※『⬛︎⬛︎な子ほど(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23978341)』の後日談的なお話になります ゲームが終わった。 俺も、あいつらも、全員負けた。 勝者はただ一人。 ――深夜、生徒会室にて。 「会長、俺悔しいです!!」 「ゲームで自ら負けを認めるその心意気……流石会長ッ!」 「でも絶対会長脈アリだろ! あの転校生は元々知り合いだっていうし、そんなの卑怯じゃねえか?!」 「……」 「そーだそーだ! 尾張元のやつ、絶対会長のこと好きだったのにさあ! 会長が負けを認めるからぁ!」 「けど今回は全員負けたんだし、まあいいんじゃない?」 「乃愛、お前はそんなんだから今回の身体測定でも身長が伸びてなかったんだよ!」 「それはお前も同じだろ?!」 「良いんだよ、お前ら。……終わったことは終わったことだ」 「「会長……」」 「あと結愛と乃愛、人の机の上に乗って喧嘩すんのやめろな」 慰めにきたと思えばいつの間にかに喧嘩し出す双子を机から下ろしつつ、そのまま席を立った俺は背後の窓から外を眺める。 校庭に集まるバイクの群れが今は蛍の光のようにすら見える。 今までこんなにも清々しい気持ちでこの外の景色を見下ろすことなどあっただろうか。多分ない。そうに違いない。 尾張からは何度も一緒になることを断られてきたのも事実だ。 しかしこれはゲーム期間中であり、尚且つ勝ち負けが絡んでいるという内容だったからこそだ。 つまり、ここからが本当の戦いであるということに他ならない。 「く……くく……っ、尾張……待ってろよ……」 「会長、噛ませの悪役みたいになっちゃった」 「今更だよ」 なあ結愛、乃愛。テメェら本当に俺のこと応援してんだよな? 喉元まで出かかったが、普通に否定されそうな気配を感じたのでぐっと堪えることにした。 ◆ ◆ ◆ わざわざスマホのアラーム機能を使うことなんてなかったのに、人間というのは変わるもんだ。 最近は毎日登校時間に間に合うようにアラームを設定しては叩き起こされ、そのまま眠気を吹き飛ばすためシャワーを浴びて鏡の前で何度も確認しては万全の状態で部屋を出る。 別に予定があるわけではない。 いや、あると言えばあるのか。 学生寮、一階。 エレベーター乗り場から一番近いラウンジでコーラを飲みながら時間を潰してると、きた。 開いたエレベーターの扉から降りてきたその見慣れた人影を見つけ、思わず近くの観葉植物に隠れてしまいそうになる。 遠目に見ても分かるしゃんと伸びた背筋。堅苦しさを感じさせない適度に気崩された制服。 ――尾張だ。 ゲームが終わる前まではずっと一緒にいたというのに、あいつの顔を見ると緊張してくる。けど、その緊張すらも嫌じゃない。 近くの鏡で髪が乱れてないかを確認し、そして偶然を装った体で尾張へと近付く。 「よう」と声をかければ、尾張はこちらを振り返った。少しだけ驚いたような顔もすぐに夏の暑苦しさも吹き飛ばすほどの清涼感溢れる笑顔に変わる。 「よ、政岡。最近早起きだな」 「お、おお……たまたまな。たまたま目が覚めて……」 「へえ、いい事だな」 嘘だ。本当は毎朝尾張の顔を見るためだけ、朝のこの時間を過ごすためだけに降りてきた。 だって、この時間帯ならば大抵のやつらは寝てて運が良ければ邪魔もなく飯も一緒に食えるし。 「尾張は……一人か?」 「ん? あー……そうだな、岩片ならまだ上だ」 「……っしゃあ!!」 「ど、どうした……?」 やべえ、つい心の声が漏れてしまった。 心配そうな顔をする尾張に「いや、こっちの話だ」と慌ててフォローする。 「じゃあ……い、一緒に飯とか……」 「別にいいけど……つか、いちいち確認とかすんの今更じゃね?」 「っ! い、いいのか?」 「変な事しないならな」 少し揶揄うような顔をして笑う尾張。その普段は見せない悪戯っ子のような笑顔が心臓に見事ぶっ刺さっては抜けない。もうここを走馬灯用に切り取っておいてくれ、神様。 そう、心の中で神とやらに拝み倒していた時だった。 「――丁度よかった」 「え?」 「俺もお前に話があったんだ」 そう尾張がこちらを真っ直ぐに見上げてくる。 今度は普段と変わらない笑みだった。けど、なんだろうか。先程までとは違うざわつきを感じた。 ◆ ◆ ◆ ――学生寮・食堂。 「いやーこの時間帯だと空いてていいな。……お前がいると席選びたい放題にはなるけどさ」 「尾張」 「ん?」 「……話ってなんだよ」 そう、テラス席へと向かおうとしていた尾張の腕を掴めば、それをやんわりと避けられる。 まただ。胸の奥が先ほどからざわついて仕方ない。 「急かすなよ。せめて席に着くまで待てって」 「悪い。……けど、なんか落ち着かねえんだよ」 「政岡ってさ、嗅覚が鋭いっつーか……動物的直感とかそういうの、持ってるよな」 「……」 体調が悪いわけでも苦しいそうなわけでもない。 けど、多分何かを隠している。そして話というのは多分そのことなのだろう。 聞きたくないが、逃げたくない。 尾張に見つめられると視線を一ミリも動かすことができなかった。尾張はふ、と小さく破顔する。それから、「外、行こうぜ」と笑いかけてくる。 今度は無理していない笑顔だった。 幸い、テラス席はガラ空きだった。 腹減っていたはずなのにもう食欲がねえ。それよりも一歩踏み出すたびになんだか処刑台にでも登らされてるようなそんな緊張が支配する。 ゲームの最中とは違う。ゲームが終わった後だからこそ、怖い。いや、違うよな。尾張。考えすぎと笑ってくれ。 「おっと……日当たり最高。ここでいいか?」 「……ああ」 「……」 俺の席を引き、「ほら」と尾張は座るように促す。言われるがまま腰を下ろし、その向かい側の席に尾張は腰をかけた。 「……政岡、そんなに緊張すんなよ」 「無理だって、お前から話があるって言われてシラフでいれるわけねえだろ」 いつもの尾張だったら「大丈夫だ」と俺の肩を叩いて励ましてくれただろう。「心配すんな」とも笑って背中を撫でてくれた。 けど、尾張は何も言わない。カウンターで先に貰ってきたドリンクの容器を手にしたまま、尾張はただ口に笑みを浮かべて俺を見ていた。 「……なあ、政岡。まだ俺のこと好きなわけ?」 ぎくりとした。 「当たり前だろ」と思わず机を叩いて椅子から立ち上がれば、尾張は「おお、元気良くなったな」と笑う。 「……知ってるだろ、散々」 「ん、まあな。……けど、一応」 「一応って……」 なんだよ、と座ったまま動かない尾張を見下ろす。気まずそうに逸らされたその目が細められるのを見て一層胸の奥がざわついた。 嫌な予感がする。とんでもなく、やべーやつ。 「なあ、政岡。俺さ……」 ダメだ。これ、まずい。 ドクドクと激しく心臓が脈打ち、心臓から押し出された血液はぎゅんと脳みそに集まっていく。 やべえ。これ。 ほんのり赤くなった尾張の頬。その顔は、俺が見たことのない顔だった。 「俺、いわ――」 「ぁあ゛あああああ!!!!」 「……っ?! うお、なに」 「聞きたくねえ!! 聞こえねえ!! なーーんも聞こえねえ!!」 「あっ、こら政岡……っ! 逃げんなッ!」 そのまま立ち上がりテラスの柵をよじ登って校庭へと逃げ出そうと思ったが、尾張のが早かった。鉄柵にしがみついたところで首根っこを掴まれてしまう。 「嫌だっ、離せ尾張……っ!!」 「おい、そのでけー図体で駄々っ子みたいなこと言ってんじゃねーよ……っ! ぐ、力強ぇし……っ!」 「ぁあ゛ーーー! 嫌だっ!! 離せ尾張ッ!!」 「ダメだっ! 話があるっつったろ!」 「俺はねえっ!!」 「ウキウキしながら飯誘ってきたのはお前だろ、政岡ッ!!」 そうだ、ずっと楽しみにして早起きした。髪だってセットしてシャワーも浴びた。けど、けどもだ。 「それとこれとは――」 別だ、と言い終わるよりも先に背中に暖かく柔らかい感触が広がる。 包み込まれるような体温に心臓が口から飛び出しそうになった。 「……聞いてくれ、政岡」 「ぉ、おわ……っ」 「お前にはちゃんと伝えておきたいんだ」 お前だから、と掠れた声で耳元で囁かれ、先程まで緊張と恐怖で搾り取られそうになっていた脳味噌が今度はそのままどろりと溶けてしまいそうになる。 頭に回っていった血が今度は下半身に集まっていくのを感じ、もうぐちゃぐちゃだった。俺は多分全身スライムみたいになってたんだと思う。 「尾張、俺は……嫌だ……聞きたくねえ……」 「……なんでだ?」 「っ、だ、だって……尾張がそんな風に真面目な話する時、大体……」 大体、良い思い出がない。 全身が千切られるみてえに苦しくて、悲しくて、遣る瀬無い。何度全部ぶっ壊したくなったことか数え足りない。あんなクソゲームが終わったってのにまたそんな思いをしなきゃなんねえのか、と俯いた時、「政岡」と伸びてきた尾張の手に頬を撫でられる。そのまま尾張の方を振り向かされたと思えば、すぐ鼻先にあった尾張の顔に別の意味で心臓が絞られた。 「ぉ゛ッ、わり」 「ああ……そうだな、お前には何度も酷いことしてきたと思うよ。俺は」 「……尾張……」 「だから、……良い加減お前を楽にさせたいんだ」 「…………嫌だ」 「政岡」 「俺は、別に楽になりたくねえ……」 ぶん殴られるよりもずっと心臓が痛い時もある、けどもだ。これから尾張が口にしようとしている言葉に比べたらずっとマシだ。 尾張の手首を掴み、そのまま尾張を抱き締める。「おい、政岡」と腕の中で尾張が慌てて身を捩るが、それでも離したくなかった。 「尾張……っ、お前の側に居させてくれ。苦しくても良い。我慢する。付き合う気なくても良い、俺が勝手に好きでいるだけだ。だから、頼むから……っ!」 「ま、待て……政岡……っ」 「好きって言いまくったからか? 告らなかったらいいか? ……触れたりすんのも、嫌か? なあ、尾張……」 「だ、だから待てって……っ!」 べちん、と思いっきり両頬を両手で挟むように叩かれ、ハッとした。腕の中、尾張は怒ったような顔をして俺を睨んでいた。 「尾張……」 「誰も、もう関わんなとは言ってねーだろ。一言も」 「でも、今、楽にって」 「それは……俺の言い方が悪かったか? いやでも、他に言いようがないしな……」 「やっぱ嫌だッ!!」 「ぉ゛、お前、だから力強えんだって……っ! ……っ、逆だ。逆」 ――逆? どういう意味かと恐る恐る腕から力を抜く。そのまま尾張を覗き込めば、「そうだよ、逆」と尾張はガキにでも言い聞かせるような口調で繰り返した。その時の目は先ほどよりも柔らかい。だからこそ、余計混乱した。 「俺は、……そうだな。これからも、お前とは……その、お前とこうして飯食ったりするのも悪くはないと思ってる。……お前がどう思ってるのかは知らねえけど」 「お、尾張……っ」 「だから、これは……なんつーか、俺なりのケジメなんだよ」 だから、聞いてくれ。 そう、真っ直ぐに見つめてくる尾張に鼓動が一層大きく響く。それからドクドクドクと絶え間なく押し流される血液は全身へと巡り、全身の体温が一気に上昇するのが分かった。 それはこの先、恐らく俺が思ってるよりもずっと先の未来まで見据えてる……ってことか?! そんなの、プロポー……。 「俺、……岩片と付き合うことになった」 「……………………」 ………………。 「……だから、その。お前、俺のことまだ好きだって言ってくれてただろ。だから……その、ちゃんと言わなきゃって思って」 「……………………」 「言っとくけど、これは……あの、ゲームとかは関係ねえから。……それと、お前が心配してるようなこともない。……俺が決めたことなんだ」 「………………」 「……わざわざ周りに言いふらすつもりはなかったけど、政岡には……お前には隠し続けたくなかったんだ。だから、今日……」 …………。 ……………………。 「って、政岡、聞いて……政岡?! お、おい、白目剥いて……おーい! だ、誰か! 救急車……!」 「…………」 「ま、政岡……っ、死ぬな、おい、政岡っ!!」 【続く】