某日、自室前にて。 「あ、あの……裕斗先輩」 「ん?」 「これは一体……」 「ああ、その袋か? 齋藤に似合いそうだと思ってさ。ま、ちょっと早い誕生日プレゼントだと思って受け取ってくれよ」 裕斗が部屋に遊びに来たのはまだよかったが、毎回こうもプレゼントを用意されると流石に申し訳ない気持ちが勝ってくる。というかそもそも、俺の誕生日は数カ月先なんだけども。 愛らしい袋に包まれたそれは腕で抱きかかえるほどの大きさだ。何が入ってるのか、重たくはないが……。 「あの、気持ちは嬉しいんですけど……こんなによくしてもらうのは申し訳ないというか……」 「気にすんなよ。俺がやりたくて勝手にやってるだけだから」 「あ、う、でも」 「あと、お返しとかも気にしなくていいからな。齋藤にはいつもお返し貰ってるから」 「え……?」 寧ろ何一つ返せていない気がするのだが、と裕斗を見上げたとき、目があった裕斗はにっこりと笑うのだ。そして軽く額にキスをされ、口から心臓が飛び出そうになる。 「ゆ、裕斗先輩……っ!」 「ははっ、んじゃお邪魔しまーす」 いたずらっ子のように笑いながら部屋へと上がる裕斗。 丁度、部屋に阿佐美がいなくてよかった。いや、流石に裕斗も阿佐美がいたらしなかっただろうか。 なんてそんなことをぐるぐると考えながら、俺は未だ熱を持つ額を抑えながらその後を追いかけた。 自室内、相変わらず散らかったソファーに腰をかけた裕斗はニコニコと笑いながら自分の膝の上を叩く。ここに座れということなのだろう。流石に恥ずかしいので、俺は裕斗の隣に腰をおろした。 「なんだ、そこに座るのか」 「裕斗先輩……」 「そうだ。なあ齋藤、さっきのプレゼント開けてみてくれないか。お前の反応が見たい」 リアクション芸人みたいなものを期待されてるのではないだろうが、そんな風に囁かれると流石に身構えてしまう。 俺は「はい」とだけ答え、先程裕斗から受け取った袋を自分の膝の上に乗せた。そして口を縛る愛らしいリボンを外し、中を覗き込んだ。 「……これって」 「いつもお前寒そうだから丁度よさそうだと思ってさ」 裕斗からのプレゼントは上下セットのパジャマのようだった。袋から取り出せば、ふわふわとした肌触りのいい感触に指が埋まる。 確かに、寒くなってきたこの季節には丁度いい。 「可愛いだろ?」 「は、はい……かわいいです、けど」 「気に入らなかったか?」 「いえ、違うんです! ただその、ちょっとかわいすぎるような……」 フードつきのタイプなのだが、なんだこれ。動物の耳のようなものもついてる。 パステルの色合いからしてもしかして女子用なのではないかと思って念の為サイズを確認しようとしたら「そうか?ちゃんとメンズものだから大丈夫だろ」と裕斗は覗き込んでかる。 本当だ。というかそういう問題なのだろうか。 生地のふわふわ具合からしていいものだと分かったが、流石にこれは……と広げたまま見つめていると、くっついてくる裕斗に「なあ」と肩を抱かれる。その距離の近さに心臓が跳ね上がった。 「齋藤、ちょっと着てみないか?」 「え、い……いまからですか?」 「ああ、お前がそれ着てるとこ見たい。……嫌か?」 ――この人は本当に。 俺が裕斗にお願いされると断れないと分かっててやってるのだとしたら質が悪い。 擽るように反対側の耳を撫でられ、顔がじんわりと熱くなっていく。 断れるわけがなかった。 「い、え……わ、わかりました」 このあとの展開が目に見えるようだったが、そう俺は口にすることしかできなかったのだ。 ◆ ◆ ◆ 本当に裕斗は俺のことをなんだと思っているのだろうか。 もしかして子供かなにかと思われてるのだろうか。なんて思いながら俺は別室に移動し、そして裕斗からのプレゼントのパジャマに袖を通す。悔しいくらい着心地はいい。 そして上下セットになったそれ着替えた俺は恐る恐るリビングルームで待つ裕斗の元へと向かう。 「あの、どうでしょうか……」 ああ、恥ずかしい。こんな女の子みたいな可愛い格好。 顔がポカポカと暖かくなっていくのを感じながらも勇気を出して裕斗の前に出れば、ソファーに座っていた裕斗は俺を見たまま固まる。 「……」 「裕斗先輩……? や、やっぱり、俺……着替えて……」 きます、と慌てて踵を返そうとしたときだった。いきなり立ち上がった裕斗にそのままがしっと肩を掴まれ、そして抱き締められた。 「う、わ……っ!」 「はぁ~~……」 「ゆ、裕斗先輩……っ?!」 「……やっぱ、すっげえいいわ。触り心地も最高……っ」 「ん、あ……ありがとうございます……」 喜んでくれたのなら嬉しいが、あまりにも大胆すぎる裕斗の行動に俺は心臓がどうにかなりそうだった。背後からがっしりと抱き締められたまま、俺の後頭部に鼻先を押し付けた裕斗は「このまま連れて帰っていいか?」なんて言い出した。 流石に冗談というか、戯れというか、言葉の綾だよな。と振り返った先の裕斗の目があまりにも真剣なものだから余計ぎくりとした。 「ゆ、裕斗先輩……あの、そろそろ降ろしてくださ……」 「まだこうしていたい。駄目か?」 「え、う、いや、駄目じゃないですけど……」 ふわふわとパジャマ越しに身体を触れられるのが恥ずかしい。 「なあ、このままベッドまで連れて行っていいか。添い寝したい」 「え、だ、駄目です、ここでは……詩織が帰ってきたら……」 「じゃあ俺の部屋だったらいいのか?」 「ぁ、え、や……それは……」 いつも裕斗の部屋に行くと流れでそういう感じになってしまうため、最近は俺の部屋に来てもらうようになっていたのだが――これではなんら変わりない。それどころか阿佐美が帰宅したときのリスクの方が高すぎる。 項に唇を押し付けられ、「可愛いクマさんだな」と裕斗に囁かれると余計恥ずかしくなってきた。というかこれクマだったのか、耳の短いうさぎかと思っていた。 なんて、ベッドに行く途中で裕斗に抱きかかえられたままされ放題になっていた矢先だった。 玄関口の扉が開いた。 ――そして、 「ゆうき君、ただい……って、え」 「あ、し、詩織……」 「よお詩織、邪魔してるぞ」 「いやそれはいいんだけど……裕斗君何してんの、ちょっと」 ――あろうことか阿佐美が帰ってきてしまった。 裕斗に抱き締められた俺を見たまま部屋の前で固まる阿佐美。前髪で遮られているはずの視線がとても痛い。 「なあ詩織も見ろよ、齋藤可愛いだろ?」 「せ、先輩……っ! ご、ごめ、詩織……き、気にしないで」 「――……ゆうき君は可愛いよ」 そんな阿佐美の言葉に思わず「え」とアホみたいな声が出てしまう。そんな俺とは対象的に、裕斗は悪びれる様子もなく「だろ?」とまるで自分が褒められたかのように笑うのだ。 今更余計恥ずかしくなってしまうが、対する阿佐美はというと落ち着いていた。 呆れたような、どこか咎めるように裕斗をたの方へと体を向ける。 「けど、だからってゆうき君を困らせるのは駄目だよ、裕斗君」 「詩織……」 「え? 困ってたのか、齋藤」 今気づいたのか、と呆れるが、そんなことを言えるはずもなく。 「え、あの、その……大丈夫です」とごにょごにょ口にすれば、裕斗は「そうか、ならよかった」と笑った。ああ、せっかく阿佐美が助け舟を出してくれたというのに俺というやつは。 自分の不甲斐なさに落ち込みながらもそれから暫く、俺は裕斗にもふもふされることとなった。 ただ阿佐美の沈黙が怖かった。 ◆ ◆ ◆ 消灯時間が近づき、裕斗も自分の部屋へと戻ることとなった。本当は泊まりたさそうだったが、阿佐美に帰されたのだ。 阿佐美と裕斗が元々知り合いだというのはなんとなく知っていたが、仮にも元生徒会長である裕斗にそんな強気で出られる阿佐美ってなんなのだろうか。というか、それを言ったら阿賀松と対等で会話できる時点で俺からしてみれば謎も謎なのだけれども。 と、そんな感じでようやく平穏な時間が戻ってきた。と思ったが、部屋の中には気まずい空気が漂っていた。無理もない、仮にも阿佐美がいる前だというのに裕斗の態度も態度だし、それを強く止めることもできなかった俺のせいで阿佐美には見られたくない場面を見せてしまったわけだし。 テレビの音声だけが流れる気まずい沈黙の中、俺は恐る恐る阿佐美の座るデスクに近付いた。喉乾いてないだろうかとついでに飲み物の入ったグラスを手に。 餌というわけではないが、あとついでにチョコもセットで。 「……詩織」 恐る恐るPCと向き合ってた阿佐美に近付く。すると、こちらを振り返った阿佐美は「あ」と口を動かした。 「あの、喉乾いてないかなって……これ、あとおやつ……」 「ゆうき君……ありがとう」 いただくね、と阿佐美の口元にようやっと笑顔が戻るのを見て心底安心した。 裕斗がいたときはずっとピリついてただけに、いつもの阿佐美が帰ってきたみたいだ。 けど、問題はここからだ。 グラスのジュースに口つける阿佐美を見守りながら、俺は必死に言葉を探した。そして。 「詩織……あの、怒ってる?」 そう単刀直入に尋ねれば、「え?」と阿佐美は少し驚いたような声を漏らした。 しまった、言葉が足りなすぎたようだ。 「いや、その……ごめん。裕斗先輩のこと、変な気を遣わせたかもって思って……」 「俺は別に大丈夫だよ。俺の方こそ、ごめんね」 「え?」 「……余計なお世話だったかもしれない、って思って。裕斗君、昔から強引なところあるから気になってたんだけど……」 「あ、いや、それは……」 どうやら阿佐美も阿佐美で同じようなことを気にしていたらしい。 今更こうやって改めて言われると、本当に恥ずかしいところを見られてしまったと余計いたたまれなくなってしまう。 ごにょごにょと口籠っていると、阿佐美がこちらを見ていることに気付いた。 「――裕斗君のこと、好き?」 冷水をぶっかけられるような感覚だった。 口元に浮かぶ優しい笑み、諭すような柔らかい声。それなのに、その言葉を聞いた瞬間、そんな阿佐美の顔を見た瞬間冷や汗が滲んだのだ。 「っ、し、詩織……」 「…………ごめん、忘れて」 そして恐らく、阿佐美も俺の表情からなにか気付いたのだろう。やや間を空け、そして椅子から立ち上がる。そのまま部屋を出ていこうとする阿佐美の背中が寂しそうで、俺は堪らずそのあとを慌てて追いかけようとした。 「し、詩織……っぅ、」 が、途中でソファーの足元に落ちてあった脱ぎ散らかされた服に引っかかって躓いてしまう。 転倒しそうになった俺に気づいた阿佐美は慌てて振り返り、そしてそのまま俺を抱き止めてくれた。 「ぁ……詩織……」 「……」 「ありがとう、その……ご、ごめん」 「ううん、……俺の方こそ」 そうなにかを言いかけて、阿佐美は口を閉じた。 脇腹に回されたがっしりとした腕の感触になんだか緊張していると、そのまま阿佐美に抱き締められる。 「詩織」と思わず声が上擦った。 「ふわふわだね。……裕斗君は昔からセンスはいいから」 「っ、詩織……」 「……ごめん、一番ゆうき君のこと困らせてるの、俺だね」 阿佐美の手がぱっと離れる。それからよれた服を直してくれるのだ。そして、またあの寂しそうな顔。 そのまま阿佐美がまた離れていくのが分かり、咄嗟に俺は阿佐美の腕を掴んだ。 「……っ、ゆうき君」 「困らせて、いいよ」 「……」 「俺、詩織に我慢させるの、嫌だから……その」 何言ってるんだろうか。自分で言いながら混乱する。けど、思ったことを伝えなければならない。そんな気がして、頭で考えをまとめることよりも先に阿佐美に言葉をぶつけてしまう。 この発言が阿佐美を困らせてしまうのではないかと思ったけど、止まらなかった。 そしてそんな俺に、阿佐美はふっと柔らかく笑うのだ。 「ゆうき君は本当に優しいね」 「詩織……」 「――けど、そういうのはあまり、他の人に言わない方がいいと思うよ」 気持ちはすごい嬉しいけどね、と阿佐美は少し困ったように笑った。 「ご、ごめん……けど、俺は詩織になら……」 「ゆ、ゆうき君……っ、待って」 「んむ」 言いかけた矢先、阿佐美に口を手で塞がれる。ぷに、と触れる手の感触に驚いて顔を上げれば、じんわりと阿佐美の頬が赤くなっているのを見た。 「……それ以上は、裕斗君が怒るよ」 「ん……なんで裕斗先輩が?」 「な、なんでって……だって、裕斗君とゆうき君は……そういう関係なんでしょ?」 「……え?」 「え?」 思わず声がハモってしまった。 俺と阿佐美は暫く顔を見合わせたまま固まる。 そして数十秒見つめ合ったのに、「待って」と阿佐美が口を開いた。 「……その、付き合ってる……んじゃないの? 裕斗君と」 「え、いや……付き合ってないよ」 「付き合ってないの……っ?!」 初めて阿佐美のこんな大きな声を聞いたかもしれない。俺までびっくりしてしまいそうになれば、はっとした阿佐美は「ごめん、大きな声出して」と慌てて口を手で押さえた。 「えと、なんというか……裕斗先輩と俺は別にそういう関係じゃないよ」 「え、じゃあさっき抱き合ってたのは……」 「あ、あれは……その、裕斗先輩は結構スキンシップ多い人だから、たまにあんな感じにはなるけど……」 「………………」 口を閉じたまま阿佐美が固まっていた。前髪のお陰で表情はわからないが、呆れていることだけはなんとなくその空気から分かった。 「あの、詩織」と恐る恐る口に出したとき、もふり、と阿佐美の手が俺のフードに埋まる。 「わ、詩織……っ」 「……付き合ってないのに、駄目だよ。あんなことさせたら……」 「う、ごめん……けど、詩織もたまにやるから大丈夫かなって……」 「そ、それは……確かにそうかもだけど……っ! う……でも……」 しどろもどろと俺のフードをもふもふと触りながら阿佐美は何か迷っているようだった。 そんな阿佐美に焦れてしまい、俺はそのまま阿佐美の腕を掴む。 「ゆ、ゆうき君……っ?」 「……詩織も、ぎゅっとする?」 「え?!」 「これなら、詩織も抱き心地良くてぐっすり眠れるかもね」 「ゆ、ゆ、ゆ……ゆうき君」 「……」 顔が焼けるように熱い。けど、恐らく優しい阿佐美には俺が言うしかないのだと、そんな気がした。きっと困らせてるかもしれないと思ったけど、ここまで言わないときっと俺の気持ちは伝わらないだろうから。 ちらりと阿佐美の方を見たとき、長い前髪の下、見開かれたまま固まったその目と視線がぶっかれば、ぐぬ、と阿佐美は口を閉じるのだ。 「……俺の方が、詩織のこと困らせてばっかりだね」 「ちが、そんなこと、ないよ」 「カタコト……」 「……けど、勘違いしそうになるから、そういうのは……」 「いいよ」 阿佐美の目がこちらを見る。見開かれたままの目。普段隠されている分、こんなにも表情が顔に出る阿佐美が新鮮で、つい胸が先程とは違う意味でどきどきしてしまう。 「……勘違いしても、いいよ」 「ゆ、うき君」 「…………多分、それ、勘違いじゃないけど」 「……っ、……」 これ以上阿佐美の顔を見ることが出来なくて、咄嗟に背中を向けたとき。そのまま阿佐美に抱き締められる。背後にくっつく熱に、のしかかる体重に潰されそうになりながらも俺は回される阿佐美の腕をそっと掴んだ。 「もう、寝る?」 「……うん」 「そっか、分かった」 じゃあ寝よっか、と阿佐美の顔に手を伸ばし、恐る恐る顔を寄せる。 熱い。突き刺さるほどの視線を感じながら、俺はそっと目を閉じた。 ◆ ◆ ◆ 「詩織、詩織、起きて」 「……ふわふわ」 「っ、わ、ちょ、……ふわふわじゃなくて、朝だよ、詩織……ん、わ……っ」 起き上がろうとすれば、そのまま隣で眠る阿佐美に抱き込まれた。そのまま俺の胸元に顔を埋め、ふわふわのパジャマの感触を味わいながら再び気持ち良さそうに目を閉じる阿佐美。 そんな阿佐美を見てると、なんだかこちらまで眠たくなってきた。 「もう、寝過ぎたらまた夜寝られなくなるよ?」「いいや、それで……ゆうき君も一緒なら」 「詩織……っ」 どさくさに紛れ、下半身、足ごと絡め取られればとうとう阿佐美の腕の中から抜け出せなくなってしまう。そのまま二度寝の大勢に入ろうとする阿佐美に呆れつつも、あまりにも幸せそうなその顔を見てたらなにも言えなくなっていた。 ――ワガママ言っていいよ、と言ったのは俺だしな。 そんなことを思いながら、俺は恐る恐る阿佐美の腕の中、その身体にぴたりとくっついた。……暖かい。なんなら暑いまであるが、包み込まれるような感覚に安心感のあまり気が緩んでしまったようだ。 「……ん、じゃあ、俺も寝る」 「うん、おやすみ、ゆうき君」 「……うん、おやすみなさい」 このままではまた昼夜逆転の自堕落な生活習慣に陥ってしまう。が、阿佐美と睡眠というこの誘惑を前に自分を保つことはできなかった。 呆気なく陥落した俺はもふもふになりながら惰眠を貪り、阿佐美の枕になることを選んだのだ。 ……じゃあ、いいか。 なんて思いながら、再び俺は自ら阿佐美の腕に抱かれ、意識を手放すのであった。 【おしまい】