XaiJu
田原摩耶
田原摩耶

fanbox


【↑100】見てるだけ※【4,200文字/灘×齋藤/ギャグ寄りわちゃ/※要素はモブです】

 間が悪いのは今に始まったことではない。  放課後。担任に頼まれた倉庫の整理を終え、そのまま寮へと帰ろうとしたところに廊下で人の声がしてきた。  気まずさを感じつつも気にせず出ようとした矢先、人の話し声が喘ぎ声に変わったあたりで俺はすぐに倉庫の奥へと引っ込んだ。  ――普通廊下で始めるやつがいるのか。  俺も人のことは言えないかもしれないが、実際第三者視点に立ってみるとわかる。よくやるな、という関心にも似た呆れも。俺の場合は不本意だし強制のようなものだし。  けど、これは訳が違う。多分外にいるのは恋人同士で、人気のない廊下というシチュエーションに大分盛り上がってる様子だ。  今日は早めに休む予定だったのに、これでは部屋へと戻るのにも時間がかかりそうだ。半ば諦めながらも床に腰をかけ、窓の外に目を向ける。  夕暮れ、赤く染まる窓枠は一種の絵画のようだな、などと感傷に浸り始めたとき。窓の外に人影があることに気づいた。  生徒会会計――灘和真が窓の外からこちらを見ていた。  ここは三階のはずだ。見間違いか?と思って慌てて目を拵えたが、見間違いではない。開けてください、とジェスチャーする灘に一瞬固まる。  何故窓の外に。そもそもなんでここにいるのか。  俺に用があって?それにしてもタイミングが悪すぎる。  困惑しつつも、このまま灘を危ないところに立たせてるわけにはいかまいという一心で俺は窓の鍵を開ける。するとあとは勝手に灘が窓から入ってきた。  こんなところ、他の生徒が見たらびっくりするのではないか。  思いながらも「どうしてここに?」と小声で尋ねれば、灘は「お困りのようでしたので手伝おうかと思いまして」と相変わらず抑揚のない口調で付け足した。 「え……」 「倉庫の片付けを任されたとお伺いして。自分も今は手が空いてますのでお手伝いします」 「あ、ええと……気持ちは嬉しいんだけどそれ、ついさっき終わって……」  だからもう大丈夫だよ、と言いかけた矢先「ああ!!」と一層高い喘ぎ声は響いてくる。その声に冷や汗がどっと噴き出した。 「……? 今のは一体……」 「ま……っ、す、ストップ灘君、待って待って。そ、そっとしておいていいやつかも……」 「ですが、もしかしたら喧嘩かもしれません。ここから声はそう遠くないようですし一度確認してきます」 「し、しなくて大丈夫だよ。寧ろ仲良さそうというか……ええと……」  何故俺がフォローするハメになってるのか甚だ謎だが、灘が突撃したときこその場の空気を考えるだけでまるで他人事のように思えなかった。  灘は無表情のまま俺を見る。やや沈黙。そのバックでは先ほどよりも断続的な短くくぐもった声が響いていた。 「……」 「……」 「…………」  廊下の方の壁に目を向け、そこで灘も察したようだ。 「そういうことでしたか」と小さく顎を引くように灘は頷いた。  一先ず口頭で一から説明するということにはならずに済んでよかった。 「彼らはこの外に?」 「み、みたいだね……」 「なるほど。それで貴方はここで立ち往生していたのですか」 「う、うん。邪魔するのもあれかなって思って、その……」 「邪魔?」 「ほ、ほら……」 「構いませんよ。場所を選ばなかったのは彼らの要改善事項です。自分たちが気にする必要はありません」  いうなりそのまま扉から出て行こうとする灘に再び「ま、待って灘君!」と慌ててストップをかける。腕を掴んで無理矢理足を止めれば、灘はこちらを見た。何を考えてるのかわからないような目だ。 「どうしましたか?」 「ぁ……ええと、その……も、もう少し……待ってようよ」 「君はこれを聴いていたいのですか?」 『これ』と壁の方へと目を向ける灘。扉と壁一枚隔てた向こう側にいるカップルの生々しい音まで聞こえてくるほどの距離だ。  別にそういうつもりなどない。なんなら耳も塞ぎたいくらいだ。慌てて首を振ろうとするが、振ればまた灘は「なら構いませんよね」と今度こそ扉をこじ開けていくだろう。  悩んだ末、恥を忍び、俺は小さく頷く。もうここにプライドもなにもない。けど、灘を止めるにはこうするしかないのだ。  かあっと熱くなる頬。灘はただ無言でこちらを見つめる。その視線がひたすら痛くて、俺はまともに顔を上げることはできなかった。 「……そういうことだから、じゃ、邪魔してほしくないというか……」 「なるほど。人の生活を盗み見ることに興奮する人間もいると聞きます。君もそれでしたか」 「え、そ、そこまでは言って……」 「他言はしません。ですが、あまり感心できる性的嗜好とは言い難いですが」 「う……」  灘の中の俺がどんどん変態化してるのかもしれない。  もうここまできたらどうにでもなれという気持ちであったが、やはり灘に軽蔑されるのは心にくるものがある。  なんで見知らぬ生徒たちのためにここまで俺の評価を下げなければならないのかと項垂れたとき、ガタガタと壁が揺れ始める。「わ、わ」と慌てて小声で離れようとすれば、更に激しい声が響き始めた。喘ぎ声、というよりはそれは獣の声に近い。 「聞かないのですか?」 「あ、え」 「壁に耳を押し付けて、向こうの様子を伺わなくてもいいんですか?」 「あ、ぇ……ぇと……」  出任せのつもりだったのに。  慌てて逃げようとしたところ灘に行手を阻まれる。試すような、こちらの様子をじっと伺うような視線に射抜かれる。 「俺のことならお構いなく。……それに、貴方が好きというものには少し、興味がありますので」 「え、そ、それは……」 「ですから、どうぞ」 「今は目を瞑っておきますよ」灘の目が、言葉が、今の俺には恐ろしくてたまらなかった。  適当な嘘を吐くものではない、と思う。  扉の僅かな隙間から流れ込んでくる声は先ほどよりも輪郭もはっきりと飛び込んでくる。二人分の男子生徒の息遣いも濡れた音も肌を打つ音まで全て、傍で聞いてるような臨場感で鼓膜に染み込んでくるのだ。幸いここからでは姿も見えないのが救いだった。  逃げ出したい。今すぐ、ここから。  けれど、それはできない。  背後に立つ灘。そのまま灘は俺と一緒に扉に張り付いて声を聞いていた。本当になんなのだこれは。 「あっ、ぃ、いく! も、ぉ、いく」  犯されてる男子生徒の声が甘い。もう一人の声はよく聞こえないが、多分名前を呼んでるのだろう。肌を打つ音に合わせて漏れる声を聞きながら俺はもう耳を塞ぎたくて仕方なかった。  気持ちいいのだろうというのは分かるが、他人の情事というものはここまで滑稽で間抜けに見えるものなのか。普段灘から見た俺もこんな風に見えるのか。そんな余計なことまで考えてしまっては背後の灘を強く意識せずにはいられない。  というかそもそも何故灘の方が興味津々になってるのか。  いく、いく、と壊れたラジオのように切なそうに繰り返す男子生徒の声もやがて聞こえなくなる。唇でも塞がれたのだろう。  愛おしそうな二人の吐息を最後に、呆気なくそのクライマックスを迎えた。  俺たちはそっと扉を閉め、倉庫へと戻る。 「……はあ」 「随分とお疲れですね」 「そ、そうだね……」 「これで君は満足したんですか?」 「…………まあまあかな」  なんなら疲弊の方が大きい。  灘はどうなのかとちらりと見上げれば、こちらを見ていた灘と視線がぶつかる。 「何か?」 「……いや、灘君はどうなのかと……」 「どう?」 「い、いや、やっぱりなんでも――」 「ここで及ぶくらいならば自室で行為に及ぶ方が邪魔の入るリスクもないのでは、と思いました」 「…………灘君らしいね」 「場所を選ばない程急を要したということでしたら日常生活にも支障をきたす可能性はあります。然るべき機関に相談する必要もあるかと」 「そ、そっか……」  何人か知人に心当たりがあるな、と思いながらも俺は灘の言葉に頷く。 「確かに、灘君はそういうのはなさそうだもんね」  そう口にして、自分がデリカシーのないことを言ってしまったのではないかとハッとする。「ごめん、変な意味じゃなくて」と熱を増す頬を冷ましながら慌てて付け足せば、灘は無言で俺を見つめた。 「な、灘君……?」 「ええ、概ね君の言う通りですね。そもそも、他人の目につく可能性のある場所で抱くこと自体リスクだと思います。それとはまた別の意図があるとするならともかく」 「うん……」 「自分なら、本当に好きな相手ならば第三者に見聞きされるのは避けるでしょうね」  ぼそ、と呟かれた言葉に思わず固まる。こちらを見つめる目があまりにも真っ直ぐだったから、余計。 「な、だくん」 「外の二人も離れたようです。……我々も帰りましょう、齋藤君」 「う、うん……ごめんね、変なことに巻き込んで」 「お気になさらず。自分の知らない世界を垣間見れたので」  やっぱり灘の中で俺がただの変態になってる気がしないでもない。流石にこのままでは緘口令を敷いていたとしても耐えきれない。「あ、あのね、灘君……」と俺は小声で灘に耳打ちした。 「さ、さっきのは……嘘なんだ」  ぴく、と灘がこちらを見る。「嘘?」と薄い唇がゆっくりと開くのを見て、全身が僅かに強張った。 「う、うん……ごめんね。あのまま二人の邪魔するのは申し訳なくて……」 「……」 「だから、別に俺はそういう趣味は――」  ないから、と言いかけた瞬間、伸びてきた灘の手にそのまま手首を掴まれる。脈を確認するようにするりとシャツの袖の下、潜り込んできた指先に手首から肘へかけての血管をなぞられた。 「な、灘君……っ?」 「でも君、あの時興奮してましたよね」 「……っ」 「体温も、呼吸も荒かった」  穴が開くほど至近距離で見つめられ、そのままゆっくりと下げられる視線を追うことはできなかった。  全身にぶわりと汗が滲む。そんなはずはないと言い切りたいのに、もしかしてずっと灘は俺のことを観察していたのかと気づいた瞬間何も言葉が出なかった。 「それとも、別の要因が?」  シャツの下の体がどんな状態になってるのかすらも見抜かれてそうで、俺は灘の顔を見ることができなかった。  言葉に詰まる俺に、灘は「ご安心ください」と小さく呟いた。 「……今回の件は、他言はしませんので」  強制的に呼び起こされる体の疼きも微熱も全て見なかったフリをして、蓋をする。ほんの一瞬でも抱かれていた生徒に自分を重ねたことも、背後に立つ灘と密着した体の距離を考えたことも、手首を取られた時の手の大きさも全部。今日は何もなかったのだ。 「そうだね」と俺は小さく呟いた。どこまでも理性的な人間ほど厄介なのかもしれない、そんなことを考えながら俺たちは倉庫を出た。  おしまい

【↑100】見てるだけ※【4,200文字/灘×齋藤/ギャグ寄りわちゃ/※要素はモブです】

More Creators