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田原摩耶
田原摩耶

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罰。【↑100/4,300文字/裕斗×齋藤】

「幸せ、ですか」  寮長室。  目の前のソファーに腰をかけたまま、志木村は「はい」と頷いた。 「君のことを知りたいと思いまして。君にとって幸福とはなんですか?」 「幸福……。俺は静かに、平和に過ごせるならそれで満足です。……すみません、こんなことしか言えなくて」 「大丈夫ですよ。それに、幸せの定義というのは人それぞれですし  裕斗が戻ってくるまでの間、志木村と二人きりになることになったのだが、まさかこんな質問をされるなんて思わなかった。  それに何やらボードに書いてるし。 「あの、何書いてるんですか?」 「ああ……これは裕斗さんに聞けと言われたことです。んで次は……好きな食べ物は?」 「え、ちょ……えと、焼き魚とか好きですけど……」 「そうなんですねえ」 「…………」  裕斗は志木村になにを頼んでるのだろうか。  街頭アンケートを受けてるような、そんなむず痒い気分になりつつもなにやら書き記してる志木村を待つ。 「それじゃ次は――」 「え、まだあるんですか……?」 「はい。……あ、でも次でラストですよ。安心してください」 「わ、わかりました……」  まあ最後なら良いか、と思いながら俺は志木村の言葉を待つことにした。  志木村は手元のボードから視線を上げ、こちらを覗き込む。  そして薄い唇がゆっくりと動く。 「君にとって、志摩裕斗とはなんですか?」  ◆ ◆ ◆ 「悪い、遅くなった!」  寮長室の扉が開いたと思えば、慌ただしく裕斗が現れた。  どうやら走ってきたらしい。こたつで志木村からもらったみかんをかじっていた俺を見付け、裕斗は表情を綻ばせた。  そのまますぐ、少上がり和室の段差に上がってくるのだ。  そして俺の隣に腰を下ろした裕斗。 「いいもの食ってるな、うまいか?」 「あ、は……はい」 「そうか、じゃ俺ももらうか」  そう言って裕斗は積み上がるみかんの山から一つみかんを手にとり、一剥きで皮を剥ぐ。そのまま剥き身になったみかんをまるごと一口で食べるのを見て、俺は驚いた。 「ん、うまいな」 「ひ、一口……」 「齋藤も食べたかったのか? いいぞ、ほら俺が食べさせてやる」 「……あれ、裕斗さん戻ってきてたんですか」  そんなやりとりをしてたときだった。  席を外していた志木村はこたつの中、裕斗にみかんを食べさせられてる俺を見てぎょっとする。 「ちょっと裕斗さん、なに齋藤君いじめてるんですか」 「待て待て、いじめてない。俺は齋藤に食べさせてやってるだけで……」 「一口が大きすぎます。そもそも彼の口見てください、貴方みたいに下品に大きな口で食べるような子じゃないでしょう」 「い、言い過ぎじゃないか……? けどまあ、確かにお前の口は小さいな……」  むむ、と眉を寄せ、裕斗は「ちょっと待ってろ」とちゃんと一粒ずつみかんを分けようとする裕斗。  正直、そこまでせずとも自分で食べれるのだが、裕斗があまりにも一生懸命ちまちま剥いてくれるものだからつい見守ってしまうのだ。  そんな俺たちを見て、志木村は溜息を吐いた。 「じゃ、いちゃつくのはその辺にしといてください。僕ももう部屋に帰るので、ほら裕斗さんも餌付けは僕のいないところでやってもらえませんかね」 「餌付けって言うなって。……あ、齋藤そんなに慌てて飲み込もうとしなくていいからな? 志木村、ほら齋藤が可哀想だろ」 「まあ僕は齋藤君みたいに静かな子ならいてもらってもいいですけど。……裕斗さんは別です」  慌てて飲み込もうとした結果、喉に突っかかって咽る俺に志木村は「冗談ですよ」とお茶をくれた。  俺にはこの人がわからない。というか、いつだって物腰が柔らかく掴みどころがないからだろう、余計冗談なのか本気なのかわかりにくいのだ。  そんな志木村と別れ、俺は裕斗とともに裕斗の部屋へと向かうことになった。  その間も裕斗はみかんを頬張り、もぐもぐと咀嚼してる。よく食べるなあ、と思いながらその横顔を眺めてると、不意に裕斗と目があった。 「ん? ほしいのか? 志木村のやつからもらってきた土産みかんもあるぞ」 「い、いえ……俺はもう大丈夫です」 「そうか? ま、食いたくなったら言えよ。またもらってきてやるから」  もらったというか、『余ってるなら貰うぞ』と半ば強引に手に取っていた気もするが……。  まあ、志木村も諦めてたのでいいのだろう。……いいのか?  なんて思いながら戻ってきた部屋の前、裕斗は部屋のロックを解除した。  そして、招き入れられるまま部屋に上がる。  ――俺にとって志摩裕斗とはなんなのか。  部屋の扉が背後で閉まる。部屋の中に俺と裕斗の二人きりになったとき、背後から抱き締められた。  俺たちの間に会話はなかった。  最初から裕斗の部屋に来ることがなにを意味するのかわかってたからだ。肩口に顔を埋められ、唇に触れられる。 「服、邪魔だな」 「……っ、先輩……」  せめてシャワーを浴びさせてくれとは言わないが、せめてベッドまでいきたい。いや、何ならソファーでもいい。けど、裕斗は許してくれなかった。  玄関口、スリッパに履き替える暇もなかった。  唇を塞がれ、そのまま壁際に追い詰められる。覚悟していたはずなのに、いつだって緊張する。 どくどくと脈が打つ中、裕斗に頬を撫でられ、真正面から見つめられた。 「……っ、なあ、齋藤……」 「は、……はい……」 「お前、志木村となに話してたんだ?」 「ゆ、裕斗先輩の……質問を……」 「ああ、あれか。……ちゃんと答えてくれたのか?」  はい、と首を動かし、頷く。  ネクタイを緩められ、そのまま裕斗の指がシャツのボタンを一つ一つ外していくのを見つめていた。その指が心臓に近付くにつれ、緊張する。 裕斗に悟られたくなかった、この緊張を。 「……そうか」 「あの、あれって……なんだったんですか?」 「ん? そうだな、まあ、そのままだぞ。……お前のことが知りたかったから」  本当に、そうなのだろうか。  それだけではない気がする。そもそも、質問の内容が内容なのもあるからだろうが。  それ以上に、何故裕斗があの質問を自分ではなく志木村を通したのかがわからなかった。  それにその回答もまだ裕斗は志木村から聞いてはいないのではないだろうか。ならば、と俺は裕斗を見上げた。 「あの、先輩。俺にとって、裕斗先輩は――」  そう、改めてあのとき答えた言葉を口にしようとしたとき。「ストップ」と裕斗に口元を手で覆われる。 「先輩……?」 「悪い、齋藤。心の準備してもいいか?」  急に真面目な顔をしてそんなことを言い出すものだから、思わず「え?」とアホみたいな声が出てしまう。 「……もし、お前に嫌われてたら立ち直れないかめしれない」  なんて、裕斗は言い出すのだ。  正直、裕斗にとっては俺が裕斗のことをどう思っていようが変わらないのだと思った。  それはきっと普段の裕斗を知ってるからこそ余計そう思ってしまうのだろう。 「先輩……」  裕斗も、そんなことを考えるなんて思わなかった。  いつだって前向きで明るくて、俺とは正反対みたいな人なのに。  思わず裕斗を見つめれば、裕斗は「そんな目で見ないでくれ」って頭を抱える。  そのおどけたような情けない声に思わず笑ってしまった。 「ふ、ふふ……っ」 「……齋藤?」 「す、すみません……俺、先輩がそんな顔するとは思わなくて」  ……そんな、俺みたいなことを考えて悩むなんて。  そう言いかければ、裕斗は小さく息を吐く。お前な、となにかを言いかけ、それから前髪をかき上げられる。露出させられた額にちゅ、と唇を押し付けられたと思えば、裕斗は微笑むのだ。 「……まあ、お前が笑ってくれるならいいけどな。俺だって不安になることくらいあるさ」 「先輩も、ですか?」 「まあ、不安っていうか……お前の場合は、無理させてんじゃねーかなとか」 「…………」 「なんだよその目は。……キスするぞ」  さっきからしてるではないか、と思いながらも重ねられる唇のこそばゆさに思わず身を捩る。俺から唇を離した裕斗は「まあつまりだな」と静かに続けた。 「俺には言わなくてもいい。あれは元々、志木村のやつを納得させるためのやつだったわけだし」 「……納得、ですか」 「俺が無理矢理付き合わせてるんじゃないかだとか、お前のこと心配してんだよ。俺が強引に迫ったとか。……だから、まあなんつーか……あいつが俺たちを見送ってくれたから、少しは良かったのかなって思いたいんだけどな」  言いながら、裕斗の指はくるくると俺の横髪を弄ぶ。珍しく歯切れが悪いというか、そのくせこんな風に触れるのだからよくわからない人だと思う。 「裕斗先輩って……」 「ん?」と裕斗の目がこちらを向く。その隙を狙って、恐る恐る背を伸ばしてその唇にちょんと自分の唇を押し付けた。  キスと呼べるようなものでもない。触れ合う唇。薄皮越し、じんわりと熱が広がっていく。  目の前の裕斗の目がゆっくりと開いた。 「っ、齋藤……」 「……裕斗先輩のそういうところ、俺……すごいなと思います」 「お、まえな……わざとだろ?」  俺はなにも答えられなかった。今度は裕斗の方に噛み付くように唇を塞がれ、俺はそのままその広い背中に手を回し、肩口に埋まる裕斗の後頭部に触れる。 「……無理矢理でも、俺は大丈夫ですよ」  優しい先輩になら、と言いかけた言葉は裕斗に塞がれ続かなかった。  いっそのこと、俺に余計なことを考える暇もないくらい裕斗の手でかき乱されたかった。  俺には裕斗に優しくしてもらう資格などないのだから。 「……そんなこと、俺以外に言うなよ」  喉の奥から絞り出されたその声に、俺は目の前の優しく、太陽のような暴君に唇を押し付けた。  ――……俺にとって、裕斗先輩は罰です。  ――あの人に助けられる度に、俺は自分がどれほど無価値な人間なのだと思い知らされます。  ――それが、きっと俺の……――。  おしまい

罰。【↑100/4,300文字/裕斗×齋藤】

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