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【全体公開版】夏雲

 ふわふわと、君の心が昇っていく。


 そう思うのはきっと、君の尻尾が揺れ動いているからだろう。

 白虎の君が持つ尻尾は長くてきれいで、夜半の空気をかき混ぜながら感情を伝播させる。貴方はそんな事を考えながら、祭りから離れていく。


 肌にまとわりつくような熱気にも少し慣れてきた頃、暗くなった道を歩いていた。

 足を踏み出すたびに砂利のこすれる音が二人分。頭一つでかい君は隣で速度を合わせてくれる。


 喧騒は次第に遠のいていき、背後から差す光も弱くなる。茂みで熱心に響く虫のコンサートだけが、二人を盛り上げようとしてくれた。

 祭囃子になじんでいた浴衣も、歩を進めるたびに宵闇へと溶けていく。飾り気のないシンプルな浴衣も今日限りで役目を終えようとしていた。


「そろそろだからさ」


 暗色を塗りたくった道で白い君が声をかけた。袖からのぞく腕にいくつもの夜を走らせた白虎は、縞の部分だけ透き通ってしまったかのよう。

 体格がいい君に浴衣はとても似合っている。先ほどまで負けん気を浮かべた顔で金魚すくいに挑んでいた君が、今度は揺蕩う蛍火のような柔らかさで笑うのだ。


 傾斜のついた道はすでに夜を謳歌していて、月明りで進むのはさながら探検気分だ。人混みで熱した体に風が吹いたような気がしたけれども、なんの役にも立ちはしない。


「飲み物くらい持ってくればよかったな」


 家を出た時に比べてわずかに毛皮を湿らせた君が言う。君の方がずっと暑いから、何度も浴衣の胸元を伸ばしては空気を取り込んで、毛皮をそよがせている。

 わずかな明かりでも君の白はとても目立つ。周囲に埋もれることもなく、貴方の目印となって歩いてくれる。


 花火を見ようと誘われて、穴場があるからと胸を張った君について歩いてどれくらいになるだろう。

 スマホで時間を確認する気になれないのは、この真っ暗な世界に光源を増やしたくない思いがあるから。幻想的に煌めく君を照らすのは、一つだけでいい。


 そっと大きい手が貴方に伸ばされた。


「ここならだれも見てないだろうしさ」


 指の間に指を滑り込ませて、祈るように手を握る。君の手は大きくて、やっぱり汗ばんでいた。それでも毛並みには気を使っている君だ。節くれだった男の手ではあったけど、毛皮は柔らかく、雲のように優しく包んでくれた。


 爪を立てないよう、慎重に。これ以上雷を刻みたくないのだと。


 心なしか二人の距離が近づいて、肩が触れる。貴方の鼻腔には君の匂いが舞って、獣と汗とまじりあった、そしてちょっとだけシトラスを強めた貴方の好きな香り。季節なんて関係ない、いつでもそばにある匂いだ。

 久しぶりに出した浴衣は虫よけの匂いが染みついていたはずなのに、気づけばほとんどが君に置換されていた。獣臭を嫌う君がつけるシトラスは太陽の様で、こんなにも夜を深めた世界でさえ眩く白い。


 暑いねと君と同じように言い、同じように胸元に空気を入れる。

 その時、君の目が光る様を確かに見た。隙間から見える肌とそこから湧き上がる香に、君は何を思ったのか。


 同じシトラスをつけているはずだから、きっと君も気づいているんだろう。君は貴方よりずっと鼻が利くのだから。

 そこに混ざった汗と、興奮に。


「なあ」


 虫の歌声を潜り抜ける二人の凱旋を止めたのは、君の一声。

 

 握る手が硬くなって、期待するような目が降ってくる。はらはら、はらはらと。花びらのように落ち着きもなく、雲のようにとりとめもなく。

 それでも君の言いたいことが貴方にはすぐに分かった。促すように目線を合わせて、手を握り返した。


「キス、してもいいか?」


 もちろん、と貴方が応えると、君は屈んで口づけを落としてくれた。

 重ねるだけの軽い逢瀬をそのまま止めて、少しの間呼吸を忘れる。

 誰も見ていない、二人の夜。真っ白な君がさらう、貴方の唇。


 ややあって顔を離せば、互いの心音が高鳴っていることに気づくだろう。


 こんなところでという感情と、今すぐほしいという感情がせめぎ合っている。その浴衣の胸元に飛び込めたなら、きっと温かく出迎えてくれる。そんな確信があった。


 ふわふわと、君の心が昇っていく。


 高鳴った感情と共に、抱えきれないほどの愛しさを抱いて。


「嫌なら、やめる」


 端的に言って、君は貴方の手を引いた。


 もちろん、貴方は振り払わない。


 夜の熱気は人を狂わせる不思議な魔力がある。ましてや、白く綺麗な君を目立たせる月夜ならなおさら。いつだって、君が輝くのは夜だから。


 人気のない道を外れたなら、そこはただ黒しかない。誰もいないことを確かめた後、貴方は君を抱きしめる。


 こんなに暗い夜なのに、まるで入道雲だ。白くてもこもこした君は夏空を我が物顔で上り詰める入道雲を思わせた。見上げれば高いのに、手を伸ばせば届く距離にいるふわふわの君。


 硬い胸元に顔をうずめれば、蒸れた熱気が吹きかかる。夏にうかれた体温はシトラスを強く発芽させて、ここが外だという事さえ忘れそうになってしまう。


「本当はさ、お前が浴衣を着た時から、その、かわいいなって思っててさ」


 君の瞳に映る貴方がどう見えるのかはわからないが、月明りの魔法にかかったのは間違いない。ほのかに輪郭を照らすだけの光をなぞるように、君の手が頬を撫でた。


 喧騒は遠のいたけど、なくなったわけではない。足音がいつ聞こえてもおかしくない場所は、どうしようもない背徳感が興奮をたき付けてしまう。


 心音で行うエコーロケーションは興奮をありありと浮かび上がらせるから、互いの劣情を持ち寄ることにためらいはなかった。


 もう一度キスをして。今度は深く、興奮を探して。


 こうなると花火なんて埒外だ。呼吸をまとめて耽溺を潜るに精を出し、夜を紡ぐ二人にとって関心事は互いだけなのだから。

 雲を潜って。奥へ、奥へ。


「――――っはぁ」


 やがて水面に浮かんだ君は空気の共有を断ち切った。

 口惜しそうに離れると、熱した吐息が零れ落ちる。とろりと、まるで水あめのように甘くてねばっこい、興奮の証。奥底で見つけた、行為への鍵。


 待ちきれないとうるんだ目を向ける大型肉食獣は、その魅力で貴方の喉を鳴らす。はだけた浴衣からのぞく屈強な白は紺を上書きするように開花して、自身の存在を主張するのに忙しいようだ。

 緩んだ帯は今にもほどけてしまいそうではあるのだが、尻尾に引っ掛かかることでなんとか体裁を取り繕っていた。


「あ、あんまり声を出さねえようにするから……」


 恥ずかし気に震える声を投げて木に向かい、幹に体重を預ける白虎。君に向けられた臀部はその分厚さに似合わない動きでよじれ、雄を誘う求愛行動となんら変わりなく映る。


 そして尻尾にめくりあげた浴衣を乗せれば、さらけ出される豊満な果実。


 丸々とした肉は弾力豊かにたわみ、月明りが輪郭を強調する。覆う獣毛は興奮で湿っており、球体をかさましするにはボリュームが足りない。夏の暑さが柔らかさを奪ってしまったのか、君は肉だけで自身の下半身が屈強だと証明してしまったのだ。


「へ、へへっ。なんだかいけないことしてるな」


 強気を取り繕って牙をむく君が振り返ると、朱を散らした顔で髭が揺れた。恥ずかしさの中に確かな興奮も感じ取れて、尻尾が同意を求めてうねる。


 球体を支える太腿は大地に根を張る巨木であり、それがどんなに硬くたくましいかを貴方は知っている。そのくせもどかし気にサンダルを何度も踏みしめているのだから、頂点に位置する臀部は自然と左右に踊ってしまう。


 豊満を絵にかいたような君はとても煽情的で、同時にまつげを光沢で纏う様をかわいいと言わずに何と言おうか。君がかわいいと賛辞されることに抵抗があることは理解していたとしても、感情はそう簡単に取り繕えたりしないのだ。


「なあ、こ、ここまで来てなしとかされると、おれも結構、つらいんだが……?」


 見入っていると君から困惑がかけられた。普段は闊達で押しに強い君も、こうなってしまえば朝顔のよう。夜にはしおれてしまう、白い君。


 すっかりその気になってしまった君は貴方を受け入れたくてたまらないようだ。羞恥を抑えつけるために立てた爪は、木をひっかいて裂傷を作る。それがいかに鋭いかを背中で理解している君は、貴方の興奮も理解できる。


 そっと、指先を伸ばして、ヒダを触る。


「ん、にゃっ!」


 ひっくり返ってしまった声に君が真っ赤な顔のジト目で抗議する。さすがに春よりかは慣れてきたはずなのだが、元来のプライドはやはり雄としての自覚を頑として譲らないようだ。


「も、もっと、丁寧に触れ、いいな……?」


 まるでこちらの触り方が悪いかのような物言いだが、貴方は返事一つで流すことにした。君が恥ずかしがり屋だというのは知っているし、なにより、そうやって意地を張る君を見るのは嫌いではなかった。


 ふわふわと、君の心が昇っていく。


 赤く色づいた頬は薄暗がりではわかりづらいけど、容易に想像できる。

 夕焼けに照らされた雲だってこうはいかないだろうほどに、君を彩る赤は明るく綺麗なのだ。


 そんな雲の化身のごとき君が持つ、すべらかな肌は収縮を繰り返す恥部。ひだの隙間に指をいれるようにほじくると、臀部の毛が一斉に逆立った。尻尾も避雷針のようにピンと立ち、幹に雷が刻まれた。


「んあぁぁ! 馬鹿、お前……! もっと、丁寧にしろよ。声がさ、漏れるだろうが」


 なればと、丁寧に指先を穴の中心へ。


「ひぅ……!」


 豪放磊落な君も恥部への刺激は見逃せないようで、むしろ、もっともっととばかりに飲みこもうとうごめきだす。

 何度も逢瀬を繰り返したそこは異物の混入を厭うそぶりもありはせず、代わりに嬉々とした温度で歓迎してくれる。


 きゅうっとすぼまっているのがわかる。こんなにも綺麗なのに、欲で色づく肉を耽美と言わずに何という。


 本当なら、指を深くまで差し込み、かき混ぜてやりたい。受粉を待つ蕾を強引に開花させ、愛液にまみれた指を花粉のように塗りたくりたい。


 だが、そうすれば君はきっと怒ってしまうだろう。


 早く欲しいのは指なんかじゃない。君が陽炎のように揺らめく視線で訴えるのは、貴方なのだから。


 現に君は荒く息を吐きながらも木の幹を何度もひっかいていた。爪とぎとは違う、こらえるように深くをえぐる行為は、君の我慢を物語っている。


 早く欲しいとは言いだせない。けれども、体は求めてやまない。

 そんな素直じゃない君は、欲望をもくもくと膨れ上がらせてしまった。


 申し訳なく思い、長い尻尾を口元へもっていきキスを一つ。当然そんなことでごまかされる君ではないけれど、まんざらでもないようにふんと鼻息で応えてくれた。


「人が来るかもしれねえし、ほら、早く……」


 夏のまとわりつくような熱気はどうしてこうも焦燥感をあおるのか。虫の声がいくら涼やかであろうとも、逸る気持ちは抑えられない。


 木に体重をかけて尻を突き出す君は、何度もこちらをうかがうから。雲間からこぼれる光のように、貴方のくすぶった興奮を照らすのだ。


 我慢できないのは貴方も同じ。純白を隠すかのように覆いかぶさって、もどかしいとばかりに帯を外せば浴衣がふわりと広がって、白虎が夜に紛れてしまう。


 たぎる怒張を押し付けながら白虎の首筋に顔をうずめると、芳醇な香りが脳に興奮という油を注ぎ込む。

 いっそう強いシトラスに潜む汗と獣の匂い。衿の隙間から鼻をくすぐる夏が昇って、もくもくと立ち込める入道雲。

 君の声をたくさん降らせたい。白雨のように激しく、あられもない君を快楽で濡らしてしまいたい。君はそれを良しとしないだろうけれども、雷を落とされる覚悟はできている。


「興奮、してるのか? ……ん、おれも」


 いつの間にか尻尾は貴方にまとわりついて、離さないと訴える。そして君が瞳を閉じれば、貴方は応えてそっと口をつける。


 ふわふわと、君の気持が昇っていく。


 上気した顔は興奮をため込んで、高く高く膨れ上がる。

 自分が雄であることにプライドを持っている君だけれども、呆けたような表情はかわいらしいと言わざるを得ない。喉が鳴っていることにだって、君は気づいていないだろう。


「だから、おれがかわいいわけ……おれのことを、かわいいって言うなよな」


 牙の隙間から抗議が漏れるが、その音量はしりすぼみになっていく。逢瀬を重ねて、自覚ができてきたのだろう。最近の君はその恰幅の良さとは対照的に、雌としての自分を受け入れている節がある。


「お前のせいだろうが……。お前が、おれのことを、かわいいかわいいって言いながら、犯すから……だから……」


 自覚ができてきた、とでも言うのだろうか。褒めそやして育てた植物がすくすくと育つように、君の中での評価も何か変わってきたのかもしれない。

 それを開花というには早すぎる気もするけれど、撒いた種は確実に芽吹いているのか。


「お……お前から、かわいいって言われるの……なんか、嫌じゃなくなってきた……かも」


 そう言いながらふいっと顔をそらす君の、さながら生娘のごとき初々しさよ。

 瑞々しいトマトのように赤く熟れて汗を纏う様が、かぶりつきたくなるほどの愛らしさに満ちているから。水をやるように貴方は耳元でささやくのだ。


 ――――かわいいと。


「おま……調子に乗るなよっ……! こんな大男が、かわいいわけ、ねえだろうがっ!」


 抑えた声で抗議する君は尻尾で貴方を何度も叩く。ぺちぺちと音がするようなたわいない抗議は、貴方を急かす役割も兼ねていた。


 覆いかぶさって改めて感じる肉体の頑強さ。分厚くて大きな君を月明りだけが照らしている。腹に手を回して触ると、あぜ道のような凹凸が腹筋から伸びていく。

 その終着点に位置する肉塔は、準備万端と言わんばかりに直立していた。撫でると汁もつく。ああ、もう辛抱たまらないだろう。


「……なあ」


 互いの剛直が熱を持つさまを感じ取り、自然と行為は先へと進む。

 春から夏に季節が流転するように、それは、当たり前の営み。


 貴方がやおら剛直をあてがえば、先端がすんなりと飲み込まれていく。


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