XaiJu
田原摩耶
田原摩耶

fanbox


好きになってはいけない子【↑100/4,900文字/仁科視点】

 今思えば、我ながら不甲斐ない人生を過ごしてきたと思う。  周りと対立することを恐れ、流されに流されて十八年。何故こうなったかと思えば心当たりしかない、そんな人生だった。 「おい奎吾、ユウキ君の怪我見てやれ」  いつものようにあの人の部屋へと呼び出されたと思えばこれだ。ソファーにふんぞり返った阿賀松伊織の隣ではまともに服すら身に着けていない齋藤が眠っていた。目のやり場に困るなんて言ってる場合ではないと分かってても、それでも毎度慣れる気配はない。 「出掛けてくるから戸締まりしっかりしとけよ。防犯は大事だからなぁ?」 「わ、わかりました……」  良かった、伊織さんはいなくなるのか。  ほっとしながらも、のそりと立ち上がりそのままの足取りで玄関口から出ていく伊織さんに一礼し見送る。ばたんと閉まる扉、そこでようやく頭を上げた。  ……どっと疲れが押し寄せてきた。  取り敢えず下着しか身に着けていない齋藤に服を着せてやろうと思うが、ここは伊織さんの部屋だ。勝手に漁るわけではない。でも脱がされてるわけだからどこかに齋藤の服があるはずだ、と部屋を見渡し――見つけた。  ぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てられた制服を拾い、取り敢えずシャツだけ羽織らせる。  齋藤の怪我は満身創痍といえばそのとおりだが、命に別状はなさそうで安心した。それでも、やはり痛々しい。ただでさえ頑丈とは程遠い線の細さだ、こんな身体で伊織さんに殴られたりしてるのだと思うと想像しただけで血の気が失せる。  そのくせ、あの人は毎回俺に手当をさせるのだ。何を考えているのか分からない。  齋藤を労ってるつもりなのだろうか、ならばもっと優しくしてやればいいのに。  そんなことを考えながらも消毒と手当を済ませ、服を着せようとしたとき。齋藤の瞼がぴくりと震えた。やばい、起きる。そう咄嗟にボタンを止めていた手を離そうとした時、齋藤の目がぱちりと開いた。 「……ッ!」 「お、おはよう……」 「っ、に、しな……先輩……っ?」  普段伏し目がちな目が大きく見開かれる。そして、俺だと分かった途端怯えの色は薄れていった。 「……わ、悪い……その、伊織さんに手当をするようにって頼まれただけで、変なことはしてないから」  落ち着かせようとすればするほどなんだか余計怪しい態度になってしまう。両手を上げたままどうすればいいんだ、と固まってると齋藤は「はい」と今にも消え入りそうな声で頷いた。 「その、すみません……俺……ッ」  そう齋藤は慌てて立ち上がろうとしたが、無理に動こうとしたものだから傷が痛んだのだろう。呻く齋藤に、慌てて俺は「まだ動かない方が良い」と止める。 「ぁ、あの……阿賀松先輩は……」 「ああ、あの人ならなんか用事あるって出掛けたけど……だから、今は休んどけ」 「……っ、す、すみません……」 「気分は大丈夫か?」 「……はい、大丈夫です」  本当だろうか。真っ白な顔で呟く齋藤が気になったが、俺にできることにも限界がある。本来ならばちゃんとした先生に見てもらった方がいいのだろうが、俺が勝手に齋藤を連れ出せる立場ではない。  ……そこまで考えて、己の不甲斐なさのあまり暗い気持ちになる。 「あ、あの、仁科先輩? 大丈夫ですか?」 「へ……」 「い、いえ。あの、先輩も……具合が悪そうだったので……」  その、とごにょごにょと口籠る齋藤。  まさか怪我人である後輩に逆に心配されるなんて、と益々自己嫌悪する。穴があったら入りたい。 「大丈夫だ、俺のはもう癖みたいなものだから」 「く、癖……ですか?」 「……ああ、だから俺のことは気にしないでくれ」  最早性癖のようなものだ。俺の言葉に納得したのか、「そうなんですか」と齋藤はどこか憐れむような目でこちらを見た。視線が痛い。 「そうだ、喉は渇いたとかは……」 「……す、こしだけ……」 「分かった……って、そうか、ここ……伊織さんの部屋だったな」  いくらなんでも勝手にあの人の部屋の冷蔵庫を漁る勇気はない。自販機を探すか。 「水、用意してくる。……少し待ってろ」 「あ、お、俺も……」 「え、でも……」 「先輩にだけ甘えるのは、その……申し訳ないので……」  本調子でもあるまい。それでも、そう齋藤が言ってくれるだけで忘れかけていた人のぬくもりのようなものを感じた。じんと目頭が熱くなる。  これが後輩というやつなのだろうか。 「あの、仁科先輩……?」 「い、いや……気持ちだけでいい。ありがとな。……すぐ戻ってくるからここにいろ」  そうなるべく傷付けないようにやんわりと断れば、「……わかりました」と齋藤はしゅんとする。しまった、言い方が悪かったのか。もっと笑顔とかそのへんでカバーすべきだったのか、後悔したところでなにもかも遅い。  いたたまれなくなり、俺は逃げるように「じゃあ、行ってくる」と伊織さんの部屋を出た。そしてそのままダッシュで最寄りのラウンジに駆け込み、水と、ついでに齋藤の好きそうなジュースも買おうかと思ったがよく考えれば俺は齋藤の好きなもの趣味嗜好なにも知らない。  と、取り敢えずりんごジュースか……?あとココアとか好きそうだな。……念の為炭酸系も。小腹空いたときのためにスープ缶も一本は欲しいな。なんて自販機で色々選んでる内に気付けば腕はたくさんの缶でいっぱいになっていた。  すぐ戻ると約束したのに、と慌てて俺は缶を落とさないように気をつけながら駆け足で伊織さんの部屋へと戻る。  扉を開き、部屋のなかに入った。そこで、先程まで齋藤が座っていたはずのソファーが空になっていることに気付いた。  どこに行ったのだろうか、と辺りを探したとき。ふと、寝室の方から物音が聞こえてきた。  疲れてベッドに休んでるのだろうか。……伊織さんのベッドに?  なんだか引っかかりながらも、いち早く飲み物を届けようと寝室の扉に近づき、足を止めた。 『っ、ん、ぅ……ッ』  扉の隙間、くぐもったその声は間違いなく齋藤のものだった。全身から熱が抜けていく。扉の隙間から見えたのは、赤髪を流した後ろ姿――伊織さんだ。 『大人しくしとけって言っただろうが。……奎吾パシって一人になった間に逃げ出すつもりだったのか?』 『っ、ご、めんなさ……』 『なにがごめんなさいだ、悪いと思ってねえだろお前。……本当、懲りねえな』 『っ、ひ……ぅ……ッ』  見てはいけない、そう直感した。  けれど、開きかけの扉から聞こえてくる声を聞き流すことはできなかった。  ――齋藤が、逃げ出そうとした?  そんなわけ、あるはずが。そう思いたいのに、先程着いてこようとしていた齋藤のことを思い出す。あれは、俺へのSOSだったのだろうか。  血の気が引いた。いや、でも。そんなことを考えてる間に、齋藤の悲鳴が聞こえて全身が震えそうになった。 『っ、あ、阿賀松先輩……ッ、ん、う……ッ』 「……ッ」  俺は、伊織さんの部屋から飛び出した。  これだから駄目なのだ、俺は。助け出すこともできない、伊織さんに歯向かって齋藤を庇えばきっと齋藤ももっと酷い仕打ちを受けることになるからだ。  ――そんなこと、言い訳だ。 「……っ、はあ……ッ」  顔に熱が集まる。齋藤の上擦った声が耳にこびりついて離れない。  最悪だ。こんなこと。 「――仁科?」  ――四階、ラウンジ前。  柄にもなく全力疾走しては体力がなくなり、虫の息になっていた俺。そんな俺の目の前、見知った人間がいた。  白に近いピンクと、青――安久と方人さんだ。 「げ、なんでハァハァしてんの? キモ」 「はは、すげー顔色悪いじゃん。てか、どうしたの? その缶アソート。パーティーでもするのか?」 「あ……お、俺……ッ」  なんというタイミングだ。いや、寧ろ良かったのかもしれない。 「俺……っ、す、すみません……ちょっと……」 「え、なんでお前泣いてんの?」 「な、泣いてない……汗……」 「うわっ! 汚いな、ハンカチくらい使いなよ」  いつもと変わらない安久の悪態にようやく現実に引き戻されたような感覚だった。  安久に顔面にハンカチを叩きつけられる。拭けということなのだろう。相変わらずだが、今はそれでよかった。「悪い」とそれを借り、顔をごしごしと拭えば「後で捨てておいてよ」と安久は指差してきた。洗濯すればいいじゃないかと思ったが、こいつが潔癖症なことは知っている。 「概ね伊織にイジメられたってところかな。俺は一万賭けるよ」 「んなわけねーだろ、仁科の間抜けのせいで自業自得に二万!」 「ひ、人で賭けないで下さい……」 「まあまあ、じゃあ正解はゆっくり聞こっか。丁度俺喉乾いていたんだ」 「なに自分だけ奢ってもらおうとしてんの? 意地汚すぎ。……ってか、そもそもなにその量の缶ジュース。どうせ買うならメロンソーダも買ってきておいてよ」  それはお前が飲みたいだけではないのか、というツッコミは虚空に消えた。  二人に背中を押され、そのままラウンジへと連れ込まれる。  今頃齋藤は伊織さんと一緒に過ごしているのだろう。もしあそこで俺が助けていたら、何かが変わっていたのだろうかと考える。  ――いや、恐らく何も変わらない。伊織さんの怒りに油を注ぐ結果にしかならないだろう。  そして、齋藤を残して部屋を空けた俺もどちらにせよ伊織さんに呼び出されるのだ。  あいつを守ることなど俺には無理だ。あわよくば、誰かあいつを助けてやってくれ。そんな他力本願することしかできない。 「お、いい飲みっぷりだね奎吾」 「うわ、その糞まずそうなやつよく飲めたね」  ラウンジのテーブルの上、何本目かの缶を空けてそのまま突っ伏す。 「う……うう……」 「なに、まずすぎて泣いてんの?」 「美味すぎて泣いてんだよ、そうだろ? 奎吾」 「は……はい」  後輩一人すらも守ることができない俺に何ができるというのか。あわよくば伊織さんに呼び出され、殴られたほうがまだすっきりできたかもしれない。……痛いのは嫌だが。  こんなことだから駄目なのだ。  俺のことを信頼してくれ、労ってくれる齋藤の顔が浮かんでは先程伊織さんの腕の中の齋藤に切り替わる。思い出してまた気分が地の底まで沈んでいくのだ。 「ちょっと、その缶アルコール入ってない?」 「大丈夫大丈夫、ノンアルコールはジュースだから」 「あのさあ変態……」  頭上で交わされる二人の会話。  恐らく失恋というのはこんな気持ちなのかもしれない。ろくに恋などしたことないのにそんな風に思うのは何故だろうか。  少なくとも俺は、あいつのヒーローになることはできない。  そうわかったから、理解したから、認識し、自覚したから。  最初からあいつを助けられるような器ではないとわかっていたのに、頼られ、縋り付かれ舞い上がっていた。  そんな自分を完膚なきまでに叩きのめされた。 「奎吾。携帯鳴ってるよ。……奎吾? って、寝てるし」 「おい伊織さんから連絡だぞ、おい!」 「まあ待てって安久。たまには奎吾に優しくしてやろうぜ。伊織には俺から連絡しとくし」 「……はあ? そんなことしてなんの得が……」 「あ、もしもし伊織? 奎吾ならちょっと今潰れてるからさ、今なら方人君デリ出勤可だけど?」 「……っておい! 人の話聞け!」 「うわ、あいつ速攻切りやがった」 「当たり前だっ!」  おしまい

好きになってはいけない子【↑100/4,900文字/仁科視点】

More Creators