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田原摩耶
田原摩耶

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【↑500】愛は愚かの始まり 後編【5,100文字/本編後日談/政岡→尾張/政岡視点】

※『⬛︎⬛︎な子ほど(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23978341)』の後日談的なお話になります 【前回】 https://t589423.fanbox.cc/posts/9616619  酷い夢を見た。 『なあ、政岡』とあの耳触りのいい声で名前を呼ばれ、振り返ったそこにはウェディングドレスに身を包んだあいつがいて、その左手の薬指にきらりと輝くリング状の鉄の塊を見た瞬間自分の叫び声とともに目を覚ます。  そして、 「あああああ、あ……ッ?」 「政岡……っ?! おい、大丈夫か?!」 「お、わり……?」 「ああ、そうだよ。……大丈夫か? お前、白眼剥いて気絶したんだよ」 「……」  夢、ではない。  ここは保健室のベッドの上か。ベッド側のパイプ椅子に腰を下ろした尾張の左手を恐る恐る確認する。勿論夢の中で見たあの忌々しいシルバーは見当たらない。  ……夢でよかった。それにしても、なんであんな夢を……。  と、そこまで考えた瞬間、心臓が跳ねる。気絶直前の記憶が嫌な汗とともにぶわりと溢れ出し、指先が冷たくなっていのがわかった。  そのとき、尾張の手が俺の手を握りしめた。カタカタと震える俺の手を取り、「政岡、おいしっかりしろ」と肩を叩かれる。 「お、おわ、尾張……」 「……お前をビビらせるつもりはなかったんだ。本当に」  嫌だ、聞きたくない。  そう尾張の手を握り締めたまま尾張を抱き寄せようとすれば、油断していたらしいあいつの体はそのままベッドの上――俺の上までやってきた。そのまま尾張の体を抱き締めようとすれば、「おいっ、政岡っ!」と思いっきり顔を抑えられ、尾張は腕の中から抜け出そうとする。 「尾張……っ、いやだ、聞きたくねえ……」 「……お前は。普段のお前はどこ行ったんだ?」 「だって、お前……っ」  普段のままでいれるわけないだろう。こんな目をした尾張を前に。  憑き物が落ちたような晴々とした表情。窓から差し込む陽気を受けてキラキラと輝くその目。それはずっと、ずっと俺が夢に見ていたこいつの顔。  それは、俺だけに見せてほしかった。俺が、笑わせたかった。 「尾張……」 「……」  仕方ないな、とでも言うかのように俺の腕から抜け出すのを諦めた尾張はそのまま俺の肩をぽんと叩いた。  子供を宥めるように、優しく。 「なあ、……政岡。このまま聞いてくれないか?」 「……嫌だ、聞きたくねえ」 「ダメだ、政岡。……俺は、お前にはちゃんと言いたかったんだ。お前だけには、ちゃんと」 「……」  腕の中に収まったその肩口に顔を押し付ける。真夏の向日葵の群れのようないい匂いがする。心臓の音が心地いいのに、ちっとも体の緊張は解れない。  無理矢理にでも口を塞いで黙らせたいのに、それが出来ない。頭を撫でるその手があまりにも優しかったから。旋毛をつつくように這わされる指に、「なあ、政岡」と落ちてくる声を名前を呼ぶ声を遮りたくなかった。この先口から出てくる言葉が恐ろしいのにだ。全くもって矛盾してる。  けれど、今の穏やかなこいつの顔を曇らせたくなかった。 「尾張……俺は……っ」 「ああ」 「……俺は、お前が何言ったって諦めるつもりも自分を曲げるつもりもねえからな」 「……」  お前が今からなんて言おうが、その心の準備すらしたくねえけど、しなきゃなんねえ。それはこいつだって同じだ。分かってるはずだ、俺の性質くらい。  だから尾張は何も言わず、頭を撫でる手を止めた。  それから、「そうだな」と小さく呟く。  お前はそういうやつだよな、とも。  滲む視界の中、鼻を啜る俺に尾張は「ほら」とサイドボードに置かれていたティッシュを箱ごと投げて寄越す。泣いてねえけど、泣いてねえけど丁度ティッシュはほしかった。俺はまとめて五枚くらいティッシュを引き抜く。別に泣いてねえけどついでに目元を抑える。泣いてねえけどな。 「そのままでいい、話を聞いてくれ」  断ってもそのまま言うつもりなのだろう。逃げ場はあった。この窓だって、ぶち破って飛び降りることだってできる。けど、あまりにも尾張が優しく俺を撫でるから、俺は。俺は。 「……なあ、政岡。俺はお前に色々世話になったし、これ以上お前を縛りつけたくないって思ってる」  尾張にとって愛も恋も全部縛る鎖も同然なんだろう。だから、こいつはこんなことを言うのだ。  俺の気持ちを散々知っておいて、自分のせいで俺が苦しんでると思ってやがる。寧ろ俺はそのお陰で早寝早起き健康体にまでなってるってのに。  それが何よりも悲しく、歯痒い。 「尾張、お前は分かってねえ。俺はお前に縛られてえんだよ……もっと縛ってくれ、尾張……ッ!!」 「政岡……その言い方はちょっと語弊があるかもしれないな」 「ねえよ! 俺は俺の意思でお前のことが――」  好きなんだ、と言いかけて、尾張にそっと胸を押し返される。申し訳なさそうに片眉を下げ、「悪い」と謝罪なんてもんを口にして。  ――きっと、この先もお前の気持ちに応えられないから。  それが何を意味するのか考えたくもねえ。理解したくもねえ。けど、尾張の目が輝いて見えて目を逸らすことができなかった。 「お前にそんな面させるのは……俺がよかった」 「っ、政岡……」  抱き締める腕に力が入る。  いっそもっと悲しんでたり、苦しんでたら無理矢理にでも奪い取れるのに。あまりにも尾張が真っ直ぐに俺を見るから。  よかったな、なんて絶対に言いたくねえし詳しい話も聞きたくねえ。 「……っ、尾張……」  悔しくてムカつく。悲しいし胸が張り裂けそうで、叫びたい。腹の中でぐちゃぐちゃになった感情をどう処理すりゃいいのかもわかんねえ。  けど、尾張からはっきりと拒否されたって目の前の尾張への想いは揺らぐどころか一層肥大していく。  尾張、ともう一度名前を呼ぶ。顔を逸らそうとする尾張の顎を捕まえてそのまま唇を塞ごうとした矢先だった。  いきなりカーテンが開いたと思った次の瞬間。 「はい、暴行罪」  黒もじゃ頭と瓶底眼鏡にぎょっとした次の瞬間、そいつは手にしていた蛍光ピンクのチンポ型鈍器を思いっきり振りかぶる。あまりの素早い動きに反応が遅れた。  ゴッと頭蓋骨全体に響く振動と衝撃。まともに喰らったら脳震盪起こしかねないその打撃にフリーズするのも束の間、 「だぁあああ!! ってめぇ、なに……ッ!!」 「なんだ? 悪い虫がいたら叩くだろ、普通」 「誰が虫ケラだぁ?!」 「他にどこにいる?」 「お、おい……岩片……っ」  いきなり現れたクソもじゃもとい岩片の野郎に尾張は目を丸くする。どうやら尾張としても想定外だったらしい。  咎めるような視線を送る尾張に構わず、岩片はそのまま尾張を引っ張り上げる。 「おいっ」連れて行くな、と伸ばしかけた手を離れ、岩片凪沙は尾張を抱き寄せた。 「わりいけど、お前の入る隙なんてねえんだよ」 「おい、岩片お前――」  理解したくもないその言葉の意味を分からせるように、脳が拒否る前に岩片の野郎は尾張の唇を塞いだ。  見せつけるように、深く。俺がしようとしたかったが拒否られたそれを、この男は――。 「何してんだ、馬鹿……っ!!」  と、思った矢先、思いっきり尾張にぶん殴られる岩片。それを避けもせず喰らった岩片の野郎は「イテ」とだけ呟く。蹌踉めきもせずに立ったまま、赤くなった唇を舐めとる。それからこちらを見た。 「っつーわけだから、さっさと諦めろ」 「ざけんな……っ! だからなんだ、俺がそれくらいでへこたれると思ったかクソもじゃ野郎……ッ!」  なんなら拒否られてたじゃねーかよと言い返せば、岩片は不思議そうに小首を傾げる。 「しぶといゴキブリだったか?」と失礼な一言を添え。 「なんとでもいえ、ぜってーー俺がこいつを幸せにしてやる」 「政岡……」 「……尾張。順序が逆になって悪ぃ。お前の将来まで側で支えさせてくれ」  愕然としていた尾張の手を取り、恐る恐るその緊張する手の甲に唇を寄せる。ぴくりと反応する指先。そのまま逃げようとする手を握りしめ、指先へと唇を押し付けた。 「……お前のためならボディーガードでもなんでもする。これから生徒会長になったんなら他の奴ら黙らせねえといけねえだろ?」 「俺を使え、尾張」だから、傍に置いてほしい。一緒にいることを許してほしい。  お前の隣に誰が居ようがどうだっていい。俺は、お前が守りたい。  付き合ってるとか振られたとかそんなんじゃねえ域まできてるってのはこいつだって分かってるはずだ。今更お前なしの人生を歩けって放り出されたって、そっちのが俺にとってはあまりにも残酷だ。  時が止まったように俺たちは見つめ合っていた。尾張は固まっている。けれど、今度は手を振り払われることはなかった。 「……」 「おいハジメ、『悪くないな』って思ってんだろ」 「だ、だって……まあ? 俺は一応止めたし、こっから先はこいつが選んだ道ならな……」 「お前はな……ま、使えるもんは使えって教えたのは俺か」  つまり、それは。 「いいのか、尾張」とその手を握りしめようとすれば、「いつまで握ってんだ」と横から伸びてきた手に振り払われた。 「俺は今尾張と話してんだよ、テメェはすっこんでろクソもじゃッ!!」 「言っておくが、こいつを寝取ろうだとか思ったって無駄だぞ。ハジメは俺しか見えてねえから」 「な……」  適当言いやがって、と思わず尾張を見た瞬間、その顔が耳まで赤くなっていることに気付き、心臓が停まった。  なんだ、なんだ……その可愛い反応は。クソ、有り得ねえ。腹立つのに、見たことねえその顔に心臓握り締められて離れねえ。苦しい。なんだこれ。 「お、尾張……」 「……岩片、もういいだろ。お前は外で待っとけって言ったろ」 「お前があんまりにもぽやっとしてるからだよ。……その面、俺の前以外ですんなっつったろ」 「は? なんだよ、それ」 「ほれ見ろ、零児がまた無言で沈んだぞ」 「え、あ――ま、政岡……っ?! 未来屋先生、すみません政岡の容態が悪化してんですけど――」 『ああ、そのまま放置でいいですよ。後で縛り直しておくので』 「いいのかそれで……」 「いいだろ」 「……まあ、いいか」  なあ、尾張。  お前が誰を選ぼうが、そりゃ俺を選んで欲しかったし今でも諦めてねえけど……それでも、それ以上にお前が幸せでいてくれるのが俺は嬉しいんだ。  全然腹立つしこの先もお前らをおめでとうなんざ言いたかねえけど。さっさと別れろって思ってるけど。お前を幸せにする方法はそれ以外にも案外あるんだってことを知ってくれ。  それと、俺はまじで本気でお前のことが好きで、尾張元という人間を傍で支えたいと思っている。  そんな俺がたかだか恋人ができたくらいでお前のことを嫌いになるわけもねえだろ。  ――某日、生徒会室。 「……尾張……うぅ……クソ……ッ、尾張……」 「泣いてる?」 「泣いてるってか鳴いてる」 「……落ち込むなら自室でやれ」 「落ち込んでねえ!! 心頭滅却してるだけだ!!」 「まあまあ、そう荒れないでください。岩片さんと尾張さんを別れさせたいというのなら私もお手伝いしますよ、零児」 『これ次第ですが』と指で輪っかをつくる能義にビンタを喰らわせつつ、俺は再び会長デスクへと戻り突っ伏した。 「意味ねえんだよ、そんな真似したってまた尾張の笑顔を奪うだけだ……」 「かいちょー……」 「あいつの側にいたらあいつだって分かるはずだ、いつか。きっと。俺のがいい男だって」 「未練たらたらじゃねえか(だねえ)(ですよ)」 「うるせえ!! 今日くらい優しくしろやテメェら!!」  明日も明後日もその先もある。そのうちのたった一日くらい酒を浴びるように飲んで暴れたって許されるだろう。 「ま、勝手に荒れるのはいいけど俺たち帰るね~」 「てめ、神楽お前どうせ暇だろうが付き合えよ」 「やだよ、どうせ暴れるのが見えてるし」 「じゃあ彩乃」 「急用が入った」 「嘘こけテメェスマホ見せてみろよじゃあ!!」 「零児、私が聞いてあげますよ」 「……お前はいいや」 「なんでですか貴方は」 「だってお前酒飲むと暴れるじゃねえか」 「貴方に言われたくないですよ!!」  せめて卒業まで……いや、俺が先に卒業したらあいつを支えられねえじゃねえか!? 「仕方ねえ……こうなったら、行くぞ! 能義!」 「はあ……なんですか、私も萎えたんで帰らせていただこうと思ったのですが」 「卒業前に風紀室に殴り込みだ」 「零児、貴方はまた馬鹿なことを――そんなことをしたらまた留年……あ」 「これから楽しいところだってのにあいつら置いて卒業なんて出来るわけねえよなあ?!」 「貴方はこういうときの馬鹿行動力はどこからきてるんですか……私は嫌ですよ、貴方に付き合わされていたら今度こそ退学に――って、こら、聞きなさい零児!! 早まるなッ!!」 「待ってろ尾張! お前のためなら俺はなんでもしてやるからな!!」 「それ本人に直接言いなさいこの酔っぱらい……ッ!!」  おしまい 「ん? なんか生徒会室の方が騒がしいな」 「いつものことだろ」 「……まあ、いつものことか」

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