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田原摩耶
田原摩耶

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信楽相馬は■されたい【↑100/4,900文字/相馬視点/相馬→大地】

「古賀、お前って木江に付き纏われてんだって?」  サッカー部部室。部活終わり、二人きりになる機会があったので訪ねてみれば古賀は無言でこちらを睨む。誰から聞いた、という顔だ。 「あんだけ開き直られたら俺だって分かるっての」 「お前、友達ならこれ以上ストーカーはやめろって言っておけ」 「って言われてもな、そもそもあいつが俺の言うこと聞くわけねーじゃん?ま、諦めも肝心だって、古賀」 「…………」  ぽんと肩に手を置けば、古賀はそれを振り払う。本気で怒ってる顔だ。  確かにここ最近は顕著になっていた。古賀とあいつの間でどのようなやり取りが起きたのか、そんなもの知らない。だって、木江は先週まではそんな素振り全く見せなかったのだ。  なにも言わずにさっさと着替えた古賀はそのまま部室を出ていった。今更一緒に帰ろう、なんて言い合う間柄でもないが、なんでこんなことになったのだろうかと思わないわけでもない。  なんで、古賀なのだろうか。  あいつは幼い頃から、俺の知る限りあのままだ。大口開けて笑ってる方が珍しい。  確かに真面目だし、頭は固いし口は悪いが根はいいやつだと俺でも知ってる。如何にも雨の日の捨て猫を放っておけないタイプ。  けど、俺だって捨て猫は放っておかない。 「……帰るか」  ロッカーを閉め、息を吐く。  どうせ今頃古賀は校門前で出待ちしてた木江に捕まってるのだろう。そんでひと悶着起きてる。そんな姿が目に浮かぶ。  別に古賀のことが嫌いなわけではない。寧ろ、他のやつらに比べて付き合いやすい。余計なことを言わないし、気を遣わなくてもいい。楽だ。  けれどその反面、わかってるからこそ余計なんであいつがという気持ちは強かった。  きっと、相手が木江ではなければここまで余計なことを考えずに済んだのだろう。  部室の戸締まりをし、顧問に部室の鍵を返すために一度職員室へと向かった。  ◆ ◆ ◆ 「お前、最近調子悪いな。失恋でもしたか?」 「やだな、先生じゃあるまいし。寝不足っすかね」 「遊び過ぎの間違いだろ。次の試合までにはしっかり休んどけよ」 「はーい」  顧問に鍵を返却し、職員室を後にする。  ――失恋、ねえ。  そもそもあいつに関して恋しいだとか、付き合いたいとか考えたこともなかった。ああ、当たり前だ。そもそも俺は付き合うなら普通に可愛い女の子のがいい。そりゃそうだ。  そんなこと分かりきっているはずなのに、何故こんなにイライラしてるのかが分からなかった。  昇降口を抜け、下駄箱で靴へ履き替えようとしたとき。いきなり背後から背中を叩かれる。  そして続けざまに「わっ!」と耳元で大声。その声に驚いた。その煩さにもだが、それよりもその声の持ち主に。 「木江? お前、なんでここにいるんだよ」 「うわ、お前リアクション悪いな。もっと可愛い声くらい出せよ」 「無茶言うなよ」  というか、お前古賀と帰るんじゃなかったのか。  連日の行動を見てそう思っていたのに、あいつは笑った。 「相馬が一人寂しい思いしてないかと思って様子見にきてやったんだよ」 「……ああ、古賀に振られたのか?」 「あーーあ、相馬君はそんなこと言うんだ。へえ、そんなんだからデリカシーがねえって言われんだよ」 「馬鹿相馬」と、俺の横を通り過ぎて一足先に靴に履き替える木江。図星なのだろう。まあ、そんなところだろうとは思ったが木江らしいっちゃ木江らしい。 「仕方ねえな、じゃ責任とって古賀の代わりしてやるよ」 「ふーん? ま、いいけどな。それよか付き合えよ、暇なんだよ俺」 「葵衣ちゃんは? 一緒じゃなかったのか?」 「知らねえよ。あいつが他の女子どもより俺を優先させると思うか?」 「ねえな」 「だろ?」と木江は笑う。その皮肉じみた笑顔に自嘲は含まれていない。 「ま、そーいうこと」 「残り物同士仲良く傷の舐め合いしろってことな」 「言い方。やめろ、俺はお前と違って愛斗がいるんだからな」  あまりにも自信たっぷりに言い出すものだから俺だって、とつい喉先まで言い掛けて、言葉を飲み込んだ。  俺だって――なんだ、俺には別にいない。そうだろう? 「……」 「……あ? なんだよ、金取るぞ」  こちらを見上げてくる木江。その言葉に自分が木江のことを見つめていたのだと気付く。  別に、やましいこともなんもない。はずなのに、木江の指摘に心臓の鼓動が早くなる。 「見惚れたか?」 「ちげえよ、考え事してたんだよ」 「考え事? 相馬が?」 「その言い方、俺がまるでなにも考えてないやつだと思ってんだろ」 「違うのか?」 「お前な、……ま、いいけど」  もう少し気の利いた返しがあったのではないか、と口にして後悔した。やっぱり本調子ではないようだ。木江の顔を見てると、言葉を聞いてると、どうにも頭の片隅に古賀が過るのだ。 「なんだよ。まじでお前最近ふわふわしてんな」 「木江にそれ言われるって相当だよな、それ」 「風邪でも引いてんのか?」  流石に体調悪けりゃ気付く頭くらいはあるぞ、と言いかけた矢先。いきなり視界の隅から伸びてきた木江の手に頬を撫でられる。  ほんの一瞬だったと思う。瞬間、周りのガヤも全部の音が遠のいたのだ。耳鳴りに近い、無音。 「熱はねえな」  その指はすぐに離れた。  別に、木江はボディータッチもスキンシップも多いやつだと知ってる。それなのにも関わらず、何故か今俺の脳裏に古賀に抱かれる木江が浮かんでしまったのだ。 「……相馬?」 「だから言ったろ、別に大したことないって」 「ふーん、じゃ恋の悩みか?」 「……って、んなわけねーか。お前に限って」なんて、自分で言って自分で笑う木江。そんなやつの笑顔を見て、先程まで四散していた様々な感情がどろりと一つの感情に呑まれるのを感じた。  木江の笑顔に無性に腹がたった。違う、怒りではない。寧ろこれは。 「そうだって言ったらどうする?」  掴んだ木江の腕は相変わらず細っこい。片手で収まるその腕を強く自分の方へと引っ張れば、先程まで浮かんでいた笑顔が消えていた。  八つ当たりだ、と思った。 「お前がなんとかしてくれんのか? 木江」  独占欲にも似たその汚泥のような感情に、爪先から臍の下までずぶずぶと沈んでいくような感覚に襲われる。  普段飄々とした木江が、今は猫のように目を丸くさせている。それが面白くて、少しだけ――ほんの少しだけ気が紛れた。  遠くから聞こえてくる他の生徒たちの声に気付き、木江から手を離した。 「なんてな。古賀にも相手にされねえお前には無理な話か」 「相馬、お前……」 「やっぱ俺具合悪いから先に帰るわ。お前は寂しく一人で帰ってろよ」  じゃあな、木江。と手を振り、俺は木江を置いて校舎を後にした。  俺は、木江から逃げ出した。あいつの言葉の続きを聞きたくなかったからだ。  いっそのこと、「お前そんなキャラじゃねえだろ」と笑い飛ばしてくれた方がましだ。そもそも、俺に限ってってなんなんだよ。腹立つ。お前俺のことそんなに知ってんのかよ、なんも知らねえくせに。 「………………クソ」  木江のくせに。  掌にはまだあいつの腕の感触が残っていた。普段の制服越しからはわからないあいつの体を想像してまた不快な感覚が込み上げてきた。  他の男にも抱かせてんだろ。古賀がよくてなんで俺じゃ駄目なんだ。古賀はお前のこともいいところも知らない、誕生日も嫌いな野菜も知らねえだろ。いつも俺が嫌いなもの食ってやってたのに。  ――なんで、よりによって古賀なんだ。  ◆ ◆ ◆  古賀と木江は付き合い出した。  正式には木江が言いふらしているだけだが、古賀も否定しなくなっていた。  正直な話、俺はこいつらは絶対長続きしないだろうと思っていた。古賀はともかくだ、木江は一人相手に収まるようなやつではない。  恋人がいようがいまいが、つまみ食い感覚で他の男に手を出すようなやつだ。さっさと次を見つければいい。  どうせ、今回だってまともに両思いになったとは思えない。 「相馬、なあなあ相馬。聞けよ、愛斗がさー」 「どうせまたお前がなんかしたんだろ」 「ちげーし、あいつが心狭いのが悪いんだって」  俺と木江の関係は続いてる。  気が向いたときだけ俺のところにやってくる。元々そういうやつだった。けれど、口を開けば愛斗愛斗愛斗愛斗愛斗。何度その口を塞いでやろうかと思ったことだろうか。 「愛斗のやつ、俺にはボコスカ言うくせにあいつ女子には優しいのな。まじで、差別じゃね?」 「じゃあ古賀と別れて俺と付き合うか」 「それはねーわ、お前とだけはぜってえ無理」  即答かよ。少しくくらい動じる素振り見せろよ。 「そもそもお前、俺のこと好きじゃないだろ」 「俺と付き合ったところで、お前は愛斗にはなれねえよ」お前が俺のなにを知ってんだ。そう言いかけて、やめた。――返す言葉が見つからなかったのだ。 「木江にそれ言われるって相当だよな、それ」 「自覚なかったのか?」 「さあ、どうだろうな」  よりによって当事者に指摘されるってなんなんだよ。けれど、全然悪い気しねえんだもんな。  思ってたよりもお前、俺のこと見てたんだな。そんな風にほんの少し気が紛れる自分の単純さにも笑いが込み上げた。  知ってたならもっと早くに教えてくれよ。そうしたら、もっと上手くやれたかもしれねえのに。  色恋だとか、友情だとか、俺たちにはそんなもんは無縁だと思っていたし今でもそれは変わらない。  そもそも俺だって分かってる、こいつと付き合ったって長続きするわけないと。そもそも、俺だったらぜってーやだ。それでも、付き合うという考えが出てくるその理由についてずっと目を瞑ってきていた。  いつだってそうだった。  小さい頃から古賀のせいで泣いた子を慰めるのが俺の役目だった。あいつが孤立しないようにフォローするのも、俺だった。  あいつは不器用なだけだと分かってたから。それでも、いつからだろうか。偽りもせず、自然体で生きて受け入れられているあいつが羨ましく、妬ましく思えたのは。  木江はいつから気付いていたのか。 「ま、どうでもいいや。体動かしたい気分だからどっか遊び行こうぜ」 「金欠だって言ってなかったか?」 「臨時収入〜。たまには俺が奢ってやるよ」  本当にたまにだもんな、お前。と笑ったが、上手く笑えてる気がしなかった。  木江はそんな俺の顔を見て、なにも言わずに背中を叩いてくる。 「んじゃいくか」なんて、人の肩を手摺かなにかのようにして椅子から立ち上がるのだ。  相変わらず誤魔化し方が下手くそだな。なんて思いながらも俺も続いて席を立った。 「木江」  ――教室前廊下。  夏も終わり、開きっぱなしの窓からは肌寒い秋の風が吹き込んでくる。俺は先を歩く木江の腕を掴んだ。いつの日かに掴んだ感触よりもほんの少し細くなった腕。その腕を強く引っ張れば、やつのきょとんとした顔が近付いた。 「言っとくけど、俺は結構お前のことは好きだぞ」 「付き合いたくはないけどな」と笑えば、そのまま胸倉――ネクタイを掴まれる。あ、と思った次の瞬間唇に柔らかい感触が触れた。  ちゅ、とリップ音とともにその熱もすぐに離れる。 「気が合うな、俺もだ」  ほんの一瞬のことだった。木江は俺の手を払い、そのまま何事もなかったように歩き出すのだ。早く来いよ、なんてこちらを振り返って。 「……っ、まじで、本当……」  人気のない廊下の中、残された俺は一人吐き捨てた。  さっさと古賀に捨てられろ、あの性格ブスが。  腹の奥底から込み上げてくる熱が全身に広がるのを感じる。今すぐそこらへんの教室に引きずり込んで犯してやりたかったのに、できなかった。  あいつの掌の上で転がされることが我慢ならなかったからだ。  悔しくて、腹が立つ。けれどその全身に広がる不愉快の煮凝りのような感情は不思議と心地よかった。  おしまい


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