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田原摩耶
田原摩耶

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ひとりぼっち、二人。【↑300/6,600文字/阿佐美×齋藤】

 なにもない休日というのはどれほど振りだろうか。ここ最近は平日休日も関係なく阿賀松から呼び出されることがしょっちゅうだっただけに余計、あの男がいない、それも学校も休みなんて夢でも見てるんじゃないか。そんな風に思えるほどだった。  それも、あの男がいないのには訳がある。安久から盗み聞いた話によると、どうやら阿賀松は今旅行中のようだ。大型連休でもないのに旅行ってなんだとは思ったが、この際阿賀松がいない休日を過ごせるのならばなんでもいい。  阿賀松がいないのは土日の二日間だ。その話を聞いた俺はまずいそいそと部屋に戻って自分の勉強机へと着席した。  そして紙を広げ、この休みのうちにやりたいことを紙に書きだした。  取り敢えずここ数週間授業に出られなかった分の遅れを取り戻すのは前提として、部屋の掃除もしないといけないし……と、阿佐美の巣窟と化しかけている相部屋を振り返ったとき、丁度阿佐美が帰ってきた。  外へと出て行っていたようだ、珍しく外着に着替えた阿佐美は上着をそのままソファーに脱ぎ捨てながらこちらへとやってくる。 「ゆうき君、勉強中?」 「詩織……いや、これはなんというか……」 「部屋の掃除、模様替え、暖かいコート……タスクリストつくってるの?」 「そんなに大したものじゃないんだけど、休みの間にしたいことをまとめよっかなって……」 「あ、詩織のところは触らないからね」と慌てて付け足せば、阿佐美は少し考えたように黙り込む。 「俺も……掃除しようかな」 「……………………え?」 「たまには……それにそろそろコタツも準備しないといけないし、場所開けなきゃいけないから」  阿佐美が……掃除?  思わず固まる俺に気付いたようだ。「へ、変なこと言ったかな……?」と戸惑いがちに聞き返してくる阿佐美に、慌てて俺は首を横に振る。 「い、いや……そんなことないよ! それに、いいことだと思うし……俺もできることなら手伝うよ」 「ゆ、ゆうき君……」  ぎゅっとその手を取れば、長い前髪の下で阿佐美の視線が泳いだ……気がした。  そして、こくりと頷く。 「じゃあ、そうと決まれば……」 「そうと決まれば……?」 「腹ごしらえだねっ!」  ……というわけで、俺達は一度食堂でご飯を食べるついでに掃除に必要なものを買いに一階のモールへと降りることとなった。  ◆ ◆ ◆  一階・モール内売店。 「取り敢えず……ゴミ袋はいくらあってもいいんじゃないかな」 「ゆ、ゆうき君……そんなに捨てるの……?」 「念の為、念の為だからね? あ、あとコロコロとゴム手袋……」 「そ、掃除機あるよ……?」 「大丈夫、念の為だから」 「……ゆうき君、楽しそうだね」  日用品が並ぶ商品棚前で唸ってると、隣でその様子を見ていた阿佐美が笑った。  指摘されはっとするが、確かに自分がこれからどんな風に部屋を片付けようか考えてわくわくしていることに気付いたのだ。 「寮暮らしになるまで、部屋の掃除とかって人に任せてたからかな……模様替えとかもすることなかったし」 「……そうなんだ。でもそうだよね、専門の業者もいるくらいだし」 「うん。……詩織もやっぱり部屋の掃除とかって頼んでたの?」  それは純粋な疑問だった。  俺が転校してきたばかりの頃を思い出すに、阿佐美の様子からしてまともに清掃することはなかったのは間違いないだろうが、自分でする習慣がないからそうなる、という話もなくはないだろうし。  阿佐美は少し考え、うーんと唸る。 「俺は……できる限り人の手はいれなかったかな」 「寮暮らしになる前も?」 「……うん。けど、流石に扉が閉まらなくなりそうになったらあっちゃんに業者連れてこられてたけど」 「あ、阿賀松先輩に……?」  想像してみて異様な光景だ。確かに阿佐美と阿賀松が兄弟だというのは聞いていたが、阿賀松がそんなことをするようには思えなかった。  ……いや、するのか?流石に扉が閉まらないってそれはもう防犯どころではないしな……。 「確かに、阿賀松先輩は綺麗好きそうだもんね……」 「……ゆうき君も、物がない方が落ち着くの?」 「いや、俺はそこまでじゃないよ。……普通かな」 「……よかった、俺の味方がいてくれて」  そうほっとする阿佐美。確かに阿佐美の周りにいる人たちは綺麗好きそうというか、小煩そうな人が多いもんな。  志摩筆頭に縁や安久の顔を浮かべながら俺は少しだけ同情する。  ……まあ、限度はあるだろうけども。  それから買い物を終え、俺達は自室へと戻ろうとエレベーター乗り場へと向かっていた途中。  空いていたテナントに花屋が出来ていることに気付く。 「あ……」 「ん? どうしたの?」 「ここ、花屋になったんだね……」 「ああ、それ……ゆうき君が花が好きだって言ってたから……」 「え?」 「……いや、大したことじゃないよ。見る?」  思わずショーウインドウ前に並ぶ花に吸い寄せられてると、阿佐美は小さく笑いながら尋ねてくる。俺は慌てて頷き返した。  阿賀松の要望でゲームセンターが取り付けられるくらいだし、まさかなと思ったが俺からしてみれば素直に喜ばしい。  阿佐美は口元を緩め、「いいね」と微笑んだ。  中学の頃、園芸部に入ったときのことを思い出した。  特技も趣味といえるものもなにもなく、けれど帰宅部になるのも味気ない気がしてなんとなく入部届に園芸部と書いたときのことを。  店内はそう広くはないが、様々な種類の切り花がこちらを向いて並んでるのを見て胸の奥がふんわりと暖かくなっていく。  アイリス、ヒヤシンス、フランネルフラワーに、パンジー、シンビジウム……。  もう随分と世話をすることはなくなったが、案外花の種類も覚えているものだな。  朝、図書室に籠もって花の図鑑を熱心に読んでいた頃を思い出した。それも、遠い記憶だ。  少しでも正しい世話をして長く咲いていてほしくて、色んな花を覚えようとしていたのだ。 「ゆうき君、見て。すごい花があるよ」 「あ、それは葉牡丹だね。お正月とかに飾られるやつだよ」 「へえ……キャベツみたいだね」  阿佐美らしい感想に少し笑ってしまう。そんな俺に、阿佐美は「ごめん、変なこと言った?」と少し恥ずかしそうにうつむいた。 「詩織はあんまり花とか興味ないの?」 「……実際自分で買ったりとか、世話したりとかはしたことないかな。なんだか、枯らせてしまいそうな気がして」 「写真とかで見る分には好きだよ?」と付け足す阿佐美に、「分かる気がする」とうんうん頷く。 「俺も、園芸部に入らなかったら名前なんて覚えられなかっただろうし」 「……え? ゆうき君園芸部だったの?!」 「え、そ、そんなに驚くの……?」 「いや、その…………初めて知った、かも」  確かに、こうして阿佐美に昔のことを話すのは初めてかもしれない。  とはいえ、俺自身中学の頃の話はなるべく避けてきたからというのもあるだろう。そう考えると、自分でも不思議だった。  花の甘い香りに絆されてしまったのだろうか。 「……でも、なんだか分かる気がするよ。ゆうき君って、ちゃんと細やかな世話もしてくれそうまし」 「そ、それは買い被りすぎだよ……」 「でも、水の上げ忘れとかなかったんじゃない?」  指摘され、言葉を飲む。  確かに、と言いかけたとそれはほぼ同時だった。  ずっと忘れてた記憶が蓋をこじ開け、溢れ出す。  ちゃんと毎日世話をしていたのは状況が変わる前までの話だ。  虐められるようになってから、教室へと行かなくなるまで。その間の思い出したくない記憶が溢れ出し、言葉に詰まる。  ――土が膨らみ、もうすぐ芽吹きそうだったのだ。  いつものように自分の花壇へと向かおうとした。嫌なことがあっても、真っ直ぐに葉を伸ばし日光を浴びる花を見てると生命力を感じることができたから、自分も頑張ろうと思ったから。  けれど、俺の花はなかった。花だけではない、両隣の他の花壇まで掘り返され、千切られ、代わりにゴミを投げ込まれていた。  それを見た瞬間頭の中の糸が切れた感覚がして、俺は――それから園芸部にも顔を出さなくなった。 「…………ゆうき君?」 「……ごめん、あの……なんだっけ?」 「いや、俺のことは大丈夫なんだけど……ゆうき君こそ、大丈夫……?」 「ごめん、変なこと聞いたかな」と項垂れる阿佐美に俺は慌てて首を横に振った。 「違う、詩織は悪くないよ。……俺が――……」 「ゆうき君?」 「…………やっぱり、そろそろ帰ろっか」  せっかく楽しい気持ちだったのに、嫌な気分になってきた。  数年経った今、ずっと押し込めていた不快感と自己嫌悪、そして“やつら”に対する怒りのようなものが腹の奥で燻っていた。  あの頃の俺は弱かった。今でも強くなったとは思えないが、それでも花たちを土に戻すこともゴミを撤去して作り直すこともせずに逃げ出して塞ぎこむことしかできなかった自分に激しく後悔した。 「……ゆうき君」と最後までなにか言いたげだった阿佐美だったが、それ以上はなにも言及してこず、ただ「わかった」とだけ頷いたのだ。  ◆ ◆ ◆  なんとなく気まずい空気になるのも嫌だった。  だからなるべくいつも通りに阿佐美に接し、部屋に帰ってからも部屋の掃除に専念することにした。  阿佐美も阿佐美で変によそよそしくなるわけでもなく、いつものように俺に話しかけてくれた。  それでも明らかに俺と阿佐美の間に見えない、ガラス板のような壁を感じてしまったのは間違いなく俺のせいだ。 「ゆうき君、これ、位置どうする?」 「それはそのままでもいいかな。詩織も使いづらくなるだろうし……」  なんて会話を交わしながら、部屋の掃除とついでに少しだけ家具の位置を変えてる内に、感じていた見えない壁も段々意識から遠のいてく。  そして部屋の中の不要なゴミをまとめ、数時間の格闘の末だいぶ部屋の中が広くなった。 「ふう……これで冬は大丈夫そうかな」 「いいね、ここにコタツ置くんだね」 「うん、詩織の飲み物用の冷蔵庫も近いし……これじゃコタツから出れなくなっちゃうね」  コタツを組み立ててた阿佐美はうんうんと頷いているのを見て、つられて頬が緩んだ。  冬はあまり得意ではないが、今年の冬は阿佐美も一緒だと思うと嫌ではない。寧ろ、その逆だ。  それから阿佐美が組み立てた、大きなコタツを置いた。  その上にそそくさとみかんタワーを作る阿佐美を見守りながら、俺は先程花屋で見た切り花たちのことを思い出した。  こんなに部屋が片付いたのなら、一本くらい置いても見栄えよくなるのではないだろうか。  無意識にそんなことを考えてしまい、はっとする。 「……ゆうき君?」 「……え?」 「どうしたの? 口、開いていたけど……」 「あ……いや、ちょっと考え事してて……」  阿佐美はやっぱり鋭い。 「あの、俺……買い忘れたものあるからちょっと下行ってくる」 「……もしかして、さっきのお花屋さん?」  尋ねられ、やはりそこまでお見通しだったのだと思った。頷き返せば、阿佐美は微笑んだ。 「奇遇だね。……俺も、綺麗になった部屋見て思ってたんだ。花とかあったらもっと華やぐんじゃないかなって」 「詩織……」 「ゆうき君、あの……嫌じゃなかったらまた一緒についていってもいいかな」  阿佐美の声は優しかった。  やっぱり気にさせていたことが申し訳なくなる反面、その優しさと気遣いが嬉しかった。  ――断る理由なんて俺にはない。 「うん」と頷き返せば、阿佐美の口元が綻んだ。  それから俺達は再び例の花屋へと戻る。  よく見える場所、テレビ台の近くに置くのはどうだろうか。なんて話しながら二人で花を選んでいく。 「ゆうき君、これとかどう? カラフルで可愛い色合いだし、部屋が明るくなるんじゃないかな」 「ガーベラ? ……ふふ、詩織らしいね」 「お、俺……? そうかな、ほら、でもこれとか色、ゆうき君っぽいなって思ったんだけど……」  そう、オレンジ色のガーベラを指差す阿佐美に釣られて照れてしまう。  俺も、ガーベラのことは好きだった。見てて元気になる色合いだとか、前向きな花ということも。 「じゃあ、何本か買っていこうか」 「うん! あ、待って花瓶も見ないと……っ!」 「あ、そうだった……」  そんな会話をしながら、ガーベラに合いそうな花瓶を一緒に探していく。これから先他の花を挿すことを考えてうんうん唸る阿佐美を横目に、俺はなんだか感じたことのない気持ちになっていた。  園芸部にいたときも、基本一人で世話をして一人で花の成長を喜んでいた。だから、こんな風に誰かとそれを共有することなど俺にはない経験だったのだ。 「ゆうき君」 「ん?」 「なんか、ゆうき君が楽しそうに花を見てた気持ちが分かったよ。……楽しいね」  そう笑う阿佐美に、俺は「うん」と頷いた。  多分それは阿佐美と一緒にいるからだ。そう喉元まで出かかったが、それを口にするにはまだ勇気が足りなかった。  だから今は、「俺もだよ」と答えるので精一杯だだった。  ◆ ◆ ◆  ガーベラと、こぶりなパンジーを添えた花瓶を二人で眺める。 「花があるだけで、こんなに部屋の雰囲気って変わるんだね」 「そうだね。カラフルだから余計そう感じるのかな」 「でも、やっぱり花選びはゆうき君に任せててよかったな。……俺だったらきっと、こういうの選ぶの苦手だから」 「そ、そんなことないよ。そのうち、詩織が選んでくれた花も飾って見たいな……」  なんて言ってると、ふと阿佐美がこちらを見てることに気付いた。長い前髪の下、目が合った……ような気がした。 「ん? ……どうしたの?」 「あの、ゆうき君……タスクリストの『暖かいコートを買う』ってやつ……」 「あー……あれね、あれは、その……」 「よかったら、明日一緒に探しに行かない?」  取り敢えず適当に書き出しただけだから、と言いかけた矢先だった。顔を赤くした阿佐美は、そう声を振り絞ったままこちらを見ていた。  なによりも外出、それもこんな寒くなってきた時期に阿佐美の方から誘ってくれるなんて思ってもいなかっただけに、俺は一瞬固まってしまう。 「ゆ、ゆうき君……? あ、あの、嫌だったら別に全然俺は大丈夫……」 「い、行きたい……っ!」  今度は阿佐美が「え?」と固まる番だった。  つい、嬉しさのあまりに俺は阿佐美の手を取ってしまった。冷たくて、硬い阿佐美のおおきな掌をぎゅっと握る。 「お、俺も、お出かけしたい……もっと、詩織と……」 「ゆ、ゆうき君……っ」 「あ、ご、ごめん……つい……っ!」  真っ赤になり、わなわなと震えだす阿佐美に気付いた俺は慌ててぱっと手を離そうとし、阿佐美に掴まれた。 「……っ、詩織……?」 「………………っ、あの」 「……ん?」 「……や、やっぱり……なんでもない」  何かを言いかけたが、阿佐美はそれ以上何も言わなかった。その代わり握られた手は暖かくなっていて、俺から手を離した阿佐美は「早起きするね」なんて言っていた。  そんな阿佐美を見て、俺は明日のことを考えていた。  ……いけないな。阿佐美とやりたいことも、したいことも、どんどん湧き上がってくるみたいだ。  月曜日には阿賀松が帰ってくるというのに、二日の休みだけでは全然足りない。  そんなことを考えながら、俺はこちらを見ていた大振りのガーベラを見つめていた。  END

ひとりぼっち、二人。【↑300/6,600文字/阿佐美×齋藤】

Comments

始めまして初コメントです 阿佐美×齋藤の話は読むたびにいつもほっこりされて暖かくなって 幸せになります。 いつもありがとうございます✨️

MAOFEGOO

ありがとうございます😭 阿佐美大好きなのでSS凄く嬉しいです、めちゃめちゃ可愛くてほっこりしました。

ぱんこ


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