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田原摩耶
田原摩耶

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尾張元の独白【↑100/3,400文字/夏の岩片×尾張】

 人間というものはどうやら自分で自分を追い詰めたがるくせがあるようだ。 「もう全部どうでもいい、めちゃくちゃにしてくれ」  クソ暑い夏の日の屋上。寝転がって全身に降り注ぐ日の光を浴びていると、ふと頭上から聞こえてきた声。視線を動かせば、視界の端からにゅっと声の持ち主が現れた。 「……っていう顔してんな、ハジメ」  太陽を背に岩片凪沙は笑う。分厚い瓶底眼鏡のレンズの下でもさぞ腹立つ笑顔を浮かべてることだろう。  いつもの当てずっぽうだとわかったが、それでもほんの一瞬反応に遅れてしまう自分を恥じた。 「それはお前の願望だろ、岩片」  身体を起こし、起き上がる。こいつの前でいつまでも無防備な姿を晒したくなかった。  岩片は否定も肯定もせず、俺の隣に「よっこいせ」と腰を下ろすのだ。 「って、熱ぃな。お前こんなところで寝てたら焼き肉になるだろ」 「お前こそ、日陰から出たがらないくせに。……俺のことを探してたのか?」  携帯には連絡入ってなかったはずだ、とポケットから端末を取り出す。「んいや」と岩片は体操座りをしたままどこから取り出したのか飴玉をボリボリと食べだすのだ。 「一人になれそうな場所探してたら先客がいたんだよ」 「寮の部屋に戻ればよかっただろ」 「俺のベッドには客人がいるからな、叩き起こして帰すのも可哀想だし」 「ああ、そういうことか」  そうだ、元々二人きりになりたいと岩片の恋人未満の男がいうので俺はこうして久し振りにのんびりさせていただいてたのだ。  そんでやることやって満足したのだろう。最初はその生々しさにどう対応したらいいのか迷っていたが、それもほんの数日のことだ。今更気まずいとか思わない。けれどもだ。 「珍しいな、いつものお前なら叩き起こして帰しそうなものを」 「ハジメ、お前俺のことをなんだと思ってんだ?」 「そりゃ岩片凪沙様だろ」 「俺ほど慈悲深い人間もいないぞ」  慈悲深い人間ならまず当たり前のように股掛けしないんだよな。……いや悲しまないように断らないということか、とも思ったが、こいつの場合は私利私欲のためにしか働いてないから関係ないな。 「なんだよその目は」 「んや、確かにお前ほど優しいやつはいないなと思ってな」 「ハジメに褒められるとは光栄だな」  どの口で言ってんだか。他愛のない会話もそこそこに、こいつがもう戻ってきた今ここにこれ以上長居する必要もない。そろそろ戻るかと立ち上がろうとしたとき、岩片に腕を掴まれ再び座らされる。 「なんだよ」と岩片を見れば、じっとこちらを見たまま「お前は」とその薄い唇が動くのだ。 「お前はなんでここにいたんだ?」  クソ暑い炎天下。その疑問も最もだ。  意味も理由もない、ただなんとなく人を避けて歩いていたらここになっていた。 「お前と同じだ」 「だろうな」 「……お前、自分から引き止めておいてそれかよ」 「正解したご褒美はないのか?」 「あるわけないだろ。……というか、そもそも言ってなかったろ」 「言ったろ、一人になれそうな場所を探してたって」 「…………」  言われて、先程の他愛のないやり取りを思い出す。  どちらにせよ言ったもの勝ちだ。なんだか癪になって、今度こそ俺は立ち上がる。 「ならもう戻るか。……お前、暑いところ苦手なんだろ?」 「ああ、なんたって温室育ちだからな」  自分で言うことなのか、と思いながらも俺は岩片を引っ張って日陰へと連れて行こうとすれば、岩片は「もう戻るのか?」なんて言い出す。 「そんな暑苦しいカッコでこんなところいたら倒れるだろ」 「そんなに俺のことが心配で心配で堪らないのか、可愛いやつだな。うりうりしてやろうか」  俺は犬か?……犬か。 「もういいのか?」  立ち上がった岩片は、そうケツをぱんぱんと叩いて土埃を落とす。ゆっくりと顔を上げ、こちらへとそのレンズ越しにこちらを見てくる岩片に一瞬言葉に詰まった。 「……もういいよ」  夏の天気は変わりやすい。  茹だるような熱は雨で洗い流され、その代わりに湿気が広がる。冷房が効いた部屋の中、加湿器要らずの湿気にただ俺はぼんやりとしていた。  岩片といるのは楽だ。あいつ自体が無茶苦茶なので、普段はあいつに振り回されてるだけであっという間に時間が過ぎていく。  が、現状はどうだ。  あいつがいないとこうも変わるものなのか。いや、違う。全てが元に戻っただけなのだ。  岩片が恋人でもない男と仲睦まじく乳繰り合ってる間の時間はあまり、好きではなかった。  最初はどうでも良かった。興味なかったし、好きにしてくれと思った。けれど、今は。 「……はあ」  嫉妬してるわけではない。独占欲なんて気色の悪いものを抱いたわけではない。  だからこそ、余計もやもやするのだ。  退屈なのもあるし、というかそれが一番大きいだろう。けれど、はっきりとしてることは一つある。  やがて目の前の扉が開き、一人の男子生徒がそそくさと出てきた。扉の横に立っていた俺を見るなりぎょっと赤くなるが、それもほんの一瞬のことだ。気まずそうにぺこりと会釈をすれば、そのまま男子生徒は逃げるように立ち去った。  ……なんとも、岩片にはもったいない子だ。大体岩片の好みからして無視か岩片への鬱憤を俺に八つ当たりとして喚くようなやつが多かったので少しほっとした。  相手がいなくなったことにより、部屋の中には岩片だけだ。俺はようやく終わった、と時計を確認し、そのまま扉を開けた。  今回は長かったな。 「お疲れさん」  自分で言っててお疲れさんってなんだ。思いながらも部屋の奥、ベッドの上に腰を降ろし胡座掻く岩片の元へと歩み寄ろうとし、立ち止まる。 「おい。下着、ちゃんと履けよ」 「ハジメ、履かせて」 「……お前な」  呆れて突っ込む気にもなれなかった。俺はその辺に脱ぎ散らかされていた下着を拾い、岩片への放った。それを手でキャッチした岩片は「恥ずかしがり屋さんか?」と笑う。  なにが恥ずかしがり屋さんだ。俺が断らなかったら本気でさせるつもりだったのだろう。それがわかったからこそ、余計。 「履かせてもらいたかったら、さっきの子に頼めばよかっただろ。きっと、俺よりも手厚く世話してくれたぞ」  いい子そうだったしな、と皮肉で返せば、岩片は「だろうな」と鼻で笑った。含んだような物言いで返されなんとなく腹立つが、突っかかるつもりもない。もそもそと下着を履き直した岩片はそのまま猫のように大きく背伸びをする。そのままぼふ、とベッドマットの上に仰向けに寝転がった岩片は「ハジメ」とこちらを向いた。 「なんだよ」 「こっち来いよ」 「こっちって」 「ここ」と岩片は自分の隣をぽんぽんと叩く。  これは岩片の悪い癖だ。ああそうだ、最早こいつにとっては息をするようなものと同然なのだ。 「抱き枕が欲しいなら暇なやつ呼んできてやるから待ってろ」  守備範囲の広さに自分も含まれてることが純粋に癪だった。顔を逸らす俺に、岩片は再び起き上がり「ハジメ」と呼ぶのだ。 「なんだ、お前怒ったのか?」 「怒ってねえよ。呆れてんだよ。散々やり倒してまだ満足してねえのかって」 「お前は別腹」  どこまでが悪趣味なジョークかどうかも分からない。本気にするだけ無駄だと知ってた。 「悪いけど、俺は同衾NGだから」 「厳しいな。添い寝くらいしてくれてもいいのに」 「お前は犬と一緒に眠る趣味でもあんのか?」 「時と場合による」  まあ、それもそうだな。 「風呂に入ってシャワー浴びて来いよ、イカくせえから」  とにかく話題を変えたかったのが裏目に出てしまったようだ。岩片はそのまま立ち上がってそのまま俺の横を通り過ぎて行く。  もし、俺が寝ると言ったらあいつはどんな顔をしたのだろうか。それだけはほんの少し興味があったが、多分いつもと変わらない腹立つ笑みを浮かべるのだろう。  そう考えるとやはり癪だった。 「……アホくさ」  一人になりたくなる俺と一人でいたくないあいつが相互理解できる日なんて来るとは思わないが、ほんの少し。ほんの少しだけ、一人残されることに不快感を覚えてる自分が嫌だ。  残されたのはイカくせえ元凶のシーツ。洗濯に出さねえとな、なんて思いながら俺はそれを剥いだ。  外はまた雨が降り出して、遠くから聞こえてくるのはシャワーの音を聴きながら俺は洗濯物を片付けた。


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