仙道は決して『いい子』ではなかったけど、それでもそんな仙道が懐いてくれるのは嬉しかった。 生まれつきなのか、間延びした甘ったるい声。同世代よりもやや高めな地声だとか、それでいて抑揚のない声だとか。背後から見た時に覗く首筋や耳の白さやどこもかしこも細くて骨ばった体とか。 仙道が同性からもモテると聞いた時、正直ほっとした。自分だけがおかしいのかと思っていたから、『まあそうだよな』という妙な説得力を感じたのを覚えている。 「ユッキー、彼女つくんないの?」 「……どうしてまた」 「聞けって言われた」 「……あー」 またか、と思う。 仙道の周りにいるやけに甘い匂いの女の子たちを思い出し、せっかくリラックスしていたところに水を差されたような気分になった。 今日も今日とて宿代わりに押しかけてきていた仙道は、最早この部屋の主人であるかのような佇まいでベッドに転がって漫画雑誌を広げてた。猫の尻尾のようにぷらぷらと揺れるハーパンから覗く生足がやけに生々しく、直視できない。俺はそれを誤魔化すため、ソファーに腰をかけた。しまった、飲み物持ってきたらよかった。 「でも、俺も気になるかも~。なんでぇ?」 「色々あるんだよ。タイミングとか、相手とか、色々」 「ならお付き合いまでいかなくとも息抜きくらいすりゃいいのにさあ、ユッキー誰とも遊ばないじゃん。俺が紹介してやっても」 「俺とお前の好みは真逆だからな」 ついでにいうなら仙道の女の趣味はずば抜けて悪い。そりゃ、内面なんて一切見ずに顔と体で選んでるのだから無理もない。そっちの趣味はいいが、少なくとも俺とは正反対なのだ。 「んじゃ黒髪が好きってこと~?」 「黒髪も好きだけど」 「んはは、好きそ」 何が楽しいのか、きゃっきゃっと楽しげに笑いながらベッドの上を転がる仙道。意識しないようにしてもどうしても視界の隅でちらちら動いていたら目で追ってしまう、そんなもの動物としての習性なのだから無理もない。 「んじゃさ、じゃさ。……金は?」 ベッドから降りてソファーの背もたれまでやってきた仙道に肩を掴まれる。それだけでも心拍数跳ね上がったのに、耳元に唇が触れそうなほど近付いてくる仙道にじっとりと手汗が滲んだ。こいつの距離感がおかしいのは今に始まったことではないのに、こんな。 「金髪は好きですかぁ? 先輩」 とろんと重たい瞼の奥、いたずらっ子のように細められる瞳で覗き込まれて頭の中に『キスしたい』の五文字が浮かぶ。 勘弁してくれ、俺はお前の数少ない頼れる人間でいたいんだ。それを、こいつは。 「す……」 「す?」 「……っ、仙道、重たいだろ」 「それと、夜冷えるからちゃんと暖かくしてろ」そう仙道をベッドまで戻し、布団を被せてやる。「まだ眠くないし」と仙道は終始不服そうだったが、知るか。こんな体で彷徨かれてた方が俺の心身にも悪い。 「ねーねー、ユッキーの好きな顔面ピックアップしてさあ俺に送ってよ~」 「だから、人の彼女探すのいいから」 「え、もしかして好きなやついるとかぁ? ね、誰誰誰~? 俺の知ってるやつ?」 「あーいるいる。お前の知らねえやつ」 「絶対嘘じゃんー、つまんな」 「……」 急に飽きたのか、またベッドでスマホいじり出して大人しくなる仙道。 ……本当にこいつは。 ドッドッと未だ脈打つ心臓を抑えたまま俺はひとまず逃げられたことに安堵した。 それから三日ほど何故か俺に『金髪の彼女がいる』とかいう尾鰭どころか掠りもしない噂が広がっていたが、撤回するのもバカバカしくてそのまま放置することにした。 金髪は別になんとも思ったことはなかった。 照明によってキラキラ輝く髪だとか、白い肌と相まってより存在感が希薄に感じる部分だとか、あいつの髪色が好きだというだけだ。多分、同じ髪色のやつがいたからと言って『ああ、あいつの髪と同じだな』としか思わないだろう。思えないのだ。ずっと。 「……ユッキー」 血で汚れ、塊、汚されていく白金の髪。撫でられると気持ちよさそうにしていたあいつが髪に触れられることを恐れるようになったあの日を境に、俺の中の淡い形すら曖昧だったそれが凝固した。けれどそれは決してこいつにバレてはならない。 「ユッキー」 「大丈夫だ。仙道。……大丈夫、俺がここにいる。だから、お前は寝ろ」 俺がこいつの居場所にならなければならない。不安定で風に吹かれただけで呆気なく瓦解しそうな危うい足場に片手で立ってるようなこいつの、絶対的な存在に。 それは好きだとか恋人であることを望むよりも余程自分勝手なのかもしれないが、それでもこいつが一番に頼るのは俺であってくれたらそれだけでよかったのだ。 だから、お前にこの先好きなやつが出来たって、俺よりも気の合う仲の良いやつが出来たって、笑って祝ってやれた。 膝の上で丸まって眠る仙道を見つめる。撫ではしない。触れられることは今のこいつにとってストレスになるからだ。 「……」 不毛だと分かってる。この先に未来などないと分かっていても、今この時間があれば良かった。 仙道に幸せになってほしいと思う水面下でずっとここに居座ってくれという感情は肥大していく。 いつまで保つかな、とシガレットケース取り出した煙草を一本咥え、外した。小さな寝息を立て始める仙道を見つめながら俺はただ壁にかかった時計の針の音を聞いていた。 おしまい