呟き、魔獣の首を捩じ切る。討伐の証明としてギルドへ持ち帰らねばならない。  肩に担ぐとずしりと重い。自分の奪った命の重みがのしかかってくるようだ。  あれだけギラついていた瞳は白く濁り、大きく開いた口からはだらりと舌がこぼれている。悲壮感あふれる表情を見ていると、たとえ魔獣であろうといたたまれなくなった。  彼らも生きるために人を食らっている。一方的な虐殺、殺戮ではない。生命行動の一環だ。  ――だが、自分は?  いつも通りの自問自答に吐き気を催す。達成感など微塵もない。あるのはただの罪悪感と自己嫌悪だ。  いっそ楽になれればと魔獣の牙を首筋に押し当て――力を込める。  バギンッという嫌な音。呆気なく折れた牙が近くの木に突き刺さる。 「……やっぱりダメか」  諦観のため息をつき、ゆっくりと歩き出す。  木々の隙間から覗く空は気持ちが悪いほどに晴れ晴れとしていて、まるで陰鬱とした僕の心に対する当てつけのように感じられた。  *** 「見ろ! ライアが帰ってきたぞ!」  魔獣討伐の任を終えて村へ帰ると待っていたのは村人たちの拍手喝采だった。老若男女が集まって英雄の帰還だと声高に囃し立てる。子どもたちは無邪気に、大人たちは無責任に。  それが善意であると知っているからこそ、無理矢理笑顔を取り繕う。皆の反応を見る限り、ちゃんと笑えているらしかった。 「あなた! おかえりなさい!」  人ごみをかき分けて、一人の女性が飛びついてきた。返り血に塗れるのも構わず、彼女は僕を抱きしめる。 「……ただいま、ヨナ」 「えぇ、おかえりなさい」  ヨナは人目も憚らず頬に口づけしてきた。夫婦(めおと)なのだからおかしくない、とばかりに。  けれど、知っている。彼女の目が見ているのは僕ではない。僕を独占されて嫉妬心をむき出しにしている女性たちを見て、勝ち誇ったように口元を歪める。 「さぁ、夕飯できてるわよ。帰りましょう」 「……うん。ありがとう」  下ろそうとしたら、首に手を回された。降りる気がないらしいのでお姫様抱っこで運ぶ。  背中にチクチクと突き刺さる、男たちの嫉妬の視線が痛かった。  ***  僕は、もともと村では目立たない存在だった。身体だけ大きくて、他はまるっきりダメな木偶の坊。細かい作業はもちろん苦手だし、性格も明るい方ではない。正直、村に馴染めていなかったとも思っている。  そんな僕に転機が訪れたのは村に魔獣が攻め入ってきた時だ。先日討伐した魔物よりも小型だったが被害は甚大で、村人の二割が食い殺された。  僕自身襲われ、半ば自棄になって殴り掛かった――その結果、剣や槍すら通じなかった魔獣の身体が四散した。  後でわかったことだが、僕はとある勇者の末裔らしい。身体に聖なる因子が宿っていて、魔獣たちにとっては天敵のような存在だと。  それからだ。僕の生活が一変したのは。  王都のギルドに連れていかれ、各地の魔獣たちを討伐していくうち名が知れるようになって。いつしか邪険に扱っていた村のみんなも掌を返したように手厚い歓迎をしてくれるようになった。  かつては冴えない青年だった自分が、いつしか英雄ともてはやされるようになり村一番の美女とも結婚する。ここだけ切り取ってみればよくできたサクセスストーリーだ。  けれど、知っている。彼らが本当に求めているのは――。 「んぅ、ぅ……」  鶏のけたたましい鳴き声で目を覚ます。なんだか嫌な夢を見ていた気がしたが内容はサッパリ忘れてしまった。今はただべたつく寝汗が気持ち悪い。 「あなた。おはよう。もう朝ごはんできてるわよ」  エプロン姿のヨナがにこりと笑いかけてくる。会釈を返し、ベッドからのそりとはい出した。  テーブルの上にはスープやサラダ、パンなどがずらりと並んでいる。ヨナは完璧超人と言って差し支えないほどに全てにおいて万能だ。料理上手で、家事もそつなくこなす。おまけに美声で、王都で催された歌唱大会では審査員から絶賛されていた。  そんな彼女の夫は、村の英雄。傍から見ればお似合いのカップルだろう。 「そういえば、またこんなのが来ていたわよ」  ヨナが渡してくれたのは一枚の羊皮紙。蝶を象った印鑑は王都所属のギルドが発行した証明である。 『上級悪魔ガ出現。至急討伐サレタシ』  またか、と辟易する。  王都のギルドは精鋭揃いだ。一時所属していたからこそレベルの高さはよく知っている。上級悪魔程度ならば腕に覚えのある者たちが五人もいれば十分だろう。  だが、現実問題人件費や報酬などを考えると勇者の末裔である自分にまかせるのが都合がいいらしい。そういった背景から、この手の厄介ごとはすべて自分に回される。 「……っ」  ギルドの同僚たちから「いいよな、英雄様は」などとやっかまれた記憶が蘇る。  表向きはヨナと結婚したため、というのがギルドを離れた理由だが本当は同僚たちとの軋轢が主な原因だ。最初はよくしてくれた彼らも僕に仕事を奪われていくうちに態度を変えていった。村のみんなとはまた違うパターンだが本質は同じである。  異質な存在に対する嫌悪、恐怖。それは魔獣に向けるものとなんら変わりない。 「どうしたの?」  ふと、ヨナが語り掛けてきた。心配そうに顔を覗き込んでくる。  僕はしばし羊皮紙を手の中で揉みこみ、ややあって口を開く。 「あの、さ……この依頼、辞退しちゃダメかな?」 「え?」  心底不思議そうな顔でヨナは首を傾げた。ギュッと胸が詰まる感覚。  けれど、もう限界だった。 「……たまには、君とゆっくり過ごしたいんだ」  嘘だ。本当はただ面倒ごとから逃げたいだけだ。  ヨナは一瞬目を丸くしたもののすぐにふっと頬を緩め、 「ダメよ、あなたがそんなこと言っちゃ」  駄々をこねる子どもを宥めるように、そっと優しく語り掛けてくる。 「ギルドの人も、あなたの腕を信頼して依頼しているのよ? すごいことじゃない。それに、あなたが受けなかったらそうしている間にも被害が出るかもしれないし……そんなことになったら、あなたも嫌でしょう?」 「それは、まぁ……」 「でしょう? だから、頑張って。美味しいご飯作って待っているから」 「あぁ」  ため息が零れそうになる。彼女は味方になってくれなかった。  最初からわかっていたこととはいえ、やはり堪える。  それから食べる料理はまるで味のない粘土のようだった。  ***  ギルドから案内されたのは上級悪魔が住まうという洞窟だった。確かに嫌な気配をひしひし感じる。これまで悪魔を討伐したことは数えるほどしかないが、その中でも最上位――否、今まで出会ってきた中でも別格かもしれない。臓腑を鷲掴みにされ、直接捩じ切られるような不快感。  思わず、握る棍棒にも力が籠る。 「では、我々はこれで」  ギルドから派遣された案内人たちはぺこりと頭を下げると一目散にこの場を離脱した。あまりにも事務的なやり取りにまたため息が零れる。  ……とはいえ、やることは同じだ。  ただ、倒すだけ。それが僕の役目だから。 「……」  洞窟内に足を踏み入れると嫌な気配が三割増しになった。内部は割と広々しているのに妙な圧迫感がある。気を抜けば恐怖で足が竦みそうだ。 (……確かに、僕意外だと難しいかもしれないな)  悪魔というのは魔獣の上位種だ。厳密に言うと彼らは魔獣を使役する存在であり、普段はこちらの世界とは別の隣界に住んでいるがごく稀にこちらの世界へやってくることがある。  彼らの多くは魔獣より概して協力であり、高度な知性を持つ。僕たちが使役する魔法を編み出したのも彼らだという話だ。単純な身体強度もさることながら、不死に近い肉体を持つとされている。 (それは僕も同じか)  苦笑しながら進み続ける。いったいどれだけ続いているのだろうか。一向に果てが見えない。  ただし、奥の方からより濃密な気配が漂ってくるのは感じた。正直、僕意外の人間が足を踏み入れていたらこの時点で自死していたかもしれない。  そう思わせるほどにおぞましく、どす黒い気配だった。 「――ッ」  ピタリと足を止め、半身になって構える。  奥の方からぺち、ぺちと妙な音が聞こえてきた。しかもこちらに近づいてきている。  先手を取られないためにも全神経を前方に集中し、意識を切り替える。いつも通り、無感情に殺すために。  やがて足音が間近まで迫ってきたとき、暗がりから青色の何かがにゅっと出てきた。  それが足だと気づいたのは細やかな足指がついていたからだ。スラリとした脚線美を追っていくと秘部を覆う極小の股布が目に入る。 「――おや、珍しい。人間がここまで来れるとはのぅ」  少ししわがれたソプラノボイス。声の主はあどけない少女だ。  否、彼女が悪魔であるのは一目瞭然である。体色は青く、白目の部分は黒く染まって黒目の部分は妖しい紫色をしている。地面につくほど長い銀髪は意志を持っているかのように蠢き、側頭部からは牛を想起させる大角が生えていた。  体躯は童子同然で女性的膨らみは皆無。けれど極小の下着だけを身に着けた姿は妙に扇情的だ。 「ふむ……てっきり同族かと思ったが違ったか」  彼女は値踏みするように僕をじろじろ見て呟く。どこか退屈そうに。 「君、は……悪魔?」 「そうだと言ったら、どうする?」  ニィッと口の端を曲げ、挑発的な態度をとる彼女。それを見た瞬間やはり目の前にいるのは人ならざるものなのだと認識した。 「ギルドから、討伐の命が出ている。だから、悪いけど倒させてもらう」 「む? いや、待て。我は特に何もしておらんぞ? 今回はしばしこちらで余暇を過ごそうと思っただけで、人に危害を与えるような真似はしておらん」 「……信用できない」 「まぁ、悪魔の言うことじゃからな。やれやれ……どこぞの馬鹿どものせいで我らの印象ダダ下がりではないか。ったく、近頃の若造どもは人間相手にイキり散らしおって……」  ぶつくさと呟く悪魔。これまで出会ってきた者たちとは何かが根本的に違う気がする。  彼らの大半は害意と悪意に塗れていた。ある者は魔獣をけしかけて村を滅ぼしたし、またある者は自身の知識欲を満たすため人間を生きたまま標本にしていた。  そう考えると、この悪魔にはそれらしい感情が一切見られない。あれほど濃密だった負の気配もすっかり弱まっている。 (――いや、待て)  ふと、ギルドから言われた言葉を思い出す。  今回討伐するのは上級悪魔だ。中・下級とは知恵も力も比べ物にならない。長い者で数千年を生きているという話で、中にはたびたび人界にやってきては混乱を招く者もいるという。  そう考えるとこの悪魔の外見も擬態としては上出来だ。人間は子どもや自分より弱いものに関しては敵意が緩む傾向がある。 「危うく騙されるところだった……!」  先手必勝。棍棒を振りかぶり、一気に振り抜く――!  手ごたえはない。悪魔は跳躍し、天井に張り付いていた。 「いきなり何をする!? まだ話している最中ではないか、この粗忽者!」 「うるさい! 悪魔の言うことになんか耳を貸すか!」 「いや、だから落ち着けと――」  二の句を発する前に追撃。全力の拳を放つも悪魔はひらりと身を翻して回避する。  だが、空中では身動きも取れない。横から襲い掛かってきた棍棒を躱すことはできず、そのまま壁に叩きつけられる。洞窟を震わせるほどの破砕音と轟音が止むころ、悪魔は壁にめり込んだ状態でぐったりしていた。  また同じ展開だ。一撃で勝負が決してしまう。上級悪魔でも結果は変わらない。  何度目かわからないため息を零し、とどめを―― 「いっっっ……たぁぁッ!」 「ッ!?」  刺そうと近寄ろうとした直後、悪魔が咆哮した。洞窟を崩壊させるのではないかと思うほどの怒声。全身がブルリと震える。  彼女は大したダメージは受けていないとばかりに立ち上がり、とんとんとその場で跳躍する。耳の穴に小石が入ったのだろう。頭を傾け、トントンと角をたたき――気を整え、ギロリと睨みつけてきた。  ――かとおもえば、それはまもなくして子どもっぽい笑みへと変わる。 「中々やるではないか。わしに一撃を当てるなど。近ごろの若いモンにしては気骨がある……気に入った!」 「何をごちゃごちゃと!」  再び突貫するも攻撃がことごとく躱される。そのたび悪魔は感心したように唸ったり目を丸くしたりと忙しい。  それはまるで赤子が何かするたび一喜一憂する母親のような――。 「う、あっ、あぁぁッ!」 「ほいっと」  振り下ろした棍棒は、彼女の細腕によってあっさり止められた。引きはがそうとするもピクリとも動かない。まるで岩に挟まれたようだ。  ならばと思って棍棒を放し後方に跳躍する――が、眼前に悪魔の顔が迫っていた。 「ふぅっ」 「うわぁっ!?」  悪魔の口から黒い靄――のようなものが吐き出された。静電気を帯びているようにバチバチと明滅を繰り返し、顔の周りにこびりつく。 (まさか、魔法……!?)  魔法陣も詠唱もなしの魔法など、使える者は数えるほどしかいない。だとすればこの悪魔は上級の中でもさらに高位。  ようやく眼前の靄が晴れたころ、彼女は近くの岩に腰かけて頬杖を突きながらニマニマと笑っていた。夕飯ができるのを待ちわびる子どものように。 「僕に何をした……?」 「すぐにわかる」 「なに、を……?」  言いかけて、言葉をなくす。  声がわずかに高くなっていた。とっさに抑えたのどぼとけも徐々に小さくなっていく。 「なぁ、ぁ……」  低く雄々しいバリトンが愛くるしいソプラノへ。  変化はそれだけではない。少しずつ視線が下がっていき、服もずり落ちていく。  ズボンを抑えた拍子に触った逸物も……ぐんぐん縮んでいき、とうとうなくなった。  そしてとうとう、身体の変化が収まったとき。  僕は“僕”ではなくなっていた。 「ほれ、どうじゃ?」  どこからか取り出した鏡を見せながら、悪魔は笑う。  鏡に映りこんでいるのは筋骨隆々の大男ではない。ひどく小柄で、儚げな少女だった。  丸太のようだった手足は小枝のようにか細くなり、ごつかった顔は丸みを帯びた童顔になっている。ぶっきらぼうに見られがちでコンプレックスだった目はくりくりと大きなどんぐり目に。肌も白くて柔らかそうだ。  ただ、身体は完全に幼女然としている。ともすれば目の前の悪魔以上に起伏にかけている。 「ふふっ、そんな様ではもう闘うこともできんじゃろ。どうじゃ? 気分は? くくくっ、自慢の剛腕ももう形無しじゃなぁ。どうする? まだ戦うか?」  確かに、この身体では戦えない。なにせ身体の大きさも作りもまるっきり違うのだ。  それにしてもこの魔法、どういう仕組みなのかさっぱりわからない。人間を退行させる魔法など見たことも聞いたこともない。  時間か、因果に関する魔法だとしたら最上級の魔導士たちが百人集まってやっと成功するかどうかの難易度だ。それを一人でやったとしたら、目の前の悪魔は文字通り格が違う。 「……つっ」  どうしようか、と退こうとした時、膝に鈍い痛みが走る。  つるりとした膝小僧がすり向け、血が滲んでいた。どうやら小石で切ったらしい。  それを見た瞬間、頬がほころぶのがわかった。胸に抱えていたもやもやがスゥッと溶けていく。  近くの尖った石を握りこみ、それを躊躇なく喉に―― 「ちょっ、なっ、何をしとるかぁあああああああああああっ!」  刺そうというところで、悪魔が割って入った。  僕の手から石を奪い取り、遠くの方に投げ捨てる。それでもなお石を探そうとする僕を後ろから羽交い絞めにしてきた。 「この馬鹿者! 何をしておる! 早まるでない!」  なぜか説得を試みる悪魔。真意が読めない。  でも、僕の気持ちは変わらない。  やっと、やっと死ねるんだ。もう重圧や人々の感情に振り回されることもない。  これまで何度も自殺を試みてきた。剣で首を落とそうとしたこともあったし、毒薬を呑んだこともある。自ら魔獣に食われようとしたこともあった。  だが、結局無駄だった。この無駄に頑健な身体のせいで死ぬことすらできず、ずっと苦しみ続けてきた。  この魔法がどういった類なのか、悪魔の目的が何であるのかもわからない。  でも、この身体ならば死ねるというのだけは確かだった。 「……何やら、訳ありの様子じゃな」  ふと、悪魔の指が頬に伸びてくる。いつの間にやら目じりからこぼれていた涙をぬぐい、彼女はそっと囁きかけてくる。 「まずは話してみよ。死ぬのはそれからでも遅くはあるまい」  不思議と、彼女に対する敵対心は薄れていた。優しい声と表情のせいかもしれない。  それにどうせ死ぬなら胸に抱えていたものをすべて吐き出してからでも遅くないだろう。  僕はぽつぽつと、これまでのことを彼女に語りだした――。  ***  やがて語り終えるころ、視界は涙で覆われていた。  我ながら、初めて会った相手――しかも悪魔に何を話しているんだと思う。  けれど、彼女は何も言わなかった。ただ黙って聞いてくれて、それが何よりの肯定になっていて。どれほど嬉しかったかわからない。  幼子のようにしゃくりあげる僕。身体が子どもになったせいか、精神までそちらに引っ張られているようだ。枯れたと思っていたはずの涙が次から次へと溢れ出てくる。 「……よしよし。辛かったのぅ」  そっと悪魔に抱き寄せられる。ひんやり冷たい肌だ。イルカみたいにつやつやすべすべしていて気持ちいい。 「今までよく辛抱したのぅ。えらい、えらい」 「……どうして?」 「ん?」 「どうして、優しくしてくれるんです……?」 「先ほど言ったじゃろうが、気に入ったと」 「……じゃあ、なんでこんな姿に?」 「それは、まぁ……趣味じゃ。察しろ」  どうやらロリコンの上にレズらしい。別の意味で危険な存在だと思う。  ただ、こうして接してみると悪辣さは微塵もない。観光に来たというのもあながち嘘ではなさそうだ。  彼女はしばし僕の頭を優しく撫でてくれていたけれど、不意に怒りの表情を見せてこぶしを握り締める。 「それにしても腹が立つのぅ、そいつら! そなた一人に色々と押しつけているくせに偉そうなことを……聞いているだけでむかむかしてきたわい!」 「でも、実際僕には力があるから……」 「いや、待て。それは違うぞ、ライアよ。力があろうがなかろうが、それ以前にそなたは一人の人間じゃ。そなたの意思を無視して物事を進めるなど本来はあってはならんのじゃ。無論、そなたにも拒否する権利があるのじゃが……まぁ、優しすぎたのじゃな。そこに付け込まれたに過ぎぬ」  ポロリと。涙と一緒に目からうろこが零れ落ちる。  そんなことを言われたのは初めてだった。  力を見出されてからというもの、みんなは僕に“英雄”としての振る舞いを望んでいた。だからそれに応えようとしたのだが結局は心が壊れ、耐えきれなくなっていた。 「よいか、ライア」  彼女は僕の頬を両手で挟み込み、真剣なまなざしで見つめてくる。 「そなたを大事にせぬ者たちに義理を尽くす必要はない。嫌なら嫌と言え! 逃げたいなら逃げろ! それをさせてくれぬのはそ奴らの不徳じゃ! 気にすることではない!」 「……僕がいなくなって、誰かが困るとしても?」 「あぁ。それでそなたがつぶれては元も子もあるまいに。まして、人間なんぞ短命じゃ。どれだけ頑張っても百年程度しか生きられまい。それとも、そなたは千年も二千年も生き続けて人間たちを守るつもりじゃったか?」 「それ、は……」 「違うじゃろう。人にはいずれ終わりが来る。それが早いか、遅いかの違いじゃ。義理立てなど考えるな。自分の人生は一度きり! ……長生きしとるババアの言葉じゃ、含蓄あるじゃろ?」  悪魔は今までに見たことがないくらいにっこり明るく笑ってくれた。  それは今まで陰鬱としていて晴れることのなかった僕の心を照らし、黒いもやもやをどこかへ吹き飛ばしてくれる。 (嗚呼……)  今、ハッキリと理解する。  僕が望んでいたのはこの言葉だったのだと。  ――本当は、ずっと苦しかった。逃げたかったし、辞めたかった。  でも、それで困る人がいるから。僕はそんなことでしか役に立てないから。  ……ただ、みんなが求めているのは“ライア”ではなく自分たちに都合のいい“英雄”なのだとも薄々気がついていた。だからもし僕に力がなくなれば容易に離れていくのも想像できた。  彼らの向けてくる感情の全てが恐ろしかった。彼らの笑顔の裏にどんな本音が潜んでいるのか想像したら背筋が凍った。  そして、それを告白できる相手もいなかった。ヨナとは夫婦であるが彼女は僕のことを自分のステータスとしてしか見ていない。  良妻らしい振る舞いこそあったが、その裏は空っぽだ。はりぼての愛情をずっと向けられていたにすぎない。  みんなの役に立たねばいけないという考えと、彼らが求めているのは自分であって自分でないというジレンマに押しつぶされ、何度も死にたいと思った。死んでしまえば煩わしいすべての出来事から逃げることができる。  けれど、今日出会ったばかりの彼女だけは違った。 「……あの」 「ん?」 「名前、教えてもらっていいですか?」 「あぁ、まだ教えておらなんだな。ヒュークリフット・ローウェンバイン・シュベルデル……まぁ長いから好きに呼べ」 「じゃあ、ヒュー……さん」 「なんじゃ?」 「僕、ここにいちゃダメですか?」  意表を突かれたように悪魔――ヒューは目を丸くする。 「正直、もう辛いんです。どこにも帰りたくない。だから、お願いします」 「…………うむ。わかった。いつもは元の姿に戻してから送り返すんじゃがな。今回は特例じゃ。その姿であれば尻尾を掴まれることもあるまい。後、“さん”付けもいらん。窮屈じゃ」 「……ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……」 「あぁ、泣くな! 可愛い顔が台無しじゃろうが!」  と、ヒューは慌てふためきながら言う。  その様子がおかしくて、つい吹き出してしまった。  心の底から笑ったのなんていつ以来だろう。  気づけば、僕はすっかり彼女のとりこになっていた。  ***  悪魔は眷属というのを持つのが常らしい。  ヒューは今まで従えたことがなかったらしいが、今回は特別に僕を眷属にしてくれた。おかげで今はどこから見ても悪魔の女の子。青い肌と、ちょっと尖った二本角。これだけ見れば元人間とは思うまい。 「よし、と」  今日の分の山菜を取り終え、額に浮かんだ汗を拭う。  曰く、人界に滞在するのは後三日程度らしい。次来るのはいつになるかわからないから、ということで今は色々と以前できなかったことを満喫している。  料理や家事、釣りなど……正直あまり上手とは言えないが、彼女はいつも褒めてくれる。それがうれしくて練習を重ね、昔よりはだいぶマシになった。  鼻歌交じりにスキップする。この身体もだいぶ馴染んできた。最初はおしっこをするのにも戸惑って手伝ってもらったりしたけど一か月もすれば慣れる。  やがて待ち合わせ場所に到着するも……彼女の姿はない。時間厳守がモットーの彼女にしては珍しいことだ。 「おかしいな……」  トイレかな、と思うけどそれにしては長すぎる。不安に思い、川の方へと向かった。  ひょっとしたら予想外の爆釣で時間を食っているのかもしれない。  そう思うとなんだかうれしくなって口元が緩んだ。  ――が、間もなくして口端がぴくっと引き攣る。 「ライアをどこにやった! この悪魔め!」  怒声が前方から聞こえてきた。咄嗟にしゃがみ込み、木陰からそぅっと覗き込む。  川岸にはヒューと、村のみんなの姿があった。前方にいるのはギルドの面々だ。  察するに、彼らは捜索隊だろう。行方を眩ませた僕を探し、そしてその元凶である悪魔を倒すため来たに違いない。  飛び出そうとするが――ふと、ヒューの視線がこちらへ向いた。自分にだけわかるように、かすかに首を横に振る。 「私の夫を返して! この人殺し!」 「――ッ!」  つんざくような悲鳴を発したのは、姿を見るまでもない。ヨナだ。  彼女は舞台俳優になったかの如く身振り手振りを交えて語り掛け、とうとう両手で顔を覆って泣き崩れる。それが演技であるのは僕とヒューしか気づいていない。周りの者たちは彼女をいたわるように優しく接している。 「……と、言われてもな。そんな奴は知らんよ」 「しらばっくれるんじゃない!」 「この化け物!」 「ライアを返せ!」  どこからか飛んできた石が彼女の額に直撃した瞬間、頭の中が真っ白になった。 「やめろ!」  気づけば木陰から身を乗り出し、村人たちの前に姿を晒していた。  村人たちはぽかんと口を開け、何度も目を瞬かせる。  僕はそのまま斜面を駆け下り、呆気にとられるみんなの前に立つ。 「……ライア、なのか?」 「……あぁ、そうだよ。僕がライアだ。悪いけど、もうみんなのもとに戻る気はない。この人についていくって決めたんだ。だから、悪いけど帰ってくれ。頼む」  深々と頭を下げて答えを待つ。  数拍の間の後聞こえてきたのは――感情の濁流だった。 「ふっっっっっっざけんな! お前みたいなガキのどこがライアなんだよ!」 「この期に及んで嘘ついてんじゃねえ!」 「馬鹿にするのも大概にしやがれ、くそがッ! 舐めてんじゃねぇぞ、クソガキッ!」  怒り、怒り、怒り。  手足が強張り、呼気が震える。  やっぱり、ダメだ。彼らが見ていたのはやはり、僕の内面ではなかった。  強くて逞しくて大きい英雄――彼らの求めていたのは彼だ。  涙がこぼれる。妻であるヨナですら「夫を返して」と泣き叫んでいる。  心の中で、彼女だけは自分に気づいてくれるのを期待していた。仮にも夫婦で、何年も一緒に過ごしてきた。けど結果はこのザマだ。  違う、違う。僕はここなのに。誰も気づいてくれない。村人も、ヨナも、ギルドのみんなも。  こんな姿でもいい、と肯定してくれない。何もできなくてもいい、と言ってくれない。  疑念が確信へと変わっていく。英雄でない自分は不要なのだと。  彼らにとって自分はただの道具でしかなかったんだと――。 「……もうよい」  ギュッと。震える手が握られた。  隣に立つヒューは、今まで見たことがないほど恐ろしい表情をしている。悪魔と形容するにふさわしい、憤怒の形相。 「もう、何も、喋るな……ッ!」  ギュッと彼女が手を握りこんだ直後、人間たちの首が一斉に弾け飛んだ。奇妙な花火のごとく打ちあがった頭部は上空で一塊になり、そこからさらに圧縮された肉玉となって地面に落ちる。  残された身体は直立不動のまま、ビュービューと血飛沫をあげていた。  ……悪魔になったからだろうか。それを美しいと感じる。少なくとも、罵詈雑言よりはマシだ。 「ふんっ」  パチンッとヒューが指を鳴らした直後、失っていた首が元に戻った。血飛沫すらも掻き消え、元の姿に戻った人間たちは何をされたかわからず困惑している。  ヒューはわざとらしく砂利を踏みしめて威圧しつつ、 「まだ、やるか?」  とだけ、短く言い放った。  隣にいる自分ですら、あまりの怒気と迫力に足が竦んで失禁してしまう。 『ひっ、ひぃぃぃええぇああああああああああああっ!』  それを直接向けられた人間たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ帰っていく。立ち向かおうとする者はいない。実力差は明白だった。  ……というか、自分と戦っていた時も遊びだったみたいだ。たぶん本気を出せば五秒もせず終わっていたに違いない。 「ライア」  くるりと振り返ってきた彼女の顔は慈母のように温かく、強張っていた心がほぐされていく。 「もうあ奴らはここには来んじゃろう。本当に、辛かったな。よく耐えた。偉いぞ」 「ヒュー……」 「ただ、まぁ。漏らしたのは感心せんがな」 「え、ぁっ!」  ハーフパンツにはすっかり濃いシミができて、股下まで小水が零れてきている。とっさに手を当てて隠すと、ヒューは心底愉快そうに目を細めた。 「くくっ、まぁよい。どれ、今から洗ってやろうではないか」 「あっ、あっ……」  するすると。手慣れた手つきでハーフパンツが下ろされていく。  無毛の割れ目が晒された時、ヒューは先ほどの威圧感が嘘のようにだらしない表情を浮かべていた。

Comments

ライア君!末永くヒューさんと幸せに暮らして欲しい!

teto

ライアくんを抱きしめてよしよししてあげたくなる気持ちがいっぱい……! ライアちゃんになれて、お世話してもらえて、嫌な事を嫌って言えるようになって、良かったね……!

ゆーき@小説読み

わはー! ありがとうございますなのじゃよー! また何かあればぜひ!

KMIF

ロリコンレズの大悪魔! 優しい! かわいい! すごい! しかも最後に濡れ場の予感を感じさせないこともないおまけ付き! ありがとうございます!!

にょんギツネ


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